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第13節「再会」―2


 メアーの返事を待たず標的が折れていった角を覗き込むと、まだおどおどした様子で日の光のささない一本道をさっき男が進んでいく。

 ゆっくりと着実に路地へ入っていく。


 今俺たちが居るのはチテシワモ地区の詰所付近……俺が世話になっていたルルルクさんの宿近辺だった。

 だから、このあたりにも見回りで一度来た覚えがある。あるのだが、たしか先ほどの大通りに出る道以外、しばらく人気のない道が続いているはずで、よほどのことが無ければあの男のように通る人もいない。

 計画を進めるのならこれ以上に好都合な場所はない。


「裏路地を進むか。好都合だな。このまま後をつければ人がいない場所へ行けるはずだ。メアー」


 目を合わすと小さく彼女は頷いた。暗黙の了解でメアーは光がさしている物陰へ移動させる。

 足元にあった石を拾い、ゆっくり、ゆっくりと慎重に歩を進めていた男の足元へ放り投げた。


 カツーン、カツーン。


 甲高い小石の音が路地を転がり、落ちた日の中で足を止めた。

 男の肩がびくりと大きく震え「な、なんだ?」と恐る恐る足元を見下ろし、存在を知らせるために足音を消さずに歩いた。

 一歩、また一歩とどんよりと暗い日陰へ進み、手を伸ばせば届く距離で立ち止まり、声をかけた。


「そんなに怯えてどうした、仮にも兵士だろう。ふっ、それとも怯える理由でもあるのか?」

「っ、その声は――!!」


 見開いた目が振り返る。

 顔を見られる前に自分が持っていた荷物を放り投げ、横っ腹に拳をめり込ませた。めり込ませた拳が鉄を叩き、叩いた俺の拳に痛みが走る。

 鈍痛こそするが、相手も衝撃まで消せるわけではない。そのまま殴りぬけ、動きの止まった男の腕を持って、膝裏を蹴って跪かせた。

 そのまま腕を捻り上げ、腕を背中に回す。

 口答えされる前に今度は腹を思い切り蹴り上げ、うつぶせにして襟元をつかんで、石畳の地面に引きずり倒してやる。

 荷物がばらける音と短く「ガッ」といううめき声が静かになった路地に響いた。

 この状態からでも起き上がる方法はあるはずなのに、うめき声をあげるだけで何もしない男にふんと呆れる。仕方なく、顔が見えるように頬を地面にこすりつけ、こちらが見えるようにしてやった。

 その瞬間、驚きで丸くした目でこちらを見上げ喚き始めた。


「っ――! リヴェリク! た、たた、頼む! 見逃してくれ!」

「見逃す? 変なことを言うな。俺が、誰の、何を、見逃すんだ?」

「わ、悪いと思ってたんだ。お、おま、お前を見殺しにした、こと……。そ、そうだ! あいつら! お前を見殺しにしたやつが教国の方角に馬車を引いてった奴らもいる! そいつらの行き先を教える! だから、今だけは――!」

「悪いな、そいつらはもう死んでる」

「……は? 嘘だろ、リヴェリクお前……」

「聞こえなかったか? いやみ君たちの事なら、フレミア隊に協力したあの連中はプロムシライの信徒の庇護下……とっくに死んだよ」

「馬鹿な、あのリヴェリクが? 嘘だろ? なあ、リヴェリク!」


 もっとも、俺の手だけで死んだのはいやみ君だけだが。

 男が暴れないように抑えていると、背後から小さく「ご主人さま」と声をかけられる。

 男も声と足先で気が付いたのだろう、ハッとして目を丸くして「そんな……」と声が漏れた。


「後にしろ、メアー」

「ん」

「あ、あの子は馬車の……。どうして……だって、だってあの馬車で教国に……」

「その馬車に乗ってた人。ご主人さまが剣を刺してた。ご主人さまが正しかったって、言ってた」


 メアーはあの時の声が聞こえてたかのように口にした。

 俺といやみ君のやり取りを聞いていた……わけじゃない。ただ、俺がそう言うように命令した。仮に嘘を見抜くようなやつが居ても、その事実は変わらない。俺がいやみ君を殺したという事実だけならあの場の惨劇は俺がやったことにもなる。

 そう、教えた通りだ。

 チラリとメアーに目線を送り、コクリと頷くと別の路地を見てくれる。視線を戻すと、突っ伏した男は信じられないという目で俺を見ていた。


「うそ、だろ……? なあ、リヴェリク。嘘だろ?」

「お前はそれしか言えないのか、正義として言うことはもっとあっただろう」

「お前、何を言って……殺したんだぞ、味方を! お前は! 分かってるのか! 兵士が、味方を殺すなんて……!」


 「お前がそれを言うのか」……と、叫びかけた口を縫う。

 思考が完全に停止したままのこいつに嫌気がさし、気持ちの悪い空気を肺から追い出す。フレミアが俺にやったように出来るだけ顔を近づけて威圧する。


「俺は、俺を見殺しにした兵士を殺して回っている。それは知っているのだろ? だからあれだけ怯えてた。違うのか? なら、俺がすることも分かっているだろう」

「っ! ま、まっまま、ま! 待ってくれ! 頼む! 許してくれよリヴェリク! まさか、あんなことになるなんて! 知らなかったんだよ! だから、な? 正義なんだろ? お前は!」


 ほかのやつらと全く同じ言葉を吐く兵士に「こいつもか」と眉根を寄せる。

 正義なんだろ。

 復習の旅でいやみ君を含めた何人にも言われた言葉だ。

 そのたびに否定した。俺はもう違う、と。

 国を守る騎士になることも、民を守る兵士になることも、俺にはもう不可能だ。

 俺はもう、正義じゃない。

 そし、気が付いたのだ。俺でなくてもいい。俺でなくでも、せめてメアーを託せるような正義を持ってるやつを。



 だから……だから俺はお前らを……!



 歯を食いしばり、いや、と吐き出した。

 期待していた俺が、馬鹿だったのか。

 俺が聞きたかったのは命乞いの言葉なんかではない。せめて、自分の正義を信じる姿や、罪悪感に苛まれる姿を見せて欲しかったのだ。

 時間を見るために空を見上げると日はもうずいぶんと傾いてしまっていた。


「これ以上お前に正義を期待するのは無駄だな」


 それに"もう十分だろう"。


 思い切りつかんでいた襟元を押し付け、腰に下げていた鞘から切っ先の折れた剣を抜く。いやみ君を突き刺したそれを振り上げ、見せつけると、腕の下でうめき声がかすれていく。


「そうか、知らなかった、か。それで済めば、あの村の事を俺が許すとでも思ったのか……。なあ、なぜだ。なぜ、許すと思った?」

「あっ、いやちがっ、……や、やめて……やめて、くれ……」

「俺は常々ギアン隊の人間には口にしていたはずだ。お前の正義はその程度か、と。忘れたのか。お前は」

「な、なんだよ、分かんねえよ、なにがしてんだお前!」

「分からないだと!! 明らかに間違っているものが正義と言われていたあの場で誰も、誰も公正に見ようとしなかった!! そのせいであの村は! チケル村は滅んだんだぞ! それを俺のやりたいことが分からないだと!!」

「な、なに言ってるんだお前! お前は自分がボコボコにされたのを怒ってるんじゃないのか!? あの村は国を脅かす大罪人がいる村だろう? あのまま放っておけば教国や他国に情報が流されるって天下の騎士であるフレミア殿が――」

「っ! 今俺に襲われて、この期に及んでまだわからないのか! お前も、あの男の罪を――!!」


 まだそこで思考を停止してたのかと怒りが溜まり、本気で剣を振り下ろそうとする。

 路地裏に落ちていた影が広くなっていき、建物の上の方まで影が伸びているのが視界の端にうつる。それを横目に剣を振り上げると、かすかに差し込んだ日を反射し、そして――。



「そこに誰かいるの?」



 一人の女の子の声が路地を通り抜け、ピタリと止まった。

 聞き覚えのある声に振り返ると、「え、嘘……」という声とともに石畳の上をなにかが転がっていった。

 ころこころころ、転がって俺の足元にたどり着いたそれは、今日、宿のテーブルに並ぶであろう、コアコセリフ国名産の雪リンゴだった。

 転がって来た先に視線を戻す。

 赤土色のレンガと石で組まれた建物の隙間から沈みかけた日が差し込んだ路地の先。

 光を受け不規則に並べられた石畳の上には足元の男が落としたであろう荷物や果物が散らばり、立ち尽くしていた少女と俺の足にこつんと当たった。

 見渡した周りの景色に見覚えがあり、長く、細くため息をついた。



 ああ、見覚えのある町並みだ。帰ってきていたのか、俺は。



 ここは、大通りから路地に入り、亜人たちが宿を探すための小道の続き。ルルルクの宿への近道。

 視線を上げていくと王都で流行りのリボンが付いた革靴と村娘よりはおしゃれな服を身に着けた少女が、驚いたように両腕を口元にあげ悲鳴を抑えていた。


 もう、だれかなんて聞くまでもなかった。


 ゆっくりと、その少女が前に歩み出てきて光で見えづらくなっていた少女の顔が徐々に見えてくる。



「その顔はリク? リクなの……?」



 影が落ちた俺とは違う、光が差し込んだ路地の上。

 しっかりとお互いのことが見えてしまう明かりの元には、見覚えのある……いや、この王都で初めて優しくしてくれた恩人の顔があった。




 きっと倒れている人間に今にも剣を振り下ろそうとしている俺の姿を見詰め続けた少女――ルルルクの宿の看板娘、サラが驚きで呆然としながら。





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