第28節「俺が良いと、彼女は言った」
俺は、メアーを連れて帰路の途中にある町に立ち寄っていた。
王都と外国を繋ぐ交易路のおかげで、王都に負けないほどの活気づいた、小さな町だ。
保存食や星肉ばかりじゃ味気ないだろうと、メアーのために選んだ店は、通りにあるオープンテラスのあるカフェだった。
客を見渡せば、ユリウス陛下が進める亜人推進化のおかげか、ケモノ耳を生やした人も多く、メアーが居ても違和感はない。
どうせならとカフェのオープンテラス席に座ったのだが、待ちゆく人々の目線が時折、メアーに目を奪われ、同じ席に座っている俺にも視線が投げかけられていた。
この町も噂好きは多いらしい。
どの視線も驚いたあと、今同じテーブルでナッツケーキを幸せそうに口に運んでいるメアーを見て、納得したように頷いていく。
おそらく、余りに似合わないが、保護者として連れてこられたのだろうと察されているのだろう。
……理解されたような面をされるのは腹が立つが、あのジオが居た村の好奇の視線の百倍は心地よい視線だった。
イラつく襲撃があったし、すぐに戻るつもりだったが、今はコアコセリフで雪が一番多くなる時期だ。
積雪対策も済ませてあるし、貯えもカリーナから買っている。なによりあの山には雪を纏った魔物も多く出る。
準備を終えた今、戻ったとしてもすぐにやることはない。
こうして、メアーに色々と経験させるのも悪くはない……はずだ。
「ご主人さま?」
かけられた声に目を向ければ、口元にケーキのクズをつけたまま、機嫌をうかがうように小首をかしげたメアーがいた。
彼女の手元……テーブルの上には俺が頼んだ四角く茶色いナッツケーキ……前に、メアーが好きと言っていたナッツがまぶされている四角いケーキが乗せられていて、既に半分以上が食べられていた。
この子が気に入っているのなら、俺の不都合は無視してしまえばいい。
気にするように見上げられていたので、彼女の……最近、艶まで出てきたふわふわな薄紫色の髪を撫でてやる。
「ふっ。気にするな。……ゆっくり食え」
「ん」
頷き、ピンと立った耳が目の前で揺れる。
いつもは垂れ気味なのだが、昨日から彼女の耳は調子がいいらしい。
ご機嫌なメアーを見守るため、組んだ足に膝をついて、頬杖をついた。
もそもそと。
少しずつだが、着実に食べ進めるメアーがそこに居る。
俺以外への興味が薄いメアーが口元に食べ残しをつけるぐらいに気に入っているナッツケーキ。
レシピがあるのなら、知識として蓄えた方がいいだろうか。
それとも、メアーに覚えさせるべきか。
……俺が見つめているのにもかかわらず、黙々とメアーはケーキを食べ進めていく。
なおも黙って見続けていると、メアーの皿からナッツケーキは無くなり、メアーは皿を見つめてしまっていた。
その姿が、あまりにも珍しく、微笑ましくて……。
柄にもなく、甘やかしたくなった。
「……まだ食べたいか?」
そう聞いてみると、メアーの耳がピンと立ち上がって俺の方を向き、すぐに何かを考えるように濃い隈のある橙色の瞳が俺を見る。
「……いい、の?」
表情は変わっていないが、俺に問いかけるメアーの声は不安の色が混じっていた。
奴隷じゃないんだから、俺の事を気にする必要は無いだろうに。
ふっと笑いそうになり、頬杖と足を解き、メアーの不安を解すために少しだけ考える。
「金が少ないから、良くはない」
「ん……」
「だが、俺が頼む分を分けるならいい。それでいいか?」
「っ! ん!」
俺の提案にメアーは小さく頷く。
顔を覗き込めば、耳が目に見えて元気になり、本人も嬉しそうに目を細めていた。
実際、手持ちの金銭は多くないが、ここまで喜んでいるのなら、たまに贅沢する程度は良いだろう。
近くに居る店員を探し、呼び止める。
「悪い、ナッツケーキをもう一つくれないか。連れが気に入ったそうだ」
「はい! かしこまりました!」
愛想のいい店員が元気に厨房へ駆け込んでいくのを見送り、しばらく待っていると、さっきと同じ店員が、すぐにナッツケーキを運んでくる。
「ご注文のナッツケーキになります」
「悪いな」
「いえ! ごゆっくりどうぞ!」
そのまま置かれたケーキをメアーに渡すが、首を傾げられる。
「ご主人さま?」
「なんだ」
「分けない、の?」
「ああ……」
そういう話だったが。
遠慮するメアーのための方便だったんだが……。
「……好きにしろ」
「ん、すきに、する」
メアーは頷くと、フォークを使ってケーキを切り分けていく。
やりたいようにさせていると、メアーが半分に切り分けたケーキをフォークに刺して俺につきだしてきた。
「ん、ご主人さまの分」
「は? いや、俺は……」
「ご主人さまと、共有したい……駄目……?」
困ったように眉をひそめるメアーの言葉に目を見開く。
ねだるのが上手になったなと、どうでもいい感心を覚えつつ、仕方ないとため息をついた。
「共有はこれからもしていくつもりだ。だが、ケーキの半分は多い、せめてもう一度半分にしてくれ」
「分かった」
言う通り、指していたケーキをさらに半分にして俺に差し出した。
受け取ろうとしたが「ん」とテーブルに身を乗り出して突き出されてしまったので、仕方なく彼女がフォークを掴んでいる手を引き寄せて、ケーキを咀嚼する。
火が通った煎ったナッツの香ばしさと、ケーキのしっとりとした生地が口の中に広がった。
生地は、そろそろ小麦が多い時期のおかげか、ケーキに使われている小麦の質が良いらしく、固いパンのようにパサついていない。
微かに甘さも感じるので、糖や卵だけでなく、乳も使っているのかもしれない。
ケーキの焼き方を知ってる妹が生きていれば焼いてやることも難しくなかったのだが……。
メアーに分けてもらったケーキで分析していると、メアーが俺を見上げていることに気が付いた。
「……どうした」
「……美味しく、ない?」
「ああ?」
「ご主人さま、黙って難しい顔、だったから……」
「ああいや……。再現できないかと思っただけだ」
「っ! つく、れる?」
「期待させるようで悪いが、まだ無理だ。前に行った保存食の干し肉もまだだし、そのうちだな」
「ん、待ってる、ね?」
「ああ」
そのままの姿勢で待っていたメアーを座り直させ、さっきと同じようにまたメアーを見つめる。
……メアーは満足そうにしてくれているが、本当に彼女は俺について来ても良かったのだろうか。
いまだ、解決することのできない、ウジウジとした自分勝手な悩みだ。
そう分かっているのに、正規の手段で出会っていないからこそ、そう思ってしまう。
「……メアー」
「ん?」
呼びかけると、メアーはフォークを加えて固まって首をかしげる。
首輪がまた音を鳴らし、メアーの薄紫色の長い髪の毛が揺れた。
「どうした、の?」
「……本当にいいのか?」
「……?」
我ながら言葉が少なすぎた。
一度整理して、もう一度、きちんとメアーに問いかける。
「俺と……俺なんかと一緒に居て、だ」
「ひほうほひほ?」
「……フォークから口を離せ」
「ん……昨日の、ひと?」
「関係ない。だが、きっかけではある」
「なら、へいき」
「平気? どういうことだ」
メアーは口から離したフォークを皿に置く。
「メアー……?」
座り直しているメアーに訝しみ、名前を呼ぶ。
メアーの感情の読めない、濃い隈がついたままの橙色の瞳を細めて、微笑まれてしまった。
「ん、やっぱり、ご主人さまがいい、よ?」
瞬間、俺の中へじわっと温かい何かが溢れた。
言葉は本当に少ない。
だが、メアーの細められた瞳には、明確に俺が良いという強い意志と、優しさがが込められていて……。
美少女のメアーにそんな仕草を見せられ、女慣れしてないのがたたったか、頬が熱くなった。
「っ……そ、そうか」
柄にもなく真面目に、まっすぐメアーの言葉を受け取ってしまった自分が恥ずかしくなり、咄嗟にそっぽを向く。
「ん、ご主人さまが良い」
「ははっ、何度もいうな」
「ん」
再びケーキに夢中になってしまったメアーに、言葉にしてくれたことを感謝しながら、俺は人通りの多い通りの方に目を向けるのだった。
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