第26節「慣らされた襲撃」
村の中が静まり返り、誰もが寝静まった頃――。
俺とメアーが泊められたのは、村の木造倉庫に、簡易的にベッドを運んだ宿と言うには簡素な建物だった。
新しいため隙間風はないが、耳をすませば遠くの音が聞こえるし、村の一番はずれにあるせいで魔物が来たとしても一番先に被害が出るような場所だった。
まあ、今は別の脅威にさらされそうになっていたのだが……。
「……馬鹿が。本当に来たのか」
耳を澄ますと、壁を挟んで草を踏み分け、足音を忍ばせようとする音が聞こえてくる。
硬い寝床で痛む体を密かに伸ばすが、あまりの愚かさに呆れてため息をつきたくなっていた。
泊まるように言われた時から悪い予想はいくつか考えていたが、一番なにも考えなしの選択肢で来たようだった。
微かに感覚を研ぎ澄ませていると、先日のように肩にかかる重みも感じる。
逆に大丈夫かと息をひそめていると、宿……倉庫の扉が、ドン! という大きな音と同時に勢いよく開かれ、メアーの耳が俺の頬を掠めて音の方を向いた。
「この野蛮人め! 奴隷を……あの子を開放しろ!!」
ゆらりと扉の方から影が立ち上り、松明の火がパチンとはじける音と共に、怒鳴り声が侵入してくる。
光に照らされた室内には、複数人の影が映し出され、俺が寝ている……はずのベッドに押しかけてきていた。
先頭に居たのは、白髪の混じり始めた中年の男……ジオ、とかいうメアーの知り合いと名乗った男。
周囲には農具を武器の代わりとして持った農民たち……おそらく、メアーの村の知り合いだと思わしき連中が何人か殴りこんで来ていた。
メアーの頭を押さえ、首元に彼女の吐息を感じながらも、息をひそめて成り行きを見守る。
やがて、ジオを先頭に何人かが農具を振りかざし、簡易的なベッドに叩きつけ始めていた。
何度も、何度も何度も何度も。まるで、そこに居るのが憎しみを覚えさせた仇敵を相手かのように振り下ろし続ける。
その姿はまるで復讐をしている時の俺にも似ていた。
(憎悪の行動力と、敵を倒そうという意志だけは褒めてやってもいいか)
呆れながらその光景を眺め、落ち着くのを待った。
やがて、ぐちゃぐちゃになったベッドを確認もせず、ジオとその取り巻きは引きつった笑い声を上げる。
「は、はは! 奴隷を解放しないからこうなるんだ。はは……」
満足そうに笑うジオを確認してから、俺は毛布を引きはがし、寄りかかったままだった壁から立ち上がった。
抱えたまま寝ていた剣の柄に手をかけ、全員に聞こえるようにため息をついてやる。
「はあ、相手の死を確認しないで勝鬨を上げるのは馬鹿のやる事だぞ」
「っ!? だ、誰だ!」
ご丁寧に明かりをつけたままで振り返る全員の顔を確認していく。
驚いた顔で多少人相は変わってるが、ジオ以外にはほとんど見覚えのない人間ばかりだった。
(思ってたよりも人望もあるらしいな。まるでフレミアみたいだ)
言動は気に食わないところはあったが、他人に好感を持ってもらおうとする話し方だったのは否定できないので、恐らくそういう事なんだろう。
俺が個人的にああいう奴を嫌いだったってだけだ。
途中、立ち上がったせいでメアーがバランスを崩し、コテンと倒れそうになる。
頭だけを支えて壁に寄りかからせると濃い隈を擦ってメアーがカボチャ色の瞳を俺に向ける。
「どう、したの。ご主人さま?」
「お前を守りたいらしい」
「まも……? ん、そう」
周りを見て興味を無くしたのか、立ち上がると俺の後ろに木てぎゅっと服の裾を握っていた。
動けなくなるから止めて欲しいんだが……。
いや、言ってもどうせ聞かないだろう。
仕方なくその頭を撫でてやると満足そうに吐息を漏らしたので、ため息を漏らしつつもジオに顔を向ける。
「メアーはもういい。昼間のやり取り、妙に俺に対して敵を感じてな。わざわざ去ろうとする旅人一人……」
「ん、ご主人さま、私も」
「……旅人二人を泊めようとした時点で何かあるとは思っていた。考えてた限り、一番考えが浅い手で来るとは思ってなかったが」
「…………」
「昼間とは違って、随分と寡黙だな、ジオ。次から夜襲するときは顔を隠して、火を消すといい。すぐにばれる」
答えはしない。
だが、その顔……いや、瞳には俺への悪意が……もっと正確には、メアーの首元にある首輪に向いていた。
「……はあ、奴隷を扱うやつがそこまで憎いのか?」
「っ! 貴様!」
「やっぱりそうなのか。分かりやすすぎる」
馬鹿らしい。
想像以上に馬鹿らしい行動に、ベッドで寝る習慣が無くて良かったなと、どうでもいい事を考えるほど呆れていた。
「大方、俺がこの子……メアーを奴隷として使ってると思い込んで襲って来たってところか。少しは考えた方がいいぞ」
メアーの頭に手を乗せながら、鞘から剣が抜けないようにロープを巻き付けておく。
万が一でもケガされて、俺のせいになったら面倒すぎる。
「っ! そうじゃないというのなら、なんだと言うんだ! お前がその子を良いように使ってるのは間違いないだろう! 命の恩人が良いように使われてるのを見て黙っていられるわけがない!」
「そうだそうだ! あんなひどい扱いをする奴隷なんて今すぐやめろ! 今すぐ開放するんだ!」
「ラプール種の君もだ! 奴隷の首輪をつけさせるやつの近くに居る必要なんてない!」
ジオの怒りに触発されたのか、黙って成り行きを見守っていた取り巻きまでも騒ぎ始めていた。
だいたい適当だったんだが、どうやら奴隷に対していい考えを持ってる人間ではないらしく、俺がメアーに奴隷の証をつけて喜んでいる変態のお仲間だと思ったらしい。
ふと、その思想に既視感を感じ、記憶をたどってみる。
(そういえば、王都でもまだ奴隷解放とか叫んでる馬鹿たちが居るってフランが言ってたが……)
まさかと思い、目の前の男たちを見る。
「お前らまさか、考えなしに奴隷解放を叫んでるやつらに一派か?」
「だったらなんだ! 人間も亜人も、不平等に扱われる奴隷を無くそうと動いて何が悪い!」
「はあ、嘘だろ……」
あまりにも唐突な亜人騎士を忙しくさせている元凶の一端と出会い、頭が痛くなる。
フランの役に立つようで癪だが、俺も奴隷解放を考えなしに叫んでる連中にはいい印象を抱いていなかったので試しに対話を試みることにした。
「おい、少しは自分で考えろ。今の言い方だと、奴隷全てを否定してるぞ」
「奴隷を否定することの何がおかしい! 鞭を打ったり、傷をつけたり……あんな酷い仕打ちが罷り通ることを認めてる国の方がおかしいに決まってるだろうが!」
「そうだ! どうせお前だって、利益が無くなるから困るだけだろ!」
「仮にそうだったとして、認められた奴隷を無くして利益が無くなって困るのは国民だ、馬鹿が。それに、お前の言う奴隷は闇奴隷と言ってそもそも国に認められていない」
「そんなわけがあるか! 裏だか何だか知らないが、奴隷なんかを使ってるやつらの見方をするお前も同罪だ!」
そんなわけあるか。
考えようともしない間抜けに時間を取られてると思うと頭が痛くてしょうがなかった。
「今王都で認可を受けている奴隷は、亜人の働き先を確保するための制度だ。この子……メアーは違うが、少なくとも王都の斡旋所で仕事受ける奴隷は、仕事先の審査もキチンと受けている……はずだ。証拠だって、斡旋所にあるだろう」
全部が全部管理できるわけではないので、そこは濁したが、それがこの国の奴隷のはずだ。
元々、コアコセリフが奴隷制度を残したのは、働き手が少ない亜人たちに、少しでも多くの仕事と住む場所を与えるための策だ。
審査も冒険者や騎士を使い、彼らの移動範囲に合わせた粛清や、管理もしているはずなのだ。
それは王都のいち兵士でしかなかった俺だって知っている。
全部が全部管理できるわけがないので、そこは濁す。
だが……。
「そんな奴隷売買の本拠地なんて、証拠を隠されていたら分からないだろうが!」
「隠しててもバレるに決まってるだろうが……」
「それも隠されてるに決まってる!」
意味が分からない。
仮に隠してるのだとして、どうしてそれが表に出ると思っているのか。
そもそも、陛下御用達の騎士が護衛に出なければいけない程問題になっている時点で隠せていないし、これ以上隠すのは無駄を通り越して、馬鹿でしかない。
馬鹿な証拠を隠して一生の信頼を無くすほど、今の陛下は馬鹿ではなかった。
でなければ、俺とメアーはとっくに殺されるか、帝国にでも売り払われている。
だというのに、目の前の男たちは、自分たちの思惑ばかりで、他のやつらの事を考えたくないのか、怒りに顔を茹らせて唾を飛ばしている。
「ああ、もういい。これ以上話しても聞かないんだろ?」
「ということは、やっぱりお前も奴隷商人の仲間なんだな!? みんな、こいつの奴隷を解放するぞ!!」
「おお! やっちまえ!」
ジオの号令に、近くに居た男が躊躇なく農具を振り上げ、ギョッとする。
男が振り下ろした先には、当然俺……と、俺の背後で袖を引いているメアーの二人。
とっさに、メアーを守るために前に立ち、剣の鞘を伸ばす。
室内に鈍い音が響き渡った。




