第24節「苛立ち」
数日後。俺はメアーと共に旅をし、町から乗合馬車に乗っていた。
多少煩わしい人付き合いを経てたどり着いた村は、至って普通の村だった。
普通の村、と言っても、あからさまに緊急で作りました、という木造だけの家は多い。
出来たばかりの道も舗装されておらず、王都に近い割には貧相に見える村だった。
まあ、石畳の普及してる村など、コアコセリフでも珍しいとは思うが。
わずかに見える村人たちの顔ぶれを確認していく。
(村人は人間が多く、亜人らしき姿はほとんど見えない。亜人は別の場所か? メアーのように村を襲われた避難民が集まっているからと考えるのが妥当か)
人の数は……多くないように見える。馬車から畑が見えたので、恐らくそっちに人手が割かれているんだろう。
こうして村として機能しているということは、相当前からこの村は用意されていたらしい。そう考えると、フレミアは随分と前からマークされていたのかもしれない。
王族に利用された事実だけが引っ掛かるが……。
不敬にも陛下への不満を抱えながら、周囲を確認する。
特筆することは無い村に、思ってたよりも退屈そうだなと横を見る。
すると、メアーが珍しく村をキョロキョロと見回していた。
「どうした」
「ご主人さま、ここ、は?」
「珍しいな、興味があるのか」
「ん、ご主人さまが、連れてきてくれた、から」
「ああ……。どうやら、フラン曰く、お前の知り合いがいる村らしい」
「そう、なの?」
「らしい。期待するな。一応見に来ただけだからな」
「ん」
言外にお前のためだと伝えたのだが、期待するなと言ったせいで一瞬で興味を失って俺の服の裾を掴んでしまった。
自分の言葉選びの絶望的な失敗に唇を噛み、言葉をそのまま飲み込むのを辞めろと言いたくなる。
だが、言えば必ず聞き入れてしまうので、この子のためにならない。それなら、疑問に持つまで黙ることにした。
この子は、そう言う子だ。
いつも通りになってしまったメアーに呆れつつ、村の中を散策していく。
幾つか建物の前を通ったが、本当に長閑な……何もない村だ。
開拓村だからか、建物は王都の人間が施工した石積みで、どの建物も背が低い。
人気は感じないが、周囲の畑からはわずかに人の気配を感じることが出来る。
どこか遠い……懐かしさすら感じる農村、と言う感じだった。
「……何処の村も変わらないな」
「ん?」
「俺の故郷にも似ている」
「そう、なの?」
「ああ。メアーお前はどうだった」
「覚えて、ない」
「なら、なぜ聞いてきた? ……ああいや、どうでもいいんだったか」
「うん。"ちゃんと褒めてくれた人"意外、どうでもいい、から」
「そうか」
なら、ちゃんと形も場所も覚えた家は俺の家が初めてなのか。
僅かに優越感を覚えそうになり、その事実に気が付いてはあと大きくため息をついた。
(この子が覚えている家が建てさせたあの家だけ? それに優越感を覚えるなんて……。何を自惚れてるんだ。慕ってくれるからって絆されすぎだ)
いつの間にか絆されていたことを自覚し、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
いくら俺を救ってくれた子とはいえ、まだ幼さの残る子供……いや、メアーは背丈の小さいラプール種だったか。
(メアーはまだ幼い。そんな相手に独占欲を出してどうする。嫁にでもする気か?)
家族と出ない当たり、我ながらメアーに毒されている。
広場のようなところも見て回ったが少なすぎて、話を聞くことが出来ず、仕方なく外の畑周りの方へと足を延ばしてみる。
コアコの雪小麦や葉物が幾つか通り過ぎ、遠目に見えていた樹木が集まっているエリアに隣接した畑にたどり着いた。
まだ距離は少しあるはずなのに、独特なニオイが漂ってくる。
メアーもしきりに樹のニオイを気にするように顔を上げる。
「樹木のニオイか。このニオイは苦手か?」
「ううん、平気」
「そうか。この国の特産品……名物でもある雪リンゴのニオイっぽいな。香木や、お守りにも使われるらしい。近くで魔物も出ないのなら魔物が苦手なのかもしれん」
「雪リンゴ、わかった」
「覚えなくてもいい」
「いいの?」
「……好きにしろ」
「ん、わかった」
またいいなりかとうんざりしそうになったが、見せないように片手で顔を隠す。
うんざりした顔など見せれば、この子は俺のために感情まで抑えるだろう。
ただでさえ分かり辛いのに、これ以上抑えられてはたまる物じゃない。
……また、彼女の事を優先して考えていた。
素直になるべきか、このまま隠し通すか。
考えれば考えるほどイライラとした気持ちが沸き上がり、自分の不甲斐なさと気持ちの悪さに胸のむかむかが這いあがってくる。
(クソ。自分のどっちつかずにも自信の無さにもイライラする。フレミアのせいでい全部グダグダだ!)
仇敵を思い出し、イライラの矛先に変える。
指の間からチラリと畑や樹木の方を覗けば、観光客が珍しいせいか、畑の近くに顔を出すとジロジロとこっちを奇異の目で見てきて、俺を嵌めた野郎どもの事を思い出して不快な気分にさせられた。
顔に出過ぎたせいなのだが、余計に苛立って唇をかむ。
「……ご主人さま」
「なんだ」
メアーに袖を引かれ、視線を向ければ、土の道の上で背中の方に耳を垂らしているメアーが居た。
「……ごめん、なさい」
「あ?」
「ご主人さま、イライラしてる、から」
「チッ……。お前のせいじゃない。だから、そんな顔をするな、メアー」
「ん……」
言葉尻が落ちる気配を感じて、そんなことで一喜一憂するなと言いたくなる。
だが、彼女が落ち込んだのは俺のせいだと思えば、別の苛立ちも浮かぶ。
さっさとイライラを解決するために頭を回して、周囲を見回す。
果樹園と人。時刻はそろそろ昼餉時。視線を緩和する方法を考え、近くに居る誰かに話しかけることにした。
「……ここで待ってろ」
「ご主人さま?」
「置いて行かないから安心しろ。すぐに戻ってくる」
「ん」
掴みっぱなしだった裾を離させ、一番手が空いていそうな近くの果樹で作業してるやつに声をかけることにした。
「おい、そこの……! 果樹で作業してるやつ、今いいか!」
「おや、お客様ですか。これはこれは珍しい」
出来るだけ他人に興味なさそうな奴を選んで声をかけたつもりだったが、俺とメアーを交互にジロジロと見てきて、値踏みするような視線で、肌が泡立つように不快感を訴える。
村全体がこんななのかとうんざりするが、そっちがその気ならと、俺も俺でこいつを利用するのに何の躊躇もなくなった。
何とも言えない気持ちの悪さを飲み込みながら、今一番欲しい情報のために頭を回す。
「前置きは良い。ここで育ててるのは雪リンゴか?」
「ええ、そうですよ」
「そうか。少し見てもいいだろうか」
「ええ、ええ。もちろんですよ。お客様は雪リンゴの樹をご存じで?」
「さて、どうだろうな。この辺ではもともと生えていなかったと記憶してるんだが、苗はどこから?」
「はて。近衛騎士様が言うにはミユネーヌ地方から分け与えられたと聞きまして」
「そうか……」
ミユネーヌ地方は雪リンゴの原産。雪の中でも強く育ち、甘みと特徴的な香りが特徴の果樹で、樹木自体も独特のニオイを放つ樹だ。
実物は初めて見るが、カリーナが言うには実がなる木は香りが強くなるらしく、実さえ取れれば数年で果物が取れる木に成長するらしい。
試しに近づいてニオイを嗅いでみれば、今見てる木は他の木と比べても匂いが強い。
情報通りなら、この木は随分と健康体らしい。
「なるほどな。この樹なら、来年にはもう実がなるんじゃないか?」
「そうなんですか! そりゃいい報せですね!」
「育てているのに、知らなかったのか?」
「ええ、ええ。栽培方法は聞き及んでるんですが……いかんせん、農園はともかく果樹は初めてなもんで」
「なるほどな……。しかし、ここにも居ないか……」
与えられる情報を与えるだけ与えて、聞こえるかギリギリの音量で意味深げにつぶやく。
すると、思うところはあったのか、男はおずおずと手を上げた。
「……あの」
「なんだ」
「人を、お探しですか?」
「ん? ああ、聞こえてたか、悪いな」
「いえ。もしよろしければ、そろそろ昼時ですし、大衆食堂へ向かわれては?」
「なに? そこはさっき通ったんだが……誰も居なかった記憶があるが」
「真昼間だったんでしょう。この村の昼は全員で集まってから食事ですので、俺らみたいに食事が遅くなる人間に合わせてあるんです」
「……タイミングが悪かったのか。すまんな」
「いえいえ。ご一緒しますか?」
「ん? ああ、悪い。連れが居る」
そう言って、背後の道端を指さす。
そこにはラベンダー色の髪をなびかせ、俺たちの方を物憂げに……いや、俺だけをカボチャ色の瞳でじっと見つめる十歳ぐらいにしか見えないラプール種。
何か訳アリだと気が付いた男はなるほどと頷いていた。
(クソ、無駄に歩かされたか。もっと女男に情報をゆすった後にすればよかった)
今は居ない亜人騎士に文句を言いつつ、果樹園の男に礼を言ってからメアーの元に戻る。
俺が戻ると、メアーは安堵したように息をつき、きゅっと胸元で手を握っているのが目に入ってしまった。
「……来い、メアー。すれ違いだったらしい」
「それは……えと……」
「さっきの食事をする場所だ。この後から人間が集まるところらしい。行ってみるぞ」
「ん、分かった」
この村はあまりいい居心地ではない。
出来れば早々に探し人を見つけ、この胸のモヤモヤを取り払ってしまいたかった。




