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第4節「ラプールの少女」―3


「……何かありましたか」


 手綱を握っていただれかが周りの音でかき消えていまいそうなほど静かにそう言った。

 声色はいたって普通。高くもなく低くもない。かといって特徴的な声でもない、平均的な成人男性の声で印象に残らない声だ。

 護衛を連れているにしてはこちらを訝しんでいるわけでも警戒しているわけでもない、まさにこういう状況には慣れているのが声に滲んでいる。

 あからさまに普通の人間的対応なのに、この場に至ってはすべてが不自然と言っていて、冷や汗が流れていく。

 俺のような露骨に怪しい兵士に止められることを何とも思っていない、ということは相応にこういう事態に慣れきっている相手だと認識するべきだ。


「あまり芳しくないなこれは……」


 ぽつりとつぶやき一息入れる。

 護衛を含めて一挙手一投足を見逃さないように神経を尖らせるが、まるで俺が止めるのを分かっていたかのような態度で、フードたちには慌てる素振りもない。

 緊張で喉が渇いていくが、時間を稼ぐには会話でつなぐしかない。

 出来るだけ平静を装って対応するため防寒帽をもって会釈をした。

「いえ、止めてしまってすいません。この先に何か御用ですか?」

「野暮用……いえ、商いといったところですよ」

「このような夜更けにですか」

「夜更けだからです。この辺の魔獣や獣は夜行性が少ないですから。そのような装備でここの検問をしているのであればお分かりでは?」

「このあたりの知識もおありですか。たしかにこの辺りは夜行性は多くはありませんから、その判断は賢明です。ですが検問をしているのは別の理由でして」

「ほう、もしや野党ですか?」

「まあ、はい……。似たようなものだと思っていただければ。相手が人ならば夜の闇に紛れて現れます。特にこの国での要注意団体の報告もありまして」

「それは物騒ですな」

「ええ、人の来ない国境ですが、それが理由で検問を。出来れば荷物を拝見したいのですが……。ずいぶん大きいのでは?」


 一応、形式上のやり取りを交わすと、手綱を握っていたフードがかすかに動いて二人の護衛が左右に開くのが視界の端に移り、止まらなかった冷や汗がどんどん増えていく。

 これはもしかしたら"アタリ"かもしれない。


「もしやと思われるのですが、あなたがは"亜人攫い"というお名前に心当たりが?」

「……いえ、私たちの荷物は少々大きな商品でしてね。大切に保管するためにはこの先を通らなければいけないのですよ」

「へえ、この先ですか。この先には教国との国境しかない、と記憶しているのですが、思い違いでしたか」

「はは、お詳しいですね、色々と。この周辺地理だけでなく、噂までお知りになっているとは……コアコセリフ国の兵士は優秀です。商人としても勉強になります」

「まあ……。ところで荷物を隠している布の中身は。確認してもよろしいでしょうか」

「ええ、ええもちろんです。ですが、お見せするような物ではない……と言っても無駄でしょう。ささ、どうぞこちらへ。護衛も引かせます故、ご安心ください」


 手綱を握っていた男は手綱を席に置くと、馬車からゆっくりと立ち上がり、それ以上に遅く足元のステップに足をかけて下りてくる。

 男の体重移動で馬車と共にランタンが揺れ、明かりが護衛のように左右へちらついた。それを敏感に感じ取ってしまったのか、馬たちの落ち着きが無くなるにつれ、胸中の危機感が肥大化していく。

 命拾いで大きくなっていた気が一瞬で削がれ、噴き出した冷や汗が頬の上を滑り落ちていった。

 目を左右に送ると広がった護衛のフードに囲まれてしまっていた。

 まずい、先手を取られてしまっている。この人間たちが本当に件の亜人攫いであれば引き下がってもおそらく無事では済まなくなる。

 足を踏み出せずにいると手綱を握っていた男が振り返り「どうかしましたか?」と聞かれてしまった。


「い、いえ……今、行きます」


 緊張のあまり呑み込めていなかったつばをゴクリと飲み、剣をおろしゆっくりと馬車を回り込む。ランタンの光が山風に揺らされ、チラチラとやかましい光が明滅した。

 空気や森の粉に触れ黄ばんでしまっている布にゆっくりと手を伸ばし……。



 周囲にいた護衛の姿が視界から消えた。



「っ、しまった!」

「見つかってもいいように餌にして周囲の森にばらまけ」


 とっさに振り返り剣を構えようとしたが、手元で鋭い金属音とともに剣が言うことを聞かず、ピクリとも動かせなくなってしまう。

 手元を見れば片方のフードが短剣かなにかで剣の根元を抑えられてしまっていた。


 ――まずい! いつの間に懐に潜り込んで……!


 自分の身を守る術を失い、心が急速に焦りで満たされていく。せめて抵抗しようと必死に剣を上げようと試みるが、相手も決して動かず剣を動かさないことだけに全神経を集中しているのかびくともしなかった。

 耳に障る金属音を響かせるだけで一向に動かせず、何とかしなければ。何とかしないといけないという焦りが蓄積して周りが見えなくなってしまう。


「くそ! もう一人はどこに!!」


 もう一人を目で探すといつの間にか抜かれていたナイフがランタンの光を反射し、柔らかに輝いていた。

 先の未来が見え、世界がゆっくりと進んでいく。


 ――っ、剣は動かない。今から腕を動かしても止められる可能性は低い。俺の正義は、まだ、何も為せていないのに。


 目の前でとらわれている亜人すら解放することも出来ず、ここで途絶えてしまうのか。

 もう、駄目か。

 そう思った時――。



 踏み込もうとしたフードの護衛の足先に明るく火の灯った火矢が刺さり周囲を照らし出した。



「っ、今なら!」


 動きを止めたフードの護衛の手を弾き、自由になった剣を構えてそのまま対峙すると、崖上がにわかに騒がしくなり、目の前のフードたちが動揺し始める。

 崖上を見ると俺と同じ鎧を着こんだ兵士が各々松明を掲げ、崖上や周囲の森の中を照らし、昼間のように明るくなっていた。

 ちょうどこちらからも見える崖縁からだれかが手に持っているランタンの光が点滅し、フレミア殿らしき人影が高々と剣を振り上げた。


「そこの馬車を引いている者ども! 私たちが国王直属の命令を受けた、騎士隊と知っての狼藉か! お前たちは包囲されている! コアコセリフ王の名のもとにそこにひざまずくといい!」


 応援が間に合ったことに安堵し、フードたちに視線を戻すと目の前の男たちは頷きあうと、一目散にその場から森の中へ逃げ始めた。


「なっ!? ま、待て!」


 圧倒的な数に撤退を選んだフードたちが森の中に消え、とっさに追うことが出来なかった俺と馬車が取り残されてしまった。

 茫然と見送っていると興奮気味に鳴いた馬にハッとして、慌てて彼らの首元に手を差し伸べる。


「よしよし、もう大丈夫だよ。後でご飯を上げるから、落ち着いてくれるかい?」


 敵意はないことと子供に言い聞かせるように優しく首に手を伸ばすと、賢い子たちなのか、すぐに落ち着いてくれる。

 だが、おかげでフードたちを死に物狂いで追いかける気も霧散させられてしまう。

 また現れるかもしれないフードたちに荷物を取られないよう見張っていると、フレミア殿たちが到着されたのか馬車の周りを兵士が取り囲んでいく。

 兵士の中からフレミア殿がこちらを見つけられたのか、駆け寄ってきてくださった。


「リヴェリク君、無事かい」

「フレミア殿。来ていただきありがとうございます。しかし、荷馬車を引いていたフードたちは逃がしてしまいました……申し訳ありません」

「なあに、そちらは気にしていないとも。君が一人で馬車を止めていると聞いて慌てて兵を連れてきたのだが、無事なようで安心したよ」

「え?」

「どうかしたのかい?」

「い、いえ……」


 なぜ、この人は俺が馬車を単独でとめると思っていたのだろうか。

 確かに俺は“亜人攫い”の疑いがある馬車を止めはしたがフレミア殿へ報告に行った兵士には止めに行くとは言っていないはずなのだが……。

 疑問が不審に変わり、慌てて首を振った。

 上司の行いに疑問を持つなど兵士としては二流もいいところだ。きっと先に先行していた部隊が報告をしたに違いない。

 こうして危機に駆けつけてきてくださった相手に疑いを持つのは良くないだろう。その程度の礼儀はわきまえてるつもりだ。

 フレミア殿はよほどうれしいのか。肩を回して背中をたたくほど喜んでくださる。


「君は一人で亜人攫いと思わしき馬車を止めたのだ、誇りたまえ! そんな君にけがをされたら私の名前に傷がついてしまう!」

「い、いえ! けがは奇跡的に平気です。心配していただき、感謝の極み」

「はっはっはっ、そう恐縮するな! この山道を案内しただけでなく、こうして亜人攫いの荷物と思わしきものも手に入ったのだ、君の働きは騎士になるにふさわしいだろう!」

「そんな……」


 調子良くおだてられてしまい外気にさらされて冷たいはずの頬が熱くなってしまう。

 まさか、憧れの騎士にそこまで言ってもらえるとは……。


「そ、それよりもフレミア殿、馬車の中に亜人は居ませんでしたか?」

「今調べさせているが……亜人がどうかしたのかね」

「先ほど、崖上からちらりと、荷台に乗っている布がかかった四角――布がズレて檻の中が見えたんです。そこに亜人の子が見えて――」

「報告します!」


 フレミア殿にフードたちが護送していた人の事を報告していると、馬車の方に居た兵士が一人こちらに駆け寄り、右手を広げ左肩に当てるコアコセリフ国式の敬礼をする。


「よろしい。何があったかね」

「やつらの荷物と思われる荷馬車の中に亜人の女と思われる物がありました。おそらく奴隷として捕まえた貨物を移動していた途中だった、と推測されます」

「そうか。では馬車を駐屯地の周辺まで歩かせろ。中身は壊れていたとしても亜人攫いと関係があるとみていいだろう。後で検品する」

「はっ!」

「私も見に行く。リヴェリク君。今日はよくやってくれた。後で宴でも開こうじゃないか」

「は、はい。ありがとうございます」

「それで、件の商品は――」


 命令を受けた兵士とともにフレミア殿が馬車の方へと歩いて行って、二人のやり取りに眉根が寄ってしまってしまい手袋をはめたままの手でしわを伸ばす。

 今の報告はなんだ、まるで亜人の子が物みたいじゃないか。

 亜人と敵対していた地域も多い先々代の王の時代ならともかく前時代的な事を口にした兵士とそれを意にも介さないフレミア殿に強烈な違和を感じてしまう。


 ――これが、騎士隊の兵士? 騎士は国王陛下に直接任命される位なのに、その直属の部下が


 直接問いただしてもいいような内容ではあったのだが……。


「……いや、考えすぎかもしれない。今はとにかくあの子を助けないと」

 憧れでもある騎士に褒められた上に、国王様の依頼に少しでも貢献できたという興奮も相まって、もしかしたら何かの間違いかもしれないと気を逸らすことにした。

 もし何かあれば、国王陛下や周囲の騎士がどうにかするはずだ、一兵士でしかない自分が首を突っ込むのはお門違いも甚だしい。

 とりあえず、亜人の子の無事を確認させてもらおうと荷馬車を回り込むと、ちょうどフレミア殿もカバーを荷馬車からおろしている最中だった。

 松明の明かりに照らされ、隠されていた檻の中に入っていた亜人の姿が露わになっていく。

 檻の中にはなるほど捕まえられてしまうのも無理はないと思うほど綺麗な少女が眠っていた。


 背の小さな長い耳をもった亜人種だった。腰あたりまで伸びた薄い紫色の長い髪はほったらかしなのか、ボサボサといった表現がしっくりくるほど。

 首元に奴隷の証なのか、太い首輪をすすけた手で抱きかかえていた。細い手足だったが、折れてしまいそうな腕や足には木の枷がはめられていた。

 人間にはない長い耳が頭頂部から伸び、耳は柔らかいのか、外界の音を遮断するかのように髪と同化するように後ろに倒れていた。

 濃い橙色――どこかの国ではカボチャといったか、それと同じ色のおっとりとした瞳は濁り、どこか虚空を見つめ、せっかく綺麗な形をした眉は下がり、目元には酷い隈まであり、思わず顔をしかめてしまう。

 一点を見つめている様はまるで紐が切れてしまった人形のようで、肩がかすかに上下しているおかげでそのその子が人形ではなく生きている亜人なのだとかろうじて分かる。

 そしてなによりも目立っていたのは少女の美しさだった。異性に興味もなく剣にしか興味がない自分でさえ息をのむほど美しいと感じる魅力にあふれ、顔立ちが整っている少女が座り込んでいると、人形と勘違いしてしまいそうなほど綺麗で、俺でさえ魅入られてしまいそうだった。


 息をのんでいると、隣から「ほほう?」とフレミアが口を開いた。


「これは中々。あいつらもいい趣味はしている」


 フレミア殿の不快になりかねない言葉に同意しかけたが、少女の顔立ちにがくぜんとした。

 ――まだ、小さな女の子じゃないか。どうしてこんなことに……。

 背丈の小さい……そういう種族なのかもしれないが、高く見積もっても自分の胸ほどの高さしかないだろう。

 信じられない発言を置いておいて、格子状の木枠に手を触れる。檻にはさまれた向こう側にいる少女。痛々しい姿でそこに座り込んでいるのに兵士はともかくフレミア殿は全く労わろうとすらしない。

 悪い癖が出てしまいそうだったが、今はこの寒空の下で震えている彼女を助けることが先だと自分に言い聞かせ、周りの兵士に問いかける。


「誰か、防寒布はありますか?」

「どうするつもりだ?」

「我々も防寒着を着てこの中に立っています。彼女が凍えてしまう前に保護しなければ。檻の間から通して命令してやれば彼女もそうするでしょう」

「あ、ああ、それもそうか。今持ってくる」


 反応が鈍かった兵士たちの動きは気になったが、今はそれよりも彼女の事だった。このような少女が奴隷として売られる前に助けられたのはせめてもの僥倖と言えるだろう。


 ふと、この子を置いて逃げたフードの連中のことが気にかかった。

 どうしてあのフードたちは潔く馬車を置いて逃げていったのだろう、と。

 尻尾を掴ませないという前提を置けば優秀な行動と言えるが、奴隷の少女を置いて逃げればその口から情報は洩れる。

 それと騎士とは思えないフレミア殿の言動……。

 すべてが妙にかみ合い、嫌な気配が濃度を増して気持ちの悪い違和感となって記憶にこびりついて離れなかった。


「何も起きない、よな……ギアン隊長、父さん……」


 皆が着実に馬車の検品と事態の収束に向けていく中。俺は自分の中に芽生えた疑問を潰せずそうつぶやいていた。





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