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第22節「よく見てる」



 節々が固まったような体の痛みに顔をしかめ、目を開けた。



「ここは……」


 薄ぼんやりと靄のかかった頭で、自分がさっきまで寝ていたんだなと自覚する。


 肩がやけに凝るなと思ったら、肩にかすかな重みを感じた。

 鼻先に木と土……それと、あのリャーディの商人――カリーナとか言ったか――が、メアーに使えと催促していた石鹸のニオイがして納得する。


「メアーか……」


 重さの原因にたどり着き、小さくため息をつく。

 耳を澄まさなくても、隣からはすぅすぅと吐息が聞こえた。

 どういう訳か、同居人が俺の肩を枕に眠り込んでいるらしい。

 ふと、体を起こそうとして自分がどこにいるか確認して、顔しかめてしまう。


「……なぜ、俺は床に座って寝ていて、メアーが俺の方に頭を乗せて寝てる?」


 そう、俺は何故か、ベッドではなく、ドア横の床に座り込んで、剣を抱えていたのだ。

 理解は出来たが、そもそもなぜそんな状態になっているのか、意味が分からない。


 どういうことか把握しようと部屋の中を見渡す。

 目の前には、シーツのずり落ちた作ったばかりのベッドに、新築の木の香りに満ちた室内。

 そして、やけに綺麗なログハウス風の壁が視界に入り、寝ぼけていた頭に徐々に記憶が戻ってくる。




 今は、あの事件……思い出すのも忌々しいフレミアの事件から月が一周り。

 だいたい三十日ほど経過していた。


 陛下の思し召しとやらで自由な生活を与えられた俺たちは、フレミアが拓いた山の中の森にそれなりの広さの家を建てさせ、メアーと二人で暮らしていた。


 最初は暗殺部隊でも送り込まれて、口封じをされると思ってたんだが……。

 何事もなく、度々、あの女みたいな顔をしたウィルカニスの騎士に、リャーディの商人が様子を見に来るだけ。

 大量殺人なんていう罪を犯した俺に対して随分と甘い処置だと、今でも思う。

 だが、向こうも向こうで今のところ俺をどうにかしよう、と言う気はないらしい。

 国王御用達の亜人の業者があっという間に建ったこの山の家に住んでから一週間近く。

 特に何が起きたわけでもなく、生かしたのなら来るだろうと思っていたあの陛下たちからお呼びの声もいまだに無い。



 ……考えてた見たが、結局床に寝ていた理由は分からなかった。


「……メアーに聞くか」


 これ以上は考えるより、隣で安眠している彼女に聞いた方が早い。

 寄りかかっていたメアーを揺する。

 盛大に俺にかぶさっていたラベンダー色の髪が俺の肩からパサリと落ちた。


 落ちた髪の毛の隙間から、メアーの顔が目に入る。

 正直、目を見張るほどの美人だ。

 亜人は、持っている魔力量によって、相手が勝手に魅力的に見えることも多いらしく、それは人間であっても変わらない。

 カリーナと言う商人がそう言っていたが……あながち嘘ではないのだろうと思う。


 まだ幼さの残る目元にはまだまだ濃い隈が目立っているし、首元には革製の太い首輪が付いているが、本人は俺に仕えることが幸せだから、外したくないと断固として反対されてしまっていた。


 首輪にため息をつきながら、一向に起きないメアーの肩をゆすり続ける。


「……メアー、起きろ。メアー?」

「ぅ……ん?」


 寝ぼけた声と共にメアーが腕を足の方に伸ばし、体が小刻みに揺れる。

 何度か瞬きをして「ん」と俺の方をカボチャ色の瞳で見上げられた。


「起きたか。どうしてこんなところで寝てる」

「起こしに来たら、ご主人様が寝てた、から」

「……だから、一緒に寝たのか」

「ん」


 当然とばかりにうなずかれ、床で寝てた真相も、言動の意味も分からなくてため息をつくことしかできなかった。


「メアー、お前……」

「?」

「……いや、いい。どうして俺の部屋に来た」

「ん、ご飯。つくった」

「朝食を?」

「ん、だから起こしに来た、よ?」

「お前が?」


 まさか、と思ってメアーを見るが、小首をかしげ首輪がカチャリと音をたてた。

 俺が疑問に思っていることが不思議だとでも言いたげな顔で俺の事を見上げられる。

 そして、いまだにメアーの事すら信頼していない自分に嫌気がさした。


「……メアー。俺は"朝食を作れ"なんて命じてないぞ」

「ん。ご飯を作った、から。ご主人さまに食べ、て? 欲しくて……」

「……自由にした結果か?」

「ん」

「そうか」


 どう答えていいか分からず、そっけなく答えてしまう。

 だが、メアーは気にした様子はなく、カボチャ色の目を細め、耳を左右に垂らしていた。

 耳を左右に垂らすのは、ラプールが楽しい時に見せる仕草らしいが、現状で楽しんでいるメアーを訝しむ。


「喜んでるところで悪いが、退いてくれ」

「どう、して?」

「起きれない。それと、お前の作ったって言う朝食を食べるんだろ」

「っ! ん」


 何が嬉しかったのか、耳をピンと立てたあと、ものすごい勢いで立ち上がった。


(今度は嬉しい、か。朝食を食べるだけで何を喜んでいるんだか)


 自分が起き上がるついでに、俺を見上げて待っているメアーにふっと鼻で笑ってしまい、それが恥ずかしくなって頭を撫でてやる。


「ご主人さま?」

「……いや、朝食の用意をしろ。あと、お前も食べろ」

「ん」


 念の為、メアーにも食べるように指示を出し、二人して寝室を出る。

 寝室を出ると、そこには二人分の椅子とテーブルが用意されたリビングがある。キッチンも備え付けられていて、至れり尽くせりの空間だ。

 ……なんだが、どうにも、二人で暮らしていると広くてしょうがない。


 俺の寝室以外にもきちんとメアーが寝泊まりする部屋もあるし、リビングには二人分のイスもソファもある。

 外に巻き割り場もあれば、雪の中で保存する小屋まで完備されている。

 それどころか、カリーナや国王陛下様が亜人と暮らす俺にも暮らしやすいようにと、コアコセリフ国ではまだまだ高価な"オーブ"――魔力を用いて使う魔道具の起動に必要な玉石――を、取り寄せ、水と燃料の心配が無いようにと取り付けていったからだ。


 どれもこれも、金貨数枚では済まない……犯罪者の男に渡すには高価すぎるプレゼントばかりだった。



 そんなどこか居心地が悪くなりそうなリビングをテーブルまで歩き、剣を立てかける。

 メアーは俺の横をトコトコと通り過ぎていった。


 愛想をつかされた……なら良かったのだが、ただ単に作った料理を運びに行ったんだろう。


 手伝うべきか。


 椅子に座る前にキッチンの方に振り向くと、メアーはすでに大きなトレイを器用に持って、戻って来てしまっているところだった。

 懐かしい。ルルルクの宿でもサラを手伝おうとしたら、あんなふうに器用に運んでいるのを見て度肝を抜かれたことがあったか。

 ……もう戻る気はないが。


 メアーがプルプルと震えながらも、トレイがテーブルに並べられる。

 いつも俺が座る椅子と、その隣にトレイが置かれ、そこにはブツ切りにされた芋と野菜の切れ端が浮いたスープと、付け合わせの薄いパンが用意されていた。

 料理……にしてはだいぶ簡素だが、ほとんど料理をしたことが無いメアーと考えれば上出来か。

 気が付けば、料理を並べるメアーを眺めてしまっていたらしく、カボチャ色の瞳が俺を見上げていた。


「どうか、した?」

「いや、なんでもない」


 ただ見つめていた。

 そう言うのが気恥しくて、そっけなく答えて俺が座ると、トットットッ、とメアーが隣に座った。

 チラリとメアーの皿を見ると、彼女のスープには芋ではなく、木の実が浮いていて、別々に用意したのかと少し感心した。


「スープとパン、か」

「ん。ご主人さま、きらい?」

「いや……」

「よかった」


 スープを眺めていたら、メアーにそう聞かれてしまっていた。

 メアーに答えた通り、嫌いではない。だが、食欲があるか、と言われれば、正直、ない。


 メアーの料理が信用できない……わけではない。

 ただ、フレミアに騙され、食事は二の次で進んで来てしまっていたため、胃が全盛期の胃に戻っていないのだ。


 しかし、だ。

 せっかく"自由"なメアーが自分で作った料理を、食べないという選択肢を取る程、酷い人間になったつもりはない。

 とりあえず、スプーンを取ってスープからもらうことにした。


「………………」

「……なんだ、メアー」


 食べようとしていたのだが、横からメアーがジーッと俺を見つめていて、食べにくいったらありゃしなかった。

 はあと小さくため息をついて、まだ見つめてくるメアーを見る。


「気になる」

「俺がか。それとも味か?」

「毒はない、よ? でも、人間の味覚、分からない、から……」

「ああ……」


 見られていて食べにくさはあったが、そういう理由ならメアーが気になるのも分かる。

 なにせ、初めて俺につくった料理となれば気にならにわけはないだろう。

 木を削って作ったスプーンで一口、スープを口に含む。


「どう? ご主人さま」


 口に含んだスープ……のはずの物に眉を寄せてしまう。


 口に入れた瞬間、下に広がった味は鍋に一匙だけ塩を入れたような、健康的な味付けで、人間の舌ではほとんど塩見を感じることはできない。

 煮込まれたはずの野菜も、嚙めばガリッとした歯ごたえで、火がきちんと入っておらず、咀嚼してもサラダを食べているのに等しい触感だった。


 緊急の食事と考えれば悪い物ではないが……。

 チラリとキッチンに視線を送る。

 そこには、カリーナがどこからか仕入れて売りつけられた、頭のおかしい量の調味料仕入れているせいで、味付けに苦労はしていない。


 つまり、メアーはコレが良いと思って出しているわけだ。


 少し考え、お世辞よりもきちんと感想を言うことにした。


「……味が薄い」

「そう……どうすればいい?」

「あ?」

「ご主人さまが好きなようにしたい」


 俺に聞かれても困る。

 そう答えようとして、ふと、一緒に旅をしていた時に干し肉の話をメアーとしたのを思い出しす。

 あの時、メアーは味を共有してみたいと口にした。

 俺はあの時にはすでにメアーと離れることを考えていたせいでキチンと聞いてはいなかったのだが……。

 突然作り出したこの手料理も、その一環なんだろうか。


 ……俺の好みの味、か。


「そうだな……。野菜のスープを作る場合は、味付けは少なくてもいいが、よく煮た方がいい。熱は苦手だったか?」

「ううん」

「なら、もう少し煮る時間を増やしてみろ。調味料の量が分からない場合は呼べ。お前の味覚は薄い。細かい調整なんて出来ない可能性が高い」

「それでご主人さまの好きな味になる?」

「ああ」

「分かった」

「……お前も食え。次は俺も作る」

「ん」


 メアーは素直に頷くと、俺の隣に座る。

 座った風でメアーの長い髪が服越しの腕にかかってこそばゆい。耳が動くたびに俺の横でふわふわしてるから気は散るが、好きにさせることにした。


 少しずつ食べ進めていると、横のメアーが自分の皿に浮かべたナッツ……焼き目が入ってたナッツを食べて、目を細めるのが目に入った。


「……ナッツ。メアー」

「ん?」

「それ、好きなのか」

「ん」

「そうか。今度、多く拾って来よう」

「ん、ご主人さま、好き」

「言ってろ」

「ん。……ご主人さま」

「なんだ」

「次は、もっと上手く、したい」

「そうか。頑張れ」

「ん、分かった」


 短い返事だったが、メアーは嬉しそうに耳をピンと立てる。

 言葉はなくとも喜んでくれるメアーに、ふっと笑いだしそうになり、俺は随分と彼女にほだされた者だなとパンをくわえる。

 過程はどうあれ、この子は娘みたいなものだから、そう言うものなのかもしれない。


(……娘、か)


 親父というモノを、俺は覚えていない。

 厳しかったのは覚えているし、今の俺が親父らしくないというのも否定はできない。


 だが、覚えてなくても相応しくなくても、彼女……メアーは色々な意味で幼過ぎる。

 年齢は亜人種のせいで分からないが、彼女の言動は幼く、師事する人が居なければ、簡単に足を踏み外すだろう。

 幸い、メアーは俺の事を慕ってくれている。

 成り行きで彼女を引き取り、救ってもらってしまった彼女に、俺は最低限彼女だけで生きていけるすべを残してやらなければならない。


(まずは、この子の作った食事を食べて、作り方を教えるところから、か)


 密かな決心を胸に潜ませ、思考で止まりがちになってしまっていた、メアーの作った食事に匙を通していった。



      *     *     *      



 ひとしきり食べ終え、メアーに指示を出しながら正しい片付けをさせていると、ふとメアーの耳が警戒したようにドアの方へ向いて止まった。


「どうした、メアー。急に手を止めて」

「誰か来る、よ?」

「なに?」

「外、ひとり? 魔力持ってる、ひと」

「分かった。お前はまだ何もするな」

「ん」


 メアーに下がらせ、剣の柄に手を当てて立ち上がる。

 耳を澄ましてみるが、椅子がギィと床と擦れた音と、メアーの吐息の音だけが聞こえた。


 しばらくドアを睨み続けていると、確かに草を踏みしめる音が近づいてくる音が聞こえ、メアーの耳はどれだけいいんだと、眉をひそめた。

 予定を確認するが、カリーナ御用達の商人が顔を出す日でもないし、王都から視察が来るとも聞いてない。

 となると、招かれざる客、ということだ。

 ついに、国王陛下が暗殺部隊でも派遣したかと、剣を抜き、玄関へ忍び寄っていく。


「ご主人、さま?」

「俺が出る。お前はそこで見てろ」

「ん」


 メアーを待機させ、息を殺してドア前で警戒をする。

 すると、侵入者は律儀にも家の前で立ち止まり、ドアをコンコンと、ノックした。


「……あれ? 誰もいない? おーい、リヴェリクー?」


 息を殺して待ち続けると、のんきな聞き覚えのある声が聞こえてきたではないか。

 声の主にすぐに気が付いて、思いっきり顔をしかめてやった。


「……その声、フランか?」

「あ、居た居た。警戒させちゃって、ごめん。もう入ってもいい?」

「ああ」


 知り合いだからといって油断はできない。

 フランは亜人騎士と呼ばれる陛下直属の近衛騎士に連なる身分だ。これで俺を殺しに来ていないという確信を得るまで警戒を解くわけにはい行かない。


 入れと言ってからテーブルまで戻り、抜き身の剣をそのまま立てかける。

 戻った途端、ドアがゆっくりと開くと、栗色の毛皮のフランが背嚢を片手に、ブラウスとズボンの格好でにこやかにもふもふの手を振っていた。



「やあ、リヴェリクに、メアーちゃん。おはよ」



 いつも通り、男か女か判断し辛い笑顔で、フランがひらひらと挨拶しやがったので、おもいきり嫌な顔で返してやった。



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