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第27節「怒り:メアーの知り合いへ」



 すんでのところで剣が間に合い、メアーと農具の間に割り込ませることに成功する。

 だが、あまりにも考えなしの行動に怒りが沸き上がってきた。


(馬鹿かコイツ!! 俺が受け止めなかったら、メアーに当たってる! 解放しなきゃいけないのは魂じゃなくて尊厳だというのに、こいつらは言うに事欠いて………!!)


 吹き上がる怒りを震えるせいで、農具を受け止めている剣がカタカタと音をたてる。

 イライラする。頭が痛くなるほどに。

 震えるほどの怒りで受け止めた農具の先にある顔を睨みつけると、農具を振るった男がたじろぐ気配がした。

 だが、そんなのどうでもいい。


「……正しい行いだと思い込むのは、別にいい」


 受け止めた農具を、力を込めて思い切り払う。

 剣の背を滑り、力と勢いで飛んで変な方向に着地した農具に周りの男……ジオたちはひっ、と恐怖の音が漏れ出していた。


「だが、お前たちの正義はなんだ? 自分勝手で、国も見ず、ましてや、解放をうたう奴隷の事すら視野に入れていない……! そんなお前たちが言う"奴隷解放"は正義のつもりか……?」


「お、お前、何を言って……おぐぇ!?」


 農具を振り下ろした男を見やり、茫然とするその腹を蹴り上げる。

 靴先に肉を打つ気味悪い感触が広がり、気持ちの悪い声を上げながら大の男が地面に倒れこんだ。

 悶絶する男に冷笑を浴びせる。


「なっ!?」

「お前の正義はその程度か?」


 動かず、返事もしない男を無視し、一歩、また一歩と怒りの原因の元へと足を運んでいく。


「奴隷解放を叫ぶのは勝手だ。今の奴隷がどういう制度なのかを理解をしないのも、てめえが気に依頼のも、どうだっていい」


 だいたい、奴隷の事を考えるのは俺の仕事ではないし、そもそもの目的ですらない。

 そんなことよりも、俺が気に入らないのは別の理由がある。


 鞘にしまわれたままの剣を、臆しているジオに突きつけた。

 突きつけただけでは怯えず、俺を怒りで見る男にハッと鼻で笑い、剣を振るう。

 ツゥ、と頬から血が流れる程度に切りつける。


「え?」

「頬で血が出てるだけだ。せいぜいヒリヒリするぐらいだろう?」

「は!? ……ひっ、な、なな、なにをする!」


 ジオが頬に手を当て、松明の光で反射する赤い血を見て慄くような悲鳴を上げる。

 先ほどまで奴隷解放の敵と認定していた俺を殺す覚悟で行動していたはずが、少し反撃されただけで怯え、身をすくませているのが丸見えなジオがそこに居た。

 いっそ滑稽だが、それもどうでもいい。

 もう一度、俺は剣を突きつけた。


「お前、メアーを見ていなかったな?」

「は、はあ? 何の話だ」


 やはり、と抑えていた怒りがで吐く息が震える。

 こいつは……ジオは"奴隷解放"とかいうどうでもいいスローガンで動いていた。


 この男の言ってることは部分的に正しい。

 権利も主張されなければ、恐怖と力で押さえつけられる奴隷は確かに許されるものではない。

 周りが動かなければいけない時もある。こいつの言う通り、すべてが"国の思う正しい奴隷"の姿はしていないのだろう。


 だが、少なくともここに居るメアーは?

 そして、メアーを従えている俺はその"正義で正すべき悪"なのか?

 いや、そもそも俺はメアーの奴隷としての主人ですらない。


 その"素晴らしい勘違い"は、あの男を……フレミアを彷彿とさせて、なによりも、国王陛下が俺を利用していると知った時の比ではない程、俺の復習の火にオイルを注いでいた。


「奴隷解放は、目の前のこの子を、ラプールの少女を見て決意したはずだよな? お前は救いたいんだよな?」

「っ、あ、当たり前だ!」

「なら、一つ、勘違いを訂正してやる。メアーはお前たちを救うために奴隷に落ちたんじゃない。お前たちに嫌気がさしたから、自ら奴隷になったんだ」

「なっ!? 自分で愚かな奴隷なんかに落ちるわけがないだろう! ペテン師め!」

「ならメアーの……あの子の言う事なら信じるか? おい、メアー、どうして奴隷になった」

「ん、誰も私を見てくれなかった、から」

「だとさ」

「貴様! 相手が純粋な子供なのをいいことに洗脳しているな! そんな蛮行、許されないぞ! 貴様を殺して、その洗脳を解いてやる!!」


 今度はジオ自ら農具を振り上げ、俺に襲い掛かってくる。

 せっかく最後のチャンスを与えたというのに、コイツは……。


 もはや、怒りを通り越して滑稽さに面倒さが勝ちそうになり始めていると、背後から嫌な気配と汗が吹き上がる。

 地面になにかが溶け込んでいく、メアーの魔法の気配。


「ご主人様は、だめ、だよ? ……『代わりにつぶして』」

「っ、ま、待てメアー!」



 叫んだが、遅かった。

 メアーに手を伸ばした瞬間、バキバキッ! っと家が悲鳴を上げ、地面に近い木の床を何かが突き破った。


 バランスを崩し尻餅をついたジオの左右の床を岩が突き抜け、ジオをまるで虫か何かのように挟みこみ――、



 ピタっとその動きを止めた。



 緊張で止まっていた息を吐きだすと、ぶわっと気持ち悪い油汗が額から流れ落ちる。

 危なかった。本当に。

 荒い息で振り返れば、メアーがラベンダー色の髪の毛を揺らしながら、ジオの方に手を向け、不思議そうに首をかしげていた。


 止まってくれたのは不幸中の幸いだった。

 このままだったら、メアーにまた人殺しをさせるところだったという安堵が全身を駆け巡り、安易なことを言った目の前の馬鹿どもに対しての怒りもどこかへ霧散してしまっていた。


「な、な、ななにが……」

「メアー。その程度のやつらは殺すな」

「……どう、して? この人、ご主人さまを殺そうとした、よ?」


 キチンと俺が殺されそうだったことを認識していたらしいメアーに眉根が寄る。

 俺が構わずに怒りを向けてしまったからメアーとしても魔法を使うゴーサインとして受け取ってしまったらしい。

 気をつけなければと思いつつ、メアーに向けて首を振った。


「むやみやたらに殺すな。面倒はもう、あの事件だけでいい」

「でも……」

「でもじゃない。少なくとも今回は違う。一応お前の為にやってることだ」

「………? この人に、ご主人さまが頼んだ、の?」

「……いや」

「だったら、いい?」


 岩の万力を狭まるギギギという悲鳴が聞こえ、あきらめに似た何かが口から零れ落ちた。


「はあ……。メアー、止めろ」

「ん」

「いいか、メアー」


 剣を下ろし、メアーの前で膝を折り、目線を合わせる。

 カボチャ色の俺しか見ていない瞳に、苦々しい表情をした俺が映り込んでいた。


「お前が守ろうとしたのは嬉しい。だが、出来れば殺すな。生かしておけば尋問が出来るし……俺が、お前に、これ以上殺しをしてほしくない」

「ご主人さま、が?」

「ああ。俺が、お前にしてほしくないと思っている」

「……分かった」

「良い子だ」


 素直に頷き、腕を下げたメアーを褒めるために頭を撫でてやる。

 昼間のように耳がピンと持ち上がり、橙色の瞳が嬉しそうに細められていた。


(しかし、これだと俺から離すわけにはいかないな……)


 メアーの知り合いも、この村の人間も。

 誰もかれも信頼できないし、ましてや、メアーを預ける事さえできない。

 この子は、誰かが面倒を見なければいけないのだ。


 仮宿の中で、動けなくなっている連中を無視して、剣を腰に下げる。


「帰るぞ」

「ご主人さま。寝る場所、どうする、の?」

「今日は野宿だ」

「ん」


「ま、待て!」


 早々に立ち去ろうとしたが、面倒なことに呼び止められてしまった。

 嫌々ながら首だけで振り返ると、ジオが憎しみに染まった瞳で俺を見上げ、睨みつけていた。

 睨まれる理由も、呼び止めらえる理由もないんだがな……。



「お、俺たちを助けて、正義面をするつもりか!」



 言葉を待ってやっていると、ジオは震え長良を俺だけを睨み、唾を飛ばしながらそう息巻いた。



「はっ、俺が? お前たちを助けた程度で正義だと? 笑わせるな」



 憎々し気に俺を煽ろうとするジオとかいう奴を鼻で笑ってやる。

 それだけ言い残して家を出る。

 宿に使っていた小屋は、メアーの魔法でグチャグチャに折れ、放っておけばそのうちがれきの山になりそうなほど崩れていた。

 周りも騒然とし、歩ていくおれたちを見送る中、もう一度、鼻で笑ってやる。



「正義は、正義で誰かを貶めるものか」



 陛下に利用されたとはいえ、フレミアに復讐を果たした俺は、もうとっくに悪側だ。

 "正義のふりをした同じ悪側"のやつらに怒りを覚える程度の悪でしかない。


 松明の灯りが見えなくなって、馬車のあぜ道を通るころになっても、俺たちは足を止めずに村を去った。

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