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第17節「流れて行き着く先に」


 コアコセリフ国、中央区王城内謁見の間――。


 豪奢な装飾が施された柱やカーテンによって彩られた広間の奥、陛下が上に立てるよう、幾段か上の高みに白い玉座が三人分置かれていた。

 真ん中の一際大きな玉座にユリウス・ド・コアコセリフ国王陛下が座られていたが、その横の二つの王妃や王子がつく席は空白が妙に目立っていた。

 陛下を守るためか、俺を止めた白く金色のエーデルワイスが刺繍されているサーコートを着た狼系亜人騎士のフランが、玉座のすぐ横まで通され、数枚の羊皮紙か何かのろーつを持ち、数段下に居る貴族席や、連行され平伏させられている俺に、今回のいきさつを語っているはずだ。


「えっと……王子殿下はまだ幼いため、宰相は顔見せを断られたため、今回は陛下の指定により、亜人騎士であるフランが今回の件について、報告をさせていただきます。まず、城下町を騒がせていた騎士隊所属兵士への襲撃事件につきまして――」


 つらつらとフランが裁判の始まりを告げると、周囲を囲んでいた上級貴族らしき人間たちはひそひそと密談を交わし始める。

 話も聞かないやつらに苛立ちを抑えきれないが、仮にも陛下の御前だ。無礼な立ち振る舞いをすればそれこそ何の関係もなしに不敬罪で首を切られてしまう。

 嫌悪を向けるために貴族席を横目で覗けば、フレミアと……なぜかギアンさんの姿もあり、別の苛立ちを貯めることになってしまった。

 それを避けるように床へ目を向ければ、赤く金の糸で縁取られたカーペットが目に入り、城下町では考えられないほど豪勢に彩られているせいか、どうにも平民の俺には落ち着かない。

 いや、追いつかないのはそれだけじゃない。


 今、行われているのは、王が直接罪人に対して罪を言い渡す裁判だからだ。


 本来であれば些事で王がわざわざ顔を出されることはない。

 だというのに、今回の事件は妙なことが多い。フレミアが絡んでいることといい、亜人の騎士や近衛騎士が出張って来たことといい、何かがおかしい。

 この日のために呼び出されたであろう貴族たちを盗み見ても理解できておらず、集められた連中で必死に情報交換の真っ最中だった。

 その中でも、フレミアだけがやけに二やついているのが気になったが……。

 フレミアの不穏な横顔に不安を煽られていると、フランが持っていたロールを巻き直し、恭しく頭を下げているフランの姿が目に入り、冷や汗が流れていく。


「陛下。以上が両者から聞き取りした今回の事件、騎士フレミアの騎士隊が襲撃されたあらましであり、ここにいるチケル村のリヴェリクによって引き起こされた。と、騎士フレミアから受けた報告の内容です」

「詳細の報告、ならびに此度の調査任務、ご苦労であった我が騎士フランよ」

「亜人の騎士でしかない僕にはもったいなきお言葉でございます、陛下」


 やはり、亜人騎士とやらが王命で動いていたというのは本当のようだった。

 ここまで来て疑っていたわけではないが、これでようやく確信を得ることが出来た。

 だが、状況を考えればあまり嬉しいとは言えない。

 いまだ自分は罪人であり、フレミアの罪状は明らかにされていない。

 自ら証拠を放り出したとはいえ、これではなんの意味もないではないかと、怒りで歯を噛み締めるが、どうしようもなかった。


「さて、本来であればすぐにでも功績を称えたいところだが……」


 はあ、と重いため息が広間に漏れ、コアコセリフ王が声を上げると同時に視線を俺とフレミアの二人に向けられ、慌てて頭を下げ直した。

 周りの人間たちの空気が緊張感に包まれ、重圧に耐えかねた喉が勝手に息をのんだ。


「我が騎士フランからの報告はすべて耳に通しておる。して、罪人は王都を騒がせているフレミアの騎士隊を殺害して回った犯人、と。それは真か」

「……は、はい。フレミアの騎士隊に所属する兵士を私怨を晴らすために罰を加えていったのは私で、間違いはありません」

「ふむ。それがどのような行いであるか、理解したうえでの行動であるか」

「……理由なき殺戮であれば、どのような境遇になったとしても文句は言えないと理解しております」


 集まっていた貴族たちの中から「なぜこのようなことで呼び出されたのだ?」という心の声が聞こえた気がした。

 王の問いを受けながらも、緊張に包まれている俺すらもそれを感じていたのだ、無理もない。

 静かにたたずむ貴族たちの中から一人、「王よ!」と手を上げる人間が居た。


「発言することをお許しください!」

「その声は……やはり、騎士フレミアか。良かろう」

「ありがとうございます。――僭越ながら、国王陛下、その報告にはまだ記されていない事実がございます。亜人騎士を信頼しすぎるのも、如何なものかと」

「事実が抜けておる、と、してその事実とは」

「はい、実はそこの平民は、憎き教国と通じ亜人が跋扈しないよう根を張り巡らせていた亜人反対派の人間であったと我々の調査で判明しました。その事実が抜けておりますので、ここに報告を!」


 フレミアの発言で広間に驚愕の声が溢れ、静かな空間の熱が上がっていく。

 何の証拠も無い戯言でいい気になったフレミアがわざわざ前に進み頭を下げたが、あいつは陛下の御前だということを覚えているのだろうか。

 平伏させられている俺は、ただ黙って事の成り行きを横目で見守る。


「騎士フレミアよ、その言は真か?」

「ええ、間違いありません。最初に理解した時、この身は恐ろしさで戦慄しました。恐ろしい真実に気が付いた我々騎士隊は急ぎ調査を畳みこちらに戻って来た次第で」


 悔しそうに拳を握り「しかし、それが誤りでした!」と声を荒げ、玉座を見上げる。


「真実を知った我が隊の人間を一人、また一人と口封じのために殺し、ついにはチテシワモ地区の詰所すらも利用して私を殺そうと屋敷に乗り込んできたのです! 幸いながら、フラン殿とギアン殿の協力もあり、事なきを得ましたが、危うく私まで殺されてしまうところでした」


 興奮気味に開いた手のひらで俺を差し、周りにこいつは俺が捕まえたのだとアピールしていた。

 自分の演技に酔いしれている演劇のような言葉に怒りを通り越して呆れすら覚える。

 良くそこまで人を貶めることだけを考えられるものだ。

 呆れたため息が陛下にまで届いていないことを祈っていると、玉座の方からクスクスと笑う声が漏れ聞こえてくる。

 誰だとこっそり様子をうかがうと、フランが耐えられないとばかりに身をかがめていた。


「……これ、我が騎士よ。今は厳正な裁判の場じゃ。気を引き締めよ」

「あっ、ああ、申し訳ありません陛下。場に慣れきってない亜人騎士である僕をお許しください」

「……続けてもよろしいでしょうか、陛下」

「かまわぬ、続けよ騎士フレミア。仮にそなたの言葉が真実だとして、どのような罪をこの者に定めるか、儂も興味がある」


 また、奇妙な違和感を感じた。

 明確なそれではないし、なにより初めての頃で判断は出来ないが、厳正とは名ばかりで、どこか気安いニュアンスを感じてしまう。

 まるで何を言われたところで、結果は揺るがないような……。そう、フレミアが俺を裁いた時と同じ、決まった物事を引き延ばしているかのようなそんな違和感だった。

 やはりこの場はなにかがおかしい。

 絶妙な違和感に床へ眼を這わせていると、フレミアの悦に入った声が響いた。


「ありがとうございます、陛下。恐れながら、この者は起こした犯行もさることながら、陛下が掲げておられる亜人推進運動の邪魔をする反逆者であると上申いたします! 王よ、どうかご英断くだされば幸いと存じます」

「お、おい! 勝手なこと言うなフレミア!」

「そこの平民! 陛下の御前であるぞ!」


 思わず反論してしまい、背後で控えていた兵士にとがめられてしまう。また知りもしない奴に止められたことで、舌打ちをしそうになったが、寸前で堪え下唇を嚙む。

 血の味がうっすらと口の中に広がるが、構っている暇はない。

 このままではフレミアの罪が、完全になかったことになってしまうという焦燥感に身を焦がされる。

 止めようにも陛下の御前、しかも裁判中だ。罪人である俺がこれ以上声を上げればそれこそ不敬だ。


「ふむ……そろそろかのう。では、此度の事件について、審判を下す!」


 ゆっくりと、陛下の口から判決が下ろうとしている。

 またあの時のように必死に頭を回すが、やはり解決策など思いつかない。

 完全な手詰まりだった。

 焦りで呼吸が荒くなる。思考と連動して目が泳ぐ。だが、どれだけ考えてもどうにもすることが出来ない。

 また何もできずに罪を着せられると思うと悔しさで奥歯を噛み締め、何もできない歯がゆさが、剣となって胸の内に突き刺さっていく。


「此度の騎士フレミアの騎士隊襲撃の件、幾人もの国を守る兵士を手にかけ、民を不安に陥れた元凶は決して許されるべきものではないと判断した」


 どうにか、どうにかこの場を切り抜ける方法を考え、周りの息をのむ気配と玉座で人の動く気配を感じ、何もできないという絶望で言葉を失った。

 顔を上げると、陛下が手を上げて、口を開けるのが見え、視界の端でフレミアがにやりと表情を歪めていた。

 これから罪を言い渡すであろう、陛下の言葉を誰もが待っていた。



「此度の事件の犯人には反逆の罪の疑いすらある。よって、そこな青年……チケル村のリヴェリクに――」



 その時だった。



「……待って、あれは……?」


 フランの声が広間に響き、陛下を守るように前に立ったフランがとある方向を指さしていた。

 皆が彼の指さす方向へ視線を向け、俺もつられて背後へ視線を送った。その先は、謁見の間の入り口……。平穏が広がっていたはずの城内から、騒々しい叫び声が聞こえ始めた。

 誰もが動揺し、何事かと言葉を交わし始める。

 騒ぎは背丈の何倍も大きな扉の奥から段々とこちらの方へと近づいてくる。

 動揺していた見張りの兵士が今更俺へ槍や剣を構え、別の兵士が誰かに開かれようとしている大扉を抑え込みに向かった。

 誰かが裁判の邪魔をしようとしているのか。

 そんなわけがないと、希望を否定する。

 もう陛下は判決を決められている。正義がどちらにあるにしてもこの裁判を止める方法などもうない。それに俺を助けようなんて気狂いはそうそういない。


 いない、はずだ。


 騒然としている中、大扉の下に設置された人が出入りするための扉が開け放たれる。

 隙間から鉄で作られた小さな加護のようなものが小さな両手で差し出された。

 周りがあれはなんだと動揺する中、あの"四角く、明かりを効率的に回すための鉄の箱"の正体を知り、別の動揺をしてしまう。

 何故それがここに、という疑問が浮かび上がったが、間を開けずにランタンが光り出した。

 ざわめく声に何が起きるかを察し、とっさにその場にしゃがみ込んで視線を切った瞬間――。





 広間が橙色の光に包み込まれた。










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