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第14節「彼女を巻き込まないために」―2


「さて、リヴェリク。このままお前をフレミア殿が居る王都中心部へ連れていく。悪いがお前に拒否権は――」

「ああ、頼む」

「やめろやめろ、リヴェリク。お前が王に直接願いを申し出たいのは分かるが――待て、今なんと言った?」

「ギアンさん。俺をフレミアが居る場所へ連行するんだろう? それがギアンさんの正義で、俺の正義を全うするためだ」


 多少なりとも抵抗があると想像をしていたのだろう。

 動揺したギアンさんの息をのむ音がこちらまで聞こえる。俺を知っているであろう兵士たちからすら、同じように動揺が広がった。

 メアーまで俺の言葉で「え?」と声を上げている。ああ、その反応は心に来るからやめて欲しい。

 だが、もう揺らぐわけにはいかない。

 これは、俺のせめてもの贖罪だ

 両手を突き出し、止まっている兵士たちに拘束を促す。


「俺を、あの男の場所へ連れて行ってくれ。何を頼まれたのかは知らない。あの男がどのように報告したのかも知らない。だが、フレミア隊を襲ったのは俺で間違いはない。直接向かうというのなら喜んでついて行こう」

「なに、言ってんだ……。何を言っているんだ、リヴェリク! 俺はこの町を守る兵士だぞ! お前を、騎士の元へ連れて来いと言われているんだぞ! それがどういうことか、分かってるのか、リヴェリク!!」

「だから頼むんだ。……ギアンさんは兵士だろ?」

「っ! お前は……! ああ、くそ。お前もお前の親父も本当に馬鹿ばっかりだ!! 振り回される方の身にも慣れ馬鹿どもが!」

「悪いとは思う。それと、悪い、後ろ手に縛るのは勘弁してくれ。いなかった間にトラウマでな、暴れるかもしれない」

「お前は……くそ、おい、誰かロープもってこい! 俺が直接連れていく! 念のため、ほかの容疑者が居ないかのために周辺を回っておくのも忘れるな。亜人の少女の保護と護衛のために何人かは残れ!」


 ギアンさんの命令であわただしく動き出した兵士たちに目を向けながら、心の中でギアンさんに感謝する。

 父さんの親友に果てしない心労をかけているのは自覚しているが、この思いだけは揺るがすわけにはいかない。

 大人しくギアンさんにロープを巻かれていると「おい」と声をかけられる。


「あの亜人の少女、どうするつもりだ」

「俺は関係ない、そっちで丁重に扱えと――」

「違う。気が付いてないのなら相当鈍い……いや、もともとその手は鈍かったか。あの子、お前に相当入れ込んでる。このまま何も言わずに行くつもりか」


 改めてそう言われぐっと言葉を飲み込む。

 メアーが居るはずの方へ眼を向けると、茫然と俺を見て目を丸くし続けていた。本当に大きい、一度だってそこまで目を見開いた事の無い彼女が、俺の姿を見て、置いてけぼりの動物のようで、胸を締め付けられる。


「最後に何か言ってやれ。そのくらいの時間はとってやるつもりだった。サラって子じゃないのは意外だったがな」

「馬鹿な、そんな悠長な暇は……」


 無いと断言しようとした瞬間、背中を勢いよく押されてよろける。

 だが、正直助かった。このまま彼女を置いて行けば何をするかわからない。最後にいくつか命令しておかなければならないことがある。

 深呼吸をしてメアーの元へ行けば、表情がぱあっと花開き、小首をかしげた。


「ご主人さま! もういいんですか?」


 まるで、俺が戻ってくると信じ切っている顔だった。

 今更ながらに嬉しくなる。こんな俺をここまで信用するなんて、彼女を助けた時には思いもしなかった。

 メアーは俺に抱き着こうと手を広げたがロープをかけられたままの手を上げて制すと再び「え?」と目を丸くされる。


「どう、して……」

「メアー。俺は目的を果たしに行く」

「なん、で……。ご主人、さま? どうして? どうして一人で行こうとしているんですか? 私を利用するって……」

「そういうわけにはいかなくなった。俺は――」

「だめ! いや、だ!」


 突然、初めてメアーが大声を上げ、彼女に伝えようとした言葉をさえぎられてしまう。

 大声と言ってもそれほど大きな声ではない。騒がしい周りの音からしたら、遠くの大通りには届きすらしないだろう。

 だが、彼女と短い旅をした俺を止めるのには十分だった。


「一人に、しないで……ご主人さま、やっとみつけた……。優しい人いないのに、どうして……?」

「…………」

「お肉、さがしにいってくれるって、一緒に寝てくれるっていってくれ、た……たくさん、褒めて……私、……首輪もつけて……だから、ご主人、さま?」


 涙は、出ていない。

 だが、確実に悲しんでいるメアーが必死に言葉を紡ぐ。伸ばした両手で、路地には影が伸びていた。

 言葉がつっかえる度、体の中をぐちゃぐちゃにかき回されていく。

 痛身にすら声を出さず、ここまで感情を表に出さなかった彼女の小さな声が杭になってその場へしばりつけ、拘束しようとする。

 だが、俺は最初から決めていた。



 この復讐に彼女を直接巻き込むわけにはいかない、と。

 だから、情報を持つ彼女が生きていることをフレミアに教えるわけにはいかない。



 最初から最後まで、俺はフレミアの元へ彼女を連れていくことを考えてはいない。

 そうしなければ、失敗した先で彼女が生きる道が無くなるのだから。

 彼女の両手を避け一歩近づく。


「メアー。お前は良い子だ。出来る限り、利用するとは言ったが、最初から約束を果たしてやろうと考えていた」

「は、はい。ご主人さまは優しい、から。私のわがまま、たくさん聞いてくれた、だから――」

「だが、悪い。今回だけは聞いてやれない」

「え……?」

「復讐の旅の終わりだ。俺はきっとコアコセリフ国において許されない人間になる」

「どうして、ですか。ご主人さま、正義じゃないって言ってた。だか、ら?」

「それだ」

「なら、私も一緒に……」

「どう、して……?」

「はっ、お前はそればっかりだな、メアー。……忘れてた、ギアンさん、離れてもいいか」

「ああ、いけ」

「ギアンさん、いけません、相手は騎士隊を襲う指名手配犯で!」

「いい」

「しかし!」

「好きにさせてやれ。どうせ逃げん」


 はあ、と重いため息をついたギアンさんに礼を言い、最後にこれはしなければならないと、メアーに近づいていく。

 嫌がって首を振る彼女に近づき、彼女の首元に手を伸ばす。抱きしめるように彼女の体に覆いかぶさり、微動だにしないまま固まってしまった彼女の首元の金具を外した。

 カチャリ、という音と共に首輪が外れ、ゆっくりとメアーから体を離し、茫然とした彼女の手に首輪を握らせる。

 彼女と、初めて出会った時のように。


「これでお前は自由の身だ、メアー」

「じゆう? ご主人、さま……?」

「違う。お前はもう奴隷じゃない。俺の持ち物でもなくなる。目先のことはそこにいるギアンさんか、ルルルクの宿という宿屋を頼れ」


 垂れていた瞳が大きく開き、驚く……いや、絶望するメアーに、覚悟を決めていたはずなのに、浸食されていた心臓が握りつぶされる。

 歯を食いしばって耐え、一緒に連れていきたいという我欲を無視する。

 俺は……俺には、もうこの子を助ける正義はない。

 そうだ、俺はもう、彼女が付き従う理由はない。



 なぜなら、この子は"俺の言う正義"が助けるべき存在で、俺はもう彼女の言う"可哀そうな目で見ない、メアーを必要としている人"ではなくなったのだから



「俺のことなど忘れて、お前はもっと自由に生きろ。メアーの言う優しい人間も褒めてくれる人間も俺以外にたくさんいる」

「そ、んな……だって、私はずっと待って……でも、でも!!」


 多少マシになった隈と眠そうな瞳から一筋の涙がこぼれていく。

 決壊した川のように行き場を失った涙がとめどなく流れ出し、目を見開いたまま伝う涙が彼女の首筋を通り、握らせた首輪に落ちる。

 最後に、頭を撫でてやっても、彼女は動かず俺を見たままで……。

 サラやギアンさんの会話でも痛みを訴えなかった心が悲鳴を上げ、思わず心の中で自嘲し俺の中にはやはり欠片の正義が残っていた、と苦笑する。


 ――なんだ、俺はやはり、最初から彼女を助けるつもりしかなかったらしい。メアー。お前の言っていた"ご主人さま"には程遠いな。


 そう、最初彼女に言った通り。

 俺は"自分の正義"のために彼女を利用し、全うするために彼女をここで突き放す、酷い人間だ。

 彼女の言う"可哀そうな目で見ない人"ではない。

 だから、この先の悪夢――フレミアという騎士の名を汚した悪に復讐を終え、すべてを国王陛下に伝える。たとえ真実だろうが許されるはずの無い破滅へ向かおうとしているのだ。

 そこへ彼女を連れていくわけにはいかない。

 別れを告げるためにメアーに背を向ける。


「メアー。これが最後だ。できるだけ魔法は人のいる場所で使うな。俺は"正義"を全うしなければならない。こんな俺を守ろうとするために、この王都を壊そうとするやつを褒めるわけにはいかない」

「壊す、だめ……。セイギだから……。はい。わか、った。セイギ、すればいい、の?」

「ああ。それと、もし何かあったらあのギアンという男に言葉を託す。ちゃんと聞け」

「ん。分かった。私、ちゃんと頑張る、から。だから……だから、また……」

 その先は、聞かずともわかる。


 褒めてください。


 きっと、彼女はそう言うだろう。主人に対して約束を取り付けようなどとは、ずいぶんと我がままな従者だ。

 ……いや、彼女はもう違ったか。

 最初に比べればずいぶんと子供っぽくなったものだ。

 必死に言葉にしているのか、喉が鳴り先の言葉を紡げないメアーにただ謝ることしかできなかった。


「悪いな……。次に自分の身が危なくなるようなことがあれば、目をつぶって魔力ランタンに魔力を一気に入れろ。一時しのぎだ過信はするな」

「はい」


 大人しく頷いた彼女の足元には大量の水滴の跡が落ちていた。

 俯いたままだったが、なんとか俺の言葉を受け取ってくれたようで、ほっと胸を撫でおろす。

 まだ静かに泣きじゃくる泣き声に後ろ髪をひかれながらも、待っていてくれたギアンさんに向かい、コアコセリフ式の敬礼をする。


「悪いな、ギアンさん。待たせた」

「……いいのか」

「いい、あの子は証人にでもして保護を頼む」

「注文の多い指名手配犯だな。だがまあ、いいだろう。おい! その亜人の少女は暴れない限り丁重に扱え! 今回の証人として保護する! 護送は機密故に俺だけだ! ……行くぞ」


 背後でメアーの無き語を聞きながら路地を進み、ある程度兵士からも離れたところで「しっかし」とギアンさんが口を開いた。


「お前がどういうつもりかは知らんが、どういう形であれ連れていくべきだろう」


 最初から事情を聞くつもりでギアンさんが連れていくと言い出したのは察していたが、いきなりそれからか、とため息をつく。

 隠し事をしたところでどうせバレると転ばないように気を付けながら彼の疑問に答える。


「連れていくわけにはいかない。あの子は俺が勝手に巻き込んだ……いや、フレミアのせいでもともと関係なく巻き込まれた子だ」

「…………。巻き込まれた?」

「村が嫌になって自分から奴隷の身分に落ちたと聞いたが、それを誰かが利用したんだろう。俺が止めなきゃ、あと少しで教国へ連れていかれるところだった」

「あの亜人嫌いの巣窟に、か? どういうことだ」

「分からない。だが、確実にあの子が奴隷になった事にフレミアが一枚嚙んでいるはずだ」

「なに? おまっ、なんでそれを言わない! それであれば多少の温情も!」

「言ったところで信用ないだろ。俺が言うのはギアンさんが言葉の意味を精査すると判断したからだ。それに、この後の後始末に必要だ」

「はあ……おまえなあ、いつもそうだがちゃんと言葉にするのは大事だとあれほど――いや、もう遅いか」

「信用ならないか?」

「………………。お前にも言えないことだが、信じるしかない。その為に俺はここに来たんだ」

「なに?」


 どういうことだ。

 ギアンさんの言い方には含みがあった。まるで最初からフレミアの事を知っていたかのようだ。不審な気配を察したのか、首を振ったギアンさんが「お前の思うことじゃない」と不機嫌そうに頭をかいた。


「気にするなとは言わん。だが、その代わりと言っちゃなんだ、いくらか願いを聞いてやる。その権利はお前にもある」

「……なら、あの子の事を頼めるか」

「あ? あの子? ああ、お前さんがメアーと呼んでいた亜人か。惚れたのか?」

「惚れ? チッ、下世話な事を言わないでくれ。あの子は……助けてやるべき子だ」

「ああ、くそ。その言い回し、ロルソスを思い出す。いやな予感がするよまったく……。言え、聞くだけは聞いてやる」


 さすがは父さんの親友だ。父さんの名前を出したと思ったらあからさまに嫌な顔をし、兵士の兜を目深に被りなおしたが、素直に聞いてくれたようだ。

 隠し事に不審な点はあるが、頼れる人も少ない。仕方なく頷いた。


「あの子は……親がいない。村もおそらくもうないだろう」

「戦争孤児か?」

「ちがう、はずだ。だが、知識もなく、善悪の判断をつけようとしてない。俺のことを引き合いに出せば、いうことは聞くはずだから、彼女の好きにさせてやってくれ」

「おい、おいおいおい、この期に及んで俺に子守しろってか。それに……なんてことを頼むんだお前は! それじゃあ、まるで……」


 死ぬみたいじゃないか。

 言葉にこそしないが、ギアンさんは明らかにそう言っていた。

 また頭痛がしたかのように兜を抱え、衝撃で兜がカラカラと音を立てる。見慣れたはずの懐かしい姿に思わず昔に戻って笑いそうになった。

 不審な点はあるが、やはり、この人に任せるのが一番だろう。


「悪いな。どうするかは任せる。あんたなら、変な奴よりはよっぽど救いがある」

「どうなっても文句は受け付けんからな……」

「その時に言えたらな」


 背中にかすかに聞こえるいつまでも泣きじゃくるメアーの咽び泣く声を聞きながら、包囲していた兵士たちが王都内へ散り散りに散っていった路地にいつまでも、いつまでも響いていた。






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