EP4 黒歴史《ブラックアーカイブ》
リアルワールド・オンラインには、人助けをする謎の忍者がいる。
その都市伝説はリアオンのネット掲示板を利用したことがある者なら一回は聞いたことがあるだろう。目撃情報は多数あり、ある人は道で迷っていたところを助けられた、またある人は強力なモンスターに襲われたところを助けられたなど、様々な情報が掲示板に寄せられている。
忍者の姿が写ったスクショが貼られることもあるが、それでも忍者の存在を信じない人はいる。
その最たる理由は忍者の装備にある。その忍者の着ている青い忍装束、それはリアオンではまだ見つかってない装備だ。リアオンは総プレイ人口十億人のゲームであり、見つかった情報はすぐに報告され、まとめられ、wikiに載る。
だというのに、その忍者の装備はまだ見つかっていなかった。
海外の忍者好きユーザーたちは血眼になって探しているみたいだけど、いまだに成果は上がっていないようだ。なのでその存在に懐疑的な人はまだ多い。
しかしその忍者は実在する。なぜならその正体は俺だからだ。
俺が古臭い忍の格好をして謎のヒーローを気取るという、酔狂なことをやってることにはもちろん理由がある。
それは……ヒーローになりたいからだ。
……ふざけてない。決してふざけてないぞ。
小さい頃から俺は根暗でインドアな少年だった。
友達もあまりいない俺がハマったもの、それは日曜の朝にやっていたヒーロー番組だった。その中での特に好きだったのが、悪と戦う五人の忍びが主役の『暗躍戦隊シャドウファイブ』だった。
人の目を忍び、影で悪を討つその姿に幼き俺は一目惚れした。そして当然の如くオモチャを買って貰い、ごっこ遊びをしまくった。
しかしいくら変身アイテムを買っても実際に変身できる訳ではない。最近ではナノマシン技術により結構なクオリティの変身が出来るようだが、俺が小さい頃にはそんな物はなかった。
そんな折に出会ったのが、何を隠そう『リアルワールド・オンライン』だ。
確かリリースされた時は九歳頃だった。その頃にはバリバリVRゲームにハマっていた俺はもちろんリアオンに飛びつき、それこそ猿のように遊び倒した。
そのリアルで美麗なグラフィック、臨場感あふれる風景描写、まるで本当に生きてるかのように動き、生活するNPCとモンスター。そのどれもが同年代に発売されていた他のVRゲームの水準を遥かに凌いでいた。
そしてそのゲームにハマってプレイする内、俺は気づいてしまった。
「『あれ? このゲームの中なら、本物のヒーローになれるんじゃね?』ってな。……おい、聞いてるか?」
揺れる電車の中で黒歴史大暴露大会をした俺は隣に座る転校生、銀城怜奈の顔を見る。
彼女は俺の話を聞きながら目を閉じていた。もしかして寝てる? ねえ人にこんな恥ずかしい話させておいて寝てるんですか?
「なるほど……それであの時……」
寝てなかった。何か考えごとをしているのか、ぶつぶつ独り言を言っている。俺がやってたら不審者だが美少女がやると絵になるからズルい。私もナノマシン整形でもしようかしらん……などと脳内でふざけていると、急に銀城さんがこちらの方を向く。
「興味深い話をありがとうございます。聞けて嬉しいです」
「そらどーも」
現在俺たちはリニア地下鉄に乗り移動している。銀城さんに連れてかれるがまま乗っているので行き先は知らない。
その道中で突然俺の話……というより、忍者『青き疾風』の話をして欲しい(しろ)と言われたので仕方なくしてやった。くう、今まで誰にも話したことなかったのに。
「人にこんな黒歴史を公開させたんだ。あんたもちゃんと話してくれよ。なんでこんなことしたのかをよ」
「そうですね……何から話すべきでしょうか。」
「おいおいそんなに複雑な話なのか?」
初っ端から不安にさせてくれる。
銀城さんは少し逡巡した後、話し始める。
「では、まずは私のことを説明いたします。私は『銀城コーポレーション』の社長の一人娘でして、そこのVR部門の特別顧問を……」
「ちょ、ちょとタンマ! 銀城コーポレーションってあの!?」
銀城コーポレーションと言えば、日本だけじゃなく海外にもその名を轟かす大企業の名前だ。『VR界の風雲児』と名高い前社長が立ち上げ、VR技術とナノマシン技術の最先端を行く超一流IT会社。
かくいう俺の最新型i-VISも安心と信頼のGinzyo製だ。お世話になってます。
「貴方もご存じでしょうが、銀城コーポレーションはVRゲームの発展に力を入れてます。私も銀城コーポレーションの後継ぎとしてVR業界の発展に尽力しています。ですが私の力ではどうしても達成できない課題があるのです。それは日本人Re-sports選手を世界の舞台で活躍させることです」
「あー……確かに日本人選手はあまり結果を出せてないからなあ」
Re-sportsは毎年大規模な世界大会が開催されている。世界各国から集まったプレイヤーたちが戦う姿は全世界に同時中継され、その度掲示板は大盛り上がりしている。
リアルワールド・オンラインの開発元が存在する日本からも、Re-sports選手が何人も参加しているのだが、その結果は彼女のいう通り悲惨なものだ。
「アメリカ、韓国、中国。最近だとロシアや北欧の国もかなり力を付けてきています。日本の選手も頑張ってくれてはいるのですが……どうしてもそれらの国と比べると遅れているのが現状です。この状況を憂いた日本政府から銀城コーポレーションに要請が来ました。『世界にも通用するRe-sports選手のチームを作って欲しい』と」
「そんなことがあったのか……」
強い決意を持った目で語る彼女を見て、俺は彼女の認識を改めた。
同い年の女の子が日本のゲーム界を引っ張ろうとしてるなんざ泣ける話だ。俺にも何か出来ることがあるなら力になってあげた……ん? 何かおかしいぞ。
そもそも何で銀城さんが俺に話しかけて来たのかって話をしてたんだよな。それなのになんで銀城さんが強いRe-sports選手を探してるって話になって……って、まさか。
「あのー、つかぬことをお聞きしますが……その最強のRe-sportsチームって、俺も頭数に入れられてませんよね?」
冷や汗をだらだら流しながら尋ねる俺に、銀城さんは笑みを浮かべながら答える。
「喜んで下さい。あなたが世界選抜メンバー第一号候補です。期待してますよ『青き疾風』さん」