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第20節「正義の末に」―2


 半開きになったドア越しに声が聞こえてくる。


「あ、来た来た、ギアンたちだよね? 入ってきていいよ、一応こっちも警戒してるけど、出来るだけ自然にね」


 ドア越しでくぐもってはいたがここ数日で何度も聞くことになった中性的な声が聞こえ、顔見知りだと分かると緊張が一気に抜けてくれる。

 ドアの向こうの誰かがすぐに分かると、ギアンさんがノブに手をかけて開いた。


「名乗らずに失礼します。入れ」

「メアー、離れるなよ」

「ん、平気」


 開かれたドアに体を滑り込ませると、牢屋とは違い城の天井まで届かんばかりの大きな出窓に、外からも入ることの出来る出窓付きの窓からたくさんの光が差し込んだ部屋が広がっていた。

 城壁と同じ形式の白レンガ造りの壁にふかふかの赤い絨毯が敷かれ、庶民では見たことがない豪奢な飾りのソファー二脚が中央に置かれた長テーブルを囲むように置かれている。

 テーブルの上にはすでに煙があがっているティーカップが五人分用意されていたが、部屋の中に侍女の姿はない。

 ティーセットはあるのでフランが淹れた、という事だろうか。

 ソファー横に待機するような形で、ぶかぶかの白基調で金で縁取られた騎士服を着たフランがこちらに向かって手を振っていた。


「やあ、ごめんね。わざわざ反対側のデミサイドに来てもらっちゃって」

「デミサイド?」

「あはは、僕たち亜人たちが仕事をしてる城の区画の俗称、かな。推進派が用意した亜人たちの仕事場って意味。推進派も反対派も皮肉ってみんな使ってる。分かりやすいし、僕たちもそのまんまって感じ。僕たちはお仕事出来る場所があるからありがたいけどね」

「ああ、なるほど……。おかげで、デミサイドの事と、お前がどんな奴か分かった」

「えー恥ずかしいなあ」

「故郷に居た頃から皮肉を使うやつには気を付けるよう言われてるんだ、悪いな」

「あはは……お手柔らかにお願いします」


 フランとしてはあまりいい気持ちのする名前ではないだろうに、ケラケラと笑いながらそう答えられ、こちらの口撃ものらりくらりと交わされてしまった。

 ヘラヘラとされるのは気に食わないが、これでも恩人ではあるし、多少は目をつぶるような感覚で言葉を飲み込んだ。

 そういえば、メアーはフランの事を警戒していたが、大丈夫なのだろうか。

 不安に思いメアーを見るが、特に気にした様子もなく袖に手を伸ばしたので、ソファーに座るように促すと、不満げな表情はされたが素直にソファに座ってくれた。


「それで? 俺を呼んだのはお前だったのか、フラン」

「ん? ああ、そうだけど違うよ」

「……」

「ごめんごめん、癖だから。もう一人、ここに来てくれる方が居るんだけど……。あはは、まだみたいだから座ってて? 今日のリヴェリクはお客さんなんだから」

「ギアンさんにも聞いたが、それはどういうことだ? こっちはまだ何の説明もされてないんだが」

「まあまあ、それはその人が来てからで。あんまり大声で言えない人だからさ、僕たちも教えたいんだけど、きっと悪い思いはさせないと思うよ、たぶん」

「……お前の言い回しは遠すぎる。結局、誰が俺とメアーをここに呼んだんだ」


「儂じゃよ、騎士ロルソスの息子、チケル村のリヴェリクよ」


 突然、窓が開く音と共に名を呼ばれ、驚いて声が聞こえた窓に目を向け、あんぐりと口が空いたまま戻らなくなってしまった。

 そこには精悍な瞳を称え、ローブを身にまとった老人……。

 いや、コアコセリフ国の王ユリウス・ド・コアコセリフ陛下その人が、外聞を気にもせず窓枠に足をかけて俺たちのいる部屋に侵入している場面だった。


 まさかの人物に開いた口を塞げずにいると、乗り越えた陛下が周囲を確認し、窓から部屋の中に身を滑り込ませる。

 ギアンさんが窓を閉め出窓の土をさっとふき取り、フランは上座のソファが見える窓のカーテンを閉める。陛下がソファ前に待機すると、その背後にフランが付き、ギアンさんはドア前に立って他者の侵入を一瞬で防ぐ位置に入っていた。

 見事な連携作業だった。


 一瞬の出来事に目を奪われていると、国王は上座のソファに座り「座ってよい」と促していた。

 流れるように用意された仮の謁見の場に戸惑いを覚えつつも「失礼します」と返しメアーの横に座って膝の上で手を組んだが、フランで飛んだ緊張が再び戻ってくるのを感じた。

 緊張しながら、出来るだけ不敬にならないように気を付けて言葉を選ぶ。


「あの、陛下」

「お、おい、リヴェリク、陛下の前で不敬に当たる可能性が――」

「良い、この場では儂らが彼を呼んだ身。発言を全面的に許そう……今はお小言がうるさい連中も居らん、無礼講と思い、言葉を発するがよい」

「僭越ながら……。それで、国王陛下がどうして……窓からこちらに?」

「ほっほっ、昔を思い出すようで楽しくてな。儂は昔からやんちゃ坊主でな、王子時代にもロルソスたちと共に城内を駆けずり回り、城の皆や侍女たちにも迷惑を――」


 興奮したように身の上話が始まってしまい、止めるわけにもいかずに黙って聞いていると、ギアンさんが咳ばらいをし「陛下、話がそれておりますぞ」と中断させてくれる。

 心の中で感謝をしながらも、長くなりそうだとそっと心の中で覚悟した。


「おお、すまぬな。王子の時代を思い出すとつい楽しくなってな。許せ、リヴェリクよ。――して、どうしてこの窓からという話じゃったな」

「……はい」

「ふむ。では、この部屋がデミサイド――亜人推進派が用意した区画だというのは?」

「二人から聞いてます」

「うむ、話が早くて助かる。ここを選んだのは、儂を追い込もうという連中が落ち度を探そうと躍起になっておってな。儂が秘密の話をすればどこへでも秘密の話をしていると噂が出回る」

「陛下が何かすれば、それが誰かの耳に入る、ってことですよね」


 それは分かる。

 国王陛下が動けばそれは国にとって一大事。特に王都ではそれが一番の大きな話題と言っても差し支えない。王城内部においても、それは変わらない。

 つまり、陛下が密談を交わせば、貴族たちの中で噂が出回るのは防げないということだろう。

 陛下の評判を下げようとするフレミアのような輩にも同様に。


「うむ。じゃが、ここ……デミサイドは亜人たちが集まる場所。亜人反対派閥は、亜人を追い出すという大義名分の元に集まったとはいえ、バレてしまえば極刑を免れぬ。奴らとて人間、いざとなれば生きて行ける亜人たちと違い、亜人反対派はリスクをとれぬ」

「……公然と秘密の話を出来る場所だから、ここを選んだ。そういう事ですか」

「そういう事じゃ」

「なら、フランはともかく、どうしてギアンさんまでここに?」

「二人は度々儂に知恵を貸してくれる重鎮ともいえる者たちでな。宰相も執政もそうではあるが、彼らも動けば話題になってしまうでな」

「フランはともかく、ギアンさんまで……?」

「まあちとな。昔からの縁がある。ふっ、ギアンは知り合った頃から面倒くさがりでな、そっちの詰所ではちゃんと仕事をしておるか?」

「陛下……。ソレは今する話ではございませんぞ」

「ふっ、相も変わらず硬いな」


 詰所での姿とあまりに違う姿に困惑し、二人を何度も見比べてしまう。

 ――詰所ではただの近所のおっさんと言われていたあのギアンさんが、硬い?

 悪い行いを見れば説教を飛ばし、こっそり市場で買って来たお土産を兵士に配り歩く姿からは想像が出来ない姿でもある。

 からかって満足したのか、ユリウス陛下は湯気の立つお茶の入ったカップに口をつけ、ギアンさんはドアの前で頭を抱えていた。

 驚いた、本当に二人は古くからの知り合いのようだった。

 今更ながらに度々詰所からいなくなるギアンさんの謎が解けた。

 居なくなるたびにサボりなのではと心の中で思っていたのだが……今思えば、事情を聞いてもはぐらかすばかりだったのはそういう事だったのかもしれない。

 二人の間柄に感心していると、「さて」と陛下がカップを置くと、カチャリと音が鳴ってギアンさんとフランが背筋を伸ばす。

 指を組んだ陛下がしっかりとこちらを向き、精悍な色の残る瞳を俺たちへ向けられ、まだまだ現役を感じさせる鋭さに思わず息をのんだ。

 いよいよ本題、という事らしい。


「まず、おぬしを呼んだのはフレミア捕縛の協力に対しての謝辞を伝えるためである」

「謝辞、というと……陛下ともあらせられる方が平民に感謝を、ですか?」

「そう、へりくだる必要はない。此度の一件は亜人反対派の一人が発端になって起きた物、一つでもボタンを掛け違えば国に反旗を翻す事態に発展していただろうと考える」

「それで、謝辞を、ですか」

「本来であれば公で褒美を出しても良いほどの、な。しかし、おぬしらを呼んだは感謝だけが理由ではない」

「感謝だけではない……?」

「そう、儂はこの事件に巻き込まれた者たちすべてに対し、国を守ってくれたことへの感謝を。それと同時にとある事を謝罪をせねばならぬ」

「陛下が謝罪!?」


 思っても居なかった言葉が陛下の口から出て目が泳ぐ。

 たしかにフレミアの件がそこまで大きいのであれば、密談を交わしてまで感謝を伝えたいという誠意は分かる。

 だが、それでも俺は称号もない平民な上、民を不安にさせた罪人だ。

 ただ感謝をされるだけでも恐れ多い、なのに国を治める国王陛下が、一個人である俺に謝罪をするなんて考えられない。

 動揺していると、手がメアーに触れてしまう。慌てて手を引くと、眉をひそめたメアーに見上げられ、話を聞いていたらしいメアーが「ご主人さま」と話しかけられる。


「ご主人さまは、謝られるの、嫌?」

「っ、いや、違う。だが、国を治める立場の人間がそうやすやすと誰かに謝罪をするわけにはいかないんだ、メアー。それも、こんな罪人に謝罪なんて……」

「ご主人さま、悪い人じゃない、よ?」

「違う、メアー。そうじゃなくてだな……」

「じゃあ、悪い人?」

「俺は……」

「ほっほっ、そこな子よ、心配せずともおぬしの主人は悪い人間ではない」

「ん、本当?」

「うむ、本当じゃぞー。しかし、彼の言う通り、王という立場は軽々しく謝罪を出来る立場ではなく、このような場でしか言葉にすることも許されぬ。仕方ないとはいえ、儂自身も歯痒く思うておる」

「それはそうだと俺も思います。……ですが、そもそもなぜ、国王陛下ともあろう御方が、その……俺たちに謝罪を? フレミアの事でしたら、それこそ陛下に関係は無いのでは……」


 そう聞くと、先ほどまで和やかに話していた空気が凍り、陛下の口もピタリと止まった。

 気のせいか、ギアンさんとフランまでもが動きを止め、部屋の中に重苦しい空気が流れ始める。

 俺が失言をした……というよりは、誰もが自分から口を開くのをためらっているような……そんな雰囲気だ。

 性格上、これ以上の沈黙に耐えかねたらしいギアンさんが「あー」と声を上げる。


「リヴェリク、実はだな……」

「待て、ギアンよ。今回の事は、儂自らが言わねばならぬこと。暫し時間をくれはしないか?」

「しかし……」

「頼む、我が親友よ」

「……はあ、分かりました。ご自分の首を絞めない程度にお願いします」

「うむ。すまぬな、チケル村のリヴェリクよ。ちと、伝え辛い事でな」

「構いません。ですがいったい何の話を……?」


 俺の問いに、陛下はお答えにならなかった。

 代わりに重々しくお頷くと、俺と……メアーを見据え、口を開いた。



「此度の事件……おぬしが巻き込まれた騎士フレミアによる暴走により、チケル村という農村、そしていくつかの村を巻き込んだ凄惨な事態になってしまったのは、このユリウス・ド・コアコセリフの責任だからじゃ」




 陛下のその言葉に、愕然とした。





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