九回目の異世界
異世界召喚を受けたのは、これが九回目だった。
なんだろうなあれ。異世界転移したくてウズウズしている奴は他にもいる筈なんだから、順番に選べば良いのに。なんで俺を何度も呼ぶんだよ。
とりあえず俺こと浜路 和樹は、十六歳の普通の高校生だったのに、ある日突然異世界に召喚されて勇者になった。何で全然知らない世界から来た人間をいきなり勇者認定するんだろうな。ファンタジー世界の人間って。これが一回目だ。
まぁ、説明によると異世界から来た人間は不思議な力を持っている事が多いからだという事だったけど。実際、俺は転移したら妙なスキルを色々授かっていた。魔法とかクリティカル補正だとかな。最初はもちろん低レベルだから、そんなに沢山の事は出来なかったし、使えるスキルも多くなかったんだけど。
で、俺は勇者認定されたので魔王討伐の旅に出された。強制だ。路銀は出すから。お前なら大丈夫だから。と説得されて、魔王を倒せば褒美は思いのままだと約束されて俺は王城を追い出された。
参ったけど、魔王城の方に旅して、モンスターやら野盗やらを倒している内に俺も慣れて、段々強くなり、途中で仲間も出来て順調に旅を続けられた。
そして何年も色々苦闘した末にだけど、魔王を倒すことが出来た。その頃には俺もかなり強くなっていて、装備も整っていたし仲間も強くなっていたから、艦隊決戦もかくやというような壮絶な戦いだったぜ。
魔王を倒し、魔王の持っていた魔力の核を破壊すると、魔界に落ち掛けていた世界は浄化される。これで俺の任務は完了だ。
俺たちは王城へと帰還した。王様は跪いて俺に感謝してくれたぜ。で、王国で栄耀栄華を与えるからこのまま暮らしてくれと言われた。
だけど俺は褒美に、多額の費用が掛かる(高価な魔法石を沢山使うらしい)召喚術を使って、俺を元の世界に送り返してくれるように頼んだ。
王様も仲間も惜しんだけど、やっぱり元の世界に帰りたかったんだよね。で、召喚術を行ってもらい、俺は現実世界に帰ってきた。
面白いことに、俺は異世界では何年経っても歳を取らないみたいだった。帰ってきてみると、これがビックリ、一分だって経過していない。召喚された俺の部屋にそのまま帰ってきた。お袋に見つかる前に鎧兜から洋服に着替えたよ。アイテムは魔法で収納出来たしな。
そう、魔法。俺は異世界から帰ってきたのに、スキルやアイテムはそのまま持っていたのだ。……あの大砲並の魔法も使えるのかな? 怖いから試さなかったけど。
俺はそのまま日常に復帰した。魔法や便利なスキルを使えると言ってもあんまり日常には役に立たない。あ、でも、自動翻訳のスキルは英語の授業で活躍したな。突然英語がペラペラになった俺に先生が驚いていたっけ。
で、俺が現実世界に慣れて(水道も電気も無い世界から帰ってきて、俺はそのありがたみを嫌というほど感じたね。それととりあえず飯が泣くほど美味い)、ようやく落ち着きだした二ヶ月後。
二回目の召喚を受けた。
おいおい。俺は呆れたけど、今度の世界は魔王が既に世界を征服し掛けていて、人間の領域はもう王城の近辺だけ。絶望的な状況だった。王様に泣いて頼まれて、俺は仕方なく二回目の魔王討伐の旅に出た。
だけどまぁ、二回目だ。しかもスキルは前回の転生の最高スキル、最高装備のままだ。俺はバッサバッサと魔物を倒しながら進んだけど、今回は何しろ人間がほとんど生き残っていない。仲間はいないし、宿にも食料にも事欠く有様でその面では本当に苦労した。何度か王城まで物資不足での撤退を余儀なくされたほどだ。
そして魔王城周辺の敵は魔界の気が濃くなっていたからか、前の魔王城の敵よりもずっと強くなっていた。なんとか見付けた仲間と共に、俺は何年も戦い、そして遂に魔王を切り裂き、世界を浄化することに成功したのだった。
王城に帰り大感謝を受け、そして引き留めを振り切って俺は現実世界に帰還した。
そして三日後にまた召喚された。
冗談じゃないよ。俺はちょっと、流石に召喚した魔法使いに怒った。しかしながら魔法使い曰く、強い魔力を持った異世界人を召喚しただけなので、俺を好んで選んだわけではないのだという。そういう設定だと俺が引っ掛かる可能性は高くなるだろうよ。俺は何しろ二回も魔王を倒し、もの凄いレベルになっている。最大級の魔法を放ったら日本列島の半分くらいは消し飛ばせると思う。
王様に是非に是非にと縋り付いて頼まれて、仕方なく俺はまた魔王と戦った。三回目となるともう苦戦する事もほとんど無かった。面白いのはどの世界でも出てくる魔物はあんまり変わらない事だったな。流石にボスクラスは違うけど。
そして一年くらいで俺は見事魔王を打ち倒して、現実に帰還した。
で、次の日にまた召喚された。
間隔を短くしてくるんじゃねぇよ! と俺は頭を掻きむしったね。もう少し現実世界を楽しませてくれよ。俺はお袋の飯と、漫画とゲームが楽しみで現実に帰還してるんだよ! 一年我慢したのに一日じゃあ何も出来ないじゃねぇか!
しかし、今回はおっさんの王様だけでなく、美人の姫君までが泣いて俺に魔王を倒してくれと頼んできた。……仕方が無い。俺は仕方なく剣を取った。
同行してこようとする連中は断った。なにげに、異世界から帰還するときに苦楽を共にした仲間と別れるのは辛いことだったのだ。出来れば仲の良い相手は作らない方が良い。彼女なんてとんでもない。それに多分、今回はそう時間は掛からないだろうよ。
実際、三回の魔王討伐実績を持つ俺の強さは規格外で、防御力があまりに増した俺はもはや攻撃を避ける必要もなく、真っ直ぐに魔王城を目指してそのまま蹂躙し、魔王もさして苦戦する事もなく撃ち倒した。
あまりの早さに目が点になっている国王と姫を尻目に、俺はまた現実へと帰還したのだった。
……これが四回目。この後四回、俺は数日おきに異世界に召喚されたのだった。そうなるともう慣れてしまって、アルバイト感覚というか、ハイハイまたね、くらいの感慨しか抱けなくなってしまったな。
いや、異世界の連中は真剣なのよ。命掛かってるんだから当たり前だな。でもなぁ、俺はもうレベルがあまりにも高過ぎて、その辺の雑魚モンスターなら触るだけで消滅だし、空は飛べるし何なら一度移動した所には魔法で簡単に行ける。その魔力も事実上無限大で、核爆弾並みの一撃を世界の端から端まで撃ち込めるだろうから、多分スタート地点の王城から一歩も動くこと無く魔王を滅ぼせるだろうよ。その気になれば。
こんなんになってしまうと、現実世界で暮らすのも大変なのだ。何せ肩をぶつけてしまっただけで相手が消滅しかねない。舌打ちしただけで辺り一面が火の海になってしまうかも知れない。喧嘩? スポーツ? そんな事したら東京が壊滅しちゃうよ。そーっと、大人しく生きるしか無い。
だから数日おきに召喚されてむしろホッとするところもあった。異世界なら多少の失敗は勇者だからで許される。再生魔法で物なら何でも治せたし、瀕死くらいなら回復させられるしな。ちなみに蘇生魔法はどこの異世界にも存在しなかった。
そんな感じなので、俺は現実世界に何か心残りが(明日がゲームの発売日だとか、お袋が俺の好物を作ってくれる予定だとか)無い限りは、異世界で舐めプして数年を過ごすようになっていた。適当に遊びながら戦い、魔王討伐を長引かせる訳だ。勇者だからみんな崇め奉ってくれるし、モテるからな。良い気分で暮らせたんだよ。で、飽きたら魔王を速攻滅ぼして現実世界に帰る。
そんな生活を繰り返していた俺はある日、九回目の異世界召喚を受けたのだった。
◇◇◇
王城の召喚の間で狂喜乱舞する魔法使いやお役人に囲まれるのも九回目となると、何の驚きも意外性も無い。俺は即座に翻訳魔法を起動して、涙ぐんでいる魔法使いに尋ねる。
「あー、それで、魔王は何処にいる? 勢力はどれくらい? 人類はどれくらい追い込まれている?」
俺のいきなりの質問にその魔法使いは驚いていたけれど、俺としては「ここは何処なんだ! どうして俺はこんな所にいるんだ!」なんて驚きは一回目でもう十分やったので省きたいのだ。
唖然とする魔法使いや役人から手際良く情報を収集した結果、どうやら魔王の勢力はまだそれほど大きくはないが、非常に強い魔王軍が確実に勢力を拡大しており、人類の軍隊は連戦連敗であるとのこと。ふーん。
王様と会わされた俺は魔王討伐を了承して、同時に「終わったら帰るから、召喚術の用意をしておいてくれ」と頼んだ。この時は現実世界の家のベッドで漫画の新刊を読んでいる途中だったのだ。先が気になっていたのである。直ぐ終わらせて帰って漫画読もう。そんな考えだった。
で、俺は王様から路銀を貰って(これが金貨や銀貨なので、現実世界に持ち帰って古物商に売ると良い小遣いになったんだよね)魔王討伐に出発した。同行すると申し出た魔法使いやプリーストは断ったよ。俺は王城のベランダからポンと飛び上がって空に舞い上がった。人間が飛べるなんて思いもしてない王城の連中は目が点になってたな。
で、魔王が支配している領域にまで飛んで行く。魔王城の位置は分からないという事だったので、俺はとりあえず魔王の支配領域で、魔物に支配されている村を探した。そういう村で魔物を駆逐して村を救い、そこで魔王についての情報を収集するのが魔王討伐のセオリーだ。
手頃な村を発見したので、俺は上空から偵察を行った。魔物には飛べる奴も多いけど、人間がまさか飛ぶとは思っていないから普通は上空を警戒したりしない。なので俺はゆっくりと村の上空を旋回して観察する。
……おや?
王城で聞いてきた話だと、ここら辺は間違い無く魔物の支配領域で、この村は魔物に支配されている筈だった。
魔物に支配された村というのは、まぁ、想像すれば分かると思うけど酷いもんなのだ。収穫物は奪われ、歯向かうものは殺される。それならマシな方で、面白半分に村が焼かれたり、遊びで子供が殺されたりもする。
一応は収奪の概念があるらしく、村を皆殺しにすることはあんまり無いが、魔物に支配された村というのは恐怖と絶望に支配されているものなのだ。
しかし、上空から見た限りでは、この村は普通の状況のように見えた。村人は普通に農作業に勤しんでいたし、子供は普通に遊んでいた。村が荒らされた様子もない。
もしかして魔王軍がこの地域を支配しているというのは間違いだったのか? 俺は訝しみ、地上に降りると、歩いて村へと入っていった。
典型的な農村で、茅葺き屋根の平屋が三十件ほど建っていた。村の周囲の畑で農作物を作り、それで租税を納め残りを売って必要な物品を買う。現代基準では貧しい暮らしだけど、異世界では大都会以外のところはみんなこんな感じである。
魔王軍に占領された村や街なら、勇者が来たと聞けばそれはみんな大歓迎してくれる。占領していた魔物を討伐すれば泣いて感謝され、食べ物などの必要物資やアイテムを出してくれるのが普通である。
のだが、この村では様子が違う。俺が村の門を潜って村の中央通りに入ると、不審そうな視線が集中した。まぁ、俺は黒髪黒目という典型的な日本人の容姿で、異世界人は大体ヨーロッパとアジア人の中間みたいな整った都合の良い容姿をしている。だから俺は目立つと思う。しかしこれまで、こんな目で見られた事はなかったと思うがね。
俺は若干引きながらも、村人の一人、中年のおばちゃんに声を掛けてみた。おばちゃんには話好きが多いからな。情報収集はまず中年女性から。基本だ。
「ちょっと尋ねたいんだが」
「……なんだい」
警戒心も露わに女性は応じた。俺はなるべくにこやかに笑顔を浮かべた。
「この辺に魔物がたくさん出ると聞いたんだが?」
「……出るとしたらどうするね」
うーん。塩対応。俺は思い切ってカミングアウトすることにした。このままでは埒が開かない。
「俺は王様から認定された『勇者』だ。魔王を倒すために旅をしている。何か魔王軍に関わる情報を知っていれば教えて欲しいんだが」
「勇者?」
その言葉の効果は劇的だった。村人たちの顔色が変わる。
俺と話していたおばちゃんはさっと子供を抱き上げると走り去った。他の村人も蜘蛛の子散らすように走り出すと、自分の家に閉じこもった。家畜の鶏や豚さえも俺を避けて身を潜める始末だ。俺の周囲から生き物の気配が消えた。……え?
誰もいなくなった村で呆然としていると、建物の中から声が響いた。
「帰れ! 王の手先! あんたなんかが魔王様に勝てるもんか!」
手先って、まぁ、そう言われればそうなんだが。それと、なんだか魔王を応援しているような気配があるな。この口振りだと。
俺は結局この村での情報収集を諦めた。
……俺は仕方なく先に進むことにした。
◇◇◇
……どういうことなんだ? これは。
俺はそれから三つの村を発見したんだけど、これが何処も塩対応。いや、もう完全に拒絶された。俺が勇者である事を明かすと即刻拒絶、無視だ。うーん。
魔物の痕跡はあるんだよ。魔気の濃度も高くて、こんな所に何時までも人間が暮らしていたら、その内に段々魔気で身体も心も侵されて魔物化してしまう。普通の人間ならもう苦しみ初めても良いような濃度なんだけど、村人達は平気な顔をしていたな。
しかし困った。全く情報が集まらない。初期の頃の冒険だったら、食料も手に入らず休息も出来ないで困っただろうな。今の俺ならダメなら直ぐに王都までテレポートの魔法で帰れるから困らないけど(一度来たところには魔法で来られるので、もう一度ここに来るのも一瞬だ)。しかし、何の情報も無いのにこのまま進んでも良いものか?
初期の頃の冒険なら、油断と慢心が大ピンチを呼んだ事は何度もある。しかし、今の俺なら余程の不意打ちを喰らったとしてもまず負けることはあり得ない。背後からミサイルぶち込まれても無傷だろうからな。今の俺は。
結局、俺は情報収集を諦めて真っ直ぐに魔王城へと進んだ。まぁ、行けんだろ、みたいな甘い考えだった。……つまりこの時、既に俺はすっかり魔王の術中に嵌まっていたわけだな。
俺はすっかり油断していたから、ドンドン濃くなる魔気の中を進んだ。しかし、魔物が全然現れない。一回も戦いが起こらない。おかしい。下級の魔物は人間を見付けると無条件に襲って来る奴もいるというのに。
俺くらいになると、魔力の強さを感知出来るようになるから、魔王城の方向は分かる。そして魔物が潜んでいたなら直ぐ分かる筈なのだが。
まぁ、いいか。と魔王城に向かって真っ直ぐ飛ぶ。そしていよいよ魔気が強くなってきたな、と思ったその時だった。
突然、俺は浮力を失った。な、なんだ? 慌てて浮遊魔法を掛け直しても飛ぶ事が出来ない。俺はなすすべなくかなりの上空から地面に落下した。そこは深い森の上空だった。
「うわあぁぁぁぁあ!」
漫画のように地面にクレーターが出来る事はなかったな。地面に叩きつけられたおれは三回くらいバウンドしたよ。ぐおー! さ、流石に痛い。ヒットポイントが二割くらい減ったぞ! って、おかしい?
俺には物理攻撃、魔法攻撃耐性上昇のバフが掛けてあった筈だ。確かにあんな高さから落ちたなら、多少のダメージは喰らうだろうけど、それにしたって魔物の魔力弾を軽く跳ね返す俺の防御力で、いきなり全HPの二割ものダメージを負うはずがない。
俺は慌ててステータスを確かめる。するとバフが消えているどころか、ダメージ率上昇のデバフまでが掛けられていることが判明したのだ。な、なんだと?
そして更に驚きだったのは、HPを回復させようと治療魔法を自分に掛けようとしたのに、なんとMPは減ったのに魔法が発動しない事だ。なんだと? つまり俺は魔法を封じられているのだ。突然飛行魔法が効力を失ったのはそのせいだろう。魔法無効の術をかけられたのだ。
そ、そんなバカな!
確かに、魔法無効術というものはある。初期の頃、魔物の中にこの技を使う奴がいて、かなり苦しめられた。しかしながら、魔法無効が効力を発揮するには、術者側が相手よりもかなり高レベルである必要がある筈だ。
俺は今の時点でレベルは27だ。前回倒した魔王のレベルは15だった。それはそうだ。俺は九回目だもの。なのにその俺が魔力無効に囚われ、しかもデバフまで掛けられている。これは敵が、おそらく魔王のレベルが30以上であることを示していた。
俺はゾッとした。しまった。まさかこの世界の魔王がそんな高レベルだなんて。
ここ数回の冒険で、俺より強い魔王などいなかったから完全に油断していた。当然、そういう可能性も考えておくべきだったのだ。俺のレベルは別にカンストしているわけではないのだから。
とにかく、魔法が使えず、デバフで防御力も魔法防御も衰えている俺がこのまま進むのは危険過ぎる。俺は魔王城に向けて進むのを諦めて戻る事にした。飛べないしもちろんテレポートも出来ないので徒歩でだ。方向も怪しい森の中をトボトボと歩く。
しかしすぐさま困難にぶつかった。しまった。水も食料も無い。飛んでいってあっという間に決着をつけるつもりだった事。補給しようにも途中の村では塩対応過ぎて無理だった事が原因である。俺はすぐさま飢えと渇きに苦しむ事になった。懐かしいなぁ、最初の冒険では森の迷宮にハマって仲間と五人で、飲まず食わずで死にかけたっけなぁ。
って、懐かしんでいる場合ではない。当時よりHPは多いとはいえ、今はダメージ率上昇のデバフも掛かっている。自動回復のバフも切れている。このまま迷い続ければ命に関わる。
そして更に悪辣な事に、この期に及んで魔物が出るようになったのだ。飛んでいる最中には全然見なかったのに。
しかも魔物は生意気にも正面から攻撃するのではなく、俺の後ろや側面から奇襲を仕掛けて来た。更に、攻撃したらすぐさま逃げ去るヒットアンドウエイの戦法を仕掛けてきたのだ。俺が休息していると木々の間からドカンとくる。俺が攻撃しようとすると逃げる。うざい事極まりない。
しかし俺はゆっくり休息を取る事も出来ず、ジワジワズルズルとHPを減らされ続けた。まずい。これは本当にまずい。俺はもはや恥も外聞もなく、木の葉を齧り朝露を集めて飲んでなんとかHP減少を食い止めようとした。
しかしながらそんな程度ではどうにもならない。俺は疲労困憊し、HPは残り二割になってしまった。
そしてその時、奴が現れたのだった。
◇◇◇
「ほほう。大したものだ。まだ生きておるとはの」
大木の木の根に寄り掛かって休息を取っていた俺は上空から降ってきた声に身構えた。な、なんだ!
「あれほど念入りに弱らせたのに。感心感心。良い根性じゃ。勇者はそうでなくてはな」
俺がキッと上空を見上げると、飛行型の魔物がウヨウヨと飛び回る中心に、そいつがいた。
俺は思わず生唾を飲み込んでしまったね。それはなんというか、色っぽい美女だったのだ。
長い黒髪の超美人。一言で言ったらそんな感じだ。その超美人が、ナイスバディをピッタリ身体の曲線が浮き出るいわゆるハイレグなボンテージファッションで包んでいる。なんというか、むちゃくちゃ色っぽい。
人間型の魔物は珍しくは無いけども、どうも雰囲気が違う。角も翼も生えていないその容姿は、人間にしか見えなかった。しかも、異世界の人間ぽくない。
切れ長で吊り上がった目も、高過ぎない鼻も、嫣然と微笑む唇も、白く滑らかな輪郭も、作り物のように美しいけど、日本人ぽいのだ。
そしてその圧倒的な魔力、存在感。こいつが魔王に間違いない。俺は直感した。ま、まさか……。
「て、転移者! 転移者が魔王をやっているのか?」
俺が叫ぶと、美女はにぃっと目を細めた。
「ほほう。勘も良い。ますます良い」
俺は愕然とした。この瞬間まで「転移者は勇者になる」と思い込んでいたからな。
「おうとも。我は転移者じゃ。勇者よ。しかしそれを知ってももう遅いな。其方に出来る事は何もない。大人しく退場せよ」
うぬぬぬ、そ、そうはいくか!
「俺は勇者だ! しかも八回も世界を救ったな! この程度でやられるものか!」
しかし美女魔王はフフンと鼻で笑った。
「九回目か。どうりで高レベルな筈じゃの。正面からやり合わなくて正解だったわ」
魔王は上空でゆるりとその肢体をくねらせる。
「ま、高レベルの勇者は慢心して突っ込んで来るものじゃからな。しかしいつも自分が所詮人間である事を忘れる。魔力を封じられれば、普通の人間と同じように食事と睡眠が必要な事を忘れるのじゃ」
魔王は俺を見ながら嘲笑う。
「途中の村は我に好意的じゃったであろう? あれはな、勇者一行に補給をさせないためじゃ。そのために魔物に襲わせず、租税を王よりも低くして優遇して味方にしたのじゃ。レベルの低い勇者ならあれで補給が続かず先に進めぬ」
な、なんと。確かにレベルの低い頃は歩きで旅をしていたのだ。その際には途中の村や町での補給は必須だった。もしも補給が出来なくなれば、旅は到底続けられなくなる。
「そして高レベルの勇者は、食糧を持たぬ状況で魔王城近辺にまで誘い込み、魔力を封じればやはり干上がるしかない」
ぐうの音も出ない。俺はまさに今干上がり掛けている。
「魔物を正面から勇者に挑ませるなど愚の骨頂じゃ。単に勇者にレベルアップの糧を与えるだけ。出来るだけ温存し、正面からは戦わせず、勇者の体力を削らせるべきなのじゃ」
確かに、魔法が無くても俺の剣は健在だ。魔物が正面から来るなら負けるはずが無い。が、戦ってくれなければ倒しようがない。
「こうして我は既に四人の勇者を屠っておる。王城で聞かなかったかの?」
……そういえば王様とか城の魔法使いとかが何かを言っていたような……。なんと、この世界に召喚された勇者は俺が一人目では無かったのだ。
「……くっ! だけど、俺は負けない! 尋常に勝負しろ魔王! こんな姑息な手を使うなんて、俺が怖いのか?」
俺は必死に魔王を挑発する。どうやら魔王の方がレベルは高いようだが、初期の頃は俺だってまだレベルが低く、魔王のレベルの方が高い事もあったのだ。それでも俺は勝ってきた。正面から戦えれば勝算はある。
魔王は赤い唇を大きく歪めた。八重歯がちらっと覗く。俺に向かってスッと手を伸ばし、細い人差し指をピッと振った。
その瞬間、俺の魔力無効化が解除された。
ヨシ! 挑発に乗ってきた! 俺は内心で快哉を叫んだ。HPは残り少ないが、MPは十分にあるのだ。俺は早速、自分に治癒魔法を掛けようとした。
「まさかせっかく戦えるようにしてやったのに、姑息な事はせんだろうな?」
……俺はグッとなった。尋常に勝負しろと言ったのは、俺だ。その俺が魔王に「姑息」と言われるような真似は出来ない。俺は勇者なのだ。
俺は治癒魔法を中止して、飛行魔法で空に舞い上がった。
「俺を甘く見たことを後悔させてやるぞ! 魔王!」
俺は叫ぶと魔力を高め、俺の持つ最大級の攻撃魔法の術式を組み始めた。これ一撃で日本列島をも消し飛ばせる凶悪な魔法だ。あまりに強過ぎるので今まで全力で放った事はない。しかしここは出し惜しみなど出来まい。
身体にバリバリと雷光を纏わせて魔力を高める俺を、魔王はアーモンド形の目を細めて見ていた。全然動揺していない。麗しい唇が開く。
「勇者よ。教えておいてやる」
俺は集中を切らさない。術式は組み上がり、魔力は剣に宿りつつある。この剣を振るえば魔力は爆発的に撃ち出されて魔王をこの世から消し飛ばすだろう。今更何を言っても遅い。
しかし、魔王は憐れみさえ感じさせる口調で言った。
「其方は九回目かも知れんが、我は十六回目じゃ。可哀想じゃがレベルが違うんじゃ」
…え? じゅ、十六回目?
愕然とする俺の前で巨大な魔力が突然膨れ上がる。見れば魔王の頭上に真っ黒な魔力の塊が一瞬で形成されていた。その圧倒的な魔力は、俺の術なんて比較にならないような巨大なものだったのだ。こんなモノが解放されたら……、地球が消えてしまうかも知れない。
「さらばじゃ、勇者よ。運が良ければまた会えるじゃろう」
と、魔王はよく分からない事を言い残すと、人差し指を無造作に振った。
それだけで真っ黒な魔力の塊は俺にドーンと襲い掛かってきた。それは絶望的を具現化したような光景だった。
「うわあぁぁぁあ!」
俺は反射的に自分の術を解放した。剣から金色の魔力が撃ち出されて黒い魔力にぶち当たり……。
何も起こらなかった。あまりにも魔力量が違い過ぎる。大波に水鉄砲を撃つようなモノだった。
「ぎゃあぁぁぁぁああああ!」
俺は黒い魔力に飲み込まれた。魔力防御なんて紙のような効果しか無かった。俺は焼かれ、引き裂かれ、すり潰され、かき混ぜられ、原子に還元し……。
この世界から消滅した。