第21節「手に入れた、あの森の中で」―2
「やっと、落ち着いたな……」
ふうとため込んでいた息を吐きだし、少し坂になった森の広場前で寝転がった。
背中に草の感触を感じながらも目を閉じ、ゆっくりと熱がこもった体を休める。
陛下に望みを伝えてから数か月後――。
俺はフレミアの騎士隊が開いた広場で、メアーと共に二人で生活をしていた。
陛下へ伝えた望みは彼女……メアーと共に過ごせる土地と家だった。
王都に住むことも提案してくれたが、あの一件以来、まともに他人と関われる気もせず、メアーも俺以外の人間へ危害を加える可能性も高いと判断した。
だからせめて、メアーが倫理観を養うまではと因縁でもあるこの土地を分け与えてもらった。
最初こそ、王都内や優秀な領主が居る雪リンゴの生産地を進められたが、フレミアのように教国と密会を取る可能性もある。せめてもの罪滅ぼしにと俺がここの警戒も同時に願い出たおかげで、渋々と要求を受け入れてくれた。
幸い、陛下の直轄領でもあったため、手配はすぐに済み、ひと月が経った頃には二人で暮らすには十分な小屋と、物置を用意してくれていた。
長い期間空いてしまうが、定期的にチケル村跡地に例の商人も訪れるため、慣れてさえしまえば割と不便な生活でもなかった。
今も、冬ごもりのために必要な物資や商人へ渡すための皮や木材を納屋へため込む作業の最中だ。
体を休めながら空を見上げると、あの時……故郷から煙が上がった時と寸分変わらない空が広がっている。
季節が違うからか、雲は薄く流れ緑の葉をつけ始めた木々が視界の端をちらついて風で揺れる。
熱で軽くぼうっと空を眺めて居ると、見上げていた空に影が重なり「おっ」と声を上げてしまう。
無警戒だったとはいえ、いつの間にそこに居たのか。
驚いていると影が小首をかしげ、長い髪が俺の頬にまで垂れ下がり、かすかな風に揺らされ頬を撫でる。
こそばゆくなって目を細めると逆光に慣れた目が微笑んでいる彼女を映した。
「ご主人さま、サボり?」
小首をかしげた影――メアーが長い耳と髪を垂らし、日の光をさえぎる様に覗き込んでいた。
相も変わらず化粧かと思うほどの隈は引いていないが、血色も良くなり笑顔も……まあ、多少は増えただろう。
その首元にはあの時付けた首輪が、今もなお俺の手で付けられている。
陛下に内密にとはいえ罪を黙認してもらった以上、もう俺と主従関係でいる必要すらない。外した方が良いと言ったのだが、その度に絶望した表情を向けられ、捨てられそうな勢いで目を潤ませるため、最終的には俺の方が折れる……それを何度か繰り返していた。
ただ、隣に居る。互いに都合のいい時だけ、都合のいいように使う。距離を積めないのかと言われれば……俺は興味がない。彼女がしたいようにすればいい。
それが二人の距離だった。
訓練をしたり、魔法に四苦八苦したり……二人で生きていく知恵をつけるのは難航しているが……フレミアへの復讐を考えていた時に比べれば幸せともいえる暮らしだ。
とはいえ、休憩をサボりと言われるのは心外だ、ため息を返してから「違う」と否定する。
「休んでただけだ。どうかしたか、メアー」
彼女に声をかけながら、メアーの額に頭突きをしないように横によけてから体を起こす。
「魔法上手くいった、よ? もしかしたら、畑作れるかも、って」
「そうか」
「ん、ご主人さま、嬉しい?」
「ふっ、ああ、嬉しい。よくやった」
「えへ……」
「それなら野菜の種のために引き換え用の革も今のうちになめしておこう」
「んん、それと針仕事、覚えたい。ご主人さまの服、私の手で直したいから」
「そうか。針仕事ならサラに聞いた方が……」
「だめ。私が、したい」
「そうか」
「ん」
「分かった、頑張れよ」
俺の励ましにメアーはとても嬉しそうに耳の根元をピンと張り、濃い隈が残るままの瞳で微笑んだ。
あの日、馬車の中で見た彼女と似ても似つかない。しかし、同じ色で同じ表情の瞳で。
「メアー」
俺が声をかけると、声を聞こうとしてくれたのか再び耳が動く。
「なあに、ご主人さま」
即座に返事をし俺のことを散々助けてくれたメア―に心の中で礼を言いながら、俺は彼女の頬に手を伸ばすと、彼女は目を細めて土で汚れた手で俺の手に触れた。
嬉しそうにほほ笑むメアーがここに居る。最初、彼女を助けた時は迷ったが……今この場で彼女が笑っている。そう思えば、俺の選択は正しかったのだと教えてくれているようだった。
……勝手な思い込みかもしれないが。
だから――、
「お前は、俺の物になって、嬉しかったか?」
ここにきて何度も聞いた言葉をもう一度彼女に聞き、
「ん、ご主人さまがいい」
と何度も同じ笑みで返してくれた。
ああ、やはり間違っていない。
正しい事を信じて騎士にならなかった俺は、復讐の末にメアーを手に入れたのだから。
・ここで彼らのストーリーは一度終わりますが、あと一節だけ更新します。本編の続きではありませんが、関係のある物を書かせていただきます。
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おおよそですが、ライトノベル、2冊分程度の分量の話に付き合っていただき、誠にありがとうございました。