表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/58

第15節「追及」


「チテシワモ地区詰所、隊長のギアンだ。フレミア殿の言っていた容疑者を捕まえてきた。フレミア殿に取り次いでくれ」


 王都、コアコ地区にあるとある建物の前――。

 一つポツンと離され、王城の影に隠れるように作られた屋敷で、薄暗い光のみが差し込む、陰険な屋敷の前で、護衛をしていた兵士は、ギアンさんの言葉を受け取ると急いで中へと入っていった。


 兵士を待つ間、本来なら俺が見上げることすら出来ない建物……目と鼻の先にあるコアコセリフ王がいらっしゃる王城を見上げた。

 城は白を基調にしたレンガをふんだんに使ったコアコ式と呼ばれる造りで、周りも同じように作られた屋敷が立ち並んでいる。

 チテシワモ地区や城下と比べても豪華に見えるそこは、コアコ地区と呼ばれる城勤めの貴族のための上級区画だった。

 どの屋敷も貴族様方が権力と見栄を張るように豪華な装飾で彩られた町並み。

 語彙が思いつかないが、庶民には手が届きそうにない、まさに雲の上の風景、絢爛豪華と言った言葉がよく似合う町並みだった。


 ――見たことない者ばかりだ。さすがは王都の富裕層が住む……いや、王城のための地区ってとこか。だけど……。


 ここまですれ違った人たちの服装や種族を思い出すと、余り浮かれた気分には浸れなかった。

 ここに住むのは城勤めの貴族や、来賓、そして王族のみ……俺のような民がこの地に踏み入るのは罪人か名誉を与えられた時のみ。

 当然、陛下の試みで人間以外の種族が多少は居ると思っていたのだが……。

 ポツポツと見える人は豪華なマントや手触りのよさそうな服を身にまとった人間の兵士と侍女ばかりで、とてもではないが、陛下が公言されている亜人推進は嘘なのではないかと思うほど、亜人の姿を見ることはなかった。

 これでは、推奨されているチテシワモ地区の方が亜人の数は多い。

 思わず、本当にここが栄えある王都の王城なのか、と思わずにはいられなかった。


 ……いや、今はそれよりもフレミアだ。

 そう思い直し、目の前の屋敷をもう一度見上げる。

 見れば見るほど人気のない屋敷だ。密会にはちょうどいい……何があったとしても、当人たち以外は事情を察することは出来ないであろう立地で近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 ここに、あの男がいる。

 そう思えば、俄然抑えていた怒りが胸を叩き、復習の時を今か今かと鼓動が急かしていた。


「誰も居ないな? ふぅ……」


 密かに闘志を燃やしていると、ギアンさんは肩の力を抜き、いつも俺と二人で喋るときのように気を抜き始めていた。

 疲れこそ見えるが、やはりいつものギアンさんだ。誰も居ないのを良い事に手を抜くのは良い事とは思えない。

 直接言おうとすると、手を上げて制される。


「まあ、待て待て。お前の言いたいことは手に取るようにわかるぞ。いいか? こういう時に力を抜かないと、いざってときに疲れ切っちまう」

「……まだ何も言ってない」

「長い付き合いだ、言わんでもわかる。どうせ、もっと気合を入れろというのだろ」

「……。俺とギアンさんは王都に来てからで、対して長くはないと思いますが」


 図星を言い当てられたことでむっとなり、つい敬語で厭味ったらしく返してしまう。

 付き合いで言えば、この王都ではサラの方が長いし、二人とも長い期間でもない。

 腕を組んで胸を張ろうとしたが、ロープがかかっていたため、変な姿勢になったし、ギアンさんはやれやれと言った顔でため息をついた。


「そういうところだぞ、リヴェリク」

「なにがだ」

「変わっちまったかどうか、だよ。しっかし、心配していたが無用だったな、リヴェリク」

「変わったよ、ギアンさん。変わらないのは俺が目指した正義だけだ」

「はあ……その言い草は間違いなくお前だよ。しかし、お前がお前で正直安心はした。ロルソスにも顔向けできるってもんだ」

「ん、ギアンさんも俺を疑ってたんだろ? 仕方ないさ」

「馬鹿言うな、俺が親友の息子をむやみやたらに疑うような人間に見えるか? そんな薄情じゃない」

「……なら、何を疑ってたんだ」

「いやな? 最初にフレミア殿から兵士が全て惨殺されたと聞いた時は正義が行き過ぎてついにやっちまったかと思ったんだが……そっちならあり得るなと」

「兵士を"すべて惨殺した"だと? 俺が?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえて眉をしかめる。

 フレミアから俺が全ての兵士を惨殺したと聞いた? いったい、何のことだ。

 だが、ギアンさんもその目で見てきたのか「あれはやりすぎだ」と顔をしかめる。


「実際に見てきたが、今までチテシワモの兵士が被害にあわずによかったと素直に思わされた。最初はお前が怒りのあまりフォーヴにでもなっちまったのかって思うほどだったぞ」


 明らかにオーバーな表現に馬鹿な、眉をしかめる。

 確かに兵士は残らず尋問した。だが、騎士隊の人間も崖上で語った壮年兵士のように、数人は良心が残っているやつも少なからず居た。

 だから、素直に謝罪し"フレミアの非を認めた兵士だけは生かしてやった"はずだ。

 メアーを見られた手前、正義の心を欠片も持っていないやつは殺しこそしたが、丁重に一騎打ちを望んだし、尊厳を傷つけるような真似もしていない。

 殺した兵士も何故か伝わるように村の罪を認めろとメッセージを残していたはずだ。


 それが、噂にもなっていないどころか、"惨殺"など、意味が分からなかった。


 ありえない事実に、治りかけの傷から膿がにじみだしていくような嫌な予感が胸中を這いまわった。

 メアーから目を離したこともない、あの事実を知っている人間も俺たち以外に存在はしない。

 そんなことが可能だとすれば、あのリャーディの商人か、もしくは……。

 最悪の想定を考え、口の中で苦味が広がった。


「なあ、ギアンさん。今俺が惨殺したって言ったな?」

「ん? ああ、お前のことだから相応の理由はあるだろうが……」

「それはあとでいくらでも言う。その前に教えてくれ、死体はどんな様子だった」

「どんなって……やったお前は知ってるはずだが」

「いいから、教えろ!」


 怒鳴り返すと押されたギアンさんが訝しみながらも「あー」と考える


「そうだな。覚えているのは切り刻んだり、路上につるしたり、皮まではがれたやつも居たな。いつの時代の拷問をしたんだ。見せしめでもあんな風にせん。見つけた一般市民も震えあがっていた。あんな小さな子を連れてよくもまあ……」

「待ってくれ、やっぱりおかしい」

「おかしい? たしかにお前がやるにしては少々過激だが、正直フレミア殿の評判を聞けば分からなくは――」

「いや、たしかに噂を拡散するために死体は見つかる場所に置いた。だが、最低限の誇りは持たせてやったし、メッセージも残した。そっちは?」

「……。なにも、報告はなかったな」

「それに俺は全員殺してない。まだ死んでない兵士もいるはずだ、そいつらも死んだのか?」

「なに? うちの奴以外の遠征に行った人間はほとんどだ。だが、まさか……」


 間違いない、あの男は意図的に情報を操作しているようだ。嫌な予感が当たり、メアーを置いて来てよかったと心から安堵する。

 今からでも遅くない。ギアンさんに事情を離そうと手を伸ばした瞬間。


 ギギギ、と屋敷の扉が軋みを上げた。


 お互い、これ以上話すべきではないと察し、伸ばそうとした腕を抑えると、日の当たらない玄関口を見る。

 赤茶色の扉を開けたそこには復讐するべき男――フレミア・ド・シュヴァリエが人当たりのよさそうな笑顔を浮かべ両手を広げていた。

 テントの時のようにまるで貴族だと胸を張るような格好ではなく、軽装で出迎えられる。


「やあ、待たせた。こちらも何かと忙しくてね。えっと、君が指名手配犯を捕まえた……」

「チテシワモ地区詰所を担当する、ギアンと申します。フレミア殿のお噂はかねがね」

「ギアン殿! しかし、チテシワモ地区とは……どうりで我が騎士隊の手が及ばないわけだ」

「騎士様にお覚えしていただけているなんて光栄です。フレミア殿がおっしゃっていた指名手配犯は……この、チケル村のリヴェリクで間違いないですかな?」


 深々と頭を下げたギアンさんが除けると、芝居がかっているフレミアが俺の姿を認め顔が歪んだ。


「ああ、素晴らしい! これで枕を高くして眠れる、というものだ! ギアン殿の活躍には報いを与えねばいけないな」

「……そりゃ嬉しいことで」


 俺が変な事を言ったせいか、訝しんだギアンさんからあまり嬉しくなさそうに言葉が漏れる。

 あからさまな警戒だったがフレミアは大して気にせず、横によけると侍女に扉を開けさせた。


「さあ、立ち話も難だ。すぐにでも地下牢に放り込みたいところだが、ちょうど私自ら尋問をしたいと考えていたのでね」

「尋問ですか、私も同席しても?」

「楽しい物ではないと思うが……。まあ、良いだろう。おい、表をちゃんと見張っていろ。何が起こるか分からんからな」


 まるで上級貴族様のように命令を下すフレミアに嫌気がさし、今にも復習してやろうかと思うが、周りの兵士も近く、行動を起こすにしても、今は大人しく案内されるしかない。

 先導するフレミアに護衛らしき兵士が一人付き、ギアンさんがついて行く。その後ろをロープで縛られた俺が続いた。

 会話もなく、侵入者用の曲がりくねった廊下を進んで行くと、やがて両開きのドアが悠然と立つ広い部屋に通された。


 床や柱はきれいに磨かれた輝くような石で作られ、真ん中には豪華なシャンデリアが恐ろしく高い天井から釣り下がっている。

 さながらお話の中にある王城のホールのようだが、壁には教会のように背丈よりも何倍も大きいステンドグラスがはめ込まれていた。


 ホールの傍らには掃除をしていたのか、メイドと思われる狼系亜人が入ってきた俺たちに慌てて頭を下げ、端……ステンドグラスに身を寄せた。

 どこまで行くのかとホールをズカズカと進んで行くフレミアは、ホールの中央で止まり、数歩の距離を開け、ギアンさんも止まり、俺を前に押し出した。

 目的の場所についたのか、嫌な笑みを浮かべるフレミアが兵士に合図を出す。


「ここまで護衛してくれてすまないな。悪いんだが、私はこの男に秘密裏に聞かなければならないことがある。重要な事ゆえ人払いも頼むぞ」

「は? し、しかし……」

「心配するな、ここにはギアン殿も居る。ユリウス陛下に頼まれたことなのだ」


 さらりと陛下の名前を出し、これが他言無用な事をアピールすると、やはり護衛だった兵士は慌てたように頭を下げた。

 こいつのことだ、それも大嘘の可能性が高い。このまま放っておけば、余罪も増えそうだ。

 背後でドアが閉まる音を聞きながら視線を戻すと、目の前に勝ち誇った笑みを浮かべるフレミアが居て、我慢していた怒りが弾けそうになる。

 しかし、まだ早いと、拳を握り痛みで冷静さを保った。

 まだ、この男はすべてを話していない。

 はあ、というため息でギアンさんが居たことを思い出し、横目で見ると顔を伏せ頭をかいていた。


「天下の騎士様が、賊一人を捕まえただけの相手を、ずいぶんと買っていただけているようですな」

「ご謙遜を! ギアン殿が捕まえたのは騎士隊の兵士をいともたやすく殺した不届き者であり、騎士隊を翻弄した強者だ。それを称えないというのは騎士として恥ずべき行為でしょう」

「こいつが? 本当にそのような真似を?」

「騎士は国王陛下に功績を認められた実力者。その下に集う兵士が殺されたという真実を信じられないのも無理はないと考えるが、間違いない」

「…………。出はもう一つお聞きしたいことが」

「なにかね? 貴殿のような英雄であれば、いかな質問にもお答えしましょう」

「では僭越ながら。フレミア殿。本当に、この男が、あのような惨状を?」

「ああ、貴殿も我が部下を見ましたか。ええ、疑いたくなるのも分かるが、事実だ」


 演技をするときの癖なのだろう、大仰に手を広げたり、胸に手を置いたり……一挙手一投足が大げさになり、茶番のような裁判を行った時と同じ動作で吐き気に襲われる。

 さすがにギアンさんは俺の理念も言動も知っているため、顔をしかめそうになっている気配を感じたが、フレミアは気が付かないように「それに」と続ける。


「この男は国王陛下にたてつく"亜人反対派の人間"だ。ギアン殿の功績もまた大きいと保証しよう」

「な!? ま、待ってください、フレミア殿。それは本当の事ですか?」

「ああ、間違いない。我が騎士隊……と、うむ、我が騎士隊の兵士は惨殺されたな。まさに死人に口なしだ」


 亜人反対派。

 その名前が出た瞬間、ホールが殺気で満ち息が詰まった。

 フレミアや俺から出た物ではない、ギアンさんからも多少は感じたが、また別の……。

 正体の分からない恐怖に身を震わせながら息をのむが、フレミアは全く気が付いた様子もなく「そうだとも!」と元気よくつづけた。

 だというのに、この男はべらべらべらべらと嘘を塗り固め続け、逆にその無神経さに苛立ちが抑えられなくなる。


「だというのに、この男は認めないどころか私に容疑を――」

「フレミア。そっくりそのまま、言葉を返してやる。お前こそが"亜人反対派"だ」


 俺が真実を突きつけてやると、すぐ隣でギアンさんの驚く声が聞こえフレミアからは「ほう?」と顔を歪ませる。

 この表情も、この後のことも、俺にはもう関係ない。全てを無視して話を続ける。


「俺は知っている。お前がやっていることも。お前が隠そうとしたことも。証拠だって残してきた。お前は一人の兵士でしかない俺を陥れ、騎士の名を汚した!」

「お、おいおいリヴェリク? お前何を……」


 「それだけではない!」と叫び続ける。


「お前は亜人反対派の巣窟だと決めつけ、俺の故郷であるチケル村を焼き払った!! その罪、忘れたとは言わせないぞ!  


 わざと遠回しに罪が心に食い込むように叫び、隣でギアンさんが息をのんで押し黙る。

 そうだ、ギアンさんにはある程度俺の行動が筒抜けのはず。今日、脅したあの兵士……"わざと逃がしたあの兵士"がギアンさんにただ事でない理由で俺が動いたと話しているはずだ。

 この場でギアンさんの罪悪感を利用し、黙らせるために。


 そのために時間を空け、逃げないように調整をし、彼らが追いつけるようにその場所にとどまり続けたのだから。

 仮に村が焼き払われたことを言っていなくても、俺が行動を起こした理由がギアンさんに伝わる。


 これでいい。


 ギアンさんすらも利用したと気が付かれれば、擁護をしてくれる人も減る。だが、俺のことなど、どうでもいい。俺がどう思われたところで関係ない。

 この条件さえ満たせば、俺は復讐を完了できる。

 当然、ここまで余裕を見せていたフレミアは俺の意図に気付かないことも。

 余裕ぶったフレミアが「はっ」と俺の言葉を笑い飛ばす。


「何を言うかと思えば……。実に面白い話だ。そうは思わないか、ギアン殿」

「面白い? "亜人反対派"の告発が面白いと、申しましたか?」

「ふはっ、まさかギアン殿。我が騎士隊を襲った大罪人の言葉を信じると? この男は国王様に騎士を与えられた私の私兵を次々に殺した罪人! その口からどんな嘘が語られるか分かったものではない。そうでしょう!」

「っ! たしかにこの者はあなたの言葉が本当であるのならば大罪人でしょう」

「ならば貴殿と手――」

「ですが!! あなたは勘違いをされてはいけませんぞ!」

「勘違い、だと?」

「罪人を裁くのは騎士ではない!」


 静かな怒りがギアンさんの声色から感じ取れる。

 まさか、俺ではなくギアンさんがそのことで怒りを露わにするなんて思わず、隣でさ怒鳴るギアンさんを見つめてしまう。


「領主も騎士も、国王陛下の代理人として裁くだけであり、裁くのはあくまで我々ではない! この男をこの屋敷に連れてきたのもあくまで情報を正しく国王陛下にお伝えするため! 陛下から騎士の称号を賜ったのなら、それくらいはお分かりのはずだ!!」


 怒りを沈めながら必死にギアンさんが正義を問いただし始める。おかげで、フレミアへ復讐できるとどんどん頭が冷静になっていく。

 言い争いを始めたのは想定外だったが、冷静に二人の立ち位置が近い事、そして現状を把握する。

 腕は前で縛られ、ギアンさんの手元につながれ、そうやすやすとは距離を開けられない。

 フレミアとギアンさんの位置は……。ああ、静かに怒っているギアンさんは近づいていく。これならば距離は問題ない。

 さあ、どうやって殺すか。

 武器もなく、打撃だけで十分とは言い難いだろう。反省してほしいわけじゃない。ただ、報いを受けるべきなだけ。

 冷静に周りを眺め、ギアンさんの武器……は右利きだ、抜くには遠い。フレミアは……ああ、ちょうどいい。

 貴族でも軽々扱える、護身用の細剣だが、急所を何度か突けば問題はない。助けを呼ばれる前に、あの悪を殺さなければならない。


 ああ、この時を……この時をずっと待っていた。



 歪んでしまいそうな口元を必死に抑えながら、問いかけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ