表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/58

第19節「復讐の終わりで」


 抱きしめていた彼女から顔を上げると、違和感が広がっていた。


 ただ一人、フレミアだけが「どうした! その不審者たちを捕まえろ」と叫び、集められた貴族たちだけでなく、俺たちを取り囲む兵士ですら、戸惑うように顔を見合わせていた。

 奇妙な間が謁見の間に広がる中、「ふっ」と誰かが噴き出し、場が凍り、俺は顔を上げたままピタリと固まってしまった。

 陛下が裁きを下すこの場で笑いを飛ばすなど何事かと貴族席がざわつく中、噴き出した相手がだれかと徐々に気付きだして、更にざわめきが大きくなっていく。

 その場で俺は何も言えず、ただ唖然とするしかなかった。

 だって、噴き出した当人は……。


「っふはっ、はっはっはっ! これはとんでもない事をしでかす者がいたものじゃ! まさかこの場に侵入を図る亜人が居ようとは!」


 上機嫌に立ち上がったのは玉座に座る陛下その人だったのだから。

 そう、誰でもないユリウス・ド・コアコセリフ国王陛下が、先ほどの厳格な態度とは打って変わり実に愉快と大笑いをしだしたのだ。

 人間、本当に驚くと声も出なくなるというが……まさか自分の裁判の途中で経験することになるなんて、誰が思うか。

 謁見の間が困惑で支配され、陛下は膝まで叩きだした時には、さすがに周りの護衛や上級貴族たちですら慌て始めていた。


「へ、陛下、いかがなされましたか!?」「ついに耄碌なされたか!!」「この国も終わりじゃ!」

「ついにとは無礼な! いや、此度だけは許そう! なに、一芝居打とうと思っておったが、これでは儂が審判を下すまでもなかろう。そうは思わぬか、我が騎士たちよ」


 審判と言われ身が硬くなったが、先ほどまでと違う雰囲気が流れ、何かを察したらしい周りの貴族たちから、ため息すら聞こえ始めた。

 陛下の隣で控えていたフランまでも呆れたように苦笑いを浮かべ、さきほどまで騒いでいたフレミアに至ってはあんぐりと口を開けて立ち尽くしていた。

 陛下、とフランが頭を下げる。


「僭越ながら、この場で私語を挟んでもよろしいでしょうか」

「うむ、よかろう」

「ありがとうございます。陛下、失礼だとは思いますが、意地が悪いですよ。聞かされてないほかの人たちが動揺で固まっておられます」

「ん? おお、たしかに。すまぬな若き亜人騎士よ。では、改めようではないか」


 陛下がゆっくりと見渡す。

 見られた瞬間貴族や兵士たちは姿勢を正し、頭を垂れる。

 不敬だとは思いながら彼女を抱いたまま見上げていると「フレミアよ」と、問い詰めるような声色でフレミアを見下ろした。



「改める前に聞く。まだ罪人――否、自らの意志で主を助けに来た亜人の主人である彼を、理由なく騎士へ危害を加え、反逆の罪まで犯した悪人と口にするか」



 陛下の言葉の意味が飲み込めず、息をのんでしまう。それはつまり……陛下は俺を犯人だと思っていない、という事だろうか。

 いや、と頭を振って希望を追い出していると、フレミアが貴族席から一歩前に前に出た。


「陛下、今なんと……」

「分からぬか? そこの青年の罪はおぬしの言う通り、"一片の間違いもないと断言できるか"と問うておる」

「っ、は、はい! 間違いございません! この男が我が隊に危害を加えたのは違えようのない事実であり、追及するべき罪であります!」

「……。よいか? 間違えるでないぞ、フレミア」

「は?」

「もう一度だけ問おう。儂はこの者たちが、"なんの意味もなく、罪もない汝の兵へ危害を加えたのか"と、他でもない被害を訴えたおぬしが、嘘偽りなくそう証言できるのだな?」


 陛下の言葉がようやく喉元を通り、消えかけていた希望が更に湧き上がる。これは、まさか本当に……。

 ゆっくりと、フレミアに視線を動かすと、さすがのフレミアも旗色が悪いと気が付いたのか、俺を横目でにらむと、陛下に見えないように拳を握っていた。


「も、もちろんです、国王陛下。まぎれもなくこの者は罪もない我々の騎士隊へ危害を加え、隣国と密かにかかわっていると断言いたします」

「そうか……。儂はこの場においては真実を口にせよと明言したはずだったのだがな」


 陛下の落胆に、当事者ではない俺ですら背筋に冷たい冷気を感じ、息をのんだ。

 あまりの事に動揺していると、袖を引っ張られ「ご主人さま」とメアーから声が上がった。


「どういう、こと?」

「まだ分からない。だが、今陛下がフレミアを疑う発言をしてる……。もしかしたら、助かるかもしれない」

「あんしん?」

「あ、ああ。もしかしたら、だが」

「じゃあ、ご主人さまの"セイギ"はあのへーかって人?」

「……どうだろうな」


 俺を救ったのはメアーだ、なんて助かってもないうちに言うこともできず、無言でメアーの頭を撫でる。

 ん、と嬉しそうに黙ったメアーの代わりに、「国王陛下!」とフレミアが声を張り上げる。


「ま、まさか陛下。騎士であるこの私が、忠誠を誓うべき王に嘘をついている、と?」

「違う、とでも?」

「っ、くそ! どういう……陛下! 罪人を亜人が助けに来たからと言って盲目的に罪人に信頼を置くのはいただけませぬ。亜人攫いは魔法を操る亜人をも攫う集団! そんな奴らであるのならば、何らかの術法を使って居るやも――」


 必死に言葉を紡いでいくフレミアの声がだんだん遠ざかっていく。

 聞く必要がないと判断したこともあるが、なにより国王が目を閉じられ、仕方ないとばかりに首を横に振っていた事に釘付けになってしまった。


「……やはり…………か」

「は? 今、陛下はなんと?」

「もうよい。これ以上の言葉は己の首を絞めると知れ」

「も、もうよいと言われても、納得は出来ません! 賢明なる王であれば、私の口にしている言葉が真実だと理解してくださるお方であると忠誠を誓った私は確信しています! 王よ! どうかご英断を!」

「騎士フレミアよ、これ以上儂を落胆させるでない。儂はすでにフランから今回の事件について詳細な報告をうけておる」

「ほうこく……? 馬鹿な、そんなものが……」

「さて、馬鹿な事かどうかは今この場で聞くことにしよう。――聞け! 今この場にいる者たちよ!」


 陛下が立ち上がり、周りの熱気が一気に陛下へ集中するのを感じつばを飲み込むと、待ち望んでいた言葉を陛下が口にした。



「此度の裁判、騎士隊襲撃騒ぎを裁く物ではない。数々の信頼厚き貴族や騎士たちから密告を受け、騎士フレミアの罪を明らかにするものである」



 玉座の前には、今まさに希望が立っていた。

 今更気が付いたことも、どうして知っているのかもどうでもいい。

 メアーが助かる見込みが、復讐が果たせる見込みがあるのなら!

 淡い希望をもって再びフレミアを睨むと、貴族席に居たギアンさんと目が合い、目を丸くした後、気まずそうに頬をかいていた。


「な、あ、ば、かな……なぜ、どうして! どうしてそのような事をおっしゃられるのですか、陛下!!」

「おぬしに反逆の兆しがあると儂が見た、ただそれだけの事じゃ。そもそもおぬしを騎士に任命した時、嘘偽りを申すことの無いように言い渡したはず」

「っ、し、しかし、私は嘘など!」

「では、最も記憶に残る件から論ずるとしよう」

「最も記憶に残るとは……」

「騎士隊襲撃……おもにフレミア隊の兵士への襲撃じゃが、今もなお平伏しておる平民が犯人である。それがおぬしの訴えであったな」

「訴えも何も、真実です! 実際に我が隊の兵士が何人も犠牲に!」

「犠牲になってしまったことは知っておる。我が民の犠牲が出てしまったことも目をつぶれぬ事態。じゃが、おぬしの訴えには証拠が無い。それに、些か性急に事を進めすぎていると判断した。故に、此度の裁判は、儂の一存で亜人推進化の一歩とし、彼らの裁判の形式を一部取り込んで行う事に決めた」

「なっ、急に何を……それに、亜人などと! 我らが王は人間たちの法をいったいなんだと!!」

「おぬしこそ勘違いをしておる。法は法であり、この国において儂が法であり正義である。急を要する場合においては、簡易的に罪を裁くのも然り。じゃが、ここには儂がおる。此度の裁判では試験的に、加害者の理由も原因も明らかにする。仮にこの者たちが本当に犯人であったとて、おぬしに裁くことは許さぬ」

「そ、それこそ罪人が嘘を言えば終わりですぞ!」

「嘘かどうかはこれからわかる事。その為の騎士も選抜は済んでおる。調査をすればわかる事じゃろうて」


 正直、無茶苦茶だった。だが、元々陛下から何か言い渡されていたのか、貴族たちから文句は出ず、静かに静観しているようだった。

 動かない兵士たちに「ほれほれ、なにをしておる」とおどけたように促すと、取り囲んでいた兵士が慌ててフレミアを拘束しに動いていた。


 降ってわいた幸運に不信が募る。

 ここまで、陛下の言葉で希望が湧いたが、本当にその通りなのだろうか、と。

 憧れであった騎士に騙され、故郷を滅ぼされ、罪を全て着せられたという事実が純粋な喜びを邪魔し、不敬な考えが渦巻いて行くのを止められなかった。

 追いつかない思考のままメアーを抱きしめると、腕の中で「はぁ……ご主人さま」と満足そうな吐息が漏れ、別の意味でも眉が寄りそれどころではなくなった。


「うむ。では、フラン。儂に行った報告を、この場でもう一度報告をしなさい」

「分かりました」


 フランが国王陛下に頭を下げると、持っていたロールを懐にしまい姿勢を正すと、咳払いをした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ