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第23節「フランの来訪」



「それで? ユリウス国王陛下お気に入りの亜人騎士様がこんな山中に何の用だ」



 何をしに来たのか分からないが、とりあえず、メアーに茶を淹れさせ、一応テーブルの向かいを促す。

 フランは椅子に座る前に背嚢をテーブルに置き、中からこの辺では見かけない果物を取り出した。


「まあまあ、これ、お土産。メアーちゃん、僕が行くと怪しまれちゃうから、キッチンに持って行ってくれる?」

「ん。くだもの?」

「そうそう。この辺じゃあんまり取れないから。あ、毒も無いよ」


 目の前でフランから果物がメアーに渡され、メアーはソレを物珍しそうに見て、掲げたりしていた。

 気に入った様子のメアーに思わず顔が渋い顔になってしまう。


 口の中に渋さが残るような感覚でフランに向き直ると、フランは「えー?」と声を上げる。


「まだ疑ってる。ひどいなあ。これでも君たちに酷い事をしちゃったなって反省してるんだけど」

「ふん、反省してるやつの物言いじゃないと思うんだがな」

「だから物を用意したでしょ?」

「それで許せるほど、俺もお前も、やらかした事はお互いに軽くないはずだが?」

「あはは」

「笑って誤魔化すな」


 まったく、と頬杖をついてフランの女か男か分からない面から目を逸らす。

 適当なあしらいをする俺を無視して、フランがメアーにちょっかいをかけ始めていた。


「それはそうと、メアーちゃん」

「?」

「なにか不自由なことはない? こんな常時睨んでくる怖い顔の人と一緒に居て」

「おい」


 なにが常時睨んでる、だ。間接的にとはいえ睨まれる要因に絡んでいるくせに。

 文句を言おうにも、この建物も商人との交流も向こうが用意してくれたもので、メアーのためを思っているのなら、俺が止めるのもおかしい。


(不自由も何も、こんな場所で生きるには革なめしも薬草探しをするしかない。不自由な事の方が多いだろうに)


 いったいなんの嫌がらせかと思っていたが、メアーがラベンダーの髪を揺らして俺の隣まで戻ってくると、大きく首を傾げた。


「……ご主人さま」

「なんだ?」

「"ふじゆう"ってなあに?」

「は? ……この男が言ってた不自由っていうのは、ここで二人で生活をしていて、欲しい物が手に入らなかったり、食べるのに苦労したりすることは無いかって聞いてるんだ」

「あはは、律儀だねえ」


 俺が頬杖をついたままメアーに説明してやってると、フランの方からそんな声が聞こえてきた。

 うるさいぞ、女男。

 拙い説明でも納得できたのか、メアーは微かに頷き、長いウサギ耳が揺れた。


「ふじゆうが欲しい物が手に入らないの、分かった。なら、ある」

「あれ、そうなんだ? てっきりご主人さまが居れば満足って言うかと思った」


 メアーの返答に、思わず眉をひそめてしまう。

 足りないものがあるとは言うが、今までそんなそぶり、俺には見せなかった。

 やはり、男と二人暮らしでは色々と配慮に欠けているから、俺には言えないこともあるのだろうか。


 メアーも女の子だから、こっちもカリーナに頼んだ方がいいかもしれん。

 自分の思慮の浅さを反省していると、メアーは深く頷いていた。


「最近、ご主人さまに、褒めてもらってないし、撫でてもらってない、から。寂しい……」

「はあ? 褒め、お前何を言ってるんだ」


 てっきり女性として生活に必要なものが足りてないと言われると思っていたら、突然そんなことを言われて面を食らってしまう。


 だが、メアーは俺の言葉を受けて、垂れている眉尻をさらに落とし、耳が背中の方に流してこちらを見上げていた。

 それはラプール種が本当に悲しむ時に見せる仕草で、嘘偽りのない悲しみの表現だった。


 落ち込むメアーにぐっと言葉に詰まる。


 言われて気が付いたが、確かにこの生活になってから、メアーを褒める機会は少ない。

 さっきの料理も彼女がやりたいと言って手を出し、必要な情報を与えるだけだった。

 褒めたか、と言われれば、間違いなく褒めてはいない。


 それは、たまにしか家に帰ってこなかった父さんを思い出せて、親子だということを自覚させられて。

 子供のころの俺のように、メアーに寂しい思いをさせていたのかと口の中がさらに苦くなる。

 謝る事すら恥ずかしくなるが、全面的に俺が悪いと分かっているのに謝らないのは愚の骨頂だった。


「……よく言ってくれた。それと、悪かった。次からはちゃんと褒めて欲しいことは言え。子供も、恋人も作らなかった俺には分からん」


 ため息をつきそうになりながら、彼女の薄紫色の頭を撫でてやる。

 気恥ずかしくてそっけなくなってしまったが、メアーは満足そうに吐息を漏らしていた。


「ん」

「あはは、じゃあ改めて聞いてみよっかな。メアーちゃん。何か不自由なことは?」

「ん、無くなった」


 満足そうに目を細めるメアーを見て、思わずため息が漏れていた。

 彼女を甘やかす人員がどんどん増えているのはどういうことなのか。


 これ以上メアーを甘やかされても、俺に被害が出そうだったのでフランに話を戻させることにした。


「それで?」

「うん? どうしたの、リヴェリク」

「どうしたの、じゃない。どうして亜人騎士様がわざわざ山中に来たのかって聞いてるんだ」

「ああ、そっか! まだ伝えてなかったんだっけ」

「しっかりしろ、亜人騎士」

「あはは。……メアーちゃんが不自由な言って確認したから、必要ないかもだけど、実は、こっちでいくつか調査をしてたんだ」

「調査? いったいなんの」

「ふふふ、メアーちゃんの故郷と、亜人攫いについて、って言ったら聞く気はある?」


 亜人攫いとメアーの故郷。

 無関係とはいえない単語に反応してしまい、フランを睨んでしまう。

 フランは予想でもしていたかのように肩を竦めると、椅子の背もたれにどっかと体重を預けた。


「じゃあまずは"亜人攫い"から」

「亜人攫い、か。聞いたことはあるが、本当にそんな集団が居るのか? 俺は故郷で暮らしてても王都で暮らしてても噂しか知らないが」


 メアーの安全のため、フレミアの件を終えてから調べたりはした。冒険者ギルドに、王城のデミサイド。

 亜人攫いと言うブギーマンの噂は、亜人たちの間で有名で、探さなくても情報は出る。

 だが、本当に存在するか、と言われれば眉唾物の情報しかなかった。


 関りが薄い人間からすれば、もはやおとぎ話の類と化している話でもある。


「ううん、居るよ。亜人攫いは、居る。絶対に」


 だが、フランはそう思っていないようだった。


 さっきまでの軽薄態度は消えて、騎士らしい……あくまで俺の感性で騎士らしい態度を見せる。

 フランの態度は信じている、と言うよりも知っているといったたぐいの態度だった。

 癪だが、キチンと話を聞いてやるためについていた頬杖を解いて、座り直してやる。


「……そうか。で、お前が俺に教えたいっていう収穫は?」

「ん、朗報と言えば朗報だけど、フレミアが関係してた亜人攫いは、僕が追ってる"亜人攫い"じゃなかった、って感じかな」

「お前が追ってる? どういうことだ」

「君も"亜人攫い"がどういう奴らか、は知ってるよね」

「ほとんど噂でしかなかったが、国内の亜人を攫う奴隷商人たち、だったか。フレミアが利用したのはそのネームバリューを使って暗躍するクトラニヤ教国とのパイプだったか」

「その通り。で、僕が追ってるのは本物の"亜人攫い"なんだ」

「本物、だと?」

「そう、本当の。王都でも噂されてる通り、亜人だけを狙うやつらなんだけど、表に出てる名前を借りただけの奴隷狩りのチンピラなんかじゃない。あいつらは人種だろうが人外種だろうが、関係なく攫ってく。でも、僕は奥底に居る、姿を見せない連中を追ってる」


 眉唾な話だったが、フランの言葉には真実味と……怒りを感じた。

 間違いなく、復習やその類を誓った人間が発する怒気で、隣のメアーもソワソワとしていた。

 これ以上メアーを刺激するのは良くない、か。それに気になることもある。

 フランの怒りに同情はしつつ、俺は俺で気になることもあるのでそっちを優先させてもらう。


「……どうやってフレミアが関わったやつらが亜人攫いの偽物だってわかった?」

「簡単だよ。あの騎士崩れ人についてたのは、うちの貴族の反対派だったってだけ。それも、端も端の小さな村を守る領主程度の。だから、あいつらは違う」

「違う、という根拠は」

「無いかな」

「っ、お前!」

「いいから聞いてよ。だって、あの程度でつかまるようなやつらだったら、陛下や他の亜人騎士たちの追跡から逃げられるわけがないでしょ」

「……否定はしない」


 騎士を侮るわけではないが、その程度でつかまっているのなら、おとぎ話にまで昇華なんてしない。

 それにフレミアがあんな凶行に走っていたのは父さんへの私怨で動いていたのが大半だったらしいし、お家も今頃取りつぶしにされている。

 再興するのもまだ時間はかかるだろうと考えれば、俺があいつに関わることはもうない。

 そして、パッといつものフランに戻ると、へらへらと笑う。


「うん! だから、もし君たちも"亜人攫い"の噂を聞いたら僕にぜひ教えて! なんでもいいからさ!」

「無駄だと思うがな」

「それでもいい。メアーちゃんも、何かあったら教えてね」

「ん? ん」


 チラリとメアーを確認したが、興味はもうほとんどないようだ。


 それより、さっき持ってきた果物を見つめた後に庭を見ているから、植えられないか考えているのかもしれない。


 フランが態度を崩したから、後は軽い話だろうと姿勢を崩す。


「で、今回のメイン。メアーちゃんの故郷の話だね」

「……それはそれでどういうつもりなんだ、お前は」

「さあ? 僕に聞かれても。こっちは陛下とギアンさんだから」

「国王陛下様が?」

「あはは、無礼な物言いは聞かなかった事にするね。でもまあ、こっちはメアーちゃんが不自由してるようなら、故郷の人たちが生きてる村を見つけたから、そっちを紹介するつもりだったって感じだから、まあ、もういらないかも」

「……故郷、か」

「っそ、今のリヴェリクなら僕達が言いたいこと分かるでしょ」


 へらっとフランが笑っていやがるが、その意味は分かっていた。


 メアーが俺と住むことに満足していなければ、赤の他人よりも、知り合いが居る村の方がメアーにとっては良い。

 陛下たちはそれも考慮していたってことなのだろう。


 正直、自信過剰だと言われるかもしれないが、それはないとほぼほぼ確信している。

 メアーの話を聞く通り、メアーの家庭の異常に気が付いていながらも放置し、メアーが壊してからようやく動き出すような薄情で、自信の考えをメアーに押し付けようとしか考えてない奴らだ。


 悪いが、メアーがその程度のやつらに絆されるとは到底思えない。


 だが、メアーが望むのなら。

 俺ばかりが考えても仕方ないと、メアーを見つめると、彼女は小さく首を傾げた。


「ご主人、さま?」

「……フラン、一応その村について教えろ」

「無駄にならな層で良かった。地図で教えるね。まずは――」


 フランの意味深な笑みを残して、メアーの知り合いが生き残っているという村の場所を教えてもらう。

 フランが示した場所はこの家と王都の中間にある町を通った先にある、王都からほど近い村だった。

 開拓村らしく、フレミアの被害を受けた村民たちを優先して開拓民として受け入れているらしい。


「思っていたよりも近いな」

「町から乗合馬車も出てるから、道にも迷わないと思うよ。整備がまだだからお尻は痛くなるけど」

「はっ、クッションの用意も必要か?」

「最悪走った方がいいかもね」


 フランがクスクスと笑うが、メアーと一緒に行くのなら最悪走った方がいいかもしれない。

 それにしても……。


「メアーの知り合い、か」


 いつかはあって確認しなければと思っていた相手にどうするべきかと指南していると、フランがメアーがいつの間にか出していたお茶を飲み干す。


「それじゃ、後は任せるね、リヴェリク」

「忙しそうだな」

「あはは、王都で奴隷を解放しろーって根回ししてる変な人とか、貧民街で闇奴隷……前時代の奴隷をいまだに売ってるのを許容してるーとか、意味の分からない連中もいるからね。斡旋する商会の護衛だったり、色々と、ね」

「そうか。情報、感謝する」

「うん。じゃあね、リヴェリク。メアーちゃんも、また来るね!」

「ん」


 フランがいつもの愛想笑いを浮かべて、背嚢をもってドアの方へと向かう。

 そして、何かを思い出したように足を止めた。


「あ、そうだ。陛下に伝言を頼まれてたのを忘れてた」

「伝言だと?」

「そうそう。近いうち、何か依頼したいことがあるんだって」

「依頼? なんだそれは」

「さあ」

「さあ、ってお前……」

「ごめんごめん、本当に知らないからさ。今のリヴェリクだから頼みたいんだって」

「今の俺だから、ね。考えておく」

「っそ、今の君だから。じゃあ伝えたよ」


 またひらひらと手を振って、今度こそフランがそのまま出ていった。

 遠ざかっていく足音にようやく警戒を解いて、はあと重いため息をつく。


「亜人攫いに、メアーの知り合いか……」

「ご主人さま、気になる、の?」

「亜人攫いはともかく、知り合いくらいは気に……ならないのか?」

「ご主人さまが気になるのなら、気になる、よ?」

「そうか……」


 そっけないが、いつもの彼女らしいメアーの頭に手を伸ばす。

 鼻先をヒクヒクと動かし、俺の手を受け入れてくれるメアーの髪は、ふわふわで、魔力が十分に行き届いているからか、艶が出ている……手入れをされた髪だった。

 ふわふわで、手触りのいい、ほんのり汗のにおいがした。


(メアーの、知り合い……か。万が一、メアーがそこを望むのなら……)


 もし、メアーが抱いた感想が勘違いで、俺以外にメアーの事をきちんと見ていて、きちんとメアーの事を考えてやれる奴がいるのなら……。


 俺は、彼女を、送り出すことが出来るのだろうか。


 考えた途端、モヤモヤとした感情が渦巻き、何とも言えない気持ちに唇をかみしめる。

 首輪をカチャリと鳴らすメアーの存在を確かめながら、色々と考えこんでしまうのを止められなかった。



 ただ、長い平和な生活のせいで、何かを忘れているような気がして、それを思い出すこともできず、余計に苛立ちが募らせることしかできなかった。




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