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十回目の異世界は魔王と共に

 足下に広がる金色の魔方陣。覚えがあり過ぎる光景だった。こ、これは!


「むぅ。金色か」


 磨上が呟くのが聞こえた、次の瞬間、俺たちはこの世界から消滅して、転移した。


  ◇◇◇


「うおおお! やったぞ! 召喚に成功したぞ!」


「これで世界は救われる!」


 大歓声と感涙に咽ぶ声の中に俺と磨上は佇んでいた。周囲では魔法使いとかお役人風の連中がガッツポーズをしている。


 異世界から勇者を召喚する術は、成功率があんまり高く無いらしい。甚大な量の魔力が必要であり、魔法使い個人の魔力では到底追いつかず、魔法石という魔力を宿した鉱石を使うのだが、これが希少で恐ろしく高価なのだ。それなのに失敗率が高いのだから、無事に召喚に成功して喜ぶのも無理はないのだ。


 まぁ、この風景を見るのも十回目となると、感動も感激もない。またか、と思うだけだ。


 しかし今回はいつもと違うところがある。


 俺の横には磨上がいるのだ。俺の腕を抱いた状態で眉の間に皺を寄せている。異世界召喚の時、近くに人がいても巻き込まれて召喚されてしまった事などこれまで無かった。


 家族で食事している最中に召喚された事もあったのにな。だからこれは磨上が近くにいたから、という理由では無いのだろう。


「久しぶりに勇者としての召喚か。やはり其方の側にいたせいかの?」


 ……久しぶり? その口振りだと、勇者として召喚された事があるというのか?


「……ああ。こう見えても最初の三回は勇者としての召喚だったな」


 ……勇者として召喚された経験があるのに、魔王として世界を躊躇なく滅ぼせるのか? 俺が愕然としていると、磨上はどこか寂しそうな様子で、ポツリと呟いた。


「そのうち、其方にも分かるようになる」


 ……分かりたいような、分かりたくないような。しかしとりあえず、今回は俺も磨上も勇者としての召喚を受けたのは間違いないらしい。魔王として、魔族に召喚された場合は召喚魔法陣が黒いのだそうだ。


 磨上は大騒ぎする異世界人達をうんざりした表情で見ていたな。勇者として召喚されたのが如何にも不本意といった風情だ。しかし、一応は勇者として召喚されたのだから、いきなり連中を消すような真似はしないだろう。


 俺はとりあえず手近な奴を捕まえて事情聴取を試みた。その時。


「なによこれ! また! また召喚されたの⁉︎」


 という叫びが俺たちの背後から響いた。驚いた俺が振り向くと、茶髪をツインテールに結った少女がペタンと座り込んだ姿勢で大騒ぎしていた。


「せっかく魔王を倒して、元の世界に帰ったのに! どうしてまた召喚されるのよ!」


 ……どうも、今回召喚を受けたのは俺と磨上だけではなかったようだ。


 そしてこいつもどうやら複数回の転移者らしい。そんな口振りだ。


「なにやら面倒な事になっているようじゃの」


 そう言いながら、磨上は何だか楽しそうにニヤッと笑ったのだった。


  ◇◇◇


 俺と磨上、そして茶髪ツインテールは役人達に連れられて移動した。国王に会えという事らしい。そして国王から魔王討伐を依頼されて冒険の旅に出る。定番だ。


 茶髪ツインテールは俺たちを見て驚いていた。


「なに! あんた達も召喚されちゃったの? 私に巻き込まれたのかしら?」


 いや、どちらかといえば俺たちにお前が巻き込まれたんだと思うぞ。彼女は俺たちをしげしげと見て。あっと驚いた。


「あ、あなたは磨上先輩! それとパッとしないその彼氏!」


「パッとしなくて悪かったな!」


 と反射的に言い返して気が付く。そういえばこの茶髪ツインテールが着ているのは家の学校の制服だ。つまり同じ学校の生徒なのだ。ならば今や我が校の有名人である磨上を知っていてもおかしくはない。


「うわ〜! せ、先輩とご一緒出来るなんて感激です! 私は神原 沙月って言います!」


 神原という女生徒は勇者らしからぬはしゃぎぶりで磨上に纏わり付いた。磨上はやや迷惑そうな顔で、それでも頷いた。


「そうか。よろしくな」


「よろしくお願いします! 大丈夫です! 先輩! 私これでも異世界に召喚されるの二回目なんです。だから先輩を守ってあげられますからね!」


 それを聞いて俺と磨上は少し落胆した。


「二回目か」「二回目のう」


「え? 何ですか?」


 戸惑う神原に俺は首を横に振りながら言った。


「何でもない。お前は邪魔にならないようにしてれば良いから」


「な、何ですか貴方! 失礼じゃない! 先輩ならともかく!」


「磨上が先輩なら俺も一応先輩なんだが」


 俺と神原がやいのやいの言い合っている内に、俺達は国王の待つ応接室に着いた。大きな扉が開けられて豪奢な装飾が施された室内に入ると、如何にも国王という感じの華麗なマントを羽織った中年男性が待っていた。


「ようこそいらしゃった。勇者様達。あなた方は我々の希望です」


 国王は涙を流して俺たちの前に跪いた。うーん。この調子だと人類はかなり追い込まれてるっぽい? これまでの中には「勇者なんていらん! 魔物など軍隊で滅ぼせる!」と叫んだ王様もいたからな。軍が大敗したら掌返したけど。


 よよよと泣き崩れた国王を見て、神原が勇者心を刺激されたらしい。その薄い胸を張りドンと叩いた。


「任せなさい! この勇者サツキが来たからには、魔王の一人や二人!」


 すかさず俺と磨上が突っ込んだ。


「安請け合いするなバカ!」「情勢もわからぬ内に大きな事を言うでない! アホウ!」


「ひぇ……!」


 俺はともかく推している磨上にまで叱責されて、神原は硬直してしまった。俺は目が点になっている国王を促した。


「とりあえず事情を聞かせて欲しい。人類がどれくらい追い込まれているか、魔王の強さ。それとこれまでの経緯だな」


 俺たちは応接セットに腰掛けて、国王からこれまでの事情と現状を聞いた。なにしろ前回、俺は舐めプしてろくに現状を把握せずに飛び出して、魔王磨上にコテンパンにやられたからな。俺は学習したのだ。


 何でも魔王が現れたのは二年ほど前で。そこから急速に魔王の領域が広がっているという事だった。


 魔王軍は当然だが強く、人類の軍隊は刃が立たない。そしてどうやら魔王は支配下にいる人間を籠絡しているらしく、多くの町や村が魔王軍の軍門に降っているのだけど、そこから逃げてきた人間はいないとの事。


 ……聞き覚えがあるな。この状況。前回に磨上が占領地域に善政を敷き、国王の手先である勇者に協力させなかった作戦を思い起こさせる。


『ふん。どうせこれまで重税や人員徴用などで国民に無理を強いてきたのであろう。だからほんの少し善政を施しただけで国民が魔王に靡くのじゃ』


 磨上が声に出さずに呟いた。まぁ、そうなんだろうな。人間の王国に愛着が無いから、平気で異形な魔物を率いる魔王軍に従うんだろうよ。そういえば今まで人類を上げて魔王に抵抗していた世界なんて無かったな。農民達とかは魔王でも国王でもどっちでも良いが、何とかしてくれ、という態度だった。


 国王は勇者である俺たちに魔王討伐を依頼し、そのためにはあらゆる便宜を図る。そして達成した暁には栄誉栄華を思うのままに与えると約束した。まぁ、これも定番だな。


 実際には、魔王を倒して帰還した俺を掌返して冷遇したり、謀殺しようとしてきた国王もいたんだけどね。帰還のための魔法石もケチって渡したがらないドケチ国王もいたな。懐かしい。


 もちろん、泣いて感謝してくれて姫を娶ってくれ、自由に贅沢を楽しんでくれと言ってくれた国王の方が多かったけどな。ダメ国王の周りにもいい人はいて、そういう連中が俺を色々助けてくれた。


 そういういい人々がいたおかげで、俺は勇者をやって良かったな、という思い出しか無い。最悪の思い出が魔王に倒された前回だ。


 磨上が口を出さないので、俺が国王と交渉した。


 魔王を倒したら報酬として帰還に必要な魔法石を必ず用意するようにと。俺たちは魔王を倒したら速やかに帰るから、魔王討伐後の国王の脅威にはならないと強調した。そうしないと名声を集める勇者に国王が嫉妬して妄動する危険があるのだ。


 そして路銀や地図、そして王都における本拠にするための家などを要求した。これは討伐が長引いて王都まで撤退した際に必要なのだ。宿でも良いのだが、便宜を図ると言ったのだからそれくらいはしてもらおう。


 国王は問題なく全ての要求を受け入れた。ここで妙な交渉を持ちかけてくる国王は、後から俺のやることに一々注文を付けてきてうるさい場合があるから、この国王はその意味で合格だ。やり易そうだ。


 ちなみに神原は俺の交渉を聞きながら口を開きっぱなしだったな。俺が持ち掛けたような交渉は考えもしなかった、という顔だった。とすると、こいつの前回の冒険は随分幸せで恵まれたものだったんだろうな。


 ちらっと磨上を見ると、磨上は不機嫌そうに出されたお茶を啜っていた。勇者など不本意だと顔に書いてある。しかし、勇者の勤めを果たさないと、魔法石が手に入らず、元の世界に帰還出来ないのだから我慢してもらうしかないだろう。


 俺たちは本拠地として王宮の離れを提供された。かなりの高待遇だ。路銀もたっぷり。支援する魔法使いや神官を付ける事も提案されたが、俺は断った。


「な、なんで断るのよ! 支援してくれる仲間がいないと!」


「大丈夫だ。俺も磨上も魔法も回復魔法も使えるから」


 俺が言うと神原の目が丸くなった。


「あ、あんたと磨上先輩も転移経験があるの?」


「今頃気が付いたのかよ」


 俺はちょっとガックリきたね。なるほど、前回の召喚時の俺は磨上にとってこれくらい間抜けな感じに見えていたのかもな。


「ところで神原? お前飛べるか?」


「は? 飛ぶ? 人間が飛べるわけないじゃない!」


 はい。レベル十以下確定。まぁ、俺も飛行魔法覚えたのは五回目の転移の時だったからな。二回目では覚えてないだろうと思ったよ。俺は心配になって索敵スキルで神原のレベルを確認した。マナー違反だからあんまり他人のステータスを見るものじゃないんだけどな。


 神原のレベルは7だった。おおう。俺の一回目の冒険後のレベルより低い。よく魔王が倒せたな。まぁ、魔王のレベルは異世界によってバラバラだしな。ちなみに、索敵スキルでステータスが見れるのはレベルが最低5は離れている場合だ。磨上を見たって真っ黒で何も分からない。俺のステータスは見られているかもしれんけど。


 これは神原は置いて行った方が早いかも分からんね。しかし、勇者のプライドを持っているっぽい神原が置き去りに承知する筈もないだろう。仕方ない。歩いて行くか。


 俺はふと気が付く。


「磨上。勇者としての装備は持っているのか?」


 前回見たのは魔王装備で、つまりハイレグボンテージだ。あれはあれで凄い装備なのかも知れないけど、あんな格好されたら俺が困る。魔王にしか見えないのも問題だろう。


 磨上は気怠げに首を傾げた。


「別にこの制服でも良かろう。我は多分、この世界程度の魔物の攻撃では傷一つつかぬ故」


 それでも現代人丸出しのこの格好は不味かろうよ。俺は自分から装備を勇者の鎧姿に変える。もう何度か世界を救った、使い込まれた装備だ。神原も似たような金色の鎧姿になっている。やはり異世界には異世界の格好がしっくりくる。


 磨上は仕方なさそうにステータスウインドウを操作して装備を変更した。


「これで良いのか?」


 ブッ! 俺は思わず吹き出した。そして即座に回れ右をする。


「な、なんだその格好は!」


「何って、勇者装備じゃ。一番防御力の高い鎧なんじゃがの」


「そ、それにしたって……」


 磨上が着たのは、いわゆるビキニアーマーだった。その、肌が七割露出するような、アレである。た、確かにそういう装備があるのは知っている。仲間の女戦士が装備しようとして止めた事もある。


 そんな痴女装備をスタイル抜群の磨上が装備したらどうなるか。おおう。ヤバい。これはヤバい! 見るどころか気配すらやばい。妙な増幅効果持ってるんじゃないだろうな!


「ほう。なるほど。こういう格好が好みか? 勇者よ。次からはこれで迫ってみるとしようかの」


 磨上はここぞと俺の腕を抱いてきた。やめろー! 鎧着ている筈なのに肌の感触を明確に伝えてくるのをやめろー! やめてー!


 神原も磨上の艶姿を見て顔が真っ赤になっている。直視出来ないというように手を振って叫んでいる。


「せ、先輩! それはダメです! 反則です! 私まで戦えなくなっちゃいます!」


 俺もこんな格好の磨上と共に戦える気はしない。というか、一緒に歩いたら前屈みで歩き続ける事になるだろう。ダメ! その格好は却下!


「仕方ないのう」


 磨上は意外にあっさり諦めて装備を変更してくれた。


「これで良いじゃろう?」


 とクルリと回転してみせたその格好は。……さっきよりマシか。


 いわゆるヴァルキリー装備。軽装な鎧に、頭には羽付きの兜という格好だ。白いマントが美しい。露出は……確かにさっきよりはマシだ。


 だけど、なんでミニスカートで胸元は素肌がバーンと開けているんだよ! これで俺の鎧よりも防御力が高いとか、どうなってんの! 色々と!


 磨上曰く、他に勇者装備の鎧は無いという。し、仕方がない。胸の谷間に引き寄せられそうになる視線を、無理やり引き剥がせば何とかなるだろう。多分。神原は顔を真っ赤にしながらも磨上の胸の谷間をガン見していた。


 そしてポツリと呟いた。


「……私が手に入れた勇者装備がこれじゃなくて本当に良かったです……」


 ◇◇◇


 翌日、早速俺たちは魔王討伐に出発した。


 王宮に頼んで馬車を用意してもらった。悪路にも耐える、いわゆる荷馬車だ。魔王軍の領域まで三日ほど掛かるらしいが、それでも歩きよりも全然早い。


 神原は馬車で行くと聞いて驚いた顔をしていた。


「え? 歩くんじゃないの?」


 磨上が嘲るように言った。


「なぜ歩く必要がある。国王はあらゆる便宜を図ると言ったであろう。馬車を出すのは当然ではないか」


 これは磨上の言う通りなのであって、本来は移動手段、護衛なども含めて手配する事を「便宜を図る」というのだ。路銀を与えるからあとは勝手にやれ。というのではほとんど放置だと言える。


 そういう国王、結構多いんだけどな。これは意図して冷遇しているというより、気が回らなかったのだろうと思われるんだけど。今回の国王だって要求すれば即座に対応してくれたしな。


 まぁ、護衛はいらんから馬車だけ用意してもらった。俺と磨上は荷馬車で横になって寛いだが神原はそわそわしている。うんうん、覚えあるなぁ。日本は他人を使う事に抵抗を覚える民族だからな。異世界でも自分で金払って雇った訳でも無い使用人に馬車を運転させるくらいなら、自分歩く事を選ぶ奴は多かろうよ。


 だが、俺たちはお偉い勇者なのだから、国王が遣わした連中をこき使う権利があるわけで、そういう事が許されているのは俺たちが世界を救う能力を持っているからだ。最終的にちゃんと世界を救えば何の問題もない。帳尻はあうのである。それが世の中の役割分担というものだ。


 と、割り切れるようになったのは、なかなか仲間が集まらなくて、仕方なく勇者の権限を振りかざして国王の家臣を強制的に動かさざる得なかった、二回目か三回目の冒険の時だったかな。その事で散々俺を恨み罵っていた連中も、魔王を倒して帰還したら大感謝、大絶賛だったからな。あれで、結局は結果をちゃんと出せば、過程に多少の無理があっても大丈夫なのだと学んだのだ。


 磨上なんて荷馬車で使う用にクッションをたくさん用意させ、道中での食事と水、そして酒まで用意していた。ちょっと待て。酒を飲むな酒を。未成年だろ。


「固い事を言うな勇者よ。異世界には元の世界の法律は適用されんのだから」


 磨上はそう言って早速酒瓶に直で口を付けていた。ダメだこりゃ。


 クッションに埋もれてダラダラゴロゴロと酒を呑み始めた磨上を見て、神原は目を白黒していたな。憧れの完璧な磨上先輩の豹変ぶりに戸惑っているのだろう。磨上は元の世界では完璧な秀才美少女生徒を演じているからな。無理も無い。


 俺も荷馬車の上に寝転がるが、馬車にはサスペンションなんて付いてないからな。未舗装路面ではガタゴト揺れて寝てる場合じゃ無い。なるほど、磨上が大量のクッションを持ち込んだわけだ。布と綿を使ったクッションは異世界ではもの凄く高価なんだが。俺も代用品として藁束や籾殻を麻袋に詰めた物を使った事もあるな。


「勇者よ、遠慮せずこっちに来るが良いぞ」


 磨上がクスクスと笑いながら俺を誘うが、そんな胸の谷間が強調された格好の磨上の側に寄り添って寝たりしたら俺の理性が危ない。無理無理。


「異世界に来てまで高校生の貞節を守る事はあるまいよ。のう、そうであろう? サツキよ?」


「え? あ? え? そ、そうですね?」


 話を振られた神原は混乱している。そんな神原に磨上はニンマリと笑って手招きをした。


「こっちゃこい。サツキよ」


「え? あ? はい」


 神原がうっかり磨上に近付くと。


「お前でも良い」


 と磨上がガバッと神原を捕まえてクッションの山の中に引きずり込んだ。


「きゃー! 何を! みゃあー!」


「ういやつじゃ。それ、そんな鎧は外してじゃな」


「嘘、なんで私の装備が解除出来るんですか! ちょっと、止めてー! 脱がさないで! いやー! びゃああああ!」


 磨上はあっさり神原を押さえ込むと、神原の勇者装備を強制除装して、それから服を脱がせに掛かった。神原は脚をばたつかせているがお構いなしだ。そりゃレベル差があるからな。……あまりのアホな展開に俺は呆然として思わずガン見しちまったよ。え?


 神原は抵抗むなしく鎧の下に装備していたチェニックを剥ぎ取られ、薄い下着一枚になり、履いていたスカートをめくられてその下のパンツが露わになる。磨上の手がササッと動き、神原の小さな胸に……。


 って、おい!


「何してんだ馬鹿! やめんか!」


「何じゃ勇者。お前も混ざるか?」


「混ざるか! つーか、今はお前も勇者だろ! 魔族みたいに欲望を暴走させるのは止めろ!」


「異世界では自分の欲望に忠実になった方が楽しいではないか」


 磨上は神原の首筋をはむはむして、それから神原の小さい胸に向けて舌をツツツっと動かした。くっそエロい。なんてもん見せるんだ馬鹿! 


「やめろって。見ろ、神原が引きつけを起こしてるじゃねぇか」


 神原は口をパクパクさせて白目を剥いている。うん、そりゃ、高校一年生にはちょっと刺激が強いよな。


「なんじゃ、つまらん女じゃの。やっぱり人間はダメか」


 ……女型魔族と、夜ごと組んずほぐれつしている磨上のことをうっかり思い浮かべて俺は必死に打ち消す。こいつ、男性型魔族とよろしくやっているだけで無く、女型もいけるのかよ。両刀か。というか、この感じではこいつの誘惑は冗談でも何でも無さそうだな。本気で異世界では経験豊富なのだろう。


「どれ、仕方ない。勇者よやはり其方が来い」


「来いじゃねぇよ! 大人しく酒飲んで寝てろ!」


 俺は神原の脚を掴んで引きずり出して磨上の魔の手から回収する。神原は呆然としていた。うむ。胸は小さくて色気は無いけど、ぐったりしたあられも無い格好はそれなりにエロい。危ない。俺は慌てて毛布で神原を包んだ。


「大丈夫か、神原」


 神原は目の光を無くした顔でガタガタと震えながら言った。


「も、もうお嫁に行けない……」


  ◇◇◇


 まぁ、それから三日間、馬車や宿で俺と神原の貞操の危機がありながらも、俺たちは進んで魔族の領域近くにまでやってきた。次の村は既に魔王の手に落ちているということで、ここからは歩きになる。魔物の気配はまだないな。


「歩くのか。かったるいのう。サツキを置いて飛んで行かんか? カズキよ」


「ここまで来てそれを言うな」


 神原は項垂れている。ここに来るまでに何度も磨上に押さえ込まれて、レベル差を痛感してしまい自信を失っているらしい。俺と磨上は飛べるのに自分は飛べないのも知って大きなショックを受けていた。分かる分かる。俺だって磨上が俺よりも高レベルだと知った時はショックだった。十回目と十七回目だとどれくらいのレベル差なのかは分からないけど。


 俺たちは食料と水を買い込んでから最後の村を出発した。森の中をてくてく歩く。索敵スキルを展開して魔族が近付いたら分かるようになっているし、防御力上昇のバフも掛かっている。不意打ちの危険性は低く、もしもされてもほとんどの攻撃は無効化出来るだろう。磨上に至っては、素の状態でも近付いてきた低レベルの魔物なら消滅させられるそうだ。


 なので俺と磨上は無警戒にスタスタと森の中に分け入ったわけだが、神原は愕然としていたな。そういえば、低レベルの頃は森の中は怖かったっけな。視界は悪いし魔物は多い。寝ている時ですら気が抜けず、仲間と順番で夜警をするのも大変だった。今は熟睡していてもまぁ、問題無い。


「そんな余裕のカズキも、我にやられてボコボコになった時には結構焦っていたはずだがの」


 磨上が揶揄うように言って、俺は渋面になる。確かにその通り。前回俺は舐めプの挙げ句磨上の罠に嵌まり、ニュービーの頃のように森の中を右往左往したんだっけな。苦い思い出だ。だけど、今回はその辺は抜かりはない。俺は魔法無効化に耐性のあるアイテムを二個も三個も装備しているからな。大昔に使って以来アイテムボックスの片隅に眠っていたものだ。これを装備しておけば、少なくともいきなり魔法無効化の罠に嵌まることは避けられるはずだ。


 そして、途中の村々で装備を整えつつ行けば、食料切れでHPをだだ減らしにする危険性は低くなる。HPさえ十分ならもしも魔法を封じられても俺は簡単には負けない自負があるからな。


 それと今回は磨上が味方側にいる。こいつ程の高レベル勇者なら相手がカンストでも起こしている大魔王でなければ負けることはないだろう。そして敵がそんな大魔王である可能性は低いな。魔王の支配領域に入ったのに、そんな巨大な魔王の魔力は感じないから。ちなみに磨上の時には強大な魔力を感じてはいた。でも俺は自信過剰でこれを軽視した。もうその轍は踏まないぜ。


 しかし、魔物に襲われること無く俺たちは進み、二日後には村に到着した。ここはもう完全に魔王の領域の中の筈だ。かなり魔気が濃い。


 俺たちは村の中に入っていった。中には村人がいたけど、あからさまにこちらを警戒していたな。デジャブだ。前回の冒険の時と同じだ。


「ちょっと良いかな? 俺たちは国王から魔王討伐を依頼された勇者なんだが」


 俺が声を掛けると劇的な反応があった。


「勇者?」


 村人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、家の中に閉じこもってしまった。前回と全く同じだ。俺は磨上を見てしまう。


「まさかお前が手引きしてるんじゃ無いだろうな? 磨上」


「馬鹿な事を言うな。じゃが、確かに我が行った戦略と一緒じゃな」


 磨上が村の中を見回す。そして村の入り口に立ててあるポール。禍々しい色に塗り分けられたトーテムポールみたいな物を指さした。


「アレがあると、村の中の魔気が薄くなって、人間がいても苦しくないようになる。同時に、魔物にここは味方の村だから襲うな、と命ずる目印にもなっておる」


「とすると?」


「ああ、我の戦略をまるっとパクりおったのだろうな。こしゃくな真似を」


 磨上は八重歯を見せてニーッと笑った。妙に嬉しそうな顔だ。その顔を見て神原が震え上がった。すっかり神原は磨上を恐れるようになっちまったな。あんなに何度も襲われれば無理も無い。貞操は守れてるんだろうな?


 しかし、これでは食料の補給も出来なければ、情報も集まらない。どうするか。俺は考え込んだのだが、磨上はそんな俺を笑い飛ばした。


「ふん。考えるまでも無い。こうすれば良いのじゃ」


 磨上はスタスタと歩き出し、とある家の横にある物置小屋の前に立った。そして片手を向けるとぼそっと呪文を発した。


「ファイヤーウォール!」


 途端、物置小屋が炎の柱に包まれた。は? 俺と神原の目が丸くなる。木と藁で出来た物置小屋はそれは盛大に燃えた。ガンガン燃えた。そして火の粉を隣の家に降り掛からせた。家には人が籠もっている。


 磨上は美貌を炎に照らされ、黒髪を振り乱しながら高笑いだ。


「ふはははははは! そぉれ! 出て来て火を消さぬと、村ごと丸焼けになってしまうぞ! 良いのか!」


 磨上は続けて二件三件と物置小屋に火を付けて回った。いきなり人家を燃さないだけ、魔王にしては配慮したという事なんだろうが、それにしてもおい!


「や、止めろ! 何をしてるんだ!」


 しかし狙いは直ぐに分かった。家々から村人が飛び出して大騒ぎになり、村長と男達が磨上の前に飛び出して泣きながら跪いたのだ。


「お、おやめ下さい! どうかお許し下さい!」


「何でも致します! どうか!」


 泣き喚く村人達を磨上はニヤニヤと笑って満足げに睥睨していたな。


「ふむ。では我々に協力して貰おうかの。とりあえず、宿と飯を用意せよ。カズキ、サツキ、火を消してやれ」


 ……俺と神原は文句も言わずに慌てて水魔法で火事を消火して回ったよ。物置きたって、貧しい農民にしては貴重な物品を入れていた小屋だ。こういう世界の農家では、水くみの樽だって滅多に手に入らない貴重品なのだ。燃えてしまったら明日からの生活にも困るだろう。


 俺は溜息を吐きながら、燃えてしまった物置小屋を一つ一つ修復魔法で直して回ったよ。この魔法は高レベルになると、壊れた物品を元通りに修復出来るのだ。燃えてしまったような物を元通りにするにはレベルも魔力も必要で、神原には出来なかったのだろう。随分と驚いていた。


「カズキも随分高レベルなのね」


 そうだぞ。だから俺もちゃんと先輩扱いしろ神原。呼び捨てにするなよな。まぁ、異世界では普通はファーストネームで呼び捨てが普通だから、別に違和感は無いんだけど。


 物置を修復して戻ると、磨上の前に村人達が跪いてへへーっと頭を垂れていた。完全に魔王に屈服した村人の図だ。磨上は今は勇者の筈なんだけど。まぁ、いきなり火を付けて回るなんて魔王の所業だからな。仕方が無い。


「村を消されたくなければ、我に逆らわぬ事だ。次は脅しでは済まぬぞ」


 言い草も魔王そのものだ。村人は震え上がって忠誠を誓約していた。


 俺たちは村人から事情聴取を行う。何でも魔王軍はこの村に来て降伏させたのだが、国王に収めるよりも少ない租税を課すだけで特に殺戮に及ぶ事も無く、それどころか飛べる魔物による物資輸送で迅速な交易が出来るようになり、村人の生活は便利で楽になったのだとか。これらは磨上がやっていたのと全く同じな政策だそうだ。


「魔王様は一度おいでになりましたが、金髪の人間のように見えました」


「ふむ。やはり転生者じゃの。ならば心当たりが無いでもない」


 磨上は呟いていた。どうも以前に転生した時に会った事のある転生者では無いかというのだ。口ぶりだと、前の俺と同じように魔王磨上に挑んで敗れた勇者なのではなかろうか。そういえば前回、俺で五人目の勇者だとか言っていたな。その中に、一度死んでも消滅しないレベル20以上の勇者がいたとしてもおかしくはない。それが次の転移をして、今度は魔王になっているということだろうか。


「ふむふむ。面白くなってきたではないか。人のアイデアをパクっていい気になっている奴など徹底的に潰して凹ませてやろうぞ。のう、カズキよ」


 磨上は勇者がしちゃいけないような恐ろしい目で、ニヤリと笑って見せた。俺はまだ見ぬこの世界の魔王に同情せざるを得なかったね。



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