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第12節「耳の行方」―2


「これは……」


 目の前に広がる光景に思わず口から漏れ出す。

 今、目の前には"メアーが役に立ちたい"と、拾って来た木の実や薬草の類が幾つか広げられ、作っていた焚火と魔力ランタンの横に並べられていた。

 周囲の日はすっかり落ち切り、焚火が無ければ明かりもない。その中でメアーが拾って来た物を拾い上げる。

 広げた薬草――広葉樹の葉に似たそれを一枚手に取り焚火にかざす。色と良い、形と良い、俺の知っている物ではあるのだが……。


「メアー、焚火を作る最中に食料を集めたのは偉い。だが、この草と木の実はお前は普通に食べていたのか?」

「ん。覚えてる、村に居た時、優しい人がそれをくれてた」

「その優しい人は人間だったか?」

「覚えてない」

「そうか……。メアー、お前の取ってきた木の実は人間も食べられる。が、草のほうは毒だ」

「……この草、毒?」

「人間には、な。おそらく、ラプールにとってはそうではないのかもしれない。もし食べるときは人間用の皿には入れないと覚えておけ」

「分かった。ご主人さまは駄目?」

「残念だが無理だ。お前と同じ耳が生えていない人種に食べさせるのは避けたほうがいい。身の危険を感じた時にだけ何とかして食わせろ」

「分かった」


 無垢に頷くメアーに頭を抱えた。

 先ほど口にした通り、名前は知らないがこの葉は酷い腹痛を催すもので、毒物を飲み込んだ時、吸収される前に下剤として使う薬草だ。

 もちろん、腹を満たすことは出来るが避けるに越したことはない。


「思っていたよりもずいぶんと無知、だな。こいつに物を教える奴らは何を考えていたんだ……」

「っ、ごめん、なさい……」

「謝るな。お前のせいじゃない」

「ん」


 わざとかと疑いそうになり、ため息をつき背中を木に預ける。

 装備を付けた腕を休ませるために片方の膝を立てて座ると、メアーが手をつき、近くにぴとっと座り込んだ。

 殺そうと思えば殺せる位置で、警戒もしていない。この葉もおそらく本当に知らず、自分が食べられるから持ってきただけかと、とりあえず安心する。

 物静かで大人しく命令を聞く子供という印象しかなかったが、行商人という言葉も知らなければ、森でとれる薬草の類の知識もない。

 商人の話によれば背も小さい種とのことだが、俺の妹よりもずいぶんと幼いかもしれない。


 そう、メアーは幼い子供のようなものだ。


 王都に向かいすでに二日ほど、彼女はまだ幼いが賢く覚えも早い。道を泥に帰られたということは魔法の扱いを身につければ職にも困らないだろう。

 普通に生きていれば、だが。

 今の彼女は血だまりを見ても動揺せず、誰かに褒めてくれるという行為に縋り付いている節もある。

 見た目のわりに大人びているのに、歳相応の知識しかないアンバランスさを持っている……明らかに、普通の生活はしてこなかったであろう亜人の少女だ。

 見つめているとふいにメアーがこちらを見上げ、首を傾げた。


「……お前はどうして俺についてた」

「どうして?」


 不思議そうに首を傾げたメアーから目をそらし、火の調子を見るふりをしながら近くにあった枝を火に放り込む。


「俺は罪人だ。そのうち悪い人間として人々の記憶から忘れ去られる――本当の意味で死んでしまうかもしれない人間だ。それでもお前は俺についてくると言った」

「うん、言った」

「俺は……酷い人間だ。正義のために生きてきたが、憧れでもある騎士に裏切られた。あの男に……騎士という名を汚したあの男に復讐するまでは死んでも死にきれないと」

「……酷い人じゃない、よ?」

「なに?」

「ご主人さまは優しい人。私を見なかったのに、褒めてくれた。哀れまないで、ちゃんと見て、褒めて……」

「哀れむ? ……少し前の俺なら哀れんでいたかもしれないぞ」

「ん、でも今は違い、ます」

「…………ああ」


 そう、今は違う。

 彼女がどんな酷い目に会って来たとか、彼女がどんな思いでここに来たかは知らない。

 だが、記憶の限り、彼女が今までの生活を好きではなかったと、泥の沼を使った時の記憶で判断している。

 優しかった人が亡くなり、周りが向ける、憐みの目。それが彼女にとって何よりも嫌悪すべき物だった。

 俺も、最初はそうだったかもしれない。酷い目にあり、自らの意志ではなく奴隷の身に落とされた哀れな子供。だが……今は……。


「なのに、ご主人さまは褒めてくれるって。それがすごく、嬉しかった……」

「褒めろと言われたからだ。俺は何もするとはいって無い」

「ううん。誰も褒めてくれなかった、よ? 褒めてくれた、優しい人。ご主人さまだけだった、から……」

「その言い草なら、だれでもよかったのか?」

「ん。だれ、でも? ん……そうかも、しれない」

「はっ、素直だな」

「隠す方が、ご主人さまに嫌われる。違うの?」

「……いや、違わない」

「ご主人さまは私を"可哀そうっていう人たちと違う目"で見つけてくれた。それと優しく褒めてくれた、から。だから、ついて行こうって思ったの」

「そう、か……"見つけてくれた"から、か」


 変な言い回しだ。

 同じ言い回しをするのなら、普通は"可哀そうと思わずに見てくれた"というはず。そう言ったのはきっと、彼女なりの意味があるのかもしれない。

 聞くことは野暮だと思うのと同時にもし、俺がそうじゃなかったら彼女は一緒に来なかったかもしれないと思うと、不思議な安堵が胸を撫でおろした。

 彼女に会った時の俺は、少なくともそうだったかもしれない。

 だが、メアーの思考をある程度把握した今の俺は……どちらなのだろうか。

 メアーの言葉を飲み込もうと考えながら手で地面を探ると、小さな枯れ枝が指に触れる。

 無造作に焚火に放り込むと炎が枯れ枝をゆっくりと伝っていった。


「俺が、可哀そうな目で見なかったから、見つけた、なのか?」

「ん……。

「そうか……俺はお前を可哀そうと思っていなかったのか」

「ちがう、の?」

「……どう、だろうな。お前の言葉が正しいのかもしれない」

「私はそう思い、ました。だから、ご主人さまに首輪の人になってほしいって」


 メアーはそう言って自分の細いのどにはまっている太い革製のベルトに手を伸ばしベルトに触れる。チャリっとベルトが金属音をたてメアーは嬉しそうに耳をピンと持ち上げる。

 そうすると年相応の女の子――にしてはおとなしいが――で、とてもではないが奴隷になる理由なんてない子だ。

 たどたどしい敬語も含めて。


「なあ、メアー。他人を敬うのは苦手か」

「ん、ご主人さまにはです、ます、ましたを使えって言われ、ました」

「そうか。……俺には気を遣うな。できるだけでいい」

「ん、分かった」

「……。暇だから聞く。いいな?」

「ん」

「メアー、お前ほどの力――魔法を使う力があればどんな奴が来たとしても問題はなかったはずだ。なのに、お前は奴隷として捕まっていた。どうしてお前はあの時、あの崖下で素直に捕まっていた」

「……つまらなかったから」

「なに?」


 思ってもいなかった返答で聞き返してしまう。だが、メアーは隈のある瞳で俺のことをじっと見上げていて、物怖じしそうになる。

 背を木に預け、「それで?」と続けさせる。


「村の人、ずっと可哀そうな目で見られて、それが嫌だった」

「……いつからそう見られてると思った」

「家を壊してから」

「家を壊した? 自分の家か?」

「ん、優しくしてくれた人が自分を守れって言われたからあの泥で」

「馬車を沈めたあの魔法か」

「優しかった人はいつも褒めてくれてた。だからすごく頑張ったらもっと褒めてもらえるって思ってた。だから、頑張った」


 淡々と語り、哀しいとすら思っていない声色に眉を寄せ、流れ込んできた記憶を思い出す。

 流れ込んできた記憶を思い出す。今の言葉に嘘偽りがないのであれば、あれはきっと彼女の記憶だろう。彼女はきっとその"褒めてくれる人"も一緒に魔法に巻き込んだ。

 二人とも母親か、父親か。靄のかかった彼女の記憶からは判断できなかったが、そんなところだろうか。

 「でも」と、メアーは膝を抱え込んだ。


「私が頑張ったことを褒めないでかわいそうかわいそうって言われてた。ただ、褒めてほしくて頑張ったのに、だれも……。だから、かわいそうって思う人は嫌。ご主人さまはそう思わないっておもったから」


 メアーは嬉しそうに顔をほころばせて言う。

 村の人間も知っていたと仮定し、魔法の巻き添えにしたとなれば、確かに周りからは可哀そうと言われ続けるだろう。

 本人が、そう思っていなかったとしても。

 優しさや、そう言った方が良いと理解していたからこそ、周りはそう言い続けたはずだ。だが、彼女からすれば"欲しくない言葉"だ。

 フレミアに嵌められる前までの俺も、きっとそうしたはずだ。

 ……本当に幸運だな、俺は。

 こうして話してくれたおかげで、嫌だと口にしても理解されず、この覚えの速さからすればすぐに言うことも止めたのだと察せる。

 ただ、俺には何も返すことは出来ず「そうか」とだけ返した。


「ご主人さまは?」

「なんだ」

「まだご主人さまのお話、聞いてないから。私はもっと私を見つけてくれたご主人さまのこと知りたい。ダメ?」

「っ、俺か? 俺は……」


 散々聞いてしまったからこそ、俺のことを教えてもいいのかと戸惑ってしまう。

 俺は復讐者だ。

 例え、どんな理由があったとしても、結果だけを見れば俺は大罪人で、この旅が上手く終われば、国に囚われ、彼女に会うこともなく死ぬことになる。

 これからの事を考えれば、なおさら俺のことなど知らずにいるべきだ。

 奥歯を噛み締め、迷っていると、パチンと炎が弾ける。

 ハッとして日を見ると、いつの間にか燃えていた火は小さくなり、寒さが着込んだ服の下に侵入してくるようになっていた。


「しゃべりすぎたな。そろそろ火もなくなる。この辺は寒くなるし、とってきた物を食べてそろそろ寝ろ」

「ん」


 ごまかすように食べられる木の実を選んで火にくべる。

 既に温めていた木の実をほうばると、カリっとした香ばしいにおいと味が口の中に広がった。

 味はしないが、栄養を取るだけならば問題はないと、最低限の食事を続けていると、袖を引っ張られていた。

 好みに合わなかったのかと見ると、先ほどの草を抱えたメアーが俺のことを見上げていた。

 草を見て一瞬殺されるかと思ったが、眉を寄せる顔を見る限り、違う用事だろうか。


「あの、ご主人さま。寝てる間、私を抱くことはできますか?」

「誤解しそうなことを……。寒いのか?」

「ううん。でも、眠れない。ずっと……ずっと……誰もいなくなってから、ちゃんと。だからこれからもたくさん抱きしめてくれませんか?」

「はあ……。言っただろ、俺もお前を利用するから、お前も俺を利用しろ」

「今日からずっと、一緒でもいい、ですか?」

「……何かあったら起こすぞ」

「っ、はい。えへへ……」


 許可をもらったメアーは嬉しそうに口元を緩ませ、俺が立てていた膝の間を潜り抜けられる。そこから入ってくるとは思っていなかったため「お、おい」と抗議の声を上げたが、気にせずに動かれ、足と足の間からメアーが顔を出す。

 まるで寝屋を共にするように抱き着かれ、ただでさえ小さい彼女の体がすっぽりとその場に納まった。

 当然、行商人が渡してきた服越しにメアーの華奢で平らな体が押し付けられ、「暖かい、人肌……」と満足そうなメアーの吐息が胸元を登って首筋を通り、こそばゆくなる。

 さすがに距離が近い。

 引きはがそうとしたが、彼女が自分の家族を魔法で沈めたことを思えば、自ら甘えるメアーを無下には出来ず、伸ばしていた手を背中に置く。

 メアーの背中に置いた手に彼女の熱が伝わる。この度をして、初めて知った、ラプール種は体温が高いらしい。

 この寒空の下での野宿なのに彼女を抱いていると凍えるという経験はすることはなさそうだった。 


「仕方ないな……。そのまま寝ておけ、明日も移動をしなきゃならない」

「ご主人さまは?」

「俺は見張りがある。二人とも寝れば火が消えてフォーヴが来る可能性もある。寝れると思っていたが、馬鹿の怠慢のせいで寝れなくなった」

「…………。大切なご主人さまは『守らなきゃ』」


 胸元からメアーの祈りが聞こえ、足元がぐちゅぐちゅと泥になり、かすかな音と共に地面が盛り上がった。

 有無を言わさず発動された魔法に動揺し、腕の中にいたメアーを守ろうと反射的に抱きしめてしまっていた。


「お、おい! メアー!」

「平気。あの時の沼じゃない。私を抱きしめてて、ください」

「くそっ、何をするか言ってからしろ」


 平気と言われたが、あの光景を見ておいて平気だと思えるほど肝は太くない。

 小さな体を抱きしめ続けていると、靴のつま先や背後からも土が盛り上がり、あっという間に土の壁に飲み込まれていく。

 緊張で苦しくなるが、耐え忍んでいると静かに泥が動きを止めた。

 においは……土のにおい。当然だ。片腕を伸ばし壁に触れてみるが、先ほどまで草だった場所もただの土にのまれ、乾いたレンガのような固い感触に変わっていた。

 試しに手の甲で打ってみてもレンガと同じ鈍い音が土壁の中で反射するだけ。

 まるで、二人だけの空間に閉じ込められてしまったようだった。

 メアーが俺の腰のあたりでゴソゴソと手を動かし、何をするかと慌てていたが、荷物の中から何かを取り出した。

 取り出されたそれは四角い鉄の箱で、メアーが両手で持つと徐々に光が灯り、オレンジ色の光が暗闇を照らし出した。

 照らし出された空間は地面と同じ土の壁が広がり、丸く閉ざされた部屋のようになっていた。

 思わず手を伸ばすが、やはり土のザワザワとした感触が指先に伝わってくる。


「これは……」

「土の壁。ご主人さまも眠れるように」

「魔法か。だが、魔力というのは消費するものだと聞いた、お前は――」

「平気」

「また無理か?」

「ううん。ここ、すっごく暖かい。魔力もあんまり減ってないから朝までは平気」

「だが……」

「息もだい、じょうぶ……だから。ご主人、さま、も……」

「メアー。メアー?」


 か細くなった返事に暗闇で目を凝らすと、体をだらんと寄りかからせ、すぅすぅと寝息を立てていた。

 寝顔までは見えないが、安心している様子に無理やり起こすのも躊躇われ、ため息と同時に自分の額に手を当てた。


「俺も眠れるように、か。先に質問に答えてからにしろ、メアー」


 もたれかかった彼女が自分の髪を下敷きにしないようにまとめ、安らかに眠る頭に手を当ててやる。

 これから先、この子が生きていけるような場所を用意するために任せる人間の候補をいくつも考える。

 宿屋のルルルクさんに看板娘のサラ、兵士隊長のギアンさん。今思いつく限りでメアーを任せられる人は俺なんかよりも立派な人たちだ。彼らであればメアーがちゃんと生きていけるように教えてもくれるだろう。

 この世界で唯一頼れる人たちだ。

 復讐だ。復讐さえ終われば、彼らにメアーを預け、俺は……。


「おやすみ、メアー。せめて夢の中では俺の事を忘れてくれ」


 暖かいメアーの体温と彼女が張ってくれた土の壁を眺め、久しぶりに静かな夜に瞼を閉じる。安心できる夜などいつぶりか。

 俺は、知らぬ間に睡眠をとってしまい、目が覚めた時にはすっかり日も昇り、検問所も箸を下ろしていた。



 メアーに守られ、彼女を抱いた夜は……不思議と悪夢を見ることはなかった。



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