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死迫る土地にて  作者: くろな。
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真実、突き刺すような。


 山から身を引いて二年。

間宮は山にも登らず、かといって落ち着いた職にも就く気がせず、フリーターとしてどこかやりきれない生活を送っていた。


寺島の言う通り、一度山に惚れ込んだ間宮が山から離れるのは容易ではなかった。

登山用具を全てダンボールに押し込んでしまい込み、山に関連する物に興味を示さないように過ごして、やっと山から離れることができた。

それでも、心のどこかでは、もう一度山に登りたいと叫んでいた。もう一度、寺島と。



 寺島は相変わらず単独で山を登っているようだった。登山に行くとなると仕切りに間宮に連絡を入れ、登山へ勧誘していた。

その連絡を見るたびに間宮は山に登りたい衝動に駆られたが、間宮は断固として誘いを受けなかった。



 そんな生活をして二年。

寺島からの連絡も、とうとう無視を決め込んでいた頃。

寺島の山勧誘は今までメールで一言二言と写真数枚程度だったのだが、ある日突然電話を寄越してきたのだ。何事かと思わず出てしまった。



「今度、K2への公募隊に参加することになった。こればかりはいきなりミヤを連れて行く事は出来ねーけどいつかはミヤと二人で登りたいと思ってる。今回はその下見だ。最高の土産話を持ってきてやるから、待ってろよ」


間宮はなんと返してたのかあまり覚えていないが「あぁ」だか「おぉ」だか、曖昧な返事をした気がした。


K2。登山家でその名前を知らぬ者はいないだろう。

おそらく、世界最高難度の山だ。

登りたいという衝動と寺島への心配で胸焼けがしそうだった。





 寺島が死と隣り合わせの土地に出かけても、間宮の生活は変わらない。相変わらず冴えないフリーターとしてバイトで食い繋ぐ日々。

しかし、人生とは常に千変万化なものである。

間宮の生活はたった一つのニュースで一変した。






「K2登山隊、遭難」



バイト先の居酒屋のテレビで観たのだったか、新聞で見たのか、はたまたその両方だった気もするが、太字で短く、大きく書かれた見出しが妙に目に焼きついた。


何かの間違いだろうと思った。数週間前に元気に連絡してきた奴が遭難だなんて。

だが間宮の頭は嫌に冷静だった。

山では、ましてやK2などではさして珍しいことでも無く、いつかは起こりうる事だとも分かりきっていた。

ただただ、心がついていかなかった。



結局、十二名の隊員のうち遭難死者十名という大事故になった。

生還した二人は幸いにも軽症で済んだため即刻帰国したとの事だった。

その生還者のどちらかが寺島なのではないかという期待も抱いたが、名前を見て、その可能性は打ち砕かれたのだった。


間宮は酷く冷め切った自分に嫌気がさした。泣き崩れる訳でもなく、静かに受け入れている訳でもない。

現実味の帯びない寺島の死は、この時既に間宮を真っ黒い沼に引き摺り落とさんと取り憑いていた。


何事も決め切らない自分に心底殺意が湧いたが、今やるべきことは自分を貶める事ではないと、ボロボロの心を叱咤して動きだした。



間宮はすぐにかつての登山仲間と連絡を取り、果てには新聞社にも問い合わせて、ついに生還者との面会が決まった。



面会と言っても堅苦しいものでもなく、最寄りのカフェに集合して話そうという事だった。

型式ばった堅苦しい場を好まない間宮にはありがたい話であった。

教えてやった条件、と言わんばかりに登山雑誌の編集者やらも同行することになったようだが、間宮にはどうでも良かった。今はただ、寺島のことを知りたかった。どんな死を遂げたのかを。寺島の最期を。



―――――――――――



 早めに件のカフェについた間宮は、少し落ち着かない様子でカフェを見渡した。ノリの良いジャスと、かすかに香るコーヒーの匂いがどうにも落ち着く、良い店だ。…という感想も自身の気持ちを静めるための虚勢だった。


しばらくして、編集者が二人ほど間宮の前にやってきて、挨拶を交わす。

編集者たちは興味津々と言った様子で間宮を見た後、すぐに愛想の良い笑顔を浮かべた。


「お二人はもう少し時間がかかるようですので、先に少しインタビューをさせていただいても構いませんか?」


まぁそんな事を言われるだろうと想像はついていたので、了承する。

内容は、寺島との関係だとか、今は登山をしているのかとか…。まぁ、おおよそ聞かれて当然の質問だ。

間宮もこのくらいは想定していた。


しかし間宮は、質問に答えながら内心疲弊していた。

もともと愛想は良くないし、表情だって豊かではない。こういうのは寺島の役回りだろうとため息をつきたかった。

無論、印象を悪くしないよう、細心の注意を払っていたのでそんな事はしないが。



耐え難い質問地獄にもはや悟りを開きかけた頃、生還者だという二人がやってくる。

間宮は即座に立ち上がり会釈してから名乗った。

相変わらず仏頂面ではあるが、そのくらいの社交辞令は持ち合わせている。


二人は間宮の前の席に立つと軽く自己紹介をして、ほぼ三人同時に椅子にかけた。


どこか不安気で落ち着かなそうな女性は岡崎美奈おかざきみな。分けた前髪に低く括った髪は染められた様子は無く、日本人らしい黒で落ち着いた風貌だが、服から垣間見える腕や体型は引き締まり、必要な筋肉はちゃんとついている。


こちらを探るような目を向ける青年は浅木誠吾あさぎせいご。明るめの茶色に染められた髪にピアスをつけた、間宮より幾ばくか年若い男だ。ただ、筋肉が目に見えて付きにくい間宮とは違い、がっしりとした逞しい体付きだ。


二人とも、山を離れていた間宮でさえ小耳に挟んだことのあるほど、名のある登山家だ。

両名の目の下の隈やどこか疲れ果てたような表情から、K2遭難事故の悲惨さが見て取れた。


しかし、間宮は心傷の癒えきらぬ二人を呼び出し、その傷を炎症させてでも、寺島の事を知るという覚悟があった。


「…えと、今日は私たちに尋ねたい事があるとお伺いしたのですが…?」


岡崎がおずおずと切り出す。


「はい。一つお聞きしたい事が。

お二人が参加していた登山隊に寺島輝昇という男がいませんでしたか?」


まずは確認。無論、知っているはずだ。ここで知らないなどと言われてはいよいよ寺島の最期は誰にも伝わる事なく消えてしまう。

あの太陽は、誰の記憶に残る事もなく、遭難者十名の中にひっそりと紛れてしまう。それだけは避けたかった。間宮は自分だけでも、寺島の事を知っていたかった。


「失礼ですが、彼とはどういった関係で…?」


岡崎は浅木の方をチラリと見て、一瞬アイコンタクトをとると、訝しがるように間宮に問う。


間宮はふと、寺島の笑顔を思い出しながらゆっくり、慎重に言葉を紡ぐ。


―あぁ、もし、もう一度彼に会えたら。彼はまだ俺をこう呼んでくれるのだろうか。


「俺はかつて、寺島の相棒だった男です。」



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