幕間「もう、会えないんだなって、わからされた」
side:サラ
最初、あの人に出会ったのは、チテシワモ地区の路上だった。
ケガをして道を歩いてるその人……リヴェリクを見つけて、私は驚いて声を上げてしまったのが最初。
すごい怖そうな顔をして歩いていたから、怖い人なのかなって、思ってたんだけど……。
ちょうど持ってた薬草で、手当をすることになって、薬代の代わりって事情を聞いたら、リクはすっごく有名な人の息子さんみたいで、この王都の城下町に騎士に成るために来たって教えてくれたの。
その後も色々と話を聞いたら、すごい誠実な人で、正しい事を正しいって、悪いことをしたら謝れって言ってケンカになったらしい。
詰所で酷い扱いをされるようになったって聞いて、この人はなんて不器用なんだろうって笑ってしまった。
リクはきっと誠実でしか居られないんだろうなって思って、それがまた可愛いなって。
正しいことを正しいって言うのはすごいけど、それがすっごく疲れることで……。
私は出来なかったから、彼みたいに我を通せることはとてもかっこいいことだって思う。
だけど……。
彼にはもっと気楽で、もっと肩の力をぬいて、普通に暮らして欲しいって思っちゃった。
だから私は、リクを引き留めて、せめて住む場所は何とかしてあげたいって思ったの。
それが私とリクの最初の出会いだった。
というか、最初はそれだけだったんだよ?
でも、それから正義の事を楽しそうに話す彼がかっこよくて、助けられたことを本当に嬉しそうに話す彼が好きで……。
ああ、人を好きになるってこんな感じなんだって思った。
彼が来てから、私も元気になって、ルルルクの宿はもっと明るくなったねってお母さんが嬉しそうに言ってくれた。
きっとそれはリクのおかげで……。
それから、リクがお父さんの宿に泊まるようになって、どれくらい経ったんだろう。
仕事から戻ってきたリクが、嬉しそうに騎士隊の案内係として遠征に行くって話してくれた。
本当は、すごくすごく心配だった。
遠征が王都の外に行くことだって。魔物がたくさんいる場所に行くって聞いた時は胸がもやもやしていかないでって彼の手を取りたくなった。
でも、騎士様の遠征について行けるのはとっても光栄なことだって言ってたから、笑顔で喜んだら、彼も誇らしそうに胸を張ってくれた。
不安はあったけど、これで騎士に成りたいっていう彼の夢も叶うかもしれない。
そう思うと、このお仕事は祝杯を挙げてあげなきゃって、お父さんにもお母さんにも無理を言って盛大に祝ってもらった。
リクは恥ずかしがってたけど、それでもやっぱり嬉しそうで。
意地っ張りだけど、夢に近づいて行く彼はやっぱりかっこよかった。
もっともっと、彼と一緒に過ごしたいなって、もっと一緒に入れるといいなって思った。
彼が帰ってきたら何をしてあげよう。
騎士になれたら、どんなお祝いをしてあげよう。
わたしは、ずっとそればっかり考えてた。
だって、彼はきっと変わらない。
正しいからってケンカして、間違ってるって面と向かっちゃう彼は、どんなことがあっても変わらない。
ずっとずっと、彼は彼のままでいてくれるはずだから。
そう、思ってたの。
* * *
「……え?」
彼が遠征に行ってから、二週間ぐらい経った頃――。
ギアンってリヴェリクが言ってた立場が上の人が、直接お父さんの宿に訪ねてきて、おかしいなって思った。
なにかあったんじゃないか。
ケガをして帰って来たんじゃないか。
そう思うと、不安で不安でしょうがなかった。
でも、ギアンさんに聞いたら、無事だって。それなのに、ギアンさんの顔はずっとずっと暗くて……。
どういうことかわからなくて、話を聞いてたら、リクが騎士隊の人たちに酷い事をして、犯罪者になったって、それで騎士隊の人たちに処刑されてしまったって聞かされた。
「どうして、お父さん。リクは……リクに何が……」
「すまない、サラ。父さんにもわからなくて……」
お父さんもお母さんも暗い顔をして、何を聞いても教えてくれなかった。
ただ、ギアンさんは私の質問に答えてくれたけど、言ってることが信じられな着て頭の中が真っ白になった。
だって……だって、リクが犯罪者になって、処刑されたって言われても、信じられるわけがなかった。
リクは不器用で、頑固だけど、いっつも正しい人だったから。
間違ってることを一番先に声に出して行動して……お店に来た悪い人たちにも対応してくれたのに……。
だから、リクが犯罪者になったのだって理由があるはずだって。
リクの小さい部屋から荷物が運び出されていくのを止めたくて、ギアンって人にお願いをしたの。
「お願い! リクの荷物を持ってかないでください! リクの……リクが帰る場所が……!」
必死に訴えたけど、ひげを蓄えたギアンさんが悲しそうに目を細くして俯かれてしまった。
結局、彼の少ない荷物が運び出されるのを、私は止めることが出来なかった。
荷物が無くなっちゃった部屋の前で茫然としてると、ギアンさんが私に直接頭を下げられた。
「すまなかった……」
ギアンさんのその言葉と態度は真摯で、嘘なんてついてなくて……。
誰も居なくなって、何もなくなっちゃったリクの部屋で、私は静かに泣いてしまった。
* * *
それから、数日後。
お母さんに言われて、お使いに出た夕方。
影が落ちる宿に向かう路地で、私は再会した。
ううん、再会してしまった。
「その顔はリク? リクなの……?」
信じられないことに、数日前、処刑されたって言われてたリクの姿だった。
傷がついてボロボロで、赤くてかっこよかった髪の毛には土がこびりついた姿だったけど、間違いない。
睨んでくる赤い瞳は、彼の……私が好きだって思った彼の目だった。
でも、彼の足元には見たことない男の人が倒れてて……。
ギアンさんに言われた、犯罪者になったって言葉が頭をよぎった。
でも、すぐに彼の瞳がまっすぐなままだって気が付いて、違うって思い直した。
声をかけたくて近づこうとしたら、建物の影に、薄い紫色の髪の小さなラパンプルジールの女の子も見えた。
その子がリクに身を寄せるように立って、私はすごく悲しくて、寂しい気持ちになって……。
その子に向ける、リクの目は、私に向けてくれたみたいな優しさと、悔しそうな唇をかんだみたいな後悔の色をにじませていた。
ああ、もう彼は遠くに行って戻ってこれないんだなって、私の直感がそう教えてくれていた。
だから、リクとは、もう……。