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第14節「彼女を巻き込まないために」


「その顔はリク? リクなの……?」


 驚いた表情でルルルクさんの娘であるサラが立ち尽くしていた。

 荷物を落とした手で口をふさぎ、目の前の俺を信じられないとみている彼女は……すこし、元気がない。ちゃんと休めているのだろうかと心配になる。

 予想外ではあったが、突然現れたサラに振り上げていた手を下ろさずに振り向く。


「……サラか」

「ね、ねえリク! リクなんだよね! そこの人は……。っ! リク、なにを、してるの……?」

「お前には関係ない」

「ねえ、リク? リクは正義の騎士様になるんだよね? そんなことしたら、リクは……」


 何も知らない彼女にそう言われ、動揺してしまう。

 ほかの誰に言われたところで揺らぎもしなかったが、ただ純粋に俺を応援し、助けてくれていたサラに言われ、心が大きく揺らいでしまった。

 だが、これも好都合だ。

 わざと逃げる隙を与えてやると、足元に居た兵士は隙を見つけたと俺を跳ね除け、バランスを崩している間にその場から駆け出してしまう。


「っ! 待て!!」


 念の為腕を伸ばしては見たものの、当然駆け出した兵士に手は届かない。サラに見られ、何も伝えずに逃げられたのは痛いが、今はあの男を無理に止める必要はない。

 あの様子なら、相当な無能でもない限り俺の事を詰所に報告しに行くだろう。


「チッ……まあ今はこれでいい。それよりも……」


 そんなことよりも、サラの事の方が重要だった。

 向き直ろうとすると、メアーに袖を引っ張られ「だあれ?」と聞かれてしまい、慎重に言葉を選んだ。


「……知り合いだ、何もするな」

「ん」

「ねえ、リク、なんだよね? 私ずっと――っ、リク?」


 こちらに駆けてこようとしたサラが突然、震える腕を胸元で抑え、壁に阻まれたかのように足を止めた。

 彼女の視線を追うと、俺の持っていた剣に視線が注がれていた。切っ先が折れただけのただの剣だから、おかしいところは何もないが……もしかしたら、怖がられているのかもしれない。

 ……いや、町中で武器を構えている時点で、怖がられるか。

 武器が見えないように体をずらしてやると、息をのんだサラの目が上から下へ、下から上へと何度も往復した。


「本当に、リクなの……?」

「まさか、こんなに早く再会するなんて思わなかったよ、サラ」

「っ! リク! リクなんだよね! よかった……」


 再会したサラの声はなぜか震え、俺を心配するような口ぶりと態度で、心に剣を突き立てられる。

 彼女は俺がここまでされたこともしたことも知らないはずだし、今からしようとしていたことも知らない。

 それだけに、ただ心配した様子を見せる彼女に酷く心が痛んだ。

 ふいに彼女が手を伸ばすしぐさを見せて、暗がりの中に身を引いてしまい、メアーにぶつかってしまう。

 慌ててメアーを見ると、耳はサラに正面を向け、じっと見つめ続けていた。それはメアーが怒っている時にも見た、動作で彼女が何かしようとしているのではないかと不安にさせられる。


「ご主人さま? なんで、ご主人さまの名前……知ってるの?」

「俺が、この町で世話になった人で、助けられた人だ。悪いが、手は出すな」

「ん……。ご主人さまがそういうなら我慢する」

「リク? 誰と話して――って、あれ、その子、亜人の子、だよね?」

「ああ」

「……こんにちは、わたしサラっていうの。リク――リヴェリクのお友達なんだ」

「ご主人さまの?」

「ご主人様ってリクのこと? ……うん、まだ、友達。君はリクが助けてあげた子なの?」


 日差しからのぞき込んでくるサラに対して、メアーはそそくさと俺の後ろに隠れてしまった。どんな表情をしていたのかまでは分からないが、サラは気まずそうに苦笑いを浮かべる。


「あ、あはは。嫌われちゃってるみたい。ねえ、リク。色々教えてほしいの。その子の事とか、ここまでのこととか色々! ほら、前にも任務の事を教えてくれたでしょ? そのときみたいに、ね? だめ、かな?」

「悪い、教えられない」

「そっか……。うん、そんな気はしてた」

「悪い」

「ううん、気にしないで! リクが教えてくれないってことは、わたしには教えられないってことだもんね。……わたしね、きっと、リクが死んだって兵士さんたちに言われたことも、きっと何かの間違いで……。あ、そうだ。何も聞かされてなかったから、びっくりしたんだ。お父さんもそのまま倒れちゃうじゃないかってくらいびっくりしてて……それからいろんな兵士さんが話を聞きに来て……。それで……」


 必死に何かを伝えようと、サラは次々に言葉を紡いでいく。

 兵士が訃報を伝え、聞き取りに来たこと。身の回りの物は好きにしろと言われたこと。

 ショックを受けたウルカさんやルルルクさんの話に、俺が寄ったことのある店の主人が結婚した話や、近くに亜人の家族が引っ越してきたこと。

 本当に色々……。俺が居なくなった一月程度で変わったことを教えてくれる。

 どれもこれも、嬉しい話や、楽しい話ばかり。きっと俺も無事に戻ってきたら彼女の話すことに一喜一憂し、普通に返せていたのだろう。

 そう思った……そう、思ってしまった。

 今の……"この後の結末も覚悟した"俺には、遠い遠い……関係の無い世界の話のようで、サラの言葉を郷愁すら感じてしまう。

 間違いなく俺に関係のある話のはずだ。だが、サラが必死に紡いでいる言葉はむなしく暗がりの路地に消えていってしまう。

 そこまでされて、ようやくそれすらも捨てる覚悟が出来た。


 ――はっ、やっぱり、覚悟してよかった。俺はもう戻れないんだな、父さん。


 正義も、日常も、もう、戻る必要も、悪を正せるのならと、思っていたはずなのだが……。

 どこか諦めたように冷めている自分と、戻れたかもしれないと思う自分が居て、決別しきれていないのだと悔しくなり剣を握っていない手でこぶしを握った。

 剣を握った手を、誰かに掴まれる。

 横目で確認するとメアーが耳をピンと張り気持ちよさそうに目を細め、これがいいと言わんばかりに抱きしめていた。

 彼女も、救わなければならない。戻れなくなる前に。

 覚悟を決め直し、頭を上げると、サラはふぅと息をついていた。


「あはは、話し過ぎちゃったね。……ねえ、リク。お父さんの宿。もう泊まりに来てくれないの?」

「……ああ、もう帰れない」

「平気だって、お父さんだってきっとリクのことを心配してる」

「ダメだ、サラ。お前ももう戻った方が良い」

「……どうして」

「サラ?」

「どうして! 戻ってこないって言うの! 荷物だってちゃんととってあるし、お父さんたちだってきっと待ってるのに!」

「悪い。俺はもうサラたちのいる場所へ帰る資格なんてない、それだけだ」

「資格? 何を言ってるか、わからないよ、リク」

「俺は……もう、戻れない」

「なんで! だってリクは生きてる! 死んだって聞かされて、すごく悲しかった! なのにこうして生きて戻ってきてくれたのに! リク! なんでそんなひどいことを言うの! わたし……わたし、リクのことが好きなの!」

「なっ……!」


 ――サラが、俺を好きだと? だが、どうして。いやそもそも、なぜ今告白を!?


 突然の告白に頬が熱くなり、動揺で剣を落としかける。

 違う、動揺している場合ではない。そろそろ、詰所から兵士も来る頃で、まともに返事を出来る雰囲気でもない。

 こんな時にも関わらず動揺していると、後ろにいたはずのメアーが、長い耳をピンと正面に向けた。

 メアーは小首をかしげてサラのことを、じっと、瞳を動かす様子もなく、獲物を狙う獣のような瞳でサラのことを見つめ、一気に熱が冷める。


「ご主人さまを、好き……。やっと見つけてくれたご主人さまを……。どうして? 私、まだ全然おしゃべりもできてないのに……私、もういらなくなっちゃうの?」


 そんなわけがない。

 だが、否定をする前に粘着質の何かが肌にまとわりつき、全身から足をつけている地面に流れ込んで浸食されていく。

 この感覚、あの馬車に居た時と同じだった。

 今"泥の沼"を使われれば、サラだけではなくこの周囲に住んでいる人たちすらも巻き込む。メアーにそんな被害を出させるわけにはいかないと、慌ててメアーを抱きしめて頭を撫でてやる。


「落ち着け、メアー! ここは町中だ!! 俺の命令を忘れたのか!」

「っ! ……あ、ご、ごめ、ごめんなさ、……」

「謝るな、落ち着け」


 抱きしめて何度か背中をさすってやると、ようやく落ち着いてくれたのか、まとわりつくような空気が緩和し、ほっと胸を撫でおろす。

 危ないところだった、もう少しで彼女も後戻りできないことに――。



「そこまでだ、チケル村のリヴェリク!」



 ようやく来たか。

 叫ばれた声に予定通り兵士が集まったことを安堵し、落ち着いたメアーから離れて周囲に目を向ける。

 来た道とサラの居る方角、そして俺たちの背後から鎧の音が聞こえ、どの道にも三人程度の兵士が身構えているのが分かった。

 ほかの地区でフレミア隊を襲った時よりは遅いが、それでも先ほどの兵士の事を考えれば十分に早い。

 ふっと笑いメアーを背後に寄せ、聞き覚えのある警告の声……いや、もう嫌というほど怒られたことのある声の主に声をかけた。


「あんたか、ギアンさん。ずいぶんと早いな」


 サラが立っている、日がさしている道の兵士の中から、腰に下げた剣の柄に手をかけたチテシワモ地区の詰所の隊長、ギアンさんがゆっくりと恐ろしい形相をして現れる。

 まったく、この地区の兵士は集合に時間がかかるのに、予想通り早いスピードだ。


「旧友との再会に水を差したようだな」

「……ああ、もう少し待ってくれても良かった」

「悪いが、これも王命だ。騎士であるフレミアからの嘆願で、私兵を傷つけている暴漢の鎮圧と捕縛を要求されている。――そこの人間のお嬢さん、仕事と名前は」

「え? あ、はい。あっちでルルルクの宿の娘でサラと言います」

「そうですか。目の前の男は今騎士隊に危険人物と指名手配されている。念のため、あなたを詰所で保護させてください」

「え……? で、でも……」

「誰か、その子を詰所へ! 相手は逃げるかもしれない、警備に穴を空けるな!」


 こちらへ、と兵士が手を差し出すがサラは戸惑うかのように手を引き、俺を見つめている。出来るだけ彼女と目をあわせないようにしながらギアンさんを睨むと、諦めたように目を伏せ、兵士に連れていかれ、ふぅと息を吐いた。

 悪いな、サラ。お前の事もこれ以上巻き込むわけにはいかない。

 護衛されたサラを見送り、剣の柄に手を当てたままギアンさんに目を向けた。


「悪いな、手間をかけさせた」

「指名手配犯に言われる筋合いはないが……。騎士隊の人間を次々に襲っている容疑者と一般市民を同じ場所に居させるわけにはいかんだろう」

「ああ。その通りだ、兵士として正しいよ、ギアンさん」

「おまえ、本当にリヴェリクなのか?」

「はっ、それ以外の何に見える? 姿を変えられる白魔族にでも見えるか?」

「……いや、元知り合いとはいえ仕事だ。後ろに拘束している子を解放し、武装を解くなら良し。少女を拘束し続け、武装も解かないのならこちらにも考えがある」

「少女を拘束、か。命令はフレミアだったな。その言動なら好都合だ」


 思ってた通り、この数日でフレミアは俺が生きていることは察したらしいが、彼女のことまでは追えていない。なら、この先で動きようもあると頷くと、メアーに袖を引かれた。


「急に引っ張るな。なんだ、メアー」

「ご主人様……? あの人たちは壊さないの?」

「少なくとも今は何もするな。あとで面倒になる」

「……ん」

「リヴェリク! 大人しく言うことを聞いて、武器を捨てろ! さもなくば――」

「武力行使をする。分かってる、叫ばないでくれギアンさん。今武器を投げる。ほら、壁の方から退け」


 大人しく持っていた剣を放り投げると、後ろにいたメアーの体がビクリと跳ね背中に彼女の体が押し当てられる。

 武器を捨てたことに安堵した周りの兵士から吐息が漏れ出す。

 油断するのは速いと怒っても良かったが、結果として彼らの安堵は正しい。

 メアーに掴まれていない腕を上げ、武器を持ってないことを示した。


「良し、皆殺傷武器だけはしまえ。コアコセリフ国の兵士が武器を持っていない相手に対し殺傷武器を使えば恥になる。――さて、聞きたいことは山ほどあるな、リヴェリク」

「ああ、ずいぶんと久しぶりな気がするよ、ギアンさん」

「……。まず、そこの……らぱんぷるじーる、だったか。兎型亜人種の少女はどうした」

「拾った。この子は俺とは直接的な関係ない。これが終わったら、そっちで丁重に扱ってやれ」

「……え? 関係、ない? ご、ご主人さま?」

「今は話を合わせろ」

「…………」


 小声で返すと、無言のまま斜めを向かれてしまう。

 納得はしていないようだが、言うことは聞いてくれた彼女に心の中で礼を言うと、頭を腰に擦り付けられてしまった。


「見たところ、ずいぶんと懐かれてようだが、本当に関係はないのか、リヴェリク」

「気のせいだ。あまり悪人に耳を貸すと正義を全うできないぞ、ギアンさん」

「悪人に正義、か。まさか今お前の口から聞くとは思わなんだ。だが……、そうだな危害を加えられない限りは敵対するわけにはいかん。そういうことにしておこう」

「そうか……。この後、俺はどうなる?」

「話す義理はない」


 この先、王城の牢獄か、詰所の牢獄かでどうするかを変えようと思っていたのだが、やはりそうはいかないらしい。

 罪人に情報を与えて、被害を増やすべきではない。事情を知らないのであれば正しい判断だ。


 ――情報が欲しかったが……仕方ない、か。


 どうするべきか決めあぐねていると、ギアンさんは頭をかいた。

「――と言うのが俺の仕事だが、もう一つの仕事をする。この後、王命によりフレミア殿の前へ連れていくつもりだ、そうしろと言われている」

「な!? ぎ、ギアンさん! 貴方は、今何を言ったのか分かっているのか!」


 突然の命令違反に動揺し叫んでしまう。

 周りの兵士もざわめき、わざわざ答えを教えた隊長に動揺しないわけがないのに、ギアンさんは思った通りだと言わんばかりに、ハッと笑い歯を見せた。


「その怒り、その口答え。やはりお前は変わらんようだな、リヴェリク」

「っ、変わらない? 何のことだ」

「お前も分かっているだろう。お前が死んだと聞く前から何も変わっていない。私情をはさむがそこは安心していいらしい」

「なんのつもりだ」

「まったく、安心したよ、変わっていたら今この場でお前を切り伏せなければいけなかった」


 ギアンさんはそう言われ、手をかけていた剣を鞘にしまわれてしまう。

 つい、衝動のままにカっとなってしまった自分が……ギアンさんの言った通り、変わらない自分が出てしまったのを自覚して視線が泳ぎ、足元の影が濃さを増していく。

 まずい、今動揺してしまえば、メアーは俺の言うことを……。


「ご主人様……?」


 動揺を察してしまったのか、後ろにいたメアーから、心配そうな声色で声をかけられてしまい、焦ってしまう。

 ゆっくりと彼女を見ると、相変わらず眠そうな瞳の上に乗った形の良い眉が寄せられ、俺のことだけをしっかりと見上げていた。

 まだ、彼女は俺しか見えていないかのように。

 下唇を嚙み、痛みで動揺を打ち消していく。


「っ! ……メアー少しだけ離れて居ろ」

「え……? はい」


 命令をするとメアーは最後にぎゅっと腕を抱きしめられ、数歩だけ離れてくれる。

 その姿に胸が痛くなり、そしてまだ間に合うと確信した。

 急いで、今の状況を整理する。

 メアーはまだ俺の言うことを聞いてくれている。そして、ギアンさんの言葉が嘘でないのなら、俺はこれからフレミアの元へ連れていかれる。おそらく、フレミア自身が公で裁くのは避けたいのだろう。

 影が差していた足元にギアンさんの方から光が差し込んでくる。

 まさに願ってもない僥倖、光明が見えた。

 そう、これなら――




 これならメアーを無事逃がし、最後の復讐を終えることができる。







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