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幕間「流される血」

 

「陛下! あのご依頼はいったいどういうおつもりですか!」


 理不尽な行いに我慢が出来ず、つい声を荒げてしまう。

 場所はコアコセリフ国王都の中央にそびえる王城。その中でも亜人推進派が密会に使うことが多い"デミサイド"と呼ばれる亜人種が主に働いている区画の一室。

 窓から差し込んでくる月光がすっかり日も暮れていることを教えてくれる中、怒り震えていると対面のソファに腰を下ろされている陛下――ユリウス・ド・コアコセリフ陛下はまるで怒られた子供のように両手で耳をふさがれた。


「あーあーきこえぬのう」

「国王陛下!」

「あまり大きな声を出すでない、ここも秘密裏な会話をする場所に不向きだといっておるじゃろうに」


 まったく、このお方は幼少の時目をかけていただいた時から本当に変わっておられない。都合の悪い事となるとすぐ耳をふさいでごまかそうとなさる。

 本来であれば、ここまで強く言えば一市民でしかない私はただでは済まないだろう。だが、ロルソスと自分ギアンはリヴェリクと同い年くらいの頃から身分を隠した陛下に出逢い、あまたの冒険を繰り広げた仲だ。


 だからこそお互いに身分を気にせず意見しあうこともできるし、陛下があれだけロルソスのことを覚えておられるのも当然だろうし、この私に一番重要であるチテシワモ地区の防衛を任せたのも信頼の証だと思っている。


 だが、今回の"あの件"はあまりにも性急すぎた。

 すでに五十も近い私に比べ、リヴェリクはまだ二十を過ぎたばかりの若造。長年連れ添った友人の息子だからとはいえ"この件"に巻き込むにはあまりにも若すぎるし、なにより何が起きるか判断しきれない。

 適当にしらばっくれようとする陛下にしびれを切らし、苛立ちを抑えきれないまま頭を振る。


「国王陛下! しかし、リヴェリクは――」

「儂が亜人推進政権を勃発するために奮闘してくれた騎士ロルソスの大事な一人息子であり、未来有望な一兵士、そうじゃなギアン」

「っ、その、通りです!」


 おどけ続けるかと思われた陛下は耳から手を外され、まじめなお顔で手を組まれてしまった。

 突然まじめに切り返された動揺で勢いを殺されてしまう。


「おぬしの言いたいことは理解しておる。此度の件が一人の国民を危険にさらす可能性があることも、本来であれば儂ら老骨が身を張らねばならぬということもな」

「っ! やはりあなたは分かっていて……!」

「だとすればどうだとういのだ、ギアン」

「何をされているのか分かっているのですか!! あの事件に若い人間を巻き込むのはおやめください! あの子は――リヴェリクは何も知らない一般人なのですぞ!」

「……儂もあのように純粋に騎士を目指す若者を巻き込むのは気が引ける。しかし、此度の問題はそれを理由に見過ごすには大きすぎる。この国にとって騎士は市民にとって誉れであり憧憬の的、その存在を揺るがす」

「それは……そうですが……」


 悔しいがユリウス陛下の指摘に返す言葉は出てこなかった。

 陛下が直接顔をお店になるほどの大ごとである今回の件、"亜人攫い"の一件は最悪、騎士という称号を揺るがしかねない一件だ。

 実際今回の"亜人攫い"は足取りどころかそもそも"何をしたいのか"さえはっきりしない。今現在、秘密裏に協力してもらっている有力者の情報網でも、国外の人間に亜人の奴隷が流れていることだけ……今回の件だって偶然発覚したに過ぎず、リヴェリクしか適任がいないのも確かである。


「しかし……いくらなんでも……」

「おぬしの親友の血縁。それも部下の事じゃ、心労は察するに余りある。じゃが、相手が相手。こちらも打てる手は打たねばならぬ」

「……王たるあなたでもほかに手はなかったと?」

「好きで我が国民を一人犠牲にしようなどと誰が思う物か。儂が死ねるのならとっととこの老いぼれの命など投げ捨てたわ。それとも、儂がそこまで堕ちたと思うたか、ギアン」

「いえ……国を思って動いてくださっているのは重々承知、です」

「すまぬな。彼奴等とて自らも省みれない大馬鹿ではない。自らの尻尾を亜人たちよりも慎重に隠し続けておる。此度の件を放っておけば、亜人を排除しようとする教国側の人間や、亜人を軽視し利用しようともくろんでいる帝国に情報が流れていくかもしれぬ」

「まさか。この件に教国や帝国も関わっていると?」

「そこまでは分からぬ。じゃが、宰相に亜人を招きたいのなら放っておくなとさんざ釘を刺されておってな。儂の代である程度減らしておかねば国が傾く。わかるな、ギアンよ」

「……はい」


 さっきとは別種の悔しさに耐えさせられ拳を握った。

 昔からこの方が権力を振りかざすのは国のためで、個人の思いや友人たちの情を挟むことはほとんどない。長年連れ添ったからこそ、王の態度は仕方ないとさえ首を振ることもできる。

 だが……だが、分かっていても悔しくなってしまう。


 ――やはり内情を話してはくださらないのか……。


 此度もまた独断で行われたことに対しての憤りと頼られない自分への無力感、そして巻き込んでしまう若者への罪悪感に侵され、最近皺が深くなった口元から重苦しいため息が漏れ出す。

 私の態度に慣れっこだったはずの陛下もさすがに応えたのかうろ得た多様に咳をし、「あーなんじゃ」と口を開く。


「ギアンよ、そんなに落ち込むでない。此度の事件はあまりに根深く、慎重に動かねばならぬ。儂とて話せるならば話してやりたかったし、頼れるのであれば頼りたい……」

「……いつもそうおっしゃられるので信用できませぬな、陛下」

「ぐ、むう……。まあ、心配せずともそれに相手がいくら"アレ"とはいえ、噂通りであるのならば容易く大事にはならぬと甘く見ようではないか。仮に事になっても良いよう、最低限の杖は用意しておる」

「杖……そのようなお年でしたか、陛下」

「儂の話じゃないわ! 小さな意趣返しをするでない」

「親友に黙って行動なさるご自分を反省なさってください。しかし、保険ですか? それはいったい――」


 怒涛のように追加されていく疑問ばかりが先行し、我が王の考えを読む暇すらなくなる。

 元々隠し事の多い王だ。亜人を受け入れを強く勧め始めたこともあり、もはや宰相意外に彼の真意を知れている者は多くない。

 かつては親友と手を握った、私やロルソスさえも、もう陛下のお考えは分からない。

 ……いや、今はとにかく、リヴェリクを巻き込む理由を知らねばならない。

 問いただそうとすると、コンコン、コンと、近衛騎士が見張っているはずのドアからノックが響く。

 慣れ親しんだ中とは言え、城内二は知らぬ者も多い、この関係がばれるわけにはいかないと、静かに王の前で姿勢を正した。


「入りなさい」

「旧友とのご歓談中、失礼します、ユリウス陛下! ご報告したいことが」

「良い。してその報告とは?」

「はっ、実は先ほど王城入口の方から亜人が――いえ、リャーディコーシカの女性が陛下に呼び出されたと! 相手はギルド関係者と名乗っているそうで」

「ギルドの、リャーディ? まさか王国の……」


 黙っていたのについ声を上げてしまう。この時期に、しかも帝国をはさんだ向こうにある王国のギルドから呼び寄せたとなるとただ事ではない。

 陛下は満足したようにうなずかれた。


「良いタイミングじゃな。通してやりなさい。それと周囲の人払いも頼もうかの、少々大声で話せない商品の話をしようと思ってのう」

「はっ!」


 話を中断させた兵士の退出を見届け、陛下に見配背をする。陛下は顎髭を撫でソファに背中を預けると「ふむぅ」と口を開かれた。


「ギルドとはどういうおつもりですか。あやつらは王国に在籍しているだけの組合で、何をしているか把握しきれない組合だったはずですが……」

「言っておらなんだな、ギアン。此度はちと大事じゃが事が事じゃ。他国に恩を売るわけにもいかん」

「だから、わざわざギルドを、ですか?」

「うむ、幸い亜人の商人じゃ。この国に対して多少の信用と情を持ってくれておる。下手なヘンドーリャよりも信用できる相手も選んでおる」

「それはいったい……」


 キィと建付けの悪くなった城の扉が開き、逆光になって顔は見えないが耳が丈夫に伸びた人影がそこに立っていた。その者が後ろ手にドアを閉めると人払いのために外が騒がしくなり、一瞬で静まり返っていく。

 音がしなくなってから、人影は静かに頭を下ろした。


「国王陛下に拝謁いたします、王国商人ギルド組合員、コアコセリフ担当商人が馳せ参じましたわ~。頼まれたお仕事、伺いに参りました」


 やけに間延びした声が聞こえ、そこには兵士の報告通り、紫と黒のボーダー毛並みをした猫型亜人種であるリャーディコーシカの女性がスカートのすそを広げ淑女の礼を尽くして立っていた。


「おうおう、待っておった。大義である。わざわざこのような場所まで済まぬな、人を通しては頼めぬ商品があってのう」

「いえいえ~、一国の王であるユリウス・ド・コアコセリフ国王陛下がこのようなしがない移動商人のリャーディを直々にお呼びになられたんですもの、馳せ参じないわけにはいきませんわ。……お邪魔をしてもよろしいでしょうか」

「かまわぬ。衛兵よ、彼も呼んでくれ! ――さて、ギアン。これからが大変になるぞ、おぬしも最悪の事態を覚悟しておくことじゃ」


 光が当てられ、ゆらりと怪しい影の落ちた陛下の言葉が私に向けられる。

 新しく紹介された商人に、宰相の放っておくなという釘差し。そして、リヴェリクという親友の息子を巻き込んだこの事件。

 何が起きるかはわからないが、大きな波乱になりそうだと、長年の経験がふつふつと重くなった体にのしかかっていた。




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