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第2節「ルルルクの宿」―2


「はあ、思ったよりも祝われちゃったな……」


 食べ過ぎて重くなった体を引きずりながら、片腕を枕にしてベッドへ仰向けに倒れ込んだ。

 食べ過ぎたせいか、体の重みを受け取ったベッドと床が音を立てて(きし)む。

 顔を上げると燃え移らないか心配なほど短くなったロウソクの横に荷物が置いてあり、億劫な体を催促していた。


 ほとんど寝るだけの場所となっている、ルルルクさんの厚意で貸してもらっている一室。

 ベッドとロウソクが置かれたテーブルだけでいっぱいになる倉庫のような部屋だが、厚意でタダ同然の値段で貸してもらっている部屋に文句は言えない。


 立地と場所の関係上、防音されていないので客が上周辺の部屋で元気になると非常に筒抜けな、ちょっと困った部屋でもあるが……。

 今日は床が軋むようなことはないようで安心した。

 いうことを聞かない体で寝返りを打ち、とっさに起き上れば頭をぶつけてしまいそうな天井を見上げてぼうっとする。


「それにしても、ルルルクさんもウルカさんも大げさに喜んでくれたのは嬉しい、よな。そんなに喜んでもらえることじゃないのに……」


 あの後、サラにした報告をルルルクさんたちに報告したら、それはめでたいと宿のお客さんまで巻き込んで、盛大にお祝いしてくれた。


 粉を練った生地を何層にも重ね、肉や野菜を細かく上にのせているので触感と肉汁が口の中であふれ出す肉のテールトに、彩り豊かな食材をこれでもかと鍋に放り込み、口に含んだ瞬間に絶妙な酸味が口の中いっぱいにに広がり、さっぱりとした味わいが何とも言えないスープ。

 どの料理も本格的な祝いの席で用意するものばかり……お客さんを交えてはいたからいい物の、さすがに恐縮した。

 止まっていた客にも祝われ、もみくちゃにされてしまったが、嬉しくないと言えばうそになる。

 本当に、本当に楽しい時間だった。

 今思い出してもルルルクさんたちの嬉しそうな顔で胸が温かくなり、胸に手を当てる。


「この宿の人、本当にいい人たちだ、父さん」


 こんなに優しい人たちに囲まれ、憧れの騎士との仕事まで回ってきて……これほど幸せになってしまってもいいのだろうか。

 言い表せない多幸感に包まれながら、腕を上げて天井を見上げていると、コンコンとドアの音が鳴った。

 誰だろうと首をかしげると「リク? まだ起きてる?」とサラの声が聞こえて慌ててベッドから飛び上がった。


「さ、サラ? 起きてるよ。どうかした?」

「ううん、ちょっと、ね。入っても大丈夫?」

「あ、ああ」


 ドアまで迎えに行き、開くと、向こうもちょうどドアを開けようと手を伸ばしたサラが驚いた顔で立っていた。

 まるで従者みたいだと思い、思わず手を広げ「どうぞお姫様」と茶化すとニッとほほ笑まれる。

 そのまま上機嫌に俺を避けてベッドの上に座ると、足をパタパタと揺らし始めた。

 うちのお姫様はどうやらお転婆らしい。

 苦笑しながら彼女から少しだけ距離を開け、ベッドに座らせてもらうと、我慢できないように「ねえ、リク」と声をかけられた。


「あのね、お父さんたちにさんざん言われたと思うんだけど、お仕事の事。ほんとうにおめでとう」

「ああ、あはは、それを言いに来たのか?」

「当然。だって、リクはいつも頑張ってたから。お父さんの遺志を継ぐって言って、ずっと一人で」

「別に俺は一人でここまで来れたわけじゃないよ」

「そうなの?」

「ああ、この町に来た時、路頭に迷って倒れてたのを助けてくれたのはサラだ」

「ふふん、じゃあ私のおかげ?」

「もちろん。それに宿の部屋を貸してくれたルルルクさん。身の回りのことを教えてくれたウルカさん、それに昔馴染みだからって俺を詰所に放り込んでくれたギアン隊長……全員、のおかげで俺は今こここにいるんだ」

「大袈裟だよ、リク」

「大袈裟なもんか! この宿の人たちは俺にとって家族……それこそ故郷のチケル村にいる本当の家族と変わらない」

「本当?」

「本当本当」


 半分適当にも聞こえる相槌を打ったが、彼女が傷ついていないかと心配になる。

 様子をうかがうと、ふうんとにやにやと笑ったかと思えばニッと笑い返されてしまう。


「ふふ、それならリクが遠くに行っちゃってもきっと帰ってくるよね?」

「あはは、もしかして、俺が遠征に行くのが寂しかったのか?」

「うん、正直、少し寂しいなって思ってた」

「おっと……正直だったな」

「だって、寂しいよ。リクが王都に来てから離れた事なんてほとんどないでしょ?」

「それはま、そうだけど……」

「リクは寂しくないの?」

「ん、寂しくないって言ったらうそになるけど、でもどっちかというと俺はワクワクしてる」

「そっか、楽しみか。ねえ、本当に大丈夫なの? 遠征って危ないんでしょ?」

「大丈夫だって、ただの遠征任務だし、俺は道案内に呼ばれただけだから。兵士としてケガをするような任務でもない。ひと月もすればすぐに帰ってこれると思う」

「ん、なら待てるね。リクはちゃんとここに帰ってくるって約束してくれる?」

「もちろん、破ったらなんなりと」

「えへへ……じゃあ、約束。ここはリクの家でもあるんだから、ちゃーんと帰ってきてね」

「ああ。っと、喋りすぎたな……。ほら、コアコセリフの夜は寒い。すぐに部屋に戻った方が良いよ、サラ」


 促すと「うん!」とベッドから飛び降り、パタパタと廊下への扉に手をかける。すると、何かを忘れたのか振り返り「約束、忘れないでね、リク」と、ニっと笑う。

 それだけを言うと、止める間もなく自室に戻って行ってしまった。

 嵐のように過ぎ去ったサラを見送り、懐かれているなと噴き出してしまう。サラがいなくなってしまうと、盛大に騒いだ疲れが体にのしかかり、戻って来た時のようにもう一度倒れこんだ。

 今更になってワクワクとした体が疲れたのか眠気に襲われてしまう。

 うとうとし始めた頭で故郷の村のことを考える。

 思い出すのは村に残してきた家族と、命を張って村を守った父さんの事。


「……ようやく憧れの騎士と仕事、か。こんなに順風満帆に夢が進んで本当にいいのかな、父さん」


 あの日――村が賊に襲われ命を落とした父さんの事。あれから父さんと語った正義を胸に、なにも考えずに王都まで出てきてしまったまま……いざ夢が見えてくると手を伸ばしても実感がなく、本当にこれでいいのかとすら思えてしまう。

 届きそうな夢の代わりについてしまいそうだった天井に手を伸ばす。

 暫し伸ばした手を見つめ、自分が柄にもなく悩みこんでしまっていると気が付いて首を振った。


 ――明日は、仕事に向けてギアンさんと依頼の打ち合わせと兵士の選出もある。今のうちに寝ておかないと。それに、まだまだ、遠征の記入、に……。


 これからの準備の事を考えていると瞼が重くなっていき、これからのことに期待を胸に眠りについた。





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