第19節「復讐の終わりで」―2
咳払いをしたフランの目が俺と合い、手を振られる。だが、素直に応対する気にもなれずに黙っていると、フランは別の騎士からロールを数枚受け取っていた。
「ありがとう。うわ、緊張するなあ。……えーまず、騎士フレミアの反逆と思わしき行為が明らかになったのは、"亜人攫いと思わしき集団が動いている"と中立派から声が上がり、宰相様の耳に入ったところから始まります。その流れで活躍の場を下さったユリウス国王陛下が亜人騎士たちへ密命が下し、調査の中で騎士フレミアへの疑惑が浮かび上がりました」
「反対派が!? ば、馬鹿な! そのようなことが!」
「フレミアよ、今は口を開くことは許さぬ」
「ぐ……」
「……続けるね。フレミア、君は今年に入ってから"亜人攫いの報告があった地域へ調査"に騎士フレミアの私兵……騎士隊と共に調査を行った。これはあってるよね」
「それがどうしたというのだ! きちんと騎士詰所へ報告はしている。何が問題でも?」
「うん、確かに報告はあったよ。一つ目は"廃村があり、偶然見つけた容疑者を尋問したが亜人攫いについての情報は無し"二つ目に関しては……」
そこで言葉を切られ、思わず「廃村? 二つ目?」と声を漏らしてしまう。
広がってしまったつぶやきで場の雰囲気が変わる。フランは大きく頷き、手に持った数枚のロールを広げた。
「馬鹿を言うな! 騎士であれば国民を脅かす噂を調査するなど当然ではないか!」
「そう、騎士としてはフレミアに言う通りだし、当然だよね」
「ならば問題はなにもない。まさか、個人的に亜人攫いの調査をしているだけで怪しむなど……」
「それが本当に亜人攫いの調査なら、ね。フレミアは知ってた? 亜人攫いの調査報告の裏付けは、仕事が降られていない亜人騎士が派遣されてたのを」
「な、に……?」
「フレミアの調査も例外じゃない。直近で君が調査したのはこの二つ。どちらも"同じ地域で起きた亜人攫いの噂の審議"についての報告書だよ。一つ目は報告通り、村が廃棄されている事しか確認できなかったけど、問題が目に見えてるのは二度目の方」
「っ、それは!」
あからさまな動揺をフレミアが見せる。
俺を騙し切ったフレミアが動揺するほどの内容が報告書には書かれている、ということか。
まるで蚊帳の外だと思っていると、陛下の前でロールを広げていたフランがこちらに視線を移され、目を瞬かせてしまう。
「この報告書は"亜人攫いの調査"という名目でチケル村へ調査に行った内容が記されています。著者は騎士フレミア。覚えはあるよね?」
「そうだ、たしかに私は報告を! 報告を……」
「分かったみたいだね、フレミア。では、陛下、この報告書をご確認ください」
証拠を見せるためか、フランがロールを広げ、別の騎士に渡すと陛下の前で恭しく広げられ陛下は静かに頷くと、貴族席にも騎士が駆け寄り件の報告書を広げた。
聞いた事がある、騎士や王城に上がる報告書には偽造を防ぐため、上級貴族の捺印が複数必要であるらしく、面倒だとギアンさんがぼやいていた。
「間違いなく報告書は本物である。宰相と執政の印にフレミア自身の署名も入っておる」
「ありがとうございます。この二つ目の報告書には"放棄された村があった"って報告と"一人の兵士の死亡"が報告されて――」
「こ、これは罠だ!! 誰かが私の署名に偽造を!!」
「控えよ、フレミア」
「し、しかし!」
「それ以上は我が執政官や宰相への侮辱となる。おぬしは彼らが報告書を偽造していると申すのか?」
「も、申し訳ありません! そのようなつもりは決して……」
「ん、えっと、よろしいでしょうか、陛下」
「フランか、よかろう」
「ありがとうございます。では、この報告書を書いたフレミアに聞きたいことあります」
「ほう、その内容とは」
「彼の報告書には"放棄された村"って書いてある。じゃあ、なんで君が死亡したと報告した兵士であり、罪人だと訴えてるリヴェリクが"まだ煙の上がっている村で立ち尽くしてた"のかな」
フランの一言で静かだった謁見の間が再びメアーが突撃してきたときのような喧騒に包まれ、メアーがうるさそうに体を押し付けた。
頭を殴られたかのような衝撃を受け、メアーたちにかまっている余裕などなくなる。
当然だ、突然すべてを見られていたかのような発言をされれば誰だって衝撃を受ける。
「フラン! 何故お前がソレを知っている! 俺がその時に会ったのは、商人ギルドの連中だけ、で……」
周りの兵士に不敬だぞ、と止められるがそんなのどうでもいいくらいに頭の中でとある可能性が浮かぶ。
兵士をフランが手を上げて制すと、困ったように笑い「ごめんね」と謝られた。
「そう、察してる人もいると思う。僕はフレミアの信頼調査のためにフレミア隊の後を追ってたんだ。残念ながら、僕がフレミア隊へ追いつけたのは、リヴェリクを見かけるよりも前。村から煙が上がってると気が付いた時でしたが」
「フランよ、それはどれほど前の事か覚えておるか」
「はい、陛下。今から一回り……いえ、六日ほど前の夕方ごろです。全速力の馬車で休まずに一日、行軍であれば二日ほどの距離かと」
「ふむ、フレミアが帰還したと報告が上がったのは五日前、時期的にはおかしくはなかろう」
「フレミア隊とすれ違った直後に村の跡地を見つけたので、あの状況からして、ふたつめの報告書は偽りの報告をしていると断言できます」
「っ、貴様……。へ、陛下! 煙ならば規模にもよりますが、二日は出続けてもおかしくありません。それこそ私を陥れる罠の可能性すらありますぞ!」
「ふむ……。フレミアの言うことも一理はある」
「で、では!」
「しかしだ、フレミア。それは騎士フランに証拠が無ければの話じゃ。フランよ、今の発言を裏付ける証拠があるか否か、今ここで答えなさい」
「…………」
「騎士フランよ、事は騎士の裏切りがかかっておる。まさか証拠が無いわけではあるまい」
突然フランが陛下の問いの応えず、チラリと俺に視線を向け目を閉じて沈黙する。
何を戸惑う必要があるのか。
今こうしてフランが黙り込んでいる間にもフレミアはそれ見た事かと背を反らし、自分が正しかったと言わんばかりの表情を浮かべている。
戸惑い、何故フランが俺を見たのかを考え、すぐに察し、わざと黙ったフランを睨み返したが、涼しい顔で受け流した亜人騎士から目を話し、「ユリウス国王陛下」と頭を下げながら発言した。
腕にメアーを抱いたままだったが、この状態でメアーを離すと何を起こすかわからないので無視してもらいたい一心で彼女をぎゅっと抱きしめる。
「フランがその場を見たという証拠なら俺が知っています」
「はっ、何を言うかと思えば、貴様には今騎士隊襲撃の容疑がかかっている。そのような者の証言など――」
調子に乗ったフレミアが俺の発言を遮ろうとしたが、陛下が手を上げその場を制すと不満な顔こそ見せたものの、陛下の御前、しかも自分が疑われている現状に気が付いたのか、大人しく口を噤んだ。
自分の立場を分かっていないフレミアに鼻で笑いそうになっていると「リヴェリクと言ったか」と陛下に声をかけられた。
「フレミアの無礼を忘れてくれ。貴殿なら、フランが口にした騎士反逆の証拠を出せる、と?」
「はい、間違いなく。ですが、情報を提供するのは俺だけではありません。先ほどの商人ギルド組合員、コアコセリフ担当商人のカリーナという商人なら、俺がいつ村に居たかを証明できるかと」
「ほう、王国の……。真であるか?」
「間違いありません、その場で取引もしました。王国ギルドであれば証人として十分かと」
「……よかろう。商人ギルドへ確認の書状を送らせよう」
陛下の言葉で貴族席の数人が立ち上がり、いそいそとその場を離れていく。
今、まさに音をたててフレミアの立場が揺らぎ始めていると確信し、心が躍る。
あと少し、あと少しだ。
あの男の罪さえ明らかにできれば、フレミアの悪を世に知らしめることが出来る。この後俺がどうなるかまでは判断できないが、それでも俺一人であの巨悪を潰すことが出来るのなら本望だった。
広間と心臓が慌ただしくなる中、往生際の悪いフレミアが「デタラメだ!」と今までで一番大きな声を上げた。
チラリと横目で見れば、先ほどまで勝ち誇っていた頬には玉のような汗が流れ、肩で息をしながら目を見開き、自分を押さえつける兵士に必死で抵抗をしていた。
「これは私を陥れるための罠だ! 大体、今の一件は私の虚偽報告の件のみ! この私が反逆をしているという証拠ではない!」
「ねえ、フレミア。忘れてない? この報告書、亜人攫いについての報告書だったんだよ」
「それがなんだというんだ!!」
「声うるさ……。だからね、現国王陛下の政権を蔑ろにする亜人攫いの調査報告をでっちあげて、君は何をしていたかって話。内容によっては当然処罰される。それは分かるはずでしょ」
「そ、れは……」
汗がしたたり落ち、明らかに動揺したフレミアに復讐心が満たされていく。
フランもすべてを口にするつもりはないのか、また俺をちらりと見ると肩を竦めて目を閉じた。どうやら扱いは任せるとの事らしい。
醜い復讐心で口元が歪みそうになるのを抑え、大きく深呼吸した。
俺から言うことはもう決まっている。
「言えるわけがないよな、騎士フレミア。まさか、自分が死んだと報告した兵士に亜人反対派の濡れ衣着せ、秘密裏に始末していたなどと。それこそ自分は反逆罪を犯していると公言してるようなものだからな」
今まで俺を罪人だと思っていたであろう貴族たちの中から動揺で声が上がる。
しっかりと黙って聞いていたのは事情を話していたギアンさんと調査をしていたフラン。そして、結果を予想していたであろう国王陛下だけだった。
今更プライドでも傷ついたのか、フレミアが憤怒の表情で立ち上がり、兵士に押さえつけられていた。
「っ、貴様! 罪人の癖に騎士である私を愚弄するか!」
「騎士? お前、また騎士と言ったな? お前のような弱者をいたぶる悪が騎士の名を語れるとでも? 亜人を物扱いし、あまつさえ情欲を満たすための道具にしようとしたお前が、騎士の名を語れるなど思い上がりも甚だしいぞ!!」
「うわ、それ本当? だとしたら、騎士フレミアの行動はだいぶ問題だね」
「根拠の無い言いがかりに過ぎない! そんな発言を信じるなど、騎士も堕ちたものだな」
「あはは、じゃあ論より証拠ってことで」
「なに?」
「じゃあ"疑いのある君が大罪人だって証言した彼"を、"わざわざ王城へ、一人で助けに来たラプールちゃん"にも話を聞いてみよっか」
その場にいた全員の視線が誘導され、腕の中にいるメアーに集中する。
王宮の近衛隊や常勤の騎士が警備し、寄りにもよって王が裁判を開くこの広間へ、たった一人で、ただ、俺を救うためだけに突っ切って来た、彼女に。
ただの悪党であれば危険で、害がないのであれば心強いともいえる力を持ったメアーに、この場で強い発言権があるのは誰の目から見ても明白だった。
当のメアーは俺の腕にしがみつき、幸せそうに耳の根元をピンと張っているだけだったが。
だが、一人だけ……そう、一人だけフランの言葉で顔を青くし否定したやつがいた。
「な、何を馬鹿な! その奴隷こそ、その男の術中! どのようにして誑かしたのかは知らないが、どうせ根も葉もない出まかせをいわれるだけだ! 話を聞く価値などあるはずがない!」
焦ったように開いたフレミアの言葉で、この場の意見が完全に一致した。
俺を貶めた茶番の時のように、フレミアの状況は詰み、周りの目が覚めていくのを感じ、希望が目の前に吊る下げられる。
おそらく、彼を使っていたであろう貴族たちも居るはずだが、とうの昔に彼を切り捨てたのか助けの声も出なければ、ユリウス国王の言葉に反対する貴族も居なかった。
誰も味方が居ない現状で哀れだとは思ったが、ざまあみろとも思ってしまう。
自分が今までやったことが、当然のように自分へ戻っただけ。そう思えば、未だ燻っているこの心も幾分か満足がいった。
そして、誰も発言のしなくなったその場で、周りを絶望の表情で眺めるフレミアへ、玉座の脇で控えていたフランが、手に持っていたロールを巻いて近くの兵士に渡しながら「あれ?」と素っ頓狂な声を上げていた。
「たしかに僕はその子に聞こうって言ったけど、誰かの奴隷なんて言ってたっけ」
「…………は?」
「あはは、すごいね。調査をしてた僕も、その子が奴隷だったなんてチテシワモ地区で彼を捕まえたギアンさんに聞いて初めて知ったのに、フレミアはどこで聞いたの?」
「あ、それ、は。だが……! だって、身なりで、当然……」
「身なりだって貧民街に行けば珍しくないし、亜人の子がメイドやお手伝いさんで派遣されるのだって珍しくないのに。それじゃあまるで……ああ、そう! 最初から知ってたみたいだね?」
「っ……貴様あああ!!」
フランのカマかけにフレミアは激高する。
そう、フランの言った通り、今この国で"奴隷"と呼ばれているのはメイドや傭兵と言った仕事を斡旋された人たちへの俗称だ。
中には当然蔑称も入ってはいるのだろうが、帝国や教国には残っているらしいが、この数年でずいぶんと奴隷という立場の事情は変わっている。
メアーのように"首輪をつけ命令を聞かせるような立場"を奴隷と明言するのは、彼女が物のように扱われているのを知らなければ、口から出ない程に。
なのに、フレミアはメアーを"奴隷だ"と明言した。
陛下の御前でこの言い回しは、亜人に対して何らかの感情を持っていると疑われ、兵を派遣しての調査をされても文句は言えない。
正直、町中で暮らしていた俺でさえ一瞬頭が追いつかなかったのだから、亜人を……いや、少なくともメアーを道具としか捉えていないフレミアでは気が付かないのも無理はないだろう。
そして、今の一言はフレミアが反逆の疑いを向けられても仕方ないとこの場に知らしめるのには十分だった。
茫然としていると、場の雰囲気がフレミアへの疑惑へ流れたのを感じたのか、突然フレミアが吠えだした。
「この私をハメようとしたな! 何年も何年もこの城のために仕えてきたこの私をおおお! 貴様のような亜人が!! あの男のように私を咎める気なのか!!!」
広間にフレミアの怒りが含まれた叫びが轟いた。
あの男、と聞こえた瞬間、貴族席の数人の肩が跳ねあがるのが視界の端に映った。間違いない、フレミアに対して何らかの支援をしていた人間なのだろう。
動揺した貴族たちを記憶に焼き付けると心に誓うと、手の甲をメアーに叩かれる。
ハッとして視線を陛下に戻そうとすると、いつの間にかフランが近くに居てぎょっとする。
教えてくれたメアーを見ると、無表情ながらも耳をフランに向け、明らかに警戒していた。敵意こそないが、フランから距離を取るように背後に隠れてしまった。
なんだか、昔の妹を見ているみたいで懐かしくなった。
フランが「あはは……」と乾いた笑みを浮かべ、両手を上げてその場に膝を立てると、俺たちに向かって手を差しだした。
「ってことで、ごめんね、お楽しみ中のところを邪魔しちゃって。どうしても君に聞きたいことがあってさ」
「…………」
「えっと、一応年齢も近いし、ほら、人間じゃなくて、お互いに亜人種だから親近感を持って怒らないでくれるとありがたいなーって思うんだけど……だめ?」
「…………」
「えと……。んー、あの……。ね、ねえ、リヴェリク。助けるって言った手前、すっごく悪いんだけど、彼女と話をさせてもらって大丈夫かな?」
今まで誰にでも笑って返していたフランが無言の圧にやられていて、はっと鼻で笑ってしまう。
正直、ここまででも聞きたいことは山ほどある。この場で問いただすのは陛下の御前だ、わきまえてはいるが……。
俺の考えを察したのだろう、何度か頷くとあはは、と笑った。
「説明とか巻き込んだ謝罪とか、後でどうとでもするから、ね?」
「……メアー、答えてやれ」
メアーが「ん」と小さく頷くと、ふわふわの絨毯に手をついてメアーが這い出てくる。フランが安堵したように胸をなでおろした。
「ありがとう。えっと……君の名前は?」
「メアー。ご主人さまにもらった大切な名前。覚えて?」
心なしかメアーの一言に棘があり、ふっと噴き出してしまう。
あきらめたように目を閉じたフランが「そっか」と苦笑した。
「メアーちゃん。君はあの男――フレミアが何をしたのか覚えてることはある?」
「……ご主人さま、もし、私が覚えてたら褒めてくれる?」
「あ? ああ、出来ることならやってやる」
「っ! なら、頑張る、よ? 覚えてること教えられる」
「ああ、もう見せつけられてる……。えっと、じゃあ、君はもうギアン――あっちの兵士さんに話をしたかもしれないけど、あの骨ばった男の人が何をしてきたのかーとか、君のご主人さまにしたことを覚えてる限り教えてくれるかな?」
「そうしたら、ご主人さまは悪くなくなる?」
「ん、そうだね。その為に聞きに来た。というか、話してくれるとご主人さまを助けられるかも」
ゆっくりと確認するように振り返り、頷いてやるとぱあっと顔を輝かせた。
「ん……。あの人は――」
その後は、淡々とメアーの口からフレミアが行っていたことが語られた。
メアーを助けようとした俺をフレミアが罠にはめ、チケル村を焼き逃げようとした人々を何人も殺していたこと、メアーを教国の方角に向けて馬車を走らせ、俺にもう一度救われたこと……。そこで、もう一人、フレミア隊の兵士が生き残って居るかもしれないということ。
物覚えが良いのか、その時の会話の内容すらも覚えていたようで、俺が口止めしたこと以外は素直に話してくれていた。
そこまでは俺も知っている事だったが、俺と会う直前まで話が及び、更には経験した内容を聞くにつれ、フレミアの"隠し事"が明らかにされていった。
メアー曰く、フレミアは一つ目の報告書――廃村があり、偶然見つけた容疑者を尋問したというソレでも偽造を行っていた。
話を聞く限り、メアーがもともと住んでいた村の可能性が高く、件の"フードの亜人攫い"に襲撃されたらしい。
亜人も住んでいた小さな農村で、フレミアは村を襲った賊と取引をし、村人に人身売買の件を口止めをする代わりに中でも美しかったメアーを一日融通することになっていたらしい。
吐き気のするような内容だったが、道理でメアーを惜しいと言いながら教国へ送ろうとしたわけだと呆れた。
顔を白くし目を泳がせながらフレミアが「まだだ、まだなにか方法が」とつぶやき続ける声と、その場にいるほとんどの人間のため息が謁見の間に響いていた。
メアーがほっと息を吐いて「これで終わり」とつぶやくと、嘆息と落胆に包まれた場で王が静かに立ち上がった。
「騎士フレミアよ。もはや疑いは証拠を待つまでもない。コアコセリフ国国王、ユリウス・ド・コアコセリフが責任をもって命じる。亜人騎士フランの報告、そして青年とラプールの少女の証言をもとに商人ギルドに照会し厳密な調査を行う。その間、汝を拘束する」
「そ、そんな! どうかご慈悲を……」
「すでに温情は与えられているものと思いなさい。少女の口から語られた事が事な故、調査が終わるまで騎士フレミアから称号と財産を没収、貴族牢での尋問のうえ、事が事実であれば罰則に則した罰を言い渡す。なに、おぬしが無実であればすぐに出られる。心して待つがよい」
「そ、んな……せっかく己の力で騎士に成った私が……一度ならず、二度までも、あの男のせい、で……!」
ガクリとフレミアが崩れ、抑え込んでいた兵士が逆に彼を支え、陛下の指示で周りの貴族や近衛兵が頭を垂らし、メアーがはあ、と疲れのこもった吐息を吐き出した。
これで、フレミアの罪のすべてが明らかになった。
メアーの証言では争った様子もないことから、ここ数年で気付かれた人脈でもない。きちんと調べれば、余罪も明らかになる事だろう。
その先の……亜人反対派がどうなるかは知らないが、俺のやるべきことは終わったはずだ。
これでメアーが悪い扱いをされることも、ギアンさんたちに迷惑が及ぶことも少なくなるはずだ。
俺以外は、だが。
当然、フレミアが断罪されるのは間違いない。だが、その為にずいぶん派手な立ち回りをしてしまったから、元の生活に戻ることは出来ないだろう。
……いや、故郷はもう無い。サラやメアーが幸せに過ごせるのなら、それで十分か。
そうだ、これでいい。
背後で陛下が歩いていく気配を感じながら、メアーを抱きかかえたまま復讐を終えた心が静かになり――。
「まだ、終わらせん!! なにが! なにが正義だ小僧がああああ!!!」
突然、謁見の間で怒声があがった。
予想外の声に座り込んでしまっているメアーを利き手でかばいながら立ち上がると、素直に捕まっていたフレミアが叫び声をあげ、拘束されようとしていた手足を振り乱していた。
まさかこの場で反抗されると予想もしていなかったのか、不意をつかれた兵士は倒れ込み、ギラついたフレミアが剣を片手に荒い息あげている。
まずい、ギロリ、とこっちを向き誰かを見つけた瞬間に剣を構えて「あああああああああああ!!!!」と叫びながら獣のように突進を始める。
異変に気が付いたフランとギアンさんが陛下を守るように俺とフレミアの間を駆け抜け冷や汗が流れていく。
ちがう、と直感的にあの男の狙いはユリウス国王陛下じゃない。
剣を腰に抱え、まっすぐ目標に向かって突進を始めたフレミアの瞳は……。
明らかに俺とメアーしか映っていなかった。
下唇を嚙み、これから起こるであろうことを予測していくが、二人とも無事にこの場を切り抜ける想像が出来なかった。
せめて……せめて、俺よりもメアーだけでも生き残れるようにと後ろに居る彼女に手を伸ばす。
彼女さえ守り切れれば、あとの事はギアンさんとフランがなんとでもなる。
その後の事を考えれば、俺も助かった方が良いのは言うまでもないのだが……。
「くそ、せめて剣さえあれば……」
「剣なんかより、私が居るよ、ご主人さま」
かけられた声に振り返ると、変わらぬ表情で手を伸ばしたメアーが俺の手に何かを作り出していく。その光景に驚かされ、そして"彼女が作ったソレ"で、ハっと笑ってしまう。
さすがは俺について行きたいと願った子だ、この状況に及んでまでも俺に渡すのが"ソレ"だと思うと可笑しくてしょうがなかった。
だが、あの程度の男に負けるわけにはいかなくなった。
だって、俺は――、
ギリっと奥歯を噛み締める。
人を罠に嵌め、弱者を自らの糧とする生き方をし続けているだけの悪に、正義の騎士を志し日々鍛錬をし守らなければいけない物を抱えた俺が負けるわけにはいかない。
俺たちに向かい、奪い取った剣を抱え込み、突き進んでくるフレミアを見据え冷静に"ソレ"を握りしめた。
「しねええ! 小僧!! お前もあの男――ロルソスのように邪魔をする!!! 私が、お前をあの男のように殺して、正しいと! 正しいのだ!!!」
世界がゆっくりと動き、一歩、また一歩と確実に剣を構えたフレミアが背後のメアーすらも巻き込もうと思い切り剣を突き出した。
あと、数歩、陛下を守っていたフランとギアンさんが「リヴェリク!」と叫んで駆け出したが、もう間に合わない。背後にいるメアーは俺の服をぎゅっとつかんで離さなかった。
今にも俺の胸に、あの時の親父に突き刺さった剣のように――。
「笑わせるな、フレミア」
突き立てさせなかった。
ただまっすぐに突進してくるフレミアの剣を"メアーが作ったソレ"を使い、詰所の訓練場でいやみ君の剣をそうしたように、巻き上げ弾き飛ばす。
キィンと弾きあげられた剣が甲高い悲鳴を上げ、口元をゆがめたフレミアの眼前を飛び上がった。
誰もが目を丸くし、動かなくなったその場で駆け寄ろうとしていたフランとの間に剣が落ち、床にたたきつけられ、また甲高い音を響かせる。
「正義を全うせず、弱者をいたぶる事しかしなかったお前程度が、騎士を目指していた兵士に勝てると思うな」
そう言い放ち、メアーが作ってくれた"先が欠けてしまっている剣"を模した物を振り払う。
目を丸くし消失した剣を探すように手を見下ろすフレミアをギアンさんが駆け寄って抑え込むのを確認し「メアー」と声をかけ作ってもらった剣を消してもらう。
最後にフレミアへの一矢報いるチャンスをくれたことに感謝をしながら、俺は近衛隊に拘束され、復讐は終わりを迎えた。
余談ではありますが、リヴェリク達が猪型の魔物に襲われた森は、フレミアの担当区域でした。チテシワモ地区の出入り口は警備も薄く、反対派閥の密会場所として使われていたので、特定地域以外には魔物が居た方が都合が良いとフレミアはわざと放置していました。
当然、リヴェリクの後を追っていたフランはこのことも把握していますので、この後リヴェリクの傷が獣の傷だと確認した兵士により余罪も追及されます。