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幕間「眠たくなった」



「どう、して……?」



 ガランゴロンと揺られていろんな臭いが染みついた檻の中。

 私は新しいご主人さまに案内するって言われてどこかへ連れていかれている途中で、すごく眩しいランタンの光で目が痛くならないように外を見てたら、馬車が大きく揺れて布の下に崖が見えたの。

 そこは見たことがない白い岩がたくさんあって、ずっとずっと上まで続いてる崖の下だった。めくれた布を見てたら、その奥、崖の上に真っ赤な髪のだれかがこっちをすごく怒った顔でこっちを見てて、それが不思議で喋らないように言われてたのに声が出でた。


 ああ、あの人の目、見たことがある。

 怒って私をにらみつけてるあの目。住んでた村で"ちゃんと褒めてくれた人"がいなくなった日、そこに居たたくさんの人たちが私を見ていた目と同じ目だった。

 どうしてみんながそんな目をするのか分からなくて、気持ち悪くて……。

 今も、ずっと……。ずっと……。


 なのに、なんでだろう。

 その人を見たとき「どうして私を助けたんだろう」って思ったの。

 その人だけの目がなんだかずっとずっと気になって……。

 もやもやして、それがなにか分からなくて、そのまま膝を抱えて目を閉じた。



      *     *     *      



 あの人たちは私のことを"奴隷"って言ってた。


 私を欲しいって言った人の言うことを聞いて、その人をご主人さまと呼んでご奉仕をする。そうすれば、私をちゃんと褒めてくれるって。

 今度は新しい家とご主人さまを探しに行くんだって聞いたけど、たぶん嘘なんだと思う。



 だって、私を"ちゃんと褒めてくれた人"はずっと前に家と一緒に消えちゃったから。



 住んでた村のことはあんまり覚えてない。

 覚えてるのは、私と同じ耳が薄くて長い優しいだれか。その人は優しい人で私ががんばったことを"ちゃんと褒めてくれる優しい"人。

 もう顔も、声も分からない。でもご飯をくれて、言うことを聞いていれば、たくさん褒めてくれた人。

 その人が私を褒めながら言ってくれた言葉。


「いい? ――。もし、あの人に……ううん、自分が危ない目に遭ったらあなたは自分の魔法で自分を守ってね、約束よ。あなたは特別なのだから」


 どうしてそんなことを言ったのかはわからなかったけれど、自分を守ればちゃんと褒めてくれるって思って、その時が来たらすごく頑張ろうって思ったの。

 

 でも、すぐにその時が来た。

 虫の音がすごくうるさい日。その日もいつもみたいに眠っていたら、やけに騒がしくて起きたら優しい人の上に誰かが乗ってて、すごく嫌なにおいがしてた。

 そのだれかは評判がいい人で優しい人は何をされても平気だからと言ってただれか……。

 ソレが優しい人を投げて、優しい人がその後ろからすごいお顔で走って危ないって言ってくれた。

 危ないって言ってくれて、すごくうれしかった。

 だって――



 これで"ちゃんと褒めてもらえる"かもしれないって思ったから。



 だから、優しい人に言われたから、すごく頑張った。

 言われた通り、私が仕える魔法を使ったの。

 そうしたら、あふれ出した泥が耳が痛くなるくらい大きな音を立ててぎゅっと耳と目を閉じた。

 音がしなくなったら、周りにはぐちゃぐちゃに崩れた家の残骸があって、赤く染まってだれも居なくなった泥の中心で、体をなにかに巻きつかれて動けなくなってた。

 だれも居なくなってて、言われた通り自分を守れたからこれでたくさん褒めてくれるってワクワクしてた。



 でも、ちゃんと私を見て褒めてくれる人は居なかった。



 がんばって探したけど"ちゃんと褒めてくれた"人はどこにもいなかった。

 それからは、まわりには怖い顔と困った顔で「かわいそうに」とか「大丈夫だった?」って言われてて、"私をちゃんと褒めてくれなくなった"代わりにご飯をくれるだけの人がたくさんになった。

 なんでそんなことをするのか分からなくて、みんなが自分を気にしてるのがすごく肌に刺さって……。

 それが凄く凄く嫌で気持ちが悪くなって居心地がすっごく悪かった。

 私はもうここには要らないんだなって思った。


 それからお日さまが何回か沈んだら、またうるさい音で目が覚めたの。外に出たらたくさんの人が倒れてて、馬車を動かしてた人と同じ服を着た人たちが居た。

 たくさんの人が集められてて、どこかへ連れて行けってカチャカチャって音が鳴る服を着て騒いでる人が居て……。

 これで新しい褒めてくれる人を探しに行けるって思った。

 ここにいてもずっと怒ったみたいな目で見られて、私が居ちゃいけないんだって場所だと思ったから、隠れてる場所から出て私も連れて行ってってお願いをした。



 それからすぐに狭くて暗い場所に連れていかれて、太くて首輪をもらって寒い服に着替えたら、新しいご主人さまが見つかるまでいろいろ教えてくれるって言ってた。

 私が新しいご主人さまはって褒めてくれる人か聞いたらその人は変な顔をしたけどすぐに笑顔でそうだって教えてもらって、その人が分かるようにって首輪までつけてくれた。

 だから、その人たちの言う通りにしようって。だって、褒めてくれる人を探してくれるなら何でもいいって思ったから。

 最初は黙ってればご飯をくれて、色々教えてもらえていいところだなって思った。

 新しい"ちゃんと褒めてくれる人"はご主人さまって言えって。首輪もその人につけてもらえって。魔法はその人に聞いてから使えとかもし痛い思いをしたら自分のせいだぞって言われたり色々。


 でも、すぐに嫌な場所だなって思った。

 眠る場所はいつもうるさかったし、たくさん誰かがいたから邪魔だったけど、それでもじっと"ちゃんと褒めてくれる人"を待ってただけだったのに、ほとんど私よりも大きくて、私を見るたびに「小さいのにかわいそうに」って村の人たちみたいな目で言われて、すごく嫌な気持ちになった。

 でも何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も我慢して、新しい"ちゃんと褒めてくれる人"……ご主人さまを待ったの。

 私に色々教えてくれた人が言っていた首輪の人――私の事を飼ってくれるって言うご主人さまを。


 でも、ここにも私の事を見てくれる人は来なくて……首輪の人はいつになったら来てくれるんだろうってずっとずっと考えてた。


 私は、もう、いらないのかもしれない。

 私は、もう、誰も見てくれないのかもしれない。

 私は、もう……誰も、私のことをわかってくれないのかもしれない。


 ずっと……ずっと、そうやって、考えてた……。


      *     *     *      


 気が付いたら虫の音が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。

 顔を上げるとまわりは見たこともない木がたくさん生えてて見たことがなかった。

 まわりには、広い場所が見えて大きな布が家みたいにたくさん並んで、家の真ん中にはおっきなたき火を囲んだ知らない人がたくさんいて、なにかしゃべりながら食べたり飲んだりしてて、ああ、また違う場所に連れてこられたんだなって思ったの。

 でも、今度は何をすればいいんだろう。

 奥の一番大きな家から二人、重そうな服を着た人が歩いてくるのが見えて、しばらく眺めていると檻の前まで来て鍵を開けられる。

 どうしてこの人は檻の鍵を持っているのだろう。

 不思議に思っていると兵士さんはとっても嫌そうな顔をしながら「出ろ」って言われた。

 この人たちが"ちゃんと褒めてくれる人"なのかな。


「なあに?」

「お前はこれから俺たちの命令を聞くんだ。いいな」

「そうすれば、褒めてくれる人の所に連れて行ってくれるの?」

「あ? はっ。ああ、そうだよ」


 良かった。まだ約束は忘れられてないんだって思って、その人たちの言う通りにしてゆっくりと頭を下げて頷いた。


「ん……どう、するの?」

「フレミア殿……って言っても分からないか。ある人に会って奴隷としての役割をしてもらう。お前は小さいが顔は良い。あの物好きなフレミア殿は亜人も人間も綺麗なら構わないらしいからな」

「私の体でご奉仕ってこと?」


 教えられたとおりに答えたけど、目の前の誰かの顔がすごく変な顔に変わった。

 間違えたのかなって思ったけど、でもすぐに「ああ、そう思え」って言っててほっとする。

 よかった合ってたみたい。


「いいから、早く出ろ……くそ、なんで俺がこんなことを……」

「ん、分かった」


 出口へ行こうとしたけど、体が動かなくて手をついてしまう。

 そのまま手をついて進もうとすると、突然服が引っ張られて首が絞まってしまい息が吸えなくてえずいてしまう。もう一人の人が引っ張った人を叩く音が聞こえてきてようやく息が出来るようになった。


「ぇ、けほっ! えほっ……」

「おい! それで死んだらどうするんだ、殺されるのは俺たちだぞ」

「チッ……なにしてる、早くしろ」

「はい」


 いつ、ちゃんと褒めてくれるかな。

 言われた通りについて行って、眩しい大きなたき火の横を通ったとき、何かが動いて見てみたら、小さな布の家の一つが動いて、赤い髪のお兄さんが顔を出しててびっくりする。

 あの人だけが世界の中で色を持ってるのに"ちゃんと褒めてくれる人"の目じゃなくて……。

 本当に、ちゃんと褒めてくれる人は居るのかな。

 そう思いながら一番大きな布の家へ歩かされた。



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