隣の魔王様
「うわあぁぁぁぁぁあ!」
と叫んだ瞬間、俺の顔面にタブレットPCが落下してきて命中した。
「いてえぇぇぇぇぇぇえええ!」
俺は鼻を押さえて悶絶してしまう。そういえば寝ながら漫画をタブレットPCで読んでいたんだった。
って、いや違うだろ!
俺は飛び起きた。周囲を見回してしまう。
……ここは俺の部屋だ。現代の、地球の。都市郊外の一戸建ての二階にある、六畳間。ベッドがあって勉強机があってタンスがあって、本棚がある。天井ではLEDライトが白々と輝いていた。
……夢? 夢オチなのか? 俺は思ったのだが、いいや、そんな事はない筈だ。夢にしてはあれはあまりにもリアルだった。
だとすれば、俺は異世界で魔王に敗北して、現実世界に強制送還された、という事なのだろうか。
……俺はこれまで、異世界で死んだ事はない。死に掛けた事はたくさんあるけど。だがギリギリで切り抜けてきたのだ。
しかし、今回ばかりは負けた。完敗だった。あの爆乳魔王になす術もなく敗れてしまった。く、くそう! なんだあいつは! 転移者でしかも十六回目の転移者で魔王って、そんなのありか!
しかしとりあえず、異世界で死んでも現実で死んでいなかったのは助かった。やはり異世界の出来事は現実じゃあ無いのかな?
俺は訝りながらつい癖で、ステータスウインドウを開いて項目をチェックした。戦いが終わったあとは経験値とレベルの確認をするのが癖になっているのだ。
で、開いてみて嫌な予感がした。何かがおかしい。俺は真面目にステータスウィンドウの数値を確認して、ショックを受けた。
「れ、レベルが下がってる!」
そう27あったレベルがなんと25に下がっているのである。マジか! どうして!
それに伴って攻撃力や防御力などが下がり、HPも MPもかなり減少している。大きな戦力ダウンだと言えた。俺はキレかけた。
俺のレベルは上がり過ぎていて、いくら戦って魔物を倒しても、もう簡単には上がらないのだ。前回の異世界転移では魔王を倒しても上がらなかったくらいなのである。それがなんと一気に二つもレベルダウン。なんでだ! どうして……!
とそこまで考えて気が付いた。
これは、あれだ。恐らくは死んだことによるペナルティだ。ペナルティで経験値がごっそり奪われたのだろう。なんという事だ。確かに死んでもペナルティが無いとなると問題ではあるけど。それにしても酷い!
経験値とレベルは俺の苦労の結晶だ。異世界に呼び出され、否応もなく戦わされ、終われば現実に帰ってきてしまうせいで、仲間も名誉も持ち帰れない俺にとって、経験値とレベルだけが冒険の確かな証であり報酬なのだ。
それをごっそり奪われたのだ! それは俺がキレて泣き喚くのも無理はないと思って欲しい。
うがーうがーと唸っていると、隣の部屋の妹がドンドンと壁を叩いてきた。
「おーい! うるさいよ兄貴! 何騒いでんの!」
「うるさい! お前なんかにこの苦しみと悲しみが分かるもんか!」
俺は叫んでベッドにひっくり返った。
死亡ペナルティでレベルダウンが起こっているという事は、やはりあれは夢ではなく現実だということなのだ。当たり前の事だが。
つまり俺はあのボインボインな魔王に負けたのだ。手も足も出ずに。わざわざ魔力が使えるようにしてから倒すという舐めプで。一切の言い訳が出来ないくらい完全試合で。負けた。どうにもこうにも認めざるを得ない。
悔しい。もうどうしようもなく悔しい。あの超美人な魔王が俺を憐れむように見ながらとんでもない魔力攻撃を指先一つで放ったシーンが何回も俺の頭の中でプレイバックした。
「くそう! 見てろよあのエロ魔王め! 次に会ったらギタギタにやっつけてやるんだからな!」
「うるさいって言ってんだろバカ兄貴!」
興奮して騒いでいたら、ついに我慢の限界に達した妹が、俺の部屋に突撃してきて俺に向かって枕をぶん投げたのだった。
◇◇◇
それから半月ほどは何も起こらなかった。異世界に呼び出される事もなく、俺は平和な学園生活を送っていた。
あんなに頻繁にあった異世界召喚が半月も無い。これは魔王に敗北したせいで、召喚の優先順位が下がったのではないかと邪推してしまう。
早く異世界に召喚されて、減ってしまった経験値を回復させ再びレベルアップしたいのだが。そういう時に限って召喚されないのだから、世の中はままならない。
現実世界の俺は特に目立つ所もない普通の生徒だった。成績優秀でもスポーツ万能でも無い。ゲームと漫画が好きな普通の高校生。
を演じていた。うん。勉強に関しては、その気になれば魔法で時を止めて、カンニングして凄い得点も取れるんだけどね。そんな事をして目立ったって良いこと無いだろう? スポーツは言わぬもがなだ。オリンピック選手が泣き出すような成績だって不可能では無い。
というか、きっと世界中にいるだろう転生者がオリンピックに出て来たら大変な事になるはずなのに、そういう話はついぞ聞かないのだから、転生者はみんな自重しているのだろうな。
俺は仲の良い友達が何人かいて、クラスの連中とも概ね仲が良かった。イジメを受けている訳でも無い、クラスメートからの羨望を集めている訳でも無い。ちなみに、仲の良い女子は何人もいるけど、彼女はいない。普通の中に埋没した状態だ。うん。良いんじゃ無いか。俺が異世界では高レベルの勇者だなんて知られたら色々面倒だからな。
その日も俺は昇降口で仲の良い友人である篠原と一緒になり、駄弁りながら階段を上った。
「なんか、転校生が来るらしいぞ」
篠原が言って俺は首を傾げた。
「こんな中途半端な時期にか?」
今は十一月で学期の途中では無いか。転校生は普通、学期の変わり目か学年の変わり目に来るものだ。
「知らねー。なんか、職員室で挨拶に来たのを見た奴がいるんだってよ。女らしいぞ」
「ふーん。親の仕事の都合かねぇ」
俺は肩をすくめ、教室の後ろの入り口から入っていった。俺の席は一番後ろの窓際。良い席だ。外にはグラウンドと、その向こうに住宅街が広がる。青空と雲。日当たりも良いし、眠くならないようにするのが大変なくらいだ。
俺は席に座ってバッグを机の横に引っかけた。のだが、その時気が付いた。隣の席が空席になっている。? 昨日まではここには羽川さんという女生徒が座っていた筈だが。羽川さんは近くにいた。俺は声を掛ける。
「羽川、席を移ったのか?」
すると羽川さんは訝しげな顔をして不可解な事を言った。
「何言ってるの? 前から私はここの席だよ?」
は? 俺は驚いた。いや、流石にそれはない。昨日だぞ? 流石に昨日の事は俺も間違えないよ。間に異世界行きが何年も含まれているなら兎も角(異世界に行ってしまうと流石に忘れて友達との約束をすっぽかしてしまい、困った事はある)。
変だとは思ったが、羽川さんにも何か事情があるのかもと、俺はそれ以上追求しなかった。その事情とやらがもしかして俺のことを「キモい」と思っているとかだったら嫌だったし。もしかして異世界帰りの俺に妙な行動があって忌避されたのかも知れないし。
ということで、とりあえず俺はこの出来事はスルーして、ホームルームの時間まで友達連中の席にいって時間を潰した。
「本当だって。見た奴が言ってたんだ! 凄い美人だって?」
「何の話だよ?」
「転校生だよ転校生! 今日来る女の転校生がスゲぇ美人だって話!」
ふーん。と俺はこの時、その話にあんまり興味が持て無かった。美人ねぇ。
美人というと思い浮かぶのは、やっぱりにっくきあんちくしょう。前回の異世界で完敗したあの魔王だった。
俺も異世界歴長いから、妙に容姿端麗な奴が多い異世界で、美女なら色々目にしてきた。何回か組んだパーティには絶世の美女と讃えられた女魔法使いだとか、ドジだけど可愛い女僧侶とか、ツンデレなシーフなんかがいたことがあって、勿論結構仲が良くて、ラブロマンスに発展寸前、まで行った事がある。まぁ、そこまで行くまでに俺が距離を置いたんだが。だって、俺は帰るんだから。恋人なんて作ったら帰れなくなるだろう? 恋人じゃ無くったって別れの際に仲間に涙を流されるのは結構辛かったんだからな。
しかし、そんな俺にもあの女魔王は別格に映ったな。
非の打ち所の無い美貌、自信溢れた表情。露出の多い格好が相応しいメリハリある曲線滑らかなボディ。暗雲漂う空を背景に黒髪を靡かせたあの姿は、うん、難き敵なのにも関わらず目を離せなくなるような強烈な存在感を放っていた。
……アレに比べれば、現実世界の美少女なんて薄くて弱くてまるで敵わないな。テレビに出てくるアイドルとかでも輝きが比較にならない。まして高校生の同級生なんてそりゃもう……。うーん。
実は俺は、現実での実年齢は十六歳なんだけど、その間に異世界に行って何年も冒険してるんだよな。真面目に数えた事無いけど、合計したら二十年くらい余計に生きてるんじゃ無いか? だから俺の精神年齢は三十五歳くらいになっていてもおかしくない訳だ。これではクラスメートが「お子様」に見えるようになってしまっても無理は無いのかもな。何しろ異世界は厳しい世界だ。アッチでは十六歳なんて立派な大人扱いで、女の子はかなりの割合でもう子持ちなのである。
だから俺は現実世界の同級生女子には全く心が惹かれなかった。美人の転校生という本来心躍るようなネタにも冷めていたのはそういう理由による。
そんな事を言っている内に先生がやってきた。俺は席に戻って座って先生を迎える。と、その後ろにもう一人の人影があった。あれが噂の転校生だろうか。
「起立、礼、おはようございます」
というお決まりの朝の挨拶をする。担任は白髪頭の小さな男性教諭だった。その先生が大きな声で紹介する。
「今日からこのクラスに転校生が入る事になった。仲良くするんだぞ」
そして先生に促されて転校生が教壇に上がった。頬杖を突いて何となく眺めていた俺の視界に、長い黒髪がフワッと流れた。
その情景が俺の記憶を刺激した。俺は思わず顔を上げてしまう。転校生は女子。髪の長い女子だった。制服のブレザーを着ていて、変わった所は何も無い。
が、クラスメートはざわめいた。どよめいた。その転校生が非常に印象的な容姿だったからだ。
艶やかな黒髪。制服に包まれたその肢体は非常に伸びやかで滑らかで、それでいて非常に豊満だった。身長が高めなので完全にモデル体型であると言っていいだろう。
そして美人だった。凄い美人だった。目は大きく、ややつり上がり、目尻が色っぽく流れている。鼻はやや高く真っ直ぐで、唇は赤く麗しく、頬は滑らかで白かった。
男子も女子も騒然とするのは当たり前だった。これは、アイドルとか女優とかやっているんですと言われても逆に納得出来るような美人、圧倒的な存在感がある美人だったのだ。彼女は騒然とするクラスメートを見回し、ニィっと笑った。赤い唇の縁から八重歯が覗く。それがまた俺の記憶を刺激した。
そして転校生は明らかに俺の事を見て、それはそれは楽しそうに微笑んだ。
俺は思わず立ち上がった。後ずさった。背筋が寒くなり、全身から汗が噴き出る。周囲のクラスメートが奇異なモノを見るように眺めてくるが、取り繕う余裕がない。
「お、お前は……。まさか……!」
「おい、何してるんだ。席に戻れ浜路」
先生が注意してくるが俺は動けない。転校生から目が離せない。
だって……。こ、こいつは……。絶対、あの魔……。
しかし彼女は俺には構わず、お上品な笑顔を浮かべたまま、いかにも人畜無害という笑顔を浮かべながら皆に自己紹介の挨拶をした。
「転校してきました、磨上 洋子です。よろしくお願い致します」
◇◇◇
「席は浜路の隣が空いてるな。そこに座ってくれ」
「分かりました」
転校生、磨上 洋子は何食わぬ顔をして俺の方へ歩いてきた。俺はもう愕然として動けない。しかし磨上 洋子は何食わぬ顔をして、俺に頭を下げた。
「隣、よろしくお願いしますね」
俺は混乱する。俺の勘はこの女性が絶対アレだと、そう告げている。しかし、態度や口調はアレとは全然違う。一体どういうことなんだ。
しかし、転校生は席に座る直前、俺に流し目をくれながら声は出さずに口を動かした。そしてそのセリフは俺の頭の中に直接響いてきた。
『動揺するな阿呆。話は後ですることにしようではないか。勇者よ』
念話の術だ。俺は愕然とする。や、やっぱり、やっぱりこの女は……。
◇◇◇
生きた心地もしないまま昼休みになった。そこまで俺は隣から発せられるプレッシャーに耐えるのに精一杯で、授業なんて何にも耳に入ってこなかった。
授業間の休みでは磨上は多くのクラスメートに囲まれ、質問攻めに遭っていたな。磨上は如才ない笑顔で様々な質問に答えていた。何でも海外に暮らしていたんだけど、親の仕事の都合で日本に帰ってきたとか。純粋な日本人では無くクオーターなんだとか。俺の耳にも流れて来た。
そして昼休み、ガクブルしている俺の横に磨上が立った。
「ねぇ、浜路君。学校を案内してくれない?」
『おう、勇者よ。我とちょっと話をしようではないか』
キター!
俺は全身から冷や汗をダラダラ垂らしながら頷くしかない。クラスメートは大騒ぎになっていたけどな。男子達からは「なんだそれ!」「いつの間に!」「羨ましい!」なんて声が掛かり、女子からは「え?私が案内するよ?」「何も浜路なんかに案内させなくても」などという声が掛かった。なんだ浜路なんかにって。
「ありがとう。でも、この方と約束していたので」
『ふん。上手く正体を隠しているではないか。感心感心。勇者の力を悪用していたら成敗してやらなければならぬと思っていたのだがな』
副音声が怖いよ。俺と磨上は仕方なく連れ立って教室を出た。
俺たちは歩いて体育館裏まで来た。……不良の喧嘩場所の定番だな。告白の定番場所でもあるけど、こいつが選んだ理由は明らかに前者だろう。決闘だ。
俺は人目が無いことを偵察スキルで確認すると、磨上に向き直った。
「どういうつもりだ! 魔王!」
そう。魔王。この女。磨上 洋子はあの最後の異世界行きで対決した、十六回目の転生だとか言っていた魔王に間違い有るまい。容姿といい、その甚大な魔力といい、その俺を小馬鹿にするような目線といい、明らかにあの魔王だった。
「ふむ。ちゃんと我を覚えていたのだな。感心感心。忘れていたならどうしようかと思ったぞ」
俺はキレた。
「忘れいでか! 俺はお前にやられたせいでレベルが2も下がったんだからな! どうしてくれるんだ!」
俺は全力で叫んだのだが、魔王は意外そうな表情を見せた。
「なんだ。僅か2レベルダウンで済んだのか。思ったよりレベルが高かったんだの。其方」
「な、なんだと?」
僅か2とはなんだ! 25から27になるには世界を少なくとも三つは救う必要があるんだからな! それを「僅か2」だなんて。
「何を勘違いしておるか。我は褒めておるのじゃぞ?」
「な、何だと?」
魔王はあの戦いの時を思い起こさせる、憐憫に満ちた表情で俺に言った。
「あのな。其方は死んだのじゃぞ? あの世界で我に消し飛ばされた。死んだ人間はどうなる? 普通は消滅するものじゃ。それがレベル2ダウンで済んだなんて僥倖じゃろう。そうではないか?」
……それは確かにその通りだ。
実際、俺がレベル25で死んだのだったら俺は計算上、もっとレベルが消し飛ばされて、2とか3しかレベルが残らなかった可能性がある。レベル20以下なら経験値が足りなくて、魔王が言うとおり消滅を余儀なくされていたかもしれない。
「勇者よ。転移者はうっかり異世界を現実でないと見做して、無謀な事に挑む傾向がある。しかし異世界もしっかり現実じゃ。死ねば普通は死ぬ。其方は運が良かっただけじゃ。それを心得よ」
お説教を喰らってしまった。しかし言っている事は至極真っ当だ。
「魔法無効術を解除してやった時、なぜ即座にテレポートして逃げなんだ。王城に撤退して戦略の練り直しを図るべきだったであろうに。魔法無効術が有効な3以上のレベル差はあの時点で確定だったのじゃ。それを無謀にも立ち向かおうなどと、愚かにも程がある」
うぐぐぐ。胸が痛い。確かに無謀だった。しかし……。
「お、俺は勇者だ! 勇者には勝てなくても戦わなければならない時というのがあるんだ!」
「その結果が無残な敗北と、守るべき人類の滅亡では世話は無いではないか」
全くもって正論でぐうの音も出ない。……って。
「あ、あの後あの世界はどうなったんだ!」
魔王は心底呆れかえったような表情で言った。
「見事我が滅ぼしたに決まっておろうが。人類は全て魔族化して、世界は魔界になった。めでたしめでたしじゃ」
「な、何という酷いことを!」
俺は思わず叫んだのだが、魔王の表情は呆れたような微笑みから一切変わらなかった。
「我にとって世界の魔界落ちこそ勝利じゃ。人間も魔族化して、魔物と人間の争いは無くなった。あの世界に平和が訪れたのじゃ。何処が酷いのじゃ」
……? ? ? ?
俺はちょっと脳がバグりそうになった。えーっと。魔王が勝って世界が魔気で覆われると、人間は死ぬか魔族化する。それは知っている。しかし、するとどうなるかまで、俺は考えた事が無かったのだ。
「魔物の世界は弱肉強食。故に弱い者は強い者に逆らわぬ。それ故強固な階級社会が出来るから、逆に争い事はほとんど起こらぬ。平和な世界じゃ。むしろ人間の方が無駄な争い事を起こすではないか」
……確かに、何処の世界の王様も、名君とは言い難かったものだ。自らの贅沢のために民に重税を課して民を困窮させ、魔王との戦いの最中だというのに宮廷闘争は絶えず、内戦まで起こしていた。人類に存亡の危機が迫っているのにそんな事をしている場合か! と何度も言いたくなった事は事実だ。
だ、だが……! 俺は頭をブルブルと振った。
「お、俺は人類を信じる。弱肉強食の世界より、人間が助け合って生きる世界の方が大きな可能性を秘めていると信じているからだ!」
俺が叫ぶと、魔王は切れ長の目を大きく見開いた。
「これはなんと。面白い事を言う奴じゃ。なるほどなるほど。道理で九回も召喚されたのに、人間側の勇者になる訳じゃな。とんだお人好しじゃ」
魔王は面白そうにククククっと笑った。
「わざわざ狙って転校してきた甲斐があったというものぞ」
なんだ? どういう意味だ? 驚く俺に魔王は自慢げな表情で言う。
「あの世界を滅ぼして元の世界に帰還したら、何と倒したはずの勇者の気配があるではないか。これは面白いと思ってな。親が日本に戻るというので、ちょっと色々いじってこの学校のあのクラスに転校出来るようにしたのじゃ」
……こいつくらいのレベルになれば、他人の記憶や情報をいじって操るなんて事もお手の物なんだろう。それで転校どころか座る席まで操作して俺の隣の席に収まったのに違いない。
不意に魔王は俺に歩み寄った。俺は身構えるが、魔王はそのまま俺の懐に入り込むと、俺の顎を細くて白い指で掴んで自分の顔を限界まで近付けた。唇が触れる寸前だ。き、キ……!
「まぁ、よろしく頼むぞ。勇者よ。我を飽きさせないようにせよ」
魔王はそのまま俺の横をすり抜けて、スタスタと歩き去って行った。体育館裏に寒風が吹き抜ける。俺は思わずへたり込んだ。
とんでもない、とんでもない事になった。
俺はそう思いながらも、なんだか妙に熱い頬とドクドクと波打つ胸に戸惑いを隠せなかったものである。