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第25節「違和感」



 大衆食堂はさっき通り過ぎた村の真ん中にある建物で、目の前には広場が広がっている、だだっ広い場所だ。

 今は、王都の市場のようにがやがやとうるさいほど人が集まり、ところどころで焚かれた火が白い煙を上げ、パンの焼き直しや、スープの匂いを漂わせていた。


 食堂という割には中で食事をするわけではなく、住民が広場に集まって、食事会を開くような様式らしい。

 まだ住民が少なく、村の生き残りを集めたような開拓村だから、そのようにしてコミュニケーションをとるよう図られているようだった。



 今は懐かしくも忌まわしい記憶だが、個人的には兵士の休憩時間に似た雰囲気を感じ、余計にイライラしそうだった。

 被害にあったやつらが変に顔を合わせるのはどうなんだとは思うが……人それぞれなんだろうが。


 人が集まりだした広場に戻り、顔ぶれを確認するが、たしかに雰囲気の似ているやつらが固まっていたり、逆にバラバラのやつらが集まっているところもあって、どれがメアーの知り合いかは判断できなかった。


「チッ、俺じゃ見分けるのは無理だな……。メアー見知った顔は居るか」


 メアーに周囲を見るように促してみるが、一通り見たところでメアーが首を傾げ、首輪が鳴った。


「わからない」

「はあ……。そうか」

「役にた――」

「謝るな。それはお前のせいじゃない」

「私のせいじゃ、ない?」

「ああ。気にするな」

「ん」


 誤解して謝りそうだったメアーを止めると、ぎゅっとさらに近くに寄り添われてしまう。

 どうしてすぐに近づこうとするんだと、別の意味でため息をつきそうになるが、そのまま周りを見渡して気を紛らわせることにした。


 と――、



「ラプール……その顔、その声……。もしかして、○○さん家の子かい!?」



 突然、そんな風に声をかけられる。

 振り返ると白髪の混じる中年の男性が俺たちを……いや、明らかにメアーを見て、驚いた顔をしていた。


(この男が居た村が、メアーの居た村、ってことか? にしては……)


 チラリとメアーを確認する。

 メアーは何も反応しない。

 知り合いではありそうだが、男は明らかに困った顔をしていたので、仕方なく俺が対応することにした。


「お前は?」

「は? あ、ああ、今はこの村に住んでるジオってものだが、そのラプールの子は……」


 視線を辿れば、明らかにメアーの方を向いている。メアーに促して確認させてみても、表情が動かず……いや、微かにだが、眉尻が動いているのが見えた。


 おそらく、見覚えはある、のだろう。


「ああ、やっぱりそうだ! 良かった、生きてたんだなあ……! 俺たちの代わりに盗賊に連れていかれて、どうしちまったのかって……!」


 周りの視線が集まり、何人か動揺している村人の姿も見つけられる。

 彼らの反応を見る限り、メアーの知り合いというのは嘘ではないのかもしれない。


 真偽を計っていると、男がよろよろと近づき、メアーに縋るように手を伸ばされる。

 メアーが避けるように俺の後ろに隠れたので、見るに見かね、メアーを庇うようにして男を止めた。


「待て。メアーが嫌がっている」

「っ、メアーって……。あ、あんたは誰なんだ?」

「……リヴェリクだ。一応、この子を保護し、面倒を見ている人間だ。この村には、この子の知り合いを探しに来た」

「保護……? そうか……。いや、すまない。俺はこの子の親父さんの兄で、ジオって言う者だ」

「兄?」

「ああ! その子が身を張って俺たちを守ってくれて、無事にこの村にたどり着けたんだ!」


 身を張って、と言う言葉に多少違和感はあるが、少し考える。

 メアーからすれば、親として失格だった方の親の兄弟らしいが……。

 この男がメアーを狙っている亜人攫いの一部だと考えられなくもないので、証拠をいくつか出してもらうことにした。


「……そうか。疑うようで悪いが、証拠は出せるか? 一応、お前たちの村を襲った奴らは対応したが、この子が狙われていないという保証もない」

「証拠……? そうですな、その子が地面を動かす魔法を使えるというは?」

「悪いが、それだけだと何とも言えん。あと幾つか上げてみてくれ」

「では――」


 その後、幾つかメアーの過去情報を教えてもらい、メアーに確認を取る。

 メアー自身はいつも通りだったが、虐待をしていた親父の話に、守ろうとした母親の話。彼女の家が魔法で潰れたという話。ジオは嫌そうな顔をしたが、それを境に村では嫌がられていたという情報を出してもらう。


 証拠を提出してもらいながら、この男の知り合いらしい周りの人間を見てみる。

 数人、恐ろしい物を見るような目でメアーを見ているのを見るに、彼女の魔法がどういうものかを知っているのだろう。

 幾つかメアー視点とは違ったが、ほぼほぼ間違いはなさそうだった。


(この人間がメアーの知り合い……。ということは、今、この男の言葉で反応してたのが、メアーの言う"ちゃんと見てくれなかった大人"の一人か)


 周りの反応からして、ジオという男はメアーに対して恐怖心を表に出してないだけ、まだマシ、ということだろうか。


 この男なら、メアーを預けるに値するのだろうか。


「…………」

「あ、あの……」


 隣からメアーの視線を感じながらも考えこんでいると、ジオから声をかけられてしまった。


「ああ、悪い。なんだ」

「どうでしょう、せっかくその子を連れてきてくださったのですから、一緒に食事でも」

「食事を? だが……」

「我々も、その子に感謝をしているんですよ」


 正直、メアーと離れることになろうが、一緒に居ることになろうが、早々にこの件を片付けて、森に……いや、この村から脱出したい。

 食事をしに来たわけではないんだが……。

 だが、男は食い下がるように言葉を続けた。


「命を救ってもらったばかりか、今の今まで探すこともできなかった。そのせめてもの例の気持ちなんです。せめて、少しの時間だけでもお話しできないでしょうか」

「……仕方ない。メアーもいいな?」

「ん」


 メアーの知り合いかもしれない男にここまで言われて、引き下がれば相手を不快にさせるかもしれない。そう思い、試しにメアーに確認を取ると小さく頷く。

 男は大層安心したらしく、大きく胸をなでおろしていた。


「よかった! ではこちらにおかけください」


 そうやって案内されたのは、広場の一角に設けられた、椅子代わりの丸太だった。

 メアーと一緒に腰掛けると、男は配布されていた食事を一皿持ってくる。

 

「こちらをどうぞ、貴重な物資ですが、村に居る間は無料配布されているものです」


 ジオが差し出してきたのは、一人分の時間が経ち固まってしまったパンと、温め直されたスープだった。

 簡素ではあるが、森で過ごす俺たちと対して差はない。俺たちが恵まれているのか、この村が質素なのかは知らないが、十分ではあるだろう。


 皿をぼうっと見つめているだけだったメアーの頭を撫でてやると、耳が持ち上がり、足を延ばしていた。


「貰っておけ」

「ご主人さま、は?」

「俺は良い。元々、兵士だ。お前が残すのなら貰う程度でいい」

「ん」


 メアーが食事を受け取らせ、ジオは目の前にもあった丸太に腰を下ろしていた。

 俺への態度は……まあ、いいか。


「本当に……本当によく、助かってくれた。あの盗賊たちは身分を偽った国賊だったらしいね? 巡回に来てくれる兵士さんたちに聞いたよ」

「……」

「メアー」

「ん」

「はは、そう聞いた時、私たちももう死んだものと思ってたんだ。亜人狩りって話も合って、奴隷として連れ去られた亜人が生きているのは難しい、とね」

「だろうな。国王が亜人推進をしているせいで、特定の派閥に亜人は嫌われてる」

「あはは、君は厳しいね」

「当たり前のことを言っただけだ。それで苦労する奴もいる」


 俺やこの子のように、な。


 その言葉を飲みこんで、メアーの頭を撫でてやる。

 苦労自慢するわけじゃないが、くだらない派閥争いに巻き込まれた俺とこの子くらい文句を言う権利くらいはあるはずだ。


「あはは、苦労、か。たしかにそう言う人もいたんだろう。俺たちも、この子が自分から行くと言わなかったら、きみと同じ苦労をすることになったんだろうね」


 同じ苦労。

 それは、メアーの話か、それともフレミアの話か。

 どちらにせよ、苦労を軽く見ている発言は、素直に受け入れ難く、眉根が寄った。


 いや、俺のことはいい。

 メアーはどうだろうかと横を見ると、スープを手に持ったまま、困ったように眉を潜めていた。

 ……この男の言う助けた覚えはないのかもしれない。


(まあ、元々助けるつもりじゃなく、あの村から逃げるために盗賊に願い出た……だったか。この男の中ではたいそうな美談になってるらしい)



 その後も、ジオとかいう男は、村の話とそこからの苦労とやらをつらつらと話し始めた。

 聞く価値はなかったので、ひたすら話すジオの話を聞き流していると、メアーに裾を引かれ、メアーが立ち上がり、彼女の吐息がかかる程近づかれる。


「どうした」

「この人の事、覚えて、ない」

「……だろうな」


 小声で話したおかげで向こうには聞こえてないが、予想通りメアーは覚えてないらしい。


 頭が痛くなるが、メアーの性格上、当然の結果とも言える。

 ……そういえば、ジオとかいう奴は、この子と同じ村に居たのに、そんなことも知らないのだろうか。


 視線を戻すと、違和感が纏わりつくようになった、ジオが不思議そうに俺たちを見ていた。


「あの、どうかされましたか?」

「いや……」

「そうですか。ところで、リヴェリクさん、でしたか」

「ああ、なんだ」

「今気が付いたんですが、その子の首に巻き付けられているそれは、首輪……。奴隷の証、でしょうか」

「首? ……ああ、そうだったか。そうらしいな」


 メアーは好きで日常的につけているが、今も首に巻いているのは奴隷の証として持っていた首輪だ。

 傷になるから止めろと言っているのに外そうとしないため、仕方なく傷つかないように色々手を尽くしてはいるから、傷はないが。


 だが、ジオとやらは、首輪が奴隷の証だと確認すると不快そうに睨みつけた。


「やはりそうでしたか。あの。一つお聞きしても?」

「ああ、構わないが」

「リヴェリクさんは彼女の保護をしていたんですよね」

「一応、そういう事になっているはずだ」

「なら、どうして首輪を彼女につけたままにしているのでしょうか。奴隷の証を首に残しておくなんて、あまりにも痛々しい」


 メアーからムッとする気配を感じて焦りはしたが、俺も俺で意味が分からなかった。


(コイツ、どうしてそこまでこの首輪を毛嫌いしているんだ?)


 メアーは闇奴隷として扱われそうになったため、首輪をつけられそうになっているが、そんなの一般的に知られているわけではない。

 "奴隷"も言葉の響きは悪いが、今では職業のひとつとして受け入れられつつある。


 少なくとも、奴隷の証と言うだけでここまで過剰反応をするのは何かあるとしか思えなかった。

 メアーが暴走するの抑えるため、片手で彼女の手を握ると、メアーはビクッと肩を震わせて握った手にもう片方の手を重ねられてしまう。

 そうじゃないと言いたいが、この男の前で言うわけにもいかず、したいようにさせることにした。

 すると、メアーから男にカボチャ色の瞳をまっすぐ向ける。


「この人、は、私の、ご主人さま、だから」

「な、どうしたんだい? それにご主人様って……」

「ご主人さまはご主人さま。ご主人さまが、私を見つけてくれた、から。だから、ご主人さまに、首輪をつけてもらった」

「は? この男に? だが、しかし……」


 男が立ち上がったかと思うと、チラリと俺とメアー……の首輪を交互に見て、眉をしかめている。

 やはり、奴隷を嫌っている。

 男の動作。立ち上がった後の視線の動き、握る拳の強さ。そして、声に交じる震えには間違いなく奴隷への嫌悪が込められており、俺への敵意のある視線を隠そうともしなかった。


 なおもじっと見つめるメアーに根負けしたのか、男はたじろぐとため息をつくと空を見上げる。


「……あの、リヴェリクさん。この子を連れてきてくれたこと、感謝します。あの、良ければ宿をとっては?」

「はあ? いや、俺は……」

「この村も王都から近い場所ではない。途中に町もあるが、今から戻ったのでは夜になっては魔物が出てしまって危険かと。寝泊まりする場所は提供しますので」


 今更この子と野宿をするぐらいどうってことはないが、言っていることは正論でもある。

 このタイミングで言うことにきな臭さはあるが……。

 暫く考え……頷く。



「……そうか。言葉に甘えるとしよう」



 本当に休めるかは怪しいが、男の言う宿とやらに案内してもらうことにした。




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