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第1節「リヴェリク」―3


 突如、訓練城内に響き渡った声に驚く。その知らせで、国王陛下が足をお運びになられたことを知り、急いでギアンさんと壁際に並び立ち膝で構えた。

 こんな場所に国王様がいらっしゃるという驚きと興奮で、ついつい隣に腰を下ろしたギアンさんを見てしまうと、ギアンさんは落ち着いた様子だった。

 信じられない、どうしてギアンさんは落ち着いていられるのだろう。


「ど、どうして国王が?」

「馬鹿者。元々今日お越しになる予定でいらっしゃったのだ。だから常々問題を起こすなと言っただろう」

「その情報俺に回ってきてないです、隊長! それに問題を起こしたのは俺じゃ――」

「しっ! いらっしゃったぞ、頭を下げろ、リヴェリク」


 訓練場の入口へ視線を送ると、以前パレードで見かけた近衛騎士が所狭しと入り口を固め、一寸狂わぬ隊列を組みあげ一斉に剣で儀礼の構えを取る。

 構えた剣の向こう、詰所の入り口から青と白を基調にしたコアコセリフ国の紋章でもあるエーデルワイスが金の糸で縫い付けられたマントを身に着けた現王であるユリウス陛下が、背後に近衛騎士の鎧を身にまとった騎士を二人ほど人を引き連れていた。


 老人らしい白いひげを蓄え、幾分かお年を召してはいらっしゃるが、瞳に精悍な色を宿したままの老人――間違いない、コアコセリフ国をまとめ上げている現国王ユリウス・ド・コアコセリフその人だった。

 世間一般では教国や帝国を抑えているから無能ではないが、有能でもないと揶揄されてこそいるが、お飾りの王とは言えない貫禄を確かに持っていた。


「すごい、あれが騎士……! それに国王陛下!」

「おい、リヴェリク」

「あっ、わ、悪――いえ、すみません」


「どうして国王陛下がこんな訓練場に?」「さあ……。お世辞にも重要な施設ではいらっしゃらないはずなのになあ」「何か問題を起こしたやつがいるんじゃないか?」


 周りで散ったはずの兵士からヒソヒソとそんな声が聞こえてきた。

 無理もない。

 幾ら城下を守る兵士詰所とは言え、ここは王都の中でも端に近い、いわば見張りしか仕事がないような詰め所だ。

 亜人受け入れ要請を受けたチテシワモ地区とはいえ、所詮は一区画を守る場所でしかない場所に、国王様自らが足をお運びになられるというのは故郷で自慢できる。


「出迎え、大儀である。さて、ここが目的の詰め所かな」

「ハッ、例の騎士たちと同行する兵が選出された詰所です」

「うむ、大儀である。――して、この中にリヴェリクという、我が騎士であったロルソスの息子がおると聞き及んでいる。だれであろうか」


 突然、兵士の訓練場にいらっしゃった国王様はそうおっしゃられ、噂話をしていた兵士たちと俺の心臓がざわつき、呼吸が止まり汗が額から噴き出てくる。

 国王様がわざわざ名指しで呼ぶなどただ事ではない。それこそ国王の寝首を掻かんとする他国の刺客か、村を焼き払ったフォーヴのそれだ。

 足が地面に凍り付いてしまったかのような緊張感に包まれ、観念して名乗りを上げようと――、


「隊長の隣に居られるのがそのロルソスという騎士の息子、リヴェリクです!」


 と、どこからか、先ほど俺が負かしたいやみ君の声がした。


 あのバカ、こんなところで声を大にしてあげるなんて。

 相当怒りを買ったか、それとも名前でも覚えてもらおうとしたか。

 目立ちたがりのいやみ君に苛立ちを覚えたが、あっという間に護衛の騎士に囲まれる気配と、ゆったりとした足音が目の前に歩いてくる気配を感じ、息をのむ。

 あのバカに構わず、地面に影と汗が落ち国王陛下の言葉を待った。


「ほう、おぬしが我が騎士ロルソスの息子というのは真実か?」

「はい、たしかに騎士ロルソスは我が父の名です。覚えていてくださり光栄に思います」


 緊張で戻してしまいそうだったが、何とか返答する。返答に満足いただけたのか、「そうかそうか」穏やかな声と、何度か頷かれる。

 いったい父がなにかしたのかと、嫌な想像で焦っていると肩に触れられ、思考を止められてしまう。


「陛下、お手を触れるなど!」


 別の誰かの声。おそらく護衛をしていた近衛だろうか。その声で陛下が肩にお触れになっているのだと知らされ、緊張が一気に高まった。


「よい。この者の父は相応の働きをしておる。ロルソスの息子よ。おぬしの父の事は聞き及んでいる。忠義を尽くし、故郷を守るために犠牲になったこともな。亡くなってしまった事、非常に残念に思っている」

「もったいなき御言葉です、陛下」

「ハッハッ、そう固くならずともよい。と、儂が口にすれば困らせるか。ふむ、リヴェリクと申したな」

「はっ!」

「懐かしい。あの荒くれ物の息子が我が国の王都を守る兵士としてここに居る……。おぬしはやはり父の遺志を継ぐ意思があるとみてよいのじゃな」

「はい。命を賭して村を守った父に代わり、今度は私が弱きものを守りたい。その思いでここ来ました」

「……そうか。では精進しなさい。騎士である父に恥じる事の無きよう」

「っ! か、感謝いたします! 今後とも精進させていただきます!」


 陛下の言葉に最低限答え、信じられずに動悸が激しくなる。

 まさか、陛下が父さんを覚えていただけではなく、しがない一兵士でしかない入れに言葉をかけてくださるなんて……。思いもしなかった幸運に震えてしまいそうになる。

 周りで見ていた兵士だけでなく、陛下の護衛についている騎士からも動揺が広がっていた。


「こ、国王様! お戯れを!」

「ハッハッ、良いではないか。国民である一兵士を鼓舞するのも国王たる儂の務め。そうは思わぬか」

「し、しかし、国王様ともあらせられるお方が一人の兵士にお言葉をかけるのは……」

「ふむ……なら、この詰所に居る兵士たちに儂の名で酒を贈ろう。フォーヴが攻めてこぬ城下と言え、平和を守る立場なら心労も計り知れぬ。今回の訪問の目的はそもそも詰め所を守る兵士たちへの鼓舞。そうだったな?」

「そ、その通りです、陛下」

「ならば次の詰所へも行くとしよう。兵士たちもたまにはゆっくりするとよい。今は平時、必要な時に倒れられてはそれこそ意味がないのでな」


 陛下はそのお言葉を最後に、足音が遠ざかっていく。兵士への鼓舞ということは、別の詰所へ行くのだろう。

 興奮しながらも横目で陛下の後姿を見つめていると、そのまま訓練場の外に消え、近衛騎士たちも陛下の後を追うように去って行ってしまった。

 ガラリとした訓練場になってからようやく立ち上がると、興奮で立ち眩みを起こしてしまい、慌てて頭を振った。


「まさか、陛下にお声がけをしてもらうなんて……」


 騎士にあこがれを持っている身としては夢を見ているようだ。

 まさか、騎士だったとはいえ父さんの事を知っていただけたなんて……。思わぬ感動に打ち震えていると、背後でギアンさんが重々(おもおも)しく立ち上がる。


「リヴェリク、先ほどの話の続きなのだが――」

「ギアンさん。いえ、隊長。お気遣いは非常にありがたく思います。でも、これはやはり私の正義です。弱きものを守れなくて、なにが騎士なのでしょうか」


 国王陛下に肩を押してもらったおかげか……。いや、元々そのつもりでしかなかったが、おかげでさらに胸を張ってそう言える気がした。

 ギアンさんもさすがに観念したのか、先ほどのしかめっ面とは違い諦めたようにため息をつかれてしまう。


「はあ……そうか。そこまで毅然(きぜん)とされたら今の私には何も言うことは出来んな……。ちょうどいい、そこまで言いきったお前に一つ話がある」

「また話、ですか? これ以上何を聞けと……」

「そう言うな、騎士を目指すお前にとって悪い話ではない。おそらく国王様が直々にいらっしゃった理由の一つだ」

「光栄に思いますが、そこまでの話を俺に? それこそ先輩方の方が適任では……」

「いや、この任務はお前にしかできん。厳密には違うが、お前を名指しで指定されていると言ってもいい案件だ」

「俺を指定ですか?」


 一兵士として特別な任務に就けるのは嬉しいが珍しく、疑問に思わざるを得なかった。

 剣士としての腕はそれなりに自信はあるが、腕が立つ人間を選ぶのならそれこそ亜人の傭兵を雇えばいい話で、普通の人間を選出する理由はないはずだ。


「変な話、ですね」

「疑うのも無理はない、俺も聞かされた時耳を疑った。正確にはお前を含めた兵士の受注。それにお前を指定されたわけじゃない。指定したのは私だ」

「ギアン――いえ、隊長が?」

「今回の任務には色々と事情があってな。正確には騎士隊に出された依頼で、全詰所に要請が出されたんだが、この詰所で条件を満たせる人間がお前しかいなかったが正しい」

「騎士隊! 隊長! 騎士隊ってまさか!」

「はあ……。そのまさかだ」


 騎士隊と聞いて、不審に思っていた気持ちが昂る。


 騎士隊――厳密には隊ではなく、国王に認められ騎士の称号を与えられた者たちの総称であり、騎士を隊長に置いたいわば小隊だ。

 王を守る近衛騎士たちほどではないが、何かしらの成果を国の為に成し、国王に認められた者たちしかなることのできない、実力者たちの称号で、俺の父さんもその騎士であった。


 依頼は国王から直接依頼されることも多く、民草を脅かすフォーヴの討伐や他国の調査依頼を公で請け負っていることも少なくない。

 今回ギアンさんが受けた依頼はそれに匹敵するものだという事だ。

 しかし、ならなおさら不思議にはなる。


「隊長、嬉しい事態ではありますが、騎士隊から回ってきたのなら、余計に自分が指定されている理由が……」

「簡潔に言えば今回、お前を指定する理由は依頼の調査先にある」

「調査先……もしや、故郷のチケル村方面でなにか?」

「お前も聞いた事があるだろう。奴隷を作る例の集団がチケル村を周辺に活動している、と噂が広まり、実際被害に合っている村も出たと報告が上がっている」

「奴隷を作る例の集団、というと……まさか"亜人攫い"ですか」


 俺の問いかけにギアンさんはしっかりとうなずかれ、つい不快が顔に出てしまいそうになる。

 "奴隷"という言葉に吐き気を覚えた……わけではない。


 実は現在この国で"奴隷"と称されているのは人身売買が関わった奴隷ではなく、一般的にはメイドや傭兵と言った仕事が多く、他国ではギルドという組合が請け負った仕事を生気に登録した労働者に分配する施設もある。

 ただ、働き先の関係上、奴隷と同じかつ奴隷が居た時代の名残もあるため、悪い意味を払しょくする意味で良くも悪くもその施設は"奴隷市場"と言われている。そこで仕事を斡旋(あっせん)され、雇い主に問題があれば国から罰を受ける……人間も亜人、広くは人外種に至るまで関係なく仕事に就けるように配慮されている。

 縁起でもないかもしれないが亜人受け入れも進み急激に変化する文化の中ではわかりやすさが一番だったのだろう。

 文化を知らない人間には聞こえこそ悪いらしいが、国を守るために剣しか磨いてこなかった俺からすれば尊敬できる仕事だし、きちんと市場を通せば下手な兵士や宿場よりも高く稼ぐことだって少なくないらしい。

 だがその"奴隷"という言葉に“亜人攫い”が関わっているのは全く別の話だ。


 “亜人攫い”は亜人の中でも抵抗の少ない亜人が多く住んでいる村を襲って攫い、奴隷として隣国や国内で売りさばいているらしい。大規模な人数が消えることもあれば、妖精に連れていかれたようにすっと消える人もいる。だが、亜人攫いの数も、実態も……。どこから亜人を攫い、どこへ流しているのかすら国力を上げても把握できず、亜人を活躍させたい現王一派は四苦八苦しているのだという。

 彼らに攫われた亜人は戻ってくることは無くいずこかへ消えていく。そんな噂が広まっているのが“亜人攫い”という集団なのだ。


 "亜人攫い"はもはやコアコセリフ国内に置いて一種の災害に近いと言われるほど厄介で、亜人推進派であるコアコセリフ国にとって、彼らが国内にいるのは相当な痛手――つまり、騎士隊が調査に乗り出しても不思議はない。


「お前の察している通り、例の集団……の可能性が高い。王に上がった報告の中に亜人種が住んでいる村が襲われたという情報が入っていた。どこからかは分からんが、その情報がコアコセリフ王のお耳に入り、勅命が下ったらしい」

「もしかして、俺が指定されたのはチケル村出身だから、ですか?」

「ああ、騎士隊の人間は地理に詳しくないらしくてな、出来れば周辺の地理と国境周辺を理解している人間が欲しいと……つまり、故郷が近くにあるお前だ、リヴェリク」


 そこまで説明されてなるほどと、うなずいた。

 俺の故郷でもあるチケル村は、森林と山岳のふもとにある村で、地産地消で特別な特産品もない村だ。故に、人が立ち寄ることも少なく、教国の山脈沿いにあるため、林に囲まれた山道も多い。国境に兵士が駐屯していないこともざらにある場所だ。

 たしかに、地理に詳しくない人間があそこに入れば大きな消耗は避けられないだろう。


「理解が早くて助かる。期間は分からないが、向こうで宿と馬。それに費用は持つと聞いている。行ってくれるか?」

「行ってもいいんですか?」

「……俺は反対した。だが、あの周辺に詳しいのはお前くらいしか俺にはめどが立たなくてな。お前憧れの騎士も同行する依頼だが、断るのならば別に問題は――」

「ぜ、是非俺に行かせてください!」


「……行くのか、リヴェリク」

「もちろんです!」

「そうか……。なら、正式にこちらからも手配しておく。ほかにも数人出るが、そっちは俺で対処しよう。出発は月が一周――十日後、顔合わせは当日に行うそうだ。それまでに準備をしておけ」

「はい!」

「準備とかその他もろもろ含め今日はもう上がれ。むしろ、早く上がってくれ。この場は治めておく」


 頭を抱えたギアンさんから目をそらし、訓練場に視線を戻す。

 あからさまに不満そうな声をあげる者もいれば、信じられないと言った様子でこちらを見てくる兵士も少なくない。

 気持ちは分からないでもない。

 依頼の事……ではなく、国王陛下に直接お声がけしていただいたから嫉妬も多いのだろう。

 俺だって信じられないが、普段、面倒くさい扱いをされているがゆえにいい気味だと胸を張って自慢してやりたいくらいだ。


「お気遣い感謝いたします……あの、ギアンさん」

「なんだ」

「ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはないぞ、リヴェリク」

「いえ、今回の依頼、俺に話を持ってきてくださったことは感謝すべきだと思います。まさか、憧れの騎士と一緒に仕事ができるなんて……」

「……なあ、リヴェリク。あまり、期待はするんじゃないぞ」


 俺の上がり続けるテンションと引き換えに、ギアンさんはあからさまに言葉尻が下がり、どこか悲しそうに目をそらされてしまった。

 気のせい、だろうか。いつもなら、調子に乗るなと怒られてもおかしくはないのに……。

 いや、それよりも憧れの騎士とついに仕事ができる機会だ。完璧に準備を済ませないといけない。

 

 期待に胸を躍らせていた俺の中から、ギアンさんの態度はすぐに目に入らなくなり、任務と準備の事で頭がいっぱいになって行く。

 片付けていた木剣を再び持ち直し、急いで立ち上がって訓練用の鎧と木剣を片すために倉庫に走るが、はやる気を抑えるので精いっぱいでいっこうに片付けが進みそうになかった。


 しかし、なんという日か。国王陛下に直接お声がけしてもらっただけでは飽き足らず、まさか憧れ騎士と仕事をご一緒できることになるなんて。

 久しぶりに明るい話題で軽くなった心を抱え、片づけを終え準備をするために詰所を後にしたのだった。



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