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第15節「追及」―2



「なあ、フレミア」



 言い争いをしていた二人が俺を思い出したかのように、ピタリと止まる。

 奥に見えたメイド服を着た侍女らしき亜人は我関せずと一人でグラスを磨き続けている。

 二人に見えるように口元を歪ませると、二人の顔が訝し気に染まり、いよいよだと心が弾んだ。


「なぜ、俺がここで大人しく捕まっているのか、わからないのか?」

「なに? 罪人程度がなにを……」

「他の人間は知らないが、お前は知っているだろう。なぜ、お前の騎士を生かしたと思う? なぜ、ギアンさんから逃げ無いと思う? なぜ、俺がわざわざお前の目の前に戻って来たと思う?」


 なぜ、なぜなぜなぜと問いかけ続け、距離を一歩、もう一歩と密かに詰めていく。

 呆気にとられ動けずにいるギアンさんと、言葉に飲み込まれていくフレミア。それぞれににっこりと微笑みかける。


「お前は知っていたはずだ。俺が正義正義とうるさい人間だって。そう言ってたな。なら……なぜ、お前はこの俺が正義のために復讐に来ると考えなかった?」

「っ!! 貴様、まさか!」


 ようやく俺の言葉の意味を理解したフレミアが剣の柄に手を伸ばそうとした刹那、硬い石の地面を蹴ってフレミアの腹部に肩で突撃する。衝撃で吹き飛ばされたフレミアの手から握ろうとしていた剣の柄が離れ、鞘から中途半端に刃が出た状態で放置される。

 ギアンさんにロープを引かれることも考え、両手を使って足を払う。

 叫ぶ間もなくその場にフレミアのバランスを崩し、その硬い地面にたたきつけると、中途半端に飛び出した剣に腕を回した。


「待て、リヴェリク!」


 止めようとしたギアンさんの声が聞こえたが、もう遅い。

 ギアンさんが手元のロープを引いた瞬間、細いが捕縛用に作られた程度のロープでは細剣を折ることなくロープが先に悲鳴を上げ、ブツンと引かれた力が無くなった。


「っ、腰の剣でロープを切った!? くそ! だからお前そのためにロープを前に!」


 自由になった腕を使い、動きの止まったフレミアの腰から細剣を抜く。奪い取り、貧弱なその両手に膝をたたき込んで抑え込んだ。

 背後で鎧のまましりもちをつくギアンさんに心の中で謝罪を向け剣を確認したが、強引に引っ張ったせいか、ロープのダメージのせいか、細剣は見事に先が折れてしまっていた。

 だが、人間一人を殺すのであれば、これで十分だった。


「これで終わりだ! フレミアあああ!!」


 引き抜いた剣を両手に持ち、力の限り突き下ろした。


 柄を握った手が赤く変色し、これ以上力を籠められないと腕が悲鳴を上げる。

 上から全体重をかけ、歯がギシギシと音を鳴らす。


 だが、下に居る男に剣は突き刺さっていなかった。


 下に居るフレミアが両手で必死に俺の腕を止めている……だけではない。

 キッと俺の腕を持ち上げようと力を込めているもう一人に顔を向ける。


「っ! ギアンさん! どうして止める! 俺は、こいつに!!」


 振り返った先、そこにはとても……とても苦しんだ表情のギアンさんが、突き刺そうとしている俺の腕を下から持ち上げ、阻止されていた。

 一向に動かない剣にも怒りと焦燥が沸き、どうして邪魔されたのか一切わからない。

 こいつは、生きていていい人間じゃない。なのに、どうして。


「くそ、止めろリヴェリク! お前はまだ戻れる!」

「戻れる!? 戻れるわけがない! 俺は悪でしかないコイツを殺すためにここに居る! 幸せなどどうでもいい!! 俺はコイツを!」


 止まる理由など、もうない。

 この男が生きていればメアーも真実を知ったサラもギアンさんも不幸になる。

 正義ではなくなった俺を助けてくれた恩人さえ、俺が正義を全うしようとしたばかりにありもしない罪を背負うことになる。

 だから、俺はコイツを止めて、他の人間を助けなければならない。

 裁きなど陛下の目に留まらなければ意味がない。コイツの悪事を誰かが止めようとしなければ、流布されることもない。なら、今、ココで、この悪人を殺すしか止める方法は存在しない。


「っの! 平民風情が!! ギ、ギアン殿! 何をしている!! 正義のためにこいつを止めてくれ!」

「正義? 正義正義正義、正義!!!  お前があああ!! お前程度の理性的になれない人間が!! 正義を軽々しく語ることが許されるとでも思いこんでいるのか!! 村を! 罪のない人間を何人も巻き込んだお前ごときがあああああ!!」

「ま、待て! リヴェリク! それ以上行くともう戻れん!!」


 必死の訴えを無視し、怯えに染まる怨敵の顔に、こいつの腰から抜き去った剣を突き立てるために全身の力を籠め、突き刺す。

 突き刺した剣が肉に食い込み、痛みで悲鳴を上げるフレミアの声が、血が噴き出し、あたり一面を真っ赤に染めることに――。 




「そこまでだよ!!」




 ならなかった。



 制止するギアンさんの腕すらも振り払い、フレミアへ復習が届きかけたその時だった。

 男とも、女とも判断の付かない中世的な声と突風がダンスホールに吹き込んだ。

 そして、剣を突き刺そうとしたその柄にもう一人……手入れの行き届いたもふもふとした毛皮の感触とともに、ピクリとも動かなくなった細剣があった。

 信じられなかった。

 三人に止められたとはいえ、全体重をかけ力まで込めた細剣が、空中で固定されてしまったかのように微動だにしない。

 どういうことだ、新しい邪魔者に目を向ければ、先ほどまでステンドグラスを拭いていた亜人メイドがそこに居て、メイドが駆け付けた事、そして、尻もしない誰かに復讐を止められたことで、頭が真っ白になった。


「なっ!? と、止めるな! 俺は……俺はこの復讐を! 絶対的な悪の人間を殺さなければ、皆が不幸になる! だから、止めるな!!」


 必死に訴え、力を込める。だが、剣は依然として動かない。目の前にいるのに、最悪の人間に止めを刺すこともできない。

 どうして、どうしてどうしてだ。今、俺は、悪人の前に居る。こいつを終わらすことさえできれば、それで――。


「ダメだよ、君はそんなことをしちゃいけない」


 中性的な声だった。

 その声は、間違いなく俺を止めたメイドから発せられた声で、栗毛の髪が細剣と平行に垂れる。

 

「なぜだ!! 俺はどうでもいい! こいつさえ! こいつさえいなくなればすべてが終わる!!」

「もう一回言うね? ダメだよ、人間のお兄さん。正直、全部見てた。だから、止めないであげたいけど、これ以上されると僕も使命を果たせなくなる」

「し、めい……? ふざけるな……ふざけるな!! 使命だと!! こいつは!! この男は!! 今、ここで殺しても足りない大罪人だ!! 必要なら舌を引き抜き、臓物を一つ一つ生きたまま千切っても許される悪だ!」

「うん、僕もその通りだって思うし、君の意志は否定はしない。でも、ここで殺されると困るからさ。君の気持ちもわかるけど――」


 反吐が出そうな同情の言葉に剣を止められた恐怖に怒りが勝る。


「分かる? 分かるだと! 村を焼かれ、家族が居なくなり、名誉も正義も何もかも奪われたことがあるのか! 自分のためだけに全てを壊し、まるで自分は関係ないとのうのうと生きるこのごみを殺す理由が、お前に!!」


 そんなこと分かるわけがない。

 正しいと公言され、誰よりも間違っていなかったはずの正義を目の前で侮辱され、捻じ曲げられ、俺を育ててくれた故郷すべてを灰にした人間を目の前に、やめろだと。

 抑えられない怒りが腕に流れ、力になっているはずの剣は一考に動く気配はない。

 それが信じられず、歯痒く、悔しく感じることなどない。

 この怒りが、憎しみが、分かるはずがない。

 分かるわけがないのに……。



「分かるよ」



 その亜人のメイドは、しっかりと頷いた。

 俺を知り荒事に成れたギアンさんも。

 路頭に迷った俺を拾ってくれたサラですら身を引いた真実。

 だというのに、どこの亜人だか知らないメイドにあっさり肯定され顔を上げてしまい、端正な顔立ちが広がった次の瞬間、息をのんでいた。

 怒りを抑え込み、まるで見てきたかのように顔をしかめるそいつの顔は……。

 まるで"同じような目に遭ったことがある"ような、ソレだった。


「な、んで……?」

「僕の言葉が信用できないのは痛いほど分かる。ポッと出の、顔も知らない他人が何言ってんだって感じだよね」

「っ! くそ! 分かって、いるのなら、なぜ!!」

「でも! 信じて。絶対に思い通りになんてさせない。その為に僕は君と約束をする」

「約束など! 信じられるか! こいつは、俺が……!」

「もし、約束を破ったら、今度は君の正義で僕を殺して」

「な、に……?」

「ユリウス国王陛下の名に懸けて。人間の神様にお願いしてもいいんだけど……あはは、僕は亜人だから信用無いからね」

「ふざ、けるな……! 俺には……正義なんて、俺にはもう……」

「ううん、あるよ。それに希望も。そうでしょう?」

「希望、なんて!」


 希望。

 何の気もないその言葉でメアーの事が頭をよぎった。

 何も知らない、ただ、俺の命令に従っただけの亜人の少女。だが、俺はもうフレミアを追い詰めるのに必要な情報を持っているであろう彼女はもう安全な場所に行けるようある程度教えている。

 なのに……なのに、なぜ、彼女のことを思い浮かべたのだろう。

 気がかりなことがあるとすれば……。

 自由にしろと言ったが、あの子はどこへ行くのだろう。ギアンさんのいう事を聞けとは言った。町で暴れるなとは言った。誰も傷つけることの内容に白とは言った。


 自由にしろと言った。


 あの子は、その意味を、理解できているのだろうか。無性に、それが不安になった。

 動揺が表に出てしまったか、ニコッと笑う亜人メイドの緑色の瞳と目が合う。

 メアーとは違う、濁っていない、だが人間とは多少違う、大きな瞳。


「あはは、隙あり」

「っ、しま――!」


 メアーのことを思い出したからか、それともとっくの昔に説得され切っていたのか。

 復讐のための剣が手の中から奪われ、声が出た時にはすでにメイドの手の中に納まり準手から逆手に持ち直され手の届かない位置に持っていかれてしまった。


「ありがとう、考え直してくれて。――えっと、外に伝えるための合図はーっと……うん、この剣も今あると困るから、これ使おっか」


 なにをするのかとついて行けずにいると、逆手で持っていた剣をステンドグラスに向けて放り投げる。

 何をしてるんだ、こいつはと驚愕すると、豪華なステンドグラスの一枚が盛大な悲鳴を上げ、ホールの床になだれ落ち、もう訳が分からなかった。

 なんで、こいつは突然剣なんて投げ出したのか。

 そもそもどうして人を呼ぶような真似を今この場でしたのか。

 様々な疑問が浮かぶが、足元で必死に脱出を図るフレミアを抑えるだけで意識が頭に行ってくれない。

 このまま地面にたたきつけて意識を奪っておけばよかったと後悔していると、投げた本人であるメイドが頭を抱えてうずくまった。


「うっわ、ちょっと割るだけのつもりだったのにやっちゃったなあ……今回の調査お給料で足りるといいんだけど……」


 自分で割ったくせに後悔し始めた亜人メイドを前に俺を含めた三人が呆然としてしまっていると、広間のドアが勢いよく開かれた。

 驚く間もなく白いマントをつけた兵士が大挙して押し寄せ、あっという間にその場で抑えられてしまった。

 今度は何だと思っていると、ギアンさんやフレミアも平等に押さえつけていた彼らのマントが目に入り「なっ!?」とさらなる衝撃に襲われる。


「き、金のエーデルワイス! まさか王国近衛隊!! 馬鹿な! なぜ近衛隊が今この場所に!」


 フレミアからも驚愕の声が上がり、そちらを見る。そこには信じられないとばかりに目を見開いたフレミアと、マントに縫い付けられた刺繍が目に入った。

 金のエーデルワイス。

 白いマントに金色の刺繡で縫い付けられたそれは、王族に仕える近衛隊にだけ許された刺繍。民と国を守るために陛下から叙勲される騎士とは違い、陛下直属の任務を与えられた時しか動かない。いわば、国ではなく王に忠義を示す王の兵士たちだ。

 そんな金のエーデルワイスを背負った兵士たちがこのホールに居る俺たちを……いや、一人を除いた俺たちを囲んでいた。


「なんで、陛下の兵士が、ここに……?」


 何も事態を飲み込めない。俺だけでなくフレミアやギアンさんすらも抑えた彼らの前に歩み出たのは先ほどのメイド……亜人のメイドが腰に手を当てて「よし」と頷いた。


「さーて、じゃあまず一班は裏口を、二班は入り口を押さえて退路を抑えておいて。人っ子一人逃がしちゃだめだよ? 残りは僕とここから牢へ容疑者を護送。暴れるかもしれないから、逃がさないように」


 メイドが……それどころか亜人が近衛隊に命令を下すその姿に、頭が回らなくなるほど混乱してしまう。

 先ほども考えたはずなのに、なぜ亜人が、なぜメイドが、と何度も何度も頭の中で繰り返しては、なぜだか分からないと同じ答えに何度もたどり着いた。

 困惑の中に居ると、メイドが振り返った。


 先ほどまではちゃんと見る余裕がなかったが、その顔はとても若い……まだ成人になり立て、と言ったところか。

 草木のような薄い緑色の目に、栗毛が入り口から入ってくる光に照らされた狼系の亜人種で、亜人だからか、それとも顔立ちがいいのか、男とも女とも判断が出来なかった。

 近衛隊に指示をしたメイドがこちらに気が付いたのか、慣れない手つきでコアコセリフ式の敬礼をされる。


「えっと、亜人の身故、人間の礼節を知らぬ我が身をお許しください、チテシワモ地区を守る詰所兵士隊長ギアン殿にリヴェリクさん。それと、騎士であるフレミア殿」

「リヴェリクや、俺たちの名前を……?」

「はい。聞き及んでおります。申し遅れました。僕は国王様より騎士の叙勲をされた亜人騎士、フランって言います。……あ、あとこんな格好してるけど、男だよ」

「男!? いや、そうじゃなくて、亜人騎士、だと!!」


 衝撃の言葉がいくつも紛れ込んでいて混乱する。

 違う、男かどうかはどうでもいい。それよりも、亜人騎士という言葉に驚くべきだった。

 亜人騎士はその名の通り、亜人によって形成された騎士たちであり、国王陛下や一部の上級貴族たちしか彼らに仕事を依頼することはないと聞く。

 俺の疑問が聞こえたかのようにフランと名乗った騎士は頷いた。


「うん、お察しかもしれないけど、今回の件。国王陛下に潜入を申し付けられ、こうしてここに立たせてもらっています。暫し、捕縛することをお許しください」

「陛下の! しかも、亜人騎士が近衛隊を指揮しているということは、まさか……」


 ギアンさんがハッとしたようにこぼすとフランはいたずらっぽい笑みを浮かべ、人差し指を口元に持って行き、ギアンさんはぐっと押し黙った。

 二人のやり取りにも、流れについて行けず、黙り込んでしまっているとフランと名乗った彼女――いや、種族の違う俺たちにもはっきりとわかる顔で苦笑した。


「あはは……。とにかく、ここにいるお三方は僕たちと来てもらうね?」

「なっ、なにを! 貴殿も騎士だというのであれば最も怪しき浮浪者を一刻も早く――!」

「ごめんね、今この場で密会をしていた人間にはその事実を教えられないかな」

「なっ!? わ、私も騎士であるぞ! なにゆえにそのような事を!」

「ん……。近衛隊に指示している時点で気が付いてほしかったんだけど……。えっと、僕はユリウス・ド・コアコセリフ陛下その人の命でここに居ます。陛下直々に皆さんを招集していますので、来てもらわねばなりません。これでお分かりになられましたか? 騎士フレミア殿」


 フランの言葉で、騒々しい足音やガラスの踏まれる音が響いていたはずが、シンと静まり返る。

 満足そうにうなずいたフランに茫然とする俺とギアンさん。

 意地汚く生きることだけを考えていたフレミアまでもが中性的な顔立ちの可愛い騎士の後ろを行くことしかできなくなっていた中……。

 ただ一人、金のエーデルワイスを掲げた兵士に囲まれたフランだけが、笑顔でこの場を仕切っていた。




・"同じような目に遭ったことがある"=この節でリヴェリクを止めた"彼"にも同じような過去があり、"目の前に復讐相手が居ればリヴェリクと同じことをする"と確信しているからこそ、彼を止める決意をしています。

 彼の過去に関しては、この作品で描写はしません。ですが、編集待ちの作品に彼関連の作品がありますので、気になる方はそちらをお待ちいただけると嬉しいです。

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