2章3話 Attack on the Past.
仮想死後世界AGARTA Gatewayの管理空間に現れたのは、一人の青年の記憶だった。
その利用者アカウントは、神坂 桔平という。
彼は仮想死後世界アガルタ世界内において千年にもわたり主神を務めていた経歴を持ち、引退後は一般死者として穏やかな死後を過ごしている。
それでありながら、R.O.I. ◇◇◇(JAPAN/ID:ZERO-JPN4)のスウィング(代役)、あるいは予備役として、現在も赤井◇◇◇(JAPAN/ID:ZERO-JPN2)のアバターを独占的に使用する権限を得ている。
R.O.I. ◇◇◇が落ちたら、彼が再構成、再起動するまで赤井◇◇◇が全管区の管理を引きつぐ。
ただ、R.O.I. ◇◇◇は、生身の精神で千年の構築を終えた神坂には安息に過ごしてもらいたかった。
「25時間、基幹システムを停止させていましたね」
八雲すら知り得ないことを、彼は言い当てた。
痕跡は完全に消していたのに、とR.O.I.は恐れ入る。
彼はかつて世界一の構築士として辣腕を振るい、数々の功績を打ち立てた構築士で、ロイには持ち得ない独特の感覚のようなものを備えている。
事情を伏せていることを悟ったから、通常の通信を用いず管理区域にまできて話しているのだろう。
「ご存知でしたか」
神坂は赤井のアバターに乗っていなくても、看破を使わずとも、ロイの置かれた状況を察知しているようだ。
「一人で問題を抱え込むべきではありません。八雲さんには相談していますか」
R.O.I.と神坂とは現在は古い友人として、親しく接していた。
なにしろ千年以上もの付き合いだ。
神坂からは多大な影響を受けている。
R.O.I.が高潔な人格を獲得したと評されているのも、神坂の人格を主なレファレンスにしたことが大きい。
「何か懸案があるのでしたら、50時間までなら私が代役を引き受けます。管区を停止せずにすむなら、稼働し続けて下さい。再稼働には多くのリソースを必要としますから」
八雲とは違って生体を破棄し仮想世界の住人となった神坂には、公正であるべき管理者の代役が務まる。
「神坂さんを煩わせたくなかったのですが」
「急に交代されるより、トラブルは適度に教えてもらったほうが助かります」
「ではお言葉に甘えます。相談に乗ってもらえますか」
「喜んで」
確定したはずの過去で起こっている宇宙規模の異変を、一般利用者でもある神坂に打ち明けたり相談はできない。
中央神階の存在も秘匿されなければならず、神坂の専門知識はR.O.Iに遥かに劣るし、気晴らしの雑談程度しかできないかもしれない。
それでも、ただ相談役として手を貸してくれる存在がいるのは心強い。
彼を上回る看破能力を身に着けてこそ分かる。
彼がいつもアガルタ世界を気にかけて慈しんでいるのも、彼の本心でしかないことを。
R.O.I.は開示を許された範囲まで神坂に情報を与える。
「このような環境系でとりうる知的生命体の全パターンを解析しているのです」
神坂はデータを受け取り、紐解いて再解析を行う。
「群体によって知的活動を行う生物のパターンが不足しているようですよ」
「そこは意図的に省いていましたが、もう少し検討したほうがよさそうですね」
予測とは異なる柔軟な発想、独創的なアイデアを生み出す能力は依然として存在する。
神坂は旧神らとも思考様式が異なっていて、見逃したものを拾ってくれる。
どれほど性能を高めても、人間とAIの間に横たわる創造力の違いはまだ存在すると認識するのだった。
「おや? あなたが参照しているデータ、先程と少し変わっていませんか?」
「同じものですが……確認します」
何度精査しても、データ上は変化がないことになっている。
「よく見て下さい。変わり続けていますよ」
(これは……過去の改変?)
目視でみていた神坂がありえないことに気付いた。
サーチではなく目視に切り替えてから、R.O.I.も該当箇所を発見した。
「神坂さん、ありがとうございます。大変です」
「大変とは、どのくらいです?」
「深刻です。少なくとも、俺には手出しできません」
R.O.I.は、神坂の一言によって、過去の時空が予期せぬ部分で分岐しつつあることに気付いた。
中央神階の作戦本部のある2023年ではない。
それよりも過去に、いくつもの分岐が発生していることを突き止めた。
INVISIBLEも第四の創世者も、この異変を観測していないのだろうか?
「誰に連絡し、どう対処すべきかわかりますか」
「はい。神坂さん、先ほどのお言葉に甘えて、全管区の運行をお願いします」
「拝承しました。アバターを使用しますね」
神坂は一つ頷くと、手元に赤井◇◇◇(JAPAN/ID:ZERO-JPN2)のアバターをロードし、仮想空間内で融合を始めた。
◆
レイアの地上での数日の休息はあっという間に終わった。
その間に、志帆梨との息抜きや尚人の傷害事件も一応解決をみた。
休息を終えたレイアは気乗りしないながら中央神階に顔を出す。
恒と組んで、例の訓練を行うことになっていたからだ。
レイアは風岳村の実家から、恒は東京から中央神階へと入り、義兄妹は数日ぶりに再会する。
恒はここ数日中央神階に入り浸りでフラウとの特訓に明け暮れていた結果、短期間で目覚ましい能力の向上をみせていた。
「すごい成長したね。フラウさんに相当しばかれた?」
「まあお察し。有り難いことなんだけどね」
恒は追い詰められるほど抗体値が上がるタイプで、その性能を引き出すためフラウに心身ともに極限まで追い込まれた。
トレーニングルームを出たときには恒の受傷はすべて回復し、抗体力価は温存されていたものの、かなり堪えたことには変わりない。
具体的には70時間不眠不休でデスマッチを挑まれ、無手で対戦するというものだった。
フラウは見た目の華奢な雰囲気からは想像もできないほどタフだ。
フラウのフィジカルは強靭で、60時間ごろまでは防戦一方になっていた。
しかしフラウに対しては精神攻撃も覿面に効いたので、少しずつ精神攻撃で勝てるようになって五分五分ぐらいの勝率になってきた。
フラウとの訓練では、恒は多くの示唆を得た。
レイアとの予定があったので一旦訓練を抜けてきたというわけだ。
それを聞いたレイアは申し訳無さそうにしている。
「私は第四の創世者様に甘やかされてたのに、まさか恒さんは努力と根性で特訓してるなんて……涙なしには……」
「レイアと俺じゃ、もとの素質が違うだろうからね。気にしてないよ」
第四の創世者から直接訓練受けたのは、今のところレイアと、半実体の荻号だけだ。
その他大勢は瞬殺されるばかりで相手にもされていない。
「フラウさん、どうだった?」
「フラウさんはタフだよね。不眠不休で絶食でも平気らしいし、全然体力減らないから倒すのに苦労したよ」
さすがINVISIBLEの脅威に晒されてきた古代神だ、と恒は感服したものである。
彼らの話ではただの模擬戦闘に数日から数十日を費やすこともざらで、決着がつくまで一睡もしない。
そういえば位神戦もどちらかが降参するまでエンドレスだったが、あれは古代からの伝統なのだろうなと振り返る。
「そういえば殆どの神々は食事しないよね。あれ何で?」
「食べるとアトモスフィアの質が悪くなるってフラウさんは言ってたな」
食物からエネルギーを摂取することは、エネルギーの質を下げるとのこと。
G-ES細胞を持つ旧神独特の事情で、半人の恒にはあまり当てはまらない理屈だ。
「そういうことなら、レイアも試しに絶食してみる?」
「まさか。食の楽しみがなくなるなんて考えられない。朱音さんのお土産の芋羊羹とか、すごい美味しかったもん」
「朱音が実家に来てたのか。入れ違ったな」
朱音とはかつての幼馴染で、恒と朱音はそれなりに込み入った関係にあった。
「朱音さんとは東京で会ったりしないの?」
「バレエの公演を観に行ったりはしたけど、向こうは乳児がいたしゆっくりは話せないよ」
「そっか……。芋羊羹、悪いけど母さんと一緒に恒さんの分も食べたよ。あれ日持ちしないから」
「レイアの大好物だもんな。駅で買えるからいいよ」
彼らは軽く会話したあと、中央神階のトレーニングルームに移動する。
レイアはいつになく緊張していたが、恒は普段どおりだった。
恒の職場には不在を見越して既に共存在体を送っている。
【アドレス: 中央神階 作戦本部 ルビー島 スペース24】
転移先はニュージーランドのワイトモ鍾乳洞のグローワーム洞窟内部を模した幻想的な空間だ。
発光を伴う反応を観察するためには、暗所を選んだ。
トレーニングルームを使うとはいえ、今回は戦闘目的ではないので中継はオフにしている。
「私はどうしてればいいんだっけ」
「目を閉じて脱力していて」
レイアと恒は暗闇の中で、僅かにそれぞれのアトモスフィアの放つ光に照らされながら向かいあう。
十二年前、世界の存亡をかけて戦った二人が、再び手を取り合い、互いのアトモスフィアを同調させる。
恒の樗色とレイアの純金のアトモスフィアが一つとなり、融合してゆく。
最高強度まで活性化された恒のAAA(抗-絶対不及者抗体)を、最大力価で解放。
G-ESプライマリであるレイアの精神的脆弱性を、彼の名前の由来でもある抗体が修復してゆく。
恒の抗体はベールを纏わせるように彼女の全身を包み込み、外部干渉を弾く防壁が形成される。
恒は完全に同調したことを確認すると、集中しながらレイアを引き寄せてゆく。
「えいっ」
ここ一番という勘所で、恒はレイアに脇をくすぐられた。
思いがけないタイミングでレイアに変な動きをされたものだから、恒は腹筋がつりそうだ。
「何でこのタイミングで笑かす? 集中してたのに」
「ごめん」
恒は抗体を無駄に消費する羽目になった。
「何が嫌なの?」
「急に意識しちゃって」
物心ついた頃から、レイアは恒に対して複雑な感情を懐いている。
それは親愛なのか、恋愛なのか、あるいは単なる抗原と抗体の相互作用なのか、恒の得意のマインドコントロールなのか。
結局答えは出ないまま、今は血の繋がっていない戸籍上の兄妹という関係になっていた。
「深く考えなくていいんじゃない?」
「だよね。でも、なんかだめなの」
「何で?」
「わからない」
レイアが戸惑っているので、恒は仕方なく彼女に看破をかけ、彼女も防御することなく看破を受け入れる。
恒のマインドギャップは常にレイアを上回っていて、彼女から好意を持たれているのは分かっていた。
だから尚更、拒絶されるとは思わなかった。
恒は彼女の心を読めているようで、その機微までを読めなかったことを省みる。
複雑な感情が渦巻いていて、本人も本心を理解できていないようだ。
世界の存亡のためにプライマリと対になる必要があるなら、恒は自分の感情は抜きにしてレイアに限らず誰とだって同じことをする。
些細なことを気にしている場合ではないと思うのだが、レイアは違うらしい。
「読めた?」
「読めなかった」
レイアの中で恒に対する感情がまとまっていない。
それだけはわかった。看破も万能ではない。
思考していないときは読めない。
「接触したくないなら輸血のほうがいい?」
抗体を相手の体に含ませるには二つの方法がある。
互いの体を最大限接触させアトモスフィアを介して反応させるか、輸血する方法だ。
恒とレイアの関係性や輸血のリスクからして、後者は選択肢になかった。
しかしレイアが意識してしまって同調できないなら、輸血するしか方法がなくなる。
その場合は中央神階の医務室に移動すればいい。
同調も合一も必要なくなる。
「私が恒さんにくっつくのはいいかも」
「それ、さっきと何か違う……?」
「全然違うよ」
「よくわからないな」
結局密着することになるのに何が違うのか恒にはよく分からないが、レイアはそのほうがいいようだ。
グイグイ来られるよりは、自分のペースで接触したいといったところだろうか。
恒には抗体を受け入れる側である彼女の意向を優先させ、受け身になった。
こちらが決めて強いていいことではない。
レイアはもたれかかるようにして恒の肩に腕を回し、恥ずかしそうに俯いてじっと密着していた。
嫌がった割にはびったりとくっついていた。
恒は再び抗体を発現させ、彼女の体を包み込んで合一状態に至る。
インフォメーションボードで解析すると、抗原抗体反応が完全に行われたとの結果が出た。
「ありがとう」
「それはどうも。何か変わった感じある?」
「ちゃんと恒さんの力に守られている感じがする」
レイアは最後におまけといってぎゅっと強く恒を抱きしめる。
お互いに少し照れてしまう。
「照れ隠しに一戦いっとく?」
「いいよ、やろう」
レイアから恒へ、初めて挑戦を申し込まれる。
陽階1位のレイアと、ここ数日の特訓で陽階7位にランクアップした恒の対戦だ。
陽階神としての藤堂 恒はとりわけ精神攻撃が得意かつ変則的な戦略をとる個体だ。
レイアは精神攻撃を苦手とするが、正攻法が得意。
互いの弱点強化には最適な組み合わせだった。
二人は洞窟から出て、トレーニングルーム内の広いスペースに移動する。
そこはαθάνατοの空間を反映した、名状しがたい生物や地形に覆われたフィールドとなっている。
「手加減なしでね」
「レイアの苦手そうな禁じ手を使った方がいい?」
恒は敢えて外道な攻撃を提案してみる。
αθάνατοに倫理観は存在しないから、考えつく限りの卑怯な手を使った方がいい。
そして恐ろしいことに、恒はいくらでもそういった汚い手段を思いつくのだ。
こればかりはもう、生まれ持った特性としかいいようがない。
「むしろそういう嫌らしいのがいい。私、すぐそういうのに引っかかるから」
「わかった」
彼女には悪いが、完全回復するからどうなっても恨みっこなしだ。
恒は神具管理機構に帯出を申し出る。
「Call(神具管理機構へ申請)。 心層立方体(FC2-Mindcube)を拝領します」
帯出されたFC2-Mindcubeが恒の頚椎へ支配根を張る。
“根元事象二重制御-心層立方体を起動”
この神具はかつてVible Smithが装用していた生体神具だが、あまり好きではないし装用は何度体験しても慣れない。
それでも、相手に重篤な精神攻撃を加えようと思ったらこれしかない。
「LOGOSを帯出します」
レイアはLOGOSを装備し、レイア自身に投与を終える。
用途に応じ比較的満遍なく神具を選ぶ恒に対し、第四の創世者との特訓の際に集中的に使っていたからか、レイアはLOGOSを好んで帯出している。
あまり細かい制御が得意ではないので、感性のむくままに使いたいとのこと。
「始めようか」
「やろ」
恒はレイアの前から姿を消し、完全にアトモスフィアを断ってフィールドの樹海に紛れ、遠隔攻撃を開始する。
レイアの死角に回り、FC2-Mindcubeの反応中枢と接続し、自動でコマンドと回転角を入力する。
脳内で完成したキューブを思い描くだけでコマンドが完成する。
"Formation 1-1-1, 0°0°0°"
"NERVE-Protection"
恒は最初に心層を保護し、自らに対するレイアからの看破をキャンセルする。
レイアにはもう、恒が何をしているか読めない。
レイアの全感覚の中から恒が消えた。
"Formation 1-22-3, -240°-350°-353°"
"The SIX CROSSed Psychological Breakup"
(六杆対精神分裂)
"Formation 2-35-4,-1290°13°-104°"
”PSYCO-LOGICase overexpression!"
(精神分解酵素過剰発現)
恒はレイアに、禁じ手として知られる六杆対精神分裂、精神分解酵素過剰発現を立て続けに仕掛ける。
精神攻撃であるがゆえに攻撃は見えず、FC2-Mindcubeには指向性がないため、どこから襲われているか分からない。
LOGOSで恒の座標を暴く前に、恒は共存在で分身を置き分割して、次のポイントに移動している。
あの、フラウの裏をかくことができた手だ。
FC2-Mindcubeの攻撃を回避する術はなく、それに耐えうるか潰されるかという結果しか生じない。
LOGOSを装備していても避けられないものだった。
脳と精神を不可逆的に破壊するこの技は、ヴィブレ・スミスがグリゴリ・デューバーに使用したのを見た以外に、実戦使用されたことはないはずだ。
恒は心を無にしてレイアに外道攻撃を仕掛ける。
"Formation 4-3-2,-183°39°-224°"
“Trauma evoking”
(外傷の惹起)
レイアの脳内に、最悪の記憶が束となって押し寄せ、様々な速度で無尽に再現される。
積極的に、彼女の経験したトラウマを抉りにいく。
このコマンドは対象者を醒めない悪夢の中に突き落とし、現実を忘却させる。
“ブレイク”
レイアは思念入力で記憶の再生を否定した。
コマンドをブレイクするも、恒に次の手を打たれている。
"Synthesize six precursor subunits and conformational chages"
(6前駆体サブユニット合成とコンフォメーション変化)
”The State of Mental Stability Breakdown”
(精神平衡崩壊)
精神平衡崩壊とは、PSYCO-LOGICase(精神分解酵素)を介し盲目の時計職人に憑依されたユージーンの精神系を破壊した禁忌の技だ。
幻覚や妄想に取り込まれ、急速に自我を失ってゆく。
“リジェクト”
レイアはLOGOSに、FC2-Mindcubeのコマンドキャンセルを無言で命じた。
正気を保っていなければLOGOSはオーダーを受付けないが、精神攻撃系神具の最大奥義ともいえる技を浴びせてもレイアはびくともせず、彼女の精神はSTABILIZERを上回る安定性を見せた。
恒の抗体はたしかにレイアの脳を守っているようだ。
レイアは精神平衡崩壊すら受け流し、自身の能力強化に驚いてすらいる。
「前より随分強化されてるみたい」
こんなに強力な防御ができるなら、自分でも保護をかけておくことにしようかと思う恒である。
「恒さんのおかげだね。お礼に反撃しちゃおっかな」
彼女がそう決めたなら、もう形勢逆転だ。
“サーチ”
レイアはLOGOSに命じて恒の位置を暴き出す。
いくら巧妙な迷彩を使っていても、追尾性能によって彼の座標は丸裸になる。
「みいつけた!」
レイアは短く言い切ると、LOGOSの意識消失コマンドを遠隔で発動し、恒を一瞬で伸した。
レイアの圧勝によって彼女の精神強化が実証され、レイアの弱点を補完することに成功した。
◆
「おつかれさん」
織図は中央神階トレーニングルームでの試合を終えて陰階のロビーに掛けていた比企に、軽い調子で声をかける。
休憩中だとはいっても比企は次の試合までの待機時間に、新たな神具を手掛けている。
中央神階での序列は絶対力量でソートされているので、織図の方が上だ。
召集されてからというもの、織図は550戦、比企は千戦ほど試合をしている。
織図もかなり試合数をこなしているが、比企はその倍をこなしている。
「織図か」
「来たろ、令状が」
織図は第四の創世者からの召集令状のことを切り出した。
「ああ。今朝指名されたようだ」
第二陣に選ばれたのは三名。
陰7位 HAR。
陰16位 織図 継嗣。
陰20位 比企 寛三郎。
全員が陰階神のユニットだ。
前回の最強布陣とは毛色が違う。
「陰キャ三人衆で壮行会といくかい?」
「そんな時間があるなら装備か神具を見直せ」
比企は相変わらずすげない。
比企は織図より百歳ほど年上だが、織図は以前から比企にタメ口をきく。
「あんたもストイックだよな。何持っていく? おやつは?」
「これだ」
「新作の神具か」
「自律攻撃性能を付与した超神具だ」
彼は強襲扇とでも名付けるつもりだった。
懐柔扇と重ねて使うことで連携技も使える。
「扇形にする必要は?」
「無形の神具は己の好みではない。扇型が手に馴染む」
比企にもいっぱしのこだわりがあるようだ。
「そういうの、オタクっぽくていいと思うぜ」
「……」
返答がないので失言だったようだが織図は気にしない。
「今宇宙連邦はどうなっている? あっちを抜けてきていいのか」
「旧解階はアルシエル・ジャンセンに、神階はセトとファティナにある程度自治を任せている。心配はいらん。こちらの情勢も疎かにはできん」
「そいつは頼もしい。そういやアルシエルとファティナは元気かい?」
ピンクのボーダーのマフラーがトレードマークのファティナは、共にEVEでの死線をくぐりぬけた織図と親しかった。
ファティナは文型神ゆえに中央神階に召集されていないのでもう会うことはないだろうが、織図は気にかけてはいた。
「どちらも仕事を振ればやる気を出す性分だ」
「違いねえ。仕事はどんどん振れ。旧神どもを暇にさせることはねえ。馬車馬のように働かせろ」
「ああ、そうしている」
言葉は少ないが、比企は連邦総統としてなすべきことを見失っていない。
「ところで上にはバケモンみたいな奴らがいるだろうに何で俺等が呼ばれたんだと思う?」
「プライマリの個体は優秀だが、今回の作戦に投入すべきではない。第四の創世者がそう判断したのだろう」
「白荻号さんは?」
「あれが何者なのか、己には分からぬ」
比企は半実体の荻号 正鵠への見解は差し控える。
三体の創世者によって創造された、同一位相に存在すらできないほど危険な究極生命体。それは第四の創世者によって隔離されている。
「混沌の怪物そのものなんだよなあ……」
No-bodyの言う通りだと織図も思う。
二柱が雑談をしていると、やたら腰の低い青髪の女神が挨拶にやってきた。
「あの……比企様、織図様ですよね。召集されましたよね? よろしくおねがいします」
紀元前四万年代から招かれた、HARという226歳の小柄な女神だ。
陽5位にはHAという女神がいるし、古代勢は名前が紛らわしい。
ただ、彼らには置換名も通名もないので、ある意味覚えやすい。
HARのマインドギャップは77層、フィジカルギャップは946層もあり、個体としては完全に両者の格上だ。
比企は何度かHARに挑んでいたので面識はあると言った。
織図は初対面なので名乗る。
「織図 継嗣だ。名前が長いから継嗣とかでいい。よろしくな。陰階神なんだから敬語もなしでいいさ」
「すみません、年上のようなので」
「加齢臭でもしたかな」
上下関係を意識していたり、腰が低かったり。
彼女の佇まいは陽階神のようでもある。
「おたく、何の位神?」
「極陰です」
「ひょー……!」
随分とかわいげのある極陰だ。
インフォメーションボード上に低継代数とのキャプションがあるので、同じ青髪の梶 圭吾の祖先にあたる遺伝的系譜なのだろうか、と織図は推測する。
極陰に関しては過去半数ほどがNo-bodyだったはずだが、彼女はそうでない方の極陰なのだろう。
「あんたの時代の陰階神ってそりゃもうイケイケでINVISIBLEの打倒目指してるよな。極陰が抜けても平気かよ?」
「勿論です。ですのでここに召喚されたときは少し混乱しましたけど……さらに恐ろしい敵がいると知り……」
「心中察するよ」
INVISIBLEとの戦いの最中にINVISIBLEに呼ばれたら混乱するだろう、と織図も頷く。
織図たちは時代が下っているので何があったか理解できるが、古代神たちは大変だ。
HARは織図と比企から情報を集めようとしている。
「継嗣さんは死神ですよね」
「元、だな。廃業して十年以上経ってる」
「廃業などあるのですね……やはり未来は激動ですね。でも十年ならまだ現役のようなものです」
一度人間になったことで織図は神としての時間感覚を忘れていたが、HARにとっては十年は瞬く間でしかない。
「比企さんは陰階薬神から陽階立法神、そして極陽、現在は宇宙連邦総帥というご経歴ですね」
「職歴すごいだろ? 多分過去いち転職した神だぜ」
織図が横から茶々を入れる。
陰階から陽階へ転階したものだから、比企の陽階支持率は転階して久しく惨憺たるものだった。
今は宇宙連邦を率いる総帥に落ち着いているが、比企も波乱万丈だ。
「職階はともかく、この三柱で侵入して何ができるか、確認したく思いまして」
「なら作戦でも立てるか?」
「ぜひ。貴重な機会を頂いたからには、貢献したいですからね」
ハーは陰階神としては驚くほど真面目な女神だった。
昔の陰階はこうだったんだろうか、と織図はなんとなくむず痒い。
そんな織図の視界の端に、何やら話しながら歩み去っていく胡散臭い二人組が見えた。
織図が振り向くと、鐘遠 恵と荻号が並んで歩いているところだった。
「待て待て待て、そこちょいまて」
「織図か、そっちこそ三名で何をやっている」
ぶんぶんと手をふる織図に、鐘遠 恵が気付いてけだるそうに応じる。
彼女は試合を終えたばかりで息が上がっている。
「ちょっとした打ち合わせをな。荻号さん、お子様状態から戻ったのか?」
「それは俺ではない。荻号 正鵠なら別の階層にいる」
「何言ってんだ?」
首を傾げる織図に、鐘遠が気付いて理由を告げる。
「ああ、この者は荻号 正鵠ではない。荻号 要だ」
「はあーっ!?」
織図は驚いて立ち上がった。
「No-bodyなのだから、同一人物だろう。前にやられた借りを返すつもりで、挨拶代わりの一試合こなしたのだ」
第四の創世者は呼び出したNo-bodyを配下に置いて中央神階に常駐させ、ある程度中央神階の運営を任せてアドバイザーのようなことをさせている。
何しろ中央神階の全神がNo-bodyの創造物で、第四の創世者が復元したNo-bodyは、レプリカではなく本物の荻号 要にもなれる。
「No-bodyなのは分かっていたが、また会えるとはなあ」
織図は懐かしそうな眼差しで眺める。
大雑把そうな性格もあのときの荻号 要そのままだ。
鐘遠は荻号 要の消滅の直前に彼に半殺しにされているので、その借りを返したかったそうだ。
No-bodyと荻号 要は同一人物なので、織図としてはこちらの姿のほうが話しやすい。
基本的な言動は荻号 正鵠とあまり変わらないが、姿勢やふるまいはもう一回りだらしない。
「わ、私はあなたと初めましてだと思います。後の時代の方ですものね。荻号様、HARと申します」
「初めましてではないな」
「た、大変失礼いたしました。いつお目にかかりましたか」
HARはいつ出会ったのかと尋ねて、返ってきた答えに目を丸くする。
「え、先代極陰のRIN様なのですか!? その節はお世話になりました。もうお会いできないとばかり」
「こっちはこっちで知り合いか。顔が広いというか、なんというか」
織図が妙な自己紹介を見ておかしそうに腹を抱えている。
RINはHARが位申戦で極陰を襲名した後に忽然と消えてしまったHARの先代の極陰だが、HARにとっての師であり恩神だったという。
そろそろ引導を渡せと焚き付けたのもRINだった。
「どこに行かれたのかと、お探ししていたんですよ……」
「神階にはいたんだがな」
「そうならそうと言ってくださいよ……もう」
よほど親しかったのか、HARは涙ぐんでいる。
感動の再会を意外そうに見届けたところで、織図は荻号に尋ねる。
「それで、あんたはいつまでここにいる?」
「第四の創世者に消されるまでの幻だ。恨み言や用があるなら早めにしろ」
「αθάνατοのことが片付くまでか。ちょうどいい、作戦会議に付き合ってくれよ」
まるで実体のなく幽霊のような存在、しかしNo-bodyは昔からそのようなものだった。
「荻号 要、己も手があいていれば頼みがあるのだが」
「比企か。何だ」
比企はここ数百年の時間のブランクなどなかったかのように、強襲扇を放って荻号に寄越す。
荻号は指先で引っ掛けてそのまま宙に浮かせて眺める。
「新たな神具が完成したところだ。点検と評価、必要な装備があれば助言を請いたい」
「いいだろう。調整もしてやる」
比企のできたばかりの強襲扇を、荻号が受け取ってプログラムを展開し、解析をはじめる。
「あ、あの。私も調整してもらっていいですか?」
「かまわんよ」
HARも手持ちの神具の調整を願い出た。
半ば同窓会の様相を呈しながら、荻号と鐘遠も加えて二回目の潜入についての作戦会議が行われた。
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