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第5節「不穏な気配」―2


 こんなモノを騎士として認めていた自分への怒りとフレミアのあまりの堕落した態度が全身を嫌悪感になって駆け抜けていく。


 ――これが騎士? 正義を成すために国王様が任命した、国公認の正義? そんなわけがない。こんな私利私欲のために動く人間にも劣る肉塊が騎士だとでも? こんなの……こんなのが!


 苛立ちを抑えきれない。その場で礼儀など関係なく、ため込んでいた息を思い切り吐き出し姿勢を正した。


「フレミア殿の申し出は決して受け入れられるものではありません。どうかお考えを正してください」

「ほう、どうしてだね。君もこの亜人に目を奪われた口ではあるだろう?」

「たしかに、その子は女性に疎い自分でも綺麗だと感じました」

「ならば――」

「ですが!!」

 キッと目の前で騎士たるべき姿を一切見せないフレミアに、怒りの矛先を向ける。


 今回の任務だって、彼女のような人たちを助けるために国王陛下から直々に命じられた任務だったはずだ。

 なのに、この男は騎士を辱めるだけならばまだしも、亜人を助けようと苦心してくださった国王陛下のお言葉すら背こうとしている。

 そのような不正を見過ごすのは許す理由などない。


「お忘れかもしれませんが、我々は兵士であり、兵士は王に代わり民を守る仕事です。この国では弱きものは守るべき対象――そして、我々は弱きものを保護するべき立場です。そして、彼女はその保護するべき対象……。保護する側の我々が対象への一方的な劣情は許されていいわけがありません」

「お堅いなあ、リヴェリク君。君は若い。その年ではまだ色は詳しくないだろうが、これほど将来有望な子はほとんど居ない。水が滴るような若い蕾を摘んで手元に置きたいと、そう思うのは自然だろう」

「男としては理解はします。ですが、ソレとコレとは話が別です」

「はっ、別ときたか。では初めてを君に譲ろう」

「おっしゃっている言葉の意味が理解しかねますが」

「この子の初めて――処女を、だよ! 先ほども言った通り、私ではなく君が先にすることを許そうでないか。君のおかげでこうして良い奴隷をタダで抱けるのだ。それくらいの働きをした故だ! だがこれ以上粘っても私からは何も出ないぞ、少年。人間らしく、己の自己満足のため、素直に受け取るべきだと進言しよう」


 どうだと俺の顔を覗き込んでくるこの男が信じられず絶句してしまう。

 まさか、そこまで話が通じないとは。

 騎士として、兵士としてするべきことを優先するべきだと上申しているのにもかかわらず、この期に及んで俺が少女を手に入れるためにわざわざここまで足を運んだと勘違いされている。

 首を横に振り、亜人の少女に手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。

 その子の腕は服越しにも温かく、間違いなく生きているのだと教えてくれる。


「ははっ、やはり君もその子が――」

「もう一度はっきり言いますが、お断りします、フレミア・ド・シュヴァリエ殿。今回の行い、騎士としてその行動は恥ずべきだと思わないのですか」

「騎士として恥ずべき、だと?」

「あなたはコアコセリフ国の国王、其の人から直接騎士の称号をお受け取りになった、誇るべき騎士の位の方だ。民の事を考えてくださる国王陛下から騎士の位を預かっておきながら、人間として守るべき対象からの搾取など、恥ずべき行為にほかなりません」

「はっ、ははっ、だからこの期に及んで、という訳か。なるほど、なるほど……」

「……?」

「それで? リヴェリク君。君はこの後、どうするつもりなのかな? まさか今すぐ国に戻り、国王様に告げ口をして、この俺から騎士の位をはく奪するとでも?」


 いやみ君のようにヘラヘラと悪びれもせずにそう言われ、重苦しいため息がのどから零れ落ちていく。

 この程度の人間が、村を守った英雄でもある父と同じ騎士だなんて、この国の長い歴史の中で度々話題に上がる亜人たちを民として認められた国王陛下に認められているだなんて、信じられるわけがない。

 姿勢を正した心の内で握っていた拳がさらに固くなる。


「そのつもりだ、と言ったら? 正しい行いをしない者が騎士としてこの場所に立っているのは間違いでしかありません」

「何を言うかと思えば……。なあ、リヴェリク君。これはあくまで善意で口にするのだが……」

「善意? あなたのような人間が、ですか?」

「それ以外に何がある? 私にも最低限の善意というものはある。だからこそ口にするのだが、君の今後を考えてもやめておいた方がいい、と助言をせねばならない。賢くなりたまえ、君は未来有望な若者、これから先こういうことを目にする機会も増える。そうだろう?」

「いいえ、見逃すわけにはいきません。国王陛下だけならまだしも、ここに居るほかの兵士たちがそんなことを許すとでも?」

「ほかの兵士、ねえ……。なあ、いくら国王様とはいえ、こんな奴隷の一つや二つどうしたところで文句は言うまい。これからも大きくなっていく国の小さな不祥事でしかない。君はこんな小さなことで国王様の手を煩わせようと――」

「騎士は国王様が一定の働きをしたものに対してのみ与えられる称号であり名誉です!」


 不快な発言を続けられる前に大声で言葉を切り伏せ、大きく息を吐いた。

 この男が今口にしているのは本来敬うべき国王陛下から与えられた職務への侮辱と怠慢の証であり、今この場で切り伏せたとしても問題はないであろう発言ばかり。

 だが、俺はいち兵士でありにそんな権限があるわけもない。今にも殴り掛かってしまいそうな怒りをぐっと歯を噛み、握りしめた拳を震えた。

 何故、何故……何故、こんな人間が騎士という称号を受け取ることが出来たのか。それすらも信じられない。


「だが、今あなたは国王様が信念に挙げていらっしゃる、亜人推進派の動きとは乖離していると見受けられます。働きに見合わない物が居ると進言すれば、耳を貸さずにはいられない事だと思いますが」

「はあ……。そうか、君はそう言った人間だったか……」


 怒りで震えそうな拳を抑えていると、フレミアはやれやれと言った様子で頭に手を当て重くため息をつきだした。まるで軽い失敗をしでかした時のソレだ。

 まさか、このような事態を軽く見ているのか。だとしたら楽観が過ぎる。


「なにか思うところでも?」

「ああ、いや、すまない。君がそこまで騎士に真摯で、正義感たっぷりな若者だったとは思わなかった……。人を見る目はないと言われて、そんなことはないと断固として口にしてきたが……。これはたしかに私の失敗だな。人に言われても問題に直面するまで気が付かないなんて自分を愚か者だって言っているような物じゃないか、なあ?」

「いったい、なにを……」


 

 どうして、この男はどうしてこの期に及んで悪びれた様子も焦った様子も見せないのだろう。

 どうして、こんなに俺を追い詰められるような自信を持っているのだろう。

 これではまるで……。

 まるで、そう。



 自分の勝ちを確信しているみたいではないか。



 自信を欠片も失わないフレミアに得も言われぬ恐怖と不安が靄になって胸中を包み込む。

 対応策のない恐怖で後じさりをすると、フレミアは「どうしたのかね?」とまた大仰に手を広げると、今度は立ち上がって見せる。


「なに、君のせいじゃない。俺の見通しが甘かっただけのこと」

「見通し? お前、何を考えて……」

「せっかく裏で動いている奴隷商の足取りを掴んで亜人攫いの名まで使って推進派を揺さぶるついでに分け前としてタダで奴隷を手に入れる算段がぱぁじゃないか。私兵に黙っているように言ったが、こんな人間が居たのなら意味がないじゃないかまったく」

「亜人攫いを使う? それに推進派を揺さぶるって、それじゃあまるで……」


 今までの不審な言道と今の言葉が混ざり合い、見えていなかった真実がだんだんと頭に刷り込まれていく。

 そうだ、何もかもおかしかった。

 亜人の事を当然のように物として扱う言動。

 故郷の村で聞いた賊に襲われたらしい村を調査したフレミアという騎士の名前。

 そして、推進派を揺さぶるという言葉。

 もしかして、騎士の称号を持っているはずのこの男は……。


「っ! フレミア、まさかお前、現国王派を陥れるために――!!」


 気持ちの悪い、ニヤニヤした顔を一瞬で焦ったような表情に切り替え、仕切りを剥いだ。

 なにを、と問い詰める間もなかった。

 一瞬で距離を詰められたかと思うと、俺が腕を持っていた亜人の少女にかぶせられる。

 そして、何をしているかを察して、血の気が引いた。


 今、この場面を誰かに見られてしまえば、どう思われるのだろうか。


 相手は国王陛下に任命された騎士で、俺はただの兵士。

 まるで、今にも襲われる少女を助けようとするかのように偽装されてしまう。それを理解し、慌てて少女を取り戻そうと腕を伸ばしたが、フレミアが俺と彼女の間に割って入ってしまう。


「おい! だれか来い! 我らの調査隊の中に亜人推進派である国王様に仇なす亜人反対派の過激派が紛れ込んでいたぞ!!」

「なっ!」


 この悪辣な男の所業が許せないという怒りに水をかぶせられ、冷静になった頭で自分の愚かさを呪った。

 どうしてここまで下衆な男が国王陛下に任命される騎士まで上り詰めたというのか。

 そんなもの、自らの罪を他人にかぶせた冤罪やマッチポンプの功績の可能性が著しく高い。

 そして、今いるのは国王様から騎士の称号を預けられたフレミア殿の駐屯するテントの中。たくさんの鎧をつけた足音が聞こえ、入り口の布が乱暴にめくられる音が耳に届く。

 振り返ると多数の兵士たちが剣を持ち、今俺たちの光景を目に焼き付けていた。

 今彼らの目には、いち兵士でしかない俺が騎士と対峙し、その傍らには仕切りの布で覆われた亜人の少女が映り込み、手を伸ばした俺の姿が映っているはずで……。

 そして、今まさにフレミアの呼び声で集められた事情を知らない兵士はこう思うだろう。


「お、お前、馬車を止めた兵士……っ! フレミア殿を援護しろ!!」


 思っていた通りの言葉が兵士の口から叫ばれ奥歯を噛み締めた。

 やられた。相手は兵士だ、顔覚えられているのならばこの場を切り抜けたとしても証拠で押さえなければ無実の罪で追われるのは明白だ。

 せめて、彼女を逃がそうと再び伸ばした手をフレミアに捕まれ、目の前の見えている大罪人フレミアに為す術もなくなだれ込んできた兵士たちに押さえつけられ、拘束されるのを黙って受け入れるしかできなかった。





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