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第20節「正義の末に」―3


 謝罪以上に信じられない事を語られ、勢いよく立ち上がってしまう。

 不敬だと立ち上がってしまってから焦ったが、陛下は怒るでもなく真摯にこちらを見つめ、背後に控えている二人も俺の行動が当然だと静かに目をそらされていた。


 ――あれが……あの悪が……騎士の名を汚し、正義を踏みにじり、村を焼き払った上にメアーまでも殺そうとしたあの男が、この国の陛下の責任だと……!!


 終えたはずの復讐が俺の中で大きくなりかけ、下唇を嚙んで耐える。

 だが、抑えられるわけもなくどういうことだと声を荒げそうになった瞬間、突然袖を引っ張られる。

 邪魔をされた怒りで振り返ると、今まで我関せずだったメアーが振り返った瞬間に肩が跳ね上がり怖がっていた。

 人を殺めることすら何とも思わないメアーが。

 彼女を怖がらせてしまったという罪悪感と、俺が彼女を驚かせたという戸惑いが怒りに勝り、「ご主人さま……?」と心配そうに小首をかしげられたときにはもう駄目だった。

 再燃しそうだった怒りが沈下し、気が付くとソファに座り行き場の失った手で顔を覆っていた。

 冷静になれ、リヴェリク。相手は国王陛下。どんなに許されない事をしたとしても、国の王に手を出すわけにはいかない。

 メアーに、また救われた。


「すまない、メアー」

「ん、平気。ご主人さまが大事、だから」

「……よい、関係じゃな」

「はあ……。ええ、おかげさまで」

「おいまて、リヴェリク! 陛下の許しがあるとはいえ、いくら何でも!」


 せめてもの意趣返しに皮肉を込めて答えるとギアンさんに訓練兵時代のように睨まれてしまう。

 俺が怒りのこもった目を向けると、陛下が片手を挙げ場を制していた。



「よい、ギアンよ。この場での不敬は許そう。それが彼を英雄に仕立て上げられぬせめてもの贖罪。すべての民を救うことの出来ない儂の罪じゃ」

「……陛下がそうおっしゃるのであれば……」

「我が事ながら、その忠義に感謝を。……さて、リヴェリクよ。今一度口にするが、此度の事件……フレミアに関わる全ては紛う事なき儂の罪じゃ。言い訳をするつもりはないが、巻き込まれているおぬしらだからこそ、儂自ら事の真相を語り、真実を知る権利があると思うておる。……聞いてくれるか?」

「……耳は開けてあります」


 話すのなら勝手に話してくれ。

 言葉にこそしなかったが暗にそう伝える。

 陛下の頷かれる気配を感じながら顔を上げると、申し訳なさそうに皺を寄せるユリウス陛下が居た。

 ……罪がある、自分の責任だというが、少なくとも、フレミアのような悪人には見えなかった。


「ではまず、本来であれば怒鳴り散らし、殴り倒されたところで罪に問うつもりはなかったところ、抑え込んでくれているリヴェリクという青年に、儂一人が出来うる限りの感謝を……。そして、おぬしという若き兵士の存在を知っていて巻き込んでしまったことを、王というだけで頭を下げることすら出来ぬ二つの謝罪を」

「知ってて、巻き込んだ、だと?」


 本来なら光栄で、恐縮だと答える言葉だったが、それどころではなかった。


 チテシワモ地区の訓練場で視察に来た陛下。

 陛下は父の名を出し、息子である俺を探していた。

 ……あれはただ、父が騎士であり、亜人推進派に助力をしていたから覚えが良かったと思っていたが……。


 思い出した途端、フランが俺を尾行した意味と流れるようにフレミアが拘束された事がつながっていく。


「……。陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「許可しよう。そのために儂はここに居る」

「陛下は……陛下は、いつから、俺の事を知っていたんですか?」

「最初から、というのは曖昧じゃな。正確に言えば、おそらくおぬしが王都に来る前から、かのう。おぬしの父、ロルソスとは旧友でな。死ぬ間際まで息子自慢をしまくりおってな、耳にタコが出来るかと思うたわい」

「父さんが、自慢……?」

「あはは、騎士の中でも有名だったらしいよ? 当時の騎士たちの中で、飲み会のたびに酔いつぶれるまで話してたんだって」


 いい人だね、とフランが笑い、ギアンさんと陛下が懐かしむように苦笑する姿があって……。

 俺は父さんの事を思い出して、意外だ、なんて思っていた。


 父さんは家に帰れば、俺を交えた訓練ばかり。

 褒めるよりも的確な教えを授けるタイプで、自慢話をするような性格じゃなかった。

 しかも、だいぶずぼらで、忘れ物をするたびに母さんに怒られ納屋に閉じ込められることが何度もあったぐらいだ。


「しかし、旧友の息子……否、ロルソスの息子だと知っていたからこそ、今回の事におぬしを巻き込んでしまったのも儂の罪じゃ。許せとは言えん」

「……話を聞いてから、考えますよ」

「そうじゃな、そうするがよい。……時に、ロルソスが亜人推進派の人間であることは知っているな?」

「ええ、まあ。だからこそ、俺は陛下の覚えが良かったと思ってました」

「卑下するな、と言いたいが、事実ではある。実際、ロルソスは忠義に励み、よく働いてくれねば、儂にとっておぬしは一兵士でしかなかったであろう。ロルソス自身は、騎士としては優秀なのに空気を読まないのが玉に瑕じゃったが……」

「それで、その件とフレミアが何の関係が?」

「おお、すまぬな。年寄りになると昔話に興が乗っていかん。……ロルソスとフレミアは元々同期の近衛兵でな。ロルソスの後を継ぐように、フレミアが騎士となり、その数年後、ロルソスの死にフレミアが関わっていると、良からぬ噂が増え始めた」

「……? それはもしや、父さんの死に、あいつに関係があると?」


 わからずに聞くと、ギアンさんが首を振ってため息をついて答えてくれる。


「元々、フレミアは貴族から箔付のために騎士に成った人間でな、平民から騎士に成りあがったお前の親父さんと何度も衝突してたんだ」

「それこそ、最悪の相性……天魔の仲とでも?」

「ああ、その通りだよ。ロルソスが死んだときも、あいつ一人はそそくさと後始末に入り功績を上げていた。ロルソスを殺した犯人を見つけたってな」

「あいつが、父さんを殺した犯人を見つけた? 冗談だろ」

「ははっ、俺もそう思ったよ。……フレミアはロルソスを殺した犯人として亜人攫いの一人を捕まえたって言っててな。調査も出来ず、実際、お前の村を襲った一味に居たやつって言う確定もとれて、あいつの手柄になり……」

「実に不甲斐ない話じゃが、儂も、ロルソスの件で冷静な判断が出来ぬ時期でな。いくつも功績を積み、亜人反対派の動きを見るため、悪い噂を無視し、フレミアを騎士として任命した」

「なるほど……。それで、きな臭い噂に加えて、フレミアが俺の裁判の時に言ってた"あの男のように殺してやる"ってやつで確定したってことか」


 フレミアの悪い噂……元々、仲の悪かった父さんを殺したって言う疑惑はあったのだろう。

 だが、今回のように裏から手を回し、亜人反対派や、裏家業と手を組み、証拠を隠滅した結果、今の今まで"フレミアはロルソスを殺した可能性がある"って程度で収まってしまっていたのか。

 俺の答えに、フランもうなずいていた。


「みたいだねー。あの感じだと、その前から亜人反対派に引き込まれてたんじゃないかな。報告書自体は本物だったけど、間に亜人反対派の貴族だったり、中立派が入ると調査も甘いし。亜人騎士が調査出来るようになったのもここ数年で、誰が関わってたのかまでは把握できないからさ」

「なら、フレミアには最初から変な動きがあったはずだろ。なんでこんなことになったんだ」

「もっともじゃな。元々ロルソスの不審死は反対派の過激派に容疑がかかっておった」

「なら、なおさら……」

「しかし、フレミアがそこに所属していると分かった時には遅すぎたのじゃ」

「遅すぎた……?」

「フレミアが作ったここ数年の報告書の内容が、お前の親父さんの一件と酷似してるって気が付いたやつがいてな。ただ、そいつが動き出したのが、つい最近だったんだ」

「そうそう、だから、フレミアって人が怪しいのは分かってたんだけど、今下手に騎士に手を出すと、中立派も反対派も就いちゃうかもって時期なんだって。やっぱり亜人受け入れなんてやるべきじゃなかったーって。あはは、揉めてるの人間だけなのにね」


 軽い口調で人が殺せそうなほどの槍をフランがぶん投げていた。

 威力が高すぎたせいか、ギアンさんは口ごもり、陛下の口から「はあ……」と重々しいため息が漏れていた。

 軽い口調言ってはいるが、実際、反対派に就くっていう流れは分からなくはない。


 この国が亜人受け入れを始めてから、兵士の募集は確実に減っている。

 人間よりも力や特殊な力を持った亜人を入れた方が、即戦力になるのは言うまでもない。

 そこに、疑いがあるとはいえ、陛下が自ら任命した騎士を切る。

 王としての信頼性だけならまだいいが、推進派の頭でもある王がそんなことをすれば、中立派の中でも嫌な顔をする人間はいるだろう。

 例え、それが本当に悪人だったとしても、いつ王に事実か怪しい事案で断罪されるかという不安で軋轢が生まれる。


 隠れた罪を白日の下に晒した今回のような出来事が無ければ、おいそれと反対派の粉がかかった人間を切るなんて出来ないってことだ。


「儂らも儂らで、亜人反対派の行動を抑え、フレミアの不審な行為に対して、出来うる限り早く対処する必要もあった」

「だから、陛下はロルソスの親友でもあり、息子であるリヴェリクが兵士を勤めているチテシワモ地区を担当している俺たちギアン隊の協力で、罠を張ることになったんだ」

「罠……」

「我が騎士ロルソスの息子であるリヴェリク。正義の騎士を志す若者を、ロルソスと遺恨があるフレミアの任務に同行させ、行動を起こさせる……正義の心をもってしていれば、彼奴の行動に粗があれば気が付けるはず、とな」


 そこまで言われて、フレミアの騎士隊に同行した前後の事を思い出す。


 ギアンさんの態度、陛下の言葉。

 どちらもフレミアと同行することになる俺に対して、なんらかの思いが含まれていると考えれば、違和感のない言葉だった。

 しかも、俺が思い通りに動くかどうかも、公然と口にしていた憧れの騎士隊に協力できる任務となれば、俺が断る理由もなく、普段の行動を知ってるギアンさんからすれば、フレミアの行動を見れば何かしらは起きる。


 鈍すぎる自分に呆れる。

 俺が巻き込まれ、故郷の村があんなことになった理由が、今になってようやく俺の中にストン、と落ちていった。

 重くなってしまった頭を、膝の上で組んだ手に乗せる。


 そうでもしないと、腕が勝手に動いてしまいそうで……必死になって耐えて陛下を見上げた。


「要は俺を体のいい囮にした、ってことですか、陛下」

「リヴェリク! 言い方というものがあるぞ! 陛下だって心を痛めて――」

「良い、ギアンよ。このような……村を焼き払い、一人の人間を悪に仕立て上げるという暴挙をこの期に及んで実行すると判断できなかった儂に問題がある」

「しかし!」


 勝手にやり取りを続けるギアンさんと陛下に怒りが溜まり、拳を握りしめる。


 ひらを突き破ろうとする爪の痛みに耐え下唇を嚙むと、血の味が口の中に広がりあの日の光景が頭の中に何度もフラッシュバックした。


 許されるわけがない、あの行為が。


 顔に出てしまっていたのか、気が付くと陛下が申し訳なさそうに目を細められ、彼の背後でフランまでも悔しそうに尖った歯を見せていた。


「許せ……とは言えぬ。想定外じゃった。本来であれば、どのような危険が迫ったとてこのフランが直前で止め、人間で分かる証拠をかき集めてから助け出す算段をつけておったのじゃが……」

「本当に、ごめん、リヴェリク……」

「お前も、関係があるのか、フラン」

「うん。君の護衛兼、観察は僕の任務だった。でも、フレミアの隊へこっそり合流しようとしたら、城の亜人反対派の連中が僕たちの動きにケチをつけてきたんだ。いくら何でも王に融通されすぎだろーって」

「反対派に止められたから、許せってか」

「そうは言わない。でも、本当はもっと早く助けられるはずだったんだ。あの村も……だから……だから、せめて確実にフレミアを捕まえられるようにって、君たちの後をつけた」


 自分のしたことに少なからず苦い顔をするフランの言葉に、道理で初対面がフレミアの屋敷だった彼が俺への証言を促したわけだ、と納得する。


 俺の口からそれを引き出し、俺を罪人から証言者として解放し、なおかつフレミアを確実に貶めるための証拠能力を上げるために。


 フランの言い訳にも聞こえる説明を理解してしまい、情報をいれたくなくて頭を下げてしまう。

 目の前いっぱいにふかふかに手入れの行き届いた絨毯が広がった。

 そう、おそらくはチケル村を焼き払った炎のように真っ赤な、絨毯。


 たしかに、俺はこいつらの作戦のせいで、故郷であるチケル村を焼かれ、騎士を汚されるという理不尽な目にあった。


 だから、被害者でもある俺は何かしら文句を言う権利くらいはあるのだろう。

 だが……。


 唇をかみしめ、歯が音をたてそうなほど噛みしめる。

 復讐に駆られたからこそ、分かってしまう。



 彼らの方法が、確実にあの男とその周囲を陥れるための方法でもある、と。



 確実にあの男に地獄を見せようと思えば、権力も、力も、金も何もかも足りていない。

 証拠も無ければ、罪の痕跡もないあの男を確実に殺しきるためには、彼らの方法こそが確実で、正しい行いなのだ。


 そう、それは多少なりとも陛下たちが取れる確実な正義の執行方法だ。

 そのせいで、殺すしかできなかった俺は、何も言えなくなってしまった。


「申し訳ない事はした。だが、おぬしたちのおかげであの男と反対派の尻尾を掴むことも出来た。リヴェリクとメアー。ここに居る二人はこの国を救った二人であり、紛うことなき正しき正義であった。……それにここは誰も見て居らぬ」


 チラリと横を見ると、陛下がソファから腰を上げ、静かに頭を下げていた。


 国の王が国民を騒がせた犯罪者に頭を下げる。


 本来なら、ありえない謝罪だった。

 最初こそギアンやフランは驚いていたものの、陛下に倣うようにすっと俺とメアーに対して頭を下げられてしまう。


「おぬしたちに罪人のレッテルを張らせ、自らを捨ててでも悪を滅ぼそうした若者へ。何も出来なかった国王という肩書を持つ老人である儂から出来うる限り、最大限形として残せる謝罪をここに」


 顔を上げ、何もできず、誰も守れず……口惜しさと怒りに飲み込まれた先で手に入れたものをしっかりと目に焼き付ける。


 情報や色々な感情でぐちゃぐちゃになった頭が熱を持っていたが、怒りで震えなければいけない体が陛下や二人の態度で静かに、ゆっくりと静まり、目頭の痛みもすっと消えていった。


 ……俺は、何の力も持っていない一人の人間だ。


 メアーのように魔法を使えるわけでもなく、たった一人の男に全てを奪われてしまう程度の何もできない人間で、身分も高くない平民だ。

 そんな平民相手に、国の王や誇り高い騎士に頭まで下げさせ、国を救ったと言われている……。

 これが騎士であれば、この上ない誉れであっただろう。

 下唇を嚙み、はあ、と小さくため息をついて天井を見上げる。



 もう、いいのかもしれない。



 全てを奪ったあの男たちへの復讐は終わった。

 懺悔させ、罪を暴き、父さんの胸へ突き立った剣を弾き飛ばした。国を作る立場である陛下にも俺は何も悪くないと理解されている。

 俺より何倍も上の立場の人間たちが頭を下げて感謝までさせて……。





 ようやく終わったのだと、そう言われている気がした。




「そう、か……」



 嘆息と復讐の心、そして怒り……すべてが握っていた拳と共にソファに零れ落ちた。





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