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第21節「手に入れた、あの森の中で」


 ぼうっとするように力なくソファに背中を預けていると横から手を伸ばされ、頬に冷たい指先が触れられる。

 見ると心配そうにこちらを見上げ「痛い、ですか?」と慣れない手つきで俺の頬に手を伸ばすメアーが居た。

 彼女の心遣いに感謝し、自嘲する。そこまで俺はひどい顔をしていたのか、と。

 代わりにと冷たい彼女の手を取ってやると、彼女は嬉しそうに目を丸くして取られた手を引っ張られ、今度は彼女の頬に持っていかれてしまう。

 されるがままにしてやると、手の甲にも彼女の柔らかい肌が滑っていった。

 満足そうな彼女にふっと笑いが漏れる。


「仲が良いようじゃのう」

「え? あ、いや……メ、メアー? 離してくれないか?」

「やだ」

「や、やだって……」


 しまった、陛下やギアンさんたちが居るのを忘れていた。

 途端恥ずかしくなり、メアーに声をかけ手を引こうとしたが、いやいやをされ離れようとすらしない。

 なんとか話してくれないかと顔をこわばらせていると、「良い、その姿を見て不快に思う人なぞここにおらぬよ」と陛下にフォローされてしまった。

 陛下が中身の残ったままのカップと受け皿を拾い、小さく傾け一気にあおり、中身のないカップを受け皿の上に置いたので、メアーに手を取られながらも出来るだけ背を伸ばした。


「さて、儂がここに足を運んだ理由は説明できたようじゃな」

「……正直、俺にはまだ呑み込めないことも多い。多くのために少数を犠牲にする考え方も理解はできるが納得できるものでもない、です」

「そうじゃろうな。理解せよとは言えぬよ。儂とて出来れば救いたかった」

「その言葉が上辺だけでないことを祈ります」

「こ、こら、リヴェリク! 陛下も苦渋の決断をされていると言っただろう!」

「分かってる、ギアンさん」


 陛下たちに断りをいれ、置かれていたカップに何とか手を伸ばすと、カップに入れられていた紅茶の湯気はとっくに消えていた。

 まるで、俺の復讐心みたいだと少し寂しく思いながら、一口飲み味にもにおいにも異常が無いのを確認してからメアーに紅茶を渡す。

 目を輝かせながらカップを見つめる彼女に「飲んでいい」というと、パッと顔を上げへらっと音がしそうなほどの笑みを浮かべ、ゆっくりとカップに口をつけた。


「分かってるさ、陛下やフランの行動が正しいのは。守らねばならない民を守るために必要だと分かっているからこそ、何も言わないさ。それが多くの民を守る国王という立場の正義だ。間違ってない。


 そう、二人の行動は正しい。

 戸惑い目を泳がせ「リヴェリク」とつぶやくギアンさんに苦笑する。

 俺だって何度ギアンさんの前で正義と口にし、正しき行いをしろと言い続けていたか分からない。

 上司だろうが、部下だろうが関係なく、等しく正義や正しさを問い続けていた俺の言葉は、ギアンさんにとって重いと伝わるはずだ。

 俺に真実を伝えなかった受け止めるべき罪だ。三人にはそれを甘んじて受けてもらっただけ。

 陛下も理解しているのだろう「しかと受け止めよう」と頷いた。


「……代わりの詫びに、とは言わぬ。むしろ、此度の功績を称え、リヴェリクとメアー、両名に相応の褒美を与えたいと勝手ながら約束しよう」

「褒美……それならばすでに国王陛下の感謝がそうだったのでは」

「いいや、王としてならばともかく、それでは儂が許せぬ。街を恐怖に陥れたとはいえ、反逆の罪を抱えた者を止め国のために動いてくれたという功績が消えることはない。此度の事件、儂の責任であるところも多い。……時間はかかるが、おぬしさえ望むのなら夢であった騎士になるのも難しくはなかろう。騎士という身分に相応に憧れていると聞いた。どうだ?」

「騎士……ですか」

「実力なら申し分ありません。あの裁判の時、フレミアを圧倒した実力を見れば頷かない人間も居ないでしょう」

「そうじゃろう! どうじゃ、リヴェリクよ。褒美というにはいささか儂の勝手じゃが、我が騎士となり国を守るというのは?」


 それは……たしかに非常に魅力的とも言える。

 元々、俺がこの王都に来たのは父のような、弱き者を守れる騎士になるためだ。それが叶うというのなら、たしかにこの騒ぎに巻き込まれただけの価値はあるだろう。


 だが……、どうしても譲れない物はある。


 俺の返答が否定じゃなかったからか、陛下が何度もうなずきながら身を乗り出した。


「なに、罪人として触れ回られたのは痛いが、フレミアの余罪を明らかにすれば、かぶせられた罪と共に名誉の回復も問題はない。おぬしさえ良ければ儂も尽力し――」

「発言の途中に口を挟む無礼をお許しください、陛下」

「っ……よかろう」

「ありがとうございます。……陛下にお言葉をおかけ頂いたことは非常に喜ばしく感じます。しかし、俺は陛下の仰るような騎士にふさわしくありません。それは……陛下自身もよく理解されていると、勝手ながら判断しています」


 俺の発言で必死にフォローをしていたフランとギアンさんだけでなく、陛下までも口を閉ざしてしまう。

 ここに居るメアー以外の誰もが分かっているのだろう。自分でも悔しくて涙が出そうになる。が、その事実はもう変えようがない。


「俺は……復讐に駆られた。私利私欲に囚われ、己の村が焼かれたことに怒りを覚えた……。復讐相手を痛めつけるための手段を考え抜いて、ここに居るメアーすらも悪用しようと考えていた」


 元々、メアーを利用しようとしていたのを、彼女の事を知るうちにその気を無くしていただけ。

 助ける前にメアーが有用だと思わなければ、彼女を見捨て、あの場から立ち去っていただろう。

 それだけでも弱気を守る騎士として俺は相応しくない。

 だが、陛下は難しく唸る。


「心中は察するに余りある。しかし、フレミアを捕まえ、真実を白日の下にさらせば誰であろうとおぬしには同情し理解を示すのは間違いない。伝え方を考えれば、英雄譚として語り継がれるのも夢では!」

「待ってください、非常に魅力的な話だとは思っています。ですが……」


 今にも動き出そうとしていた陛下を止めると、視界の端でメアーが口をつけていたカップを膝に置いて顔を上げる。

 英雄譚という言葉自体に魅力がないかと言われれば嘘になる。

 この国は雪国特有の特産物の貿易と、何処からくる魔族の侵攻を抑える国として立場を大きくした国。誉れある騎士の英雄譚など、数えるほどしかない。

 そこに名を連ねるなど名誉でしかない。

 しかし、俺は……俺がなりたかった騎士は"弱き者を守り、この国の民を守るため"の騎士だ。

 そう、俺はもう、弱き者を守れる人間でも、この国の民を守る人間でもない。

 誰もが、分かっているのだ。



 正しく民を守り、弱き者を助け、国に尽くす騎士になるには、正義を振りかざしすぎたのだ、と。



「俺は王都で騎士隊を襲い、混乱を招いた人間です。弱き民草を守るべき騎士の所業ではありません」


 今の俺は、弱き者を守る騎士に相応しくない。

 今、目の前に再びフレミアが現れれば、メアーの魔法を使ってでも止めを刺そうとするだろう。あの悪をこの世に蔓延らせることの方が俺にとっては許されない罪だった。

 復讐を終えたが"俺の憧れた騎士と言う名誉"は遠すぎる夢の話でしかない。

 はあ、と息を吐きだし、すべてを告白する。

 俺の言葉を聞くと陛下は「惜しい、な……」と気落ちしたかのようにソファに腰を下ろした。


「おぬしほどの志があれば、騎士でも大成出来たものを……。だが、褒美は受け取ってもらいたい。それが儂に出来る懺悔でもあり、おぬしが受け取るべき最低限の恩賞でもある……たのむ、儂の身勝手のために断らずにいてほしい」

「わかり、ました……ですが褒美と言われても……」

「何でもよい。家でも土地でも……平民であれば一生生きていけるだけの補助でも構わん」

 

 陛下の言葉にチラリと横を見る。

 そこには俺のことを見上げ、俺の一挙手一投足を見逃すまいとする小さなラパンプルジールの少女が、いまだに取れない濃い隈が残る明るい橙色の瞳で見つめ続けてくれていた。

 こんな時だというのに変わらない彼女にふっと笑ってしまう。


 メアー。俺の復讐に何も疑問を持たず、ただ褒めてほしいと懇願した亜人の少女。


 彼女が居なければ、俺は命を落とし、復讐を果たすことすら出来なかっただろう。


 彼女は……メアーは俺の命の恩人でもある。騎士ではなく、正義でもない俺を救ってくれた、小さな少女。

 彼女が望むのなら、例えこの国が俺を殺そうとしたとしても、俺はもう彼女を放り出すことなど許されない。


 じっと見つめる彼女を見る。

 綺麗、とすら思える少女には引かれたカーテンの隙間から、光が当たる。眩しそうに目を細めた彼女は目をぱちくりさせ、小さなカップを両手で握りしめていた。

 商人に貰ったドレスは今までちゃんtの見ていなかったが……。なるほど、あの商人が何か言えと言うだけある。とても似合っているし、彼女の薄暗い雰囲気にも合わせて着せられている。

 そういえば、牢屋の中で俺のために選んだとも言っていた。


 ……復讐を終え、陛下に事実を話された今なら、許される、だろうか。

 彼女を……彼女と、一緒に過ごすということも。


 メアーが俺を慕ってくれているというのは、俺の自惚れ、かもしれない。それでも、最後、俺のために駆けつけ、首輪をつけてほしいと訴え俺を正義だと認めてくれた彼女の言葉が今でも胸に突き刺さっている。

 抜け落ちた父さんの剣の代わりに。


 愛しい……そう感じているのだろうか。

 触れたくなる薄紫色の長い髪も、俺を見つめ映している橙色の瞳も、褒めてくれと耳を貸したくなる彼女の声も……。

 どれも拒みたいとは思えない。

 メアーを守りたいという気持ちに嘘偽りはない。もし、許されるのであれば、彼女をそばに置いて二人で暮らせればそれでいいとさえ思えてしまう。




 二人で、過ごす……か。




「リヴェリク?」


 黙り込んでしまった俺が心配になったのか、横からギアンさんの心配そうな声が聞こえ、ゆっくりと振り返る。

 日を隠した部屋の中で、メアーだけに光が差し込んでいた。


「今の……騎士に成ることが許されない俺が、望んでもいいのなら……」


 そう口にして、ソファから立ち上がる。

 メアーの前に進み出て、カップを持ったままの彼女の手を取り、俺の小さく、重すぎる願いを聞き入れてほしくて、彼女の小さな手のひらへ口をつけた。




「騎士になれず、正義ともいえない俺と、共に過ごしてくれる気はあるだろうか、メアー」

「ん、いい、よ? ご主人さまがそうしたいなら、えへ……」




 難しい事を言ったと思ったのに、間を置かずに答えてくれた彼女に胸を撫でおろす。彼女が答えてくれたのならば、俺の褒美への答えはもう決まった。

 姿勢を正して陛下に向き直る。



「陛下、俺の望みは――」



 しっかりと俺とメアーを見てくれいていた陛下に、俺は自らの望みを伝えると、その程度ならばと確かに頷いてくれた。





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