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第13節「再会」


 森でメアーと一夜を共にしてから三日後――。


 俺とメアーは王都の中をコソコソと移動し、王都に入って来た時と同じ門。チテシワモ地区と外をつなぐ大門前を物乞いのふりをして陣取っていた。

 商人から受け取った金で物乞いにローブと場所を買い、復讐を終えればその場所に戻ってくる。

 今日は"俺たちのせいで"警戒が激しくなった王都の情報を得ようと、門横の石畳に寄りかかり、町の様子を監視していた。


 今も門を通ろうとする馬車が衛兵に捕まり検問を受けていた。


「通ってよし! 次!」


 衛兵の声があたりに叫び、検問を受けていた馬車が俺たちのほうへゴロゴロと音を立てながら近づいてくる。横目で確認し、その一団が亜人の商人だと見当をつけて、すぐに顔を伏せた。

 なんのことはない、いつも通りの検問だ。


 ここの検問は他の地区と比べても甘い。

 亜人と接したいという有志の兵が集められた検問のため、亜人やともにいる戦士であれば剣の持ち込みも許可されている。

 亜人は地力差がある人間と争いは好まない。という亜人たちが友好的であることに頼った政策で人間の兵士たちからすれば問題を起こした亜人のリストアップなどの手間も増えていたが、今回ばかりは感謝をしなければならない。

 町に入った当初も検問は敷かれていたが、折れた剣の修理と亜人たちの商品を探しに来たと伝えたら簡単に通してくれた。

 今の今までチテシワモ地区が荒んだ地域になっていなかったのは、本当に亜人たちの協力のおかげでもあると実感させられる。

 ――悪用して入ってきた手前、俺は亜人たちにも顔向けできないが。


 自分の悪行に舌打ちを打ちそうになり、あたりの噂に耳を澄ました。

 すると、さきほどまで検査を受けた有角亜人種のヘンドーリャたち――火山地帯に住んでいる商魂たくましいと噂の肌の焼けた種族――の馬車がすぐ横の路肩に止まり別の誰かと検品をはじめる。

 暇なのか、彼らの噂話が聞こえた。


「ようおやっさん。なあ、最近やけに警備が厳しくないか」

「気にしなさんな。亜人も通れるようになってから検品なんて王城まで行けば何度もある」

「そりゃあそうか。ただでさえ王の生誕祭も近いんだもんなあ」

「ああ、俺たち亜人を歓迎してくれるチテシワモ地区だろうと警備は厳しくなるさ。それにここに来る前に聞いたろ? 通り魔が出てるらしいって」

「いや、聞いてない。通り魔だって? 天下のコアコセリフ国の王都にか。そりゃ俺たちは薬が売れて助かるけど、物騒だな」


 傍らに座っているメアーがピクリと動き、見えないだろうがにらみを利かす。

 何か情報を持っていないかと耳を傾けた。


「そうそう、この王都で。どうやら裏路地で悲鳴が上がったと思って衛兵が駆け付けたら誰かしらが襲われた後だった、って話らしい」

「なんだそりゃ。犯人の見当もついてないのか」

「さあねえ。ただの恨みを買っただけだろ」

「天下の亜人を受け入れてくださる人間の国の王都で、か? なんでまた」

「俺に聞くなよ。ただ、殺されたのが全部特定の騎士隊に所属してる兵士だって噂でよ。襲われてる騎士隊の人間が王宮近くの屋敷に閉じこもっているらしい」

「はあ、王都と国を守る騎士隊様たちがねえ……。もしかして襲われたのは亜人の騎士隊かい?」

「いや、どうも襲われているのは人間の騎士隊らしい。チテシワモ地区以外では亜人は怖えって言われてるが、他の騎士様も動かないってことはどうせだれかの怒りでも買って自分たちが悪くない証拠もねえんだろう」

「ちげえねえ。なら、次は木剣か砥石を多く仕入れるか」


 検品が済んだのか、商人たちは苦笑しながら通りのほうへと馬車を引いていく。今から市場や取引先に荷を下ろしにでも行くのだろう。

 何事もなく終わり、緊張をほぐすために息をつくと、隣で固くなっていたメアーも身動ぎをする。

 フレミア隊の兵士から託されたリストを開き、終わって消した名前以外もうほとんど残っていないそれを見つめ、小声でメアーに話しかける。


「王城近くか。前に聞いたときと同じ。だんだんと近くはなっているが、まだ情報が必要だな」

「どこに、行きますか?」

「……奥へ行く。この変にリストに追加されてる俺が居た隊の人間が居るはずだ。そいつを探し出して――」


 目の前でチャリンと音が鳴り、メアーへの説明を中断する。

 見ると銅貨が一枚目の前に投げ出され「これで頑張って」と声をかけられていた。

 出来るだけ声を潜めて礼を返すと、メアーが銅貨に手を伸ばし不思議そうに顔を上げてしまった。

 (たしな)めようとすると、別の方から口笛が聞こえ、頭が痛くなる。


「おお、まさかこれほどかわいい娘さんが物乞いとは……。君、お金に困っているのならチテ地区にあるうちの店に来てみないかい」


 人間の男らしき声を聞いて舌打ちをする。

 なんてことはない、ただの興味本位の客引きだが、忘れていた。

 美人が多い亜人の中でもメアーは飛び切りの美少女だと誰もが口にしていたし、今日の今日までこの手の勧誘がかからなかったのは奇跡に近い。

 面倒だとは思うが、メアーならついて行くことも……。


「おかね……?」

「そうそう、君みたいな特別な美人さんならきっと多く稼げる。世の中には見た目がいい亜人の方が良いって変態もたくさん――」

「おかね、くれるんですか?」

「め、メアー?」


 すぐに断ると思っていたメアーが思わぬ反応を見せて焦る。今まで他人に興味もなさそうにしていたのに、突然動き出したメアーに全てを持っていかれた。

 男も好感触だと感じたのかズイっと近寄って来た。


「もちろんだとも! 君ならすぐに町……いや、王都で一番の稼ぎ頭になれる! すぐにこんな生活ともおさらばさ! 何をすればいいかなんてわかるだろう」

「ん……」


 メアーが静かにうなずいて立ち上がり、突然被っているローブの下でもぞもぞと何かを動かした。

 嫌な予感がした瞬間、フードの下から衣擦れの音がシュルシュルと聞こえ、ローブの下で何をしているかなんて想像するまでもなかった。

 慌てて彼女がすべての服を脱ぎ終わる前に立ち上がり、置いていた荷物と彼女の腰をつかんで通りから外れた路地へ向かった。

 呆気に取られている男を無視し路地へ身を滑り込ませると、背後で「なんだったんだ……」と茫然と去っていく男の声が聞こえる。

 誰の姿も見えなくなってからメアーの手を離して振り返ると、いかにも不思議だと言わんばかりに眉根を寄せ俺を見上げ、怒りでかあっと頭に熱がこもった。

 この子は自分が何をしたのか、分かっていないのか、と怒りを抑えきれず、はあと強く息を吐く。


「なぜ、ついて行こうとした」

「………」


 気が付けば、怒りの混ざった声でそう聞いていた。

 しかし、メアーは黙ったまま言おうとはせず、垂れた目で足元に視線を落とすだけ。

 暫し待ったが返事もなく、仕方なくもう一度「メアー」と呼びかけると「ん」と返事をした。


「……ご主人さま、最近なにも食べてない、から」

「否定はしない。だが、今はそれよりも――」

 やらねばならないことがある。


 メアーを窘めようとすると、近づいてきた彼女が背伸びをし、頬のあたりに手が伸ばされ、彼女の柔らかい指先が口の端に触れた。

 反射的に身を引くが、メアーは構わずに手を伸ばし続ける。

 転ばれる前にと膝を折って彼女に目線をあわせると、土のにおいが残った手のひらが頬に伸ばされ、骨と皮が彼女の指に当たる。

 俺よりも栄養の行き届いた指だった。


「痩せて、ます、外の人より。ご主人さまは……壊れちゃう、から」

「メアー。俺のことなど、気にする必要はない」

「でも……ご主人さま、ずっと自分の分をメアーに分けて、ます。全然食べてないから……」

「金がないと思っていたのか」

「ん……。私の体なら、いくらでもある。元々、ご主人さまについてくのも私の体が必要って。だから、これでご主人さまが困らないのなら、って」


 首輪に触れ肉の付き始めた首筋から肩口へ指を動かし、フードに隠れていた柔肌を外気に露出させていく。最初に出逢った時と同じ、子供とは思えない色香を出し、雑踏が聞こえる路地の中、目を細める。

 たしかにメアーは美しい。

 少女とは思えぬ雰囲気に、目をむくような行動。見目の麗しさもある奴隷。

 普通の男なら欲望のままに手首を蹂躙し、柔肌を頭の先からつま先まで、床に落ちる髪まで独占したいと他人に思わせる魅力を彼女は持っている。

 だが、それは彼女の物だ。罪人でしかない俺なんかのために使って欲しくはなかった。

 復讐しか考えてない、俺のために。自らの身を犠牲にしてまで。


 ――俺はまた、彼女の憂いに気が付かなかったのか。


 俺はなんて鈍く、疎く、無力な人間なのだろうと、怒りで身を焼かれそうになる。

 フレミアには逃げられ、村を救えず、フォーヴに足止めされ、さらには解放しなければならないメアーにまで心配される始末だ。

 これが、無力でなくて何というのか。

 雑踏が大きく聞こえ、頭の中のノイズが酷くなる。

 聞きたくないノイズを追い出すように額に手を当て「頼む」と口にすると、絞り出した声は、震えていた。。


「メアー、今後は誰のためでも自分の身を犠牲にすることはしないでくれ」

「どうして?」

「どうしても、だ。食事も睡眠も問題ない。それと……いや、俺の体の心配はするな。今は言うことを聞いてくれ」

「っ、要らない子なの? もう、私は……」

「違う! だが、頼む……。前に言ったように、少なくとも王都では危害を加える魔法も抑えろ」

「体は……」

「そっちもだ。とりあえずさっき脱ぎ掛けた服は着なおせ。俺は、平気だから」

「……はい。ご主人さま」


 俺の言葉に長い耳を背中に流し、伸ばしていた手を引っ込めてしまっていた。

 どうしてだろう。

 悲しそうに耳を沈める彼女に、復讐を終えた時のことを考えひどい罪悪感に襲われる。もう、時間をかけるわけにはいかないか。これ以上、彼女が俺のことを覚える前に。

 聞こえていた雑踏を振り払い、覚悟を決める。

 悪いな、メアー。もうお前を利用するわけにはいかない。当初から決めていた計画を実行するために、"後回しにしていた復讐相手"を探す。


「先にやるべきことを終わらせるぞ、メアー。場所は惜しいが、この地区で尋問できるのは次が最後だ。まずは、その男、ギアン隊の最後の生き残りを探す。あいつならこの辺に住んでいるから――」


 メアーに説明し、通りとは反対のほうへ視線を上げたとき。

 挙動不審の男がキョロキョロとしながら荷物を抱えて建物の影に入っていくのが見えて、口元が歪んだ。

 ああ、なんてタイミングの悪い奴なのか。俺にとっては幸運でしかないが、これでようやくあの男に近づく方法が作れるかもしれない。

 男が路地を曲がる一瞬、路地の光が男の顔に差し込み、あの時メアーを運んでいた馬車にいなかったギアン隊の兵士――俺を見殺しにした仲間の一人だと確信して思考が一気に切り替わった。


「っ! 次の標的だ! メアーついてこい!」

「は、はい!」


 駆け出し、一生懸命ついてくるメアーを横目で見ながらこれから先のことを考えるのだった。




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