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VISIBLEWORLD -ヴィジブルワールド-(EP2)  作者: 高山 理図
Chapter.2 Multiverse integration
16/18

2章1話 Reach for the ultimate.

挿絵(By みてみん) 


 中央神階ではレイアたちが持ち帰った情報をもとに、第四の創世者のもとで戦術の検討が行われていた。

 中央神階の作戦本部に入階中の旧神らが最も大きな浮遊島のホールに集合している。

 主な旧神らはFRAU(陽2)、BEQN(陰2)、KU(陽4)、荻号(陰1)、織図(陰17)、レイア(陽1)、恒(陽9)、遼生(陽8)、ほか80名余り。セウルとR.O.Iはその場にいなかった。

 集合しない者は各部屋でモニタしたり録画で見る。

 第四の創世者は旧神らにαθάνατοの空間をゼロの空間に組み込むべきかという問いも投げかけたが、誰も賛同せず、αθάνατοの空間内部の知的生命体ごと全滅させるという方針に定まった。

 二つの世界を保持するという皐月の提案は叶わず、第四の創世者はαθάνατοの空間内の住民にとっての虐殺者となること受け入れた。

 αθάνατοを滅ぼすため、先に仕掛けることになる。

 トレーニングルームの拡張と刷新も行われ、旧神ら同士の対戦、それに加えてαθάνατοの空間も疑似体験できるようになった。

 旧神らはαθάνατοの空間の中からステージを選んで疑似戦闘を行うことができるようになった。

 次に侵入したときにまた同じ環境があるとも限らないのだが、同じであった場合に使える。

 レイアたちの体験した通りに、念言語を使う知的生命体や、システム構成から予測される範囲のバリエーションも取り入れられた。

 どのフィールドでも精神攻撃が反映された。


「創世者よ、G-ESプライマリの精神的脆弱性の問題を解決すべきではないのか」


 フラウが第四の創世者へ迫る。

 彼女は自身に内在する器質的な欠陥を許せない様子だ。


「完全な全能性細胞を創造するか、プライマリをデバッグしろ。何のために不完全な状態にしておく」


 同じ陽4位のプライマリであるクーもフラウと口を揃える。


「同感だな。しかも時間猶予はないぞ」


 非プライマリの特殊個体の荻号もだ。

 旧神上位の実力者が軒並みプライマリであることを考えると、戦力の喪失は不利となる。


「それは旧神を創造したNo-bodyにもできなかったのではないですか」


 そこで恒が異を唱える。No-bodyにできなかったことを彼に強いるのは荷が重いだろう。

 No-bodyの創造物であるからには、親を越えられるはずがない、恒はそう思っていた。

 しかし荻号は反論する。


「それなら何の問題もない。創世者に不可能など存在しない。不可能があるとすれば、自身に制限をかけたときだけだ。それにこいつはNo-bodyの空間を食ったNo-body本体でもある」

「本体!?」


 第四の創世者はINVISIBLEと同じく貪食型の創世者であり、神階の管理者であった思考機械No-bodyを貪食したことを知ってはいたが、恒は荻号が第四の創世者の性質をよほど正しく理解していることに驚かされる。


「伏せておくつもりだったか?」

「いえ。機を見て伝えるつもりでした。私は貪食型の創世者ですので、一度貪食した全存在を掌握することができます。ゼロ以外の全員と等価であるということです」


 第四の創世者の告白に、荻号以外の全員が衝撃を受ける。


「とんでもねえな……過去から未来まで全人格の再現なんてできるのかよ。お前は俺自身でもあるってことだよな」

「その通りです。私もゼロに管理されているのですが」

「全然わからん」


 織図は腕組みをしたまま開き直る。

 第四の創世者は「ですよね」と同意する。


「先程の質問を検証したところG-ESプライマリの脆弱性を修正すると弱体化するものの、新規生命体を創出することはできそうですよ」


 第四の創世者は右手で何もない空間からNo-bodyを召喚する。


「まさか……」

「紹介します。思考機械The Old ONEの片割れにして第二の創世者、Ultimate of No-body(名も姿もなきもの)。神階の創造主です」


 No-bodyは不定形だが今日は黄金に満たされた少女の姿をして、在りし日のそのままの雰囲気を醸し出している。まばたきをするたびに姿が変化して見える。

 そして誰一人同じ姿を見ていないという、彼女らしい特徴を残している。

 旧神らにとっては未知の存在で、直接見えたことのない者が殆どだった。

 崇拝と敬仰を浴びせられ居心地は悪そうだ。


「結局、No-bodyって名前をつけられてしまったんだな」


 織図が苦笑する。

 彼女は名付けられると弱体化すると言われていた創世者だった。


「本体を召喚できるとして、No-bodyの記憶もあるんですか?」

【藤堂 恒か。全ての記憶は共有されている。何を思い出せばいい】


 Ultimate of No-bodyと呼ばれていた彼女は解離性伝播法で応える。

 その思念の質感から、そこにいるのは本物だと恒は認識した。


「本物だな。レプリカじゃねえ。俺たちの知る実存の存在を呼び出してる」


 No-bodyと長きにわたる交流をしていた織図も追認する。


「そしてこちらは、The Old ONEのいまひとつの片割れにして第三の創世者、Blind Watchmaker(盲目の時計職人)。解階の創造主です」


 第四の創世者はNo-bodyのみならず、左手でBlind Watchmakerを召喚する。

 それは銀髪の少女の姿をしていたが、この世の陰惨さを凝縮したような雰囲気は、紛れもなく本体だと分かる。

 恒は嫌な予感がした。

 解階の住人との死闘で死にかけたトラウマが今にも蘇りそうだ。


「時計職人をそのまま呼び出しても、大丈夫なんですか?」


 例えばBlind Watchmakerに別の時空に逃げ込まれたら……などと懸念する。


「中央神階に拘束しているから各時空には影響しないよ。それに、もうここにいる二体とは和解した」

【あれは断じて和解というものではない】


 No-bodyが不服そうに訴えている。

 Blind Watchmakerはそのやり取りを無視していた。


「休職中の日本語教師として言わせてもらうと、和解で合ってますよ」


 二体の創世者は第四の創世者の支配下にあったが、旧神らはBlind Watchmakerとは会話ができなかった。

 Blind Watchmakerは大規模な精神攻撃を仕掛けた過去があるため、旧神らの安全のために意思疎通を禁じたのだろう、と恒はとらえる。

 三体の創世者は互いの専門性を生かして情報を統合し新規の生命体創造のための検証を行う。

 とりとめのない雑談はしていても、作業はしている。


「これでいいでしょう」


 インフォメーションボードをフリックし、設計図を荻号の疑似脳上に細胞データを送信する。

 それと同時に、第四の創世者はBlind Watchmakerを消してしまった。

 No-bodyにはまだ用があるようで、その場に残している。

 荻号は結果を見ると思念操作でデータを精査し、概ね満足したもののいくつかの改変を提案する。


「こうすれば精神干渉は受けないはずだが」


 人間の頭脳を含め、生脳アクチュアルブレインには記憶の容量の制限がない。

 だが保存や処理能力には限界がある。

 脳がまっさらの状態なら、新しい記憶クラスターを生成できる。

 荻号は自身を究極まで変容させようとしている。


「それでは自我の初期化が起こるので許容できません」

「俺の自我を気にしている場合なのか?」


 荻号と第四の創世者で意見が割れた。


【荻号 正鵠と新規生命体との同一性が断たれれば、いかに高性能に設計しようとも同じようには使えぬよ。白紙の百科辞典のごとくだ。以前にも啓示した通り、汝はもとより自我の統合に障害がある】


 荻号 正鵠の設計者であるNo-bodyが当人に苦言を呈する。

 No-bodyは一時期、荻号 要として彼の神体を使っていたため、その性能の限界も知っている。

 No-bodyが荻号の自我に問題があると言い始めたので、第四の創世者はNo-bodyを制して穏当な表現をかぶせた。


「これは再生後の自我の崩壊を防ぐ、つまりあなたを守るための措置でもあります。あなたの現在の記憶と自我構成を取得し、復元地点を作成しました。事が終わればここに戻します」

「やれやれ。お前が制約を受けて本来の能力を発揮できないのなら、それは自縄自縛というんだ。αθάνατοはルールなんて守ってはくれないぞ」

「自我の崩壊は想定不能の最悪の結果を導きますよ。αθάνατοと戦うどころではなくなり、あなたも世界の敵になります」


 自我の崩壊と拡張はユージーンもゼロも体験したことであり、彼らは三階を巻き込んで崩壊した。

 荻号 正鵠も死後ブラックホールに吸収されたことがある。

 教訓はすでに得られている。


【如何なる改変にも制限は付与されうる。解階の再生と破滅は自由進化のなれのはてだが、まだ繰り返し足りないのか。自我を手放せば我らにも手に負えなくなる】


 No-bodyは荻号に強く警告する。

 壮大な親子喧嘩のようだな、と恒は不思議な気持ちで見守る。


【汝を混沌の怪物にしたくない】


 彼女は旧神を不変の箱庭に閉じ込め生物階を見守っていたが、それは彼女なりの慈愛からのものだった。


「同意見か、ユージーン?」

「はい」

「下手な制限を課したがために敗北しても知らんぞ。お前はαθάνατοの空間に入れないんだからな」

「承知のうえです。しかし最低限、自我と記憶は引き継ぎます」


 第四の創世者は荻号に押し切られなかった。

 荻号が敗れれば情報を取られて駒はなくなるが、それでも了承しない。

 荻号はため息をついて悪あがきの条件をつける。


「では年齢は6歳にしろ」

「6歳!?」


 恒とレイアは驚いて吹き出しそうになった。聞き間違いかと錯覚したほどだ。


【却下だ】

「いいですよ」


 第四の創世者はNo-bodyの返答に反し、合わせた両手を開くように上位次元のエネルギーを解放すると、荻号に青白く滾る炎の輪を投げ放った。

 炎が荻号の全存在を包み込むと共存在体もろとも融解し、荻号のGEDコンパートメントを新規の細胞へと更新してゆく。

 これまで地上に存在しなかった生命体へと作り変え、現時空が影響を受けないよう位相をずらして受肉させている。

 更新された荻号は全身白化個体で、中性的な容姿の子供の姿をして、半実体らしく白い光を纏っている。


「幽霊っぽいですけど生きてます?」


 変身を見届けたレイアはインフォメーションボードにステータスを表示させてみる。


 --------------------------------------

【基本情報】 

 名前:荻号 正鵠 / LAY 

 年齢:0(肉体年齢6)

 絶対力量: Infinity

 Mind Gap: Infinity

 陰階順位: 1/11201位 

 全体順位: 1/24540位

 技能: 万能

 アトモスフィア: 無色

 居住区: 陰階第3区画12号室

 --------------------------------------


 測定不能ばかりで解釈不能な数字が出たので、レイアは理解を放棄する。


「ステータスが抽象的すぎて全然わからないですね……」

「ステータスに意味がないから表示してないよ」


 第四の創世者は申し訳を述べる。


「新しい体の感想は?」


 両手を伸ばして背伸びをしている荻号に、興味津々で織図が尋ねる。


『何も感じない。体は軽くなった』


 子供らしからぬ落ち着いた口調だが、彼は発語していない。

 以前の荻号と変わらず左右完全対称の顔と、とらえどころのない佇まいは保存されているが、容姿は完全に別人だ。


「感覚はあまり変わらないかもしれませんが、物理無効、精神干渉無効、旧解階より引き継いだ生体変容能力と、旧神階由来の絶対安定性も有します。半実体は胞構造を持ち、現時空の個体としては究極に近い生命体です。他個体と同一時空で接触しないよう、私が自身をそうしているのと同じように、位相をずらして完全隔離しています」

「地球に降りたらどうなります?」

「降りられないよ」


 レイアの質問に、第四の創世者から恐ろしい答えが戻ってきた。

 単一宇宙を壊滅させ、全再生を施す必要があるという意味にほかならない。

 そこまで言われると、荻号も不安になってきたらしい。


『この空間は耐えられるのか? 俺は壊せるが直せんぞ』

「トレーニングルームは耐えうるようにしておきます」

『まあ様子を見ながらやる』


 荻号は全裸だということに気づいたらしく、自ら空間元素を固定し、適当に服を仕立てて着る。

 物質固定能力も当然のように備わっている。

 神体能力の割り振りなども自力で調整できるようだ。


「あのー、何で成体ではなく6歳にしたんですか? 後学のために伺いたいんですけど」


 レイアが荻号にどうしても我慢できず疑問を投げかける。

 6歳という年齢を選んだ面白い理由が聞けるかと思ったからだ。


『細胞が未分化だからだ。成熟前でなければ意味がない』

「それだけですか」

『そうだよ』


 6歳という時期を選んだのは漠然とした理由ではなかった。

 更新された荻号は、生体の成熟過程の利点を余さず享受しようとしている。

 自身を物質とみなして限界以上に利用し尽くす、自己最適化を行うのだ。


「それで我らプライマリはどうすべきだ? 修正できないならレイのように更新すべきか?」


 荻号の更新を見届けたフラウが、第四の創世者とNo-bodyに尋ねる。


「半実体への更新は極めて不安定なので、誰にも適用できません。別の方法にしましょう」

「何故レイにはそれを施した」

「更新は成功しておらず、その状態も長くはもちません。No-body、Blind Watchmaker、XERO、そして私、四体の創世者のキャパシティを使用して安定化には無限に失敗しています。ましてや彼以外では一度も成功していません。それほど不安定な状態です」


 第四の創世者は荻号の半実体は暫定的な状態であると強調した。

 この状態では数年ともたず消滅してしまうという。


『人柱なんて一人で十分だろ。位神は暇なら元時空に戻って仕事しろ』


 荻号は下から目線でフラウを見上げながらずけずけとモノを言う。

 元時空では秩序を司る女神であったフラウは、誰であろうとなめた口をきかれるのが嫌いだ。


「挑発しているのか?」

『煽ってない』


 荻号は歯牙にもかけていなかった。

 一触即発の空気の中、No-bodyがフラウに声をかける。


【この場にはG-ESプライマリと相補関係を持つ者が二柱いる。彼らが汝に力を与えるだろう】

「まさか……」


 ここでお鉢が回ってくるとは思わず油断していた恒が反応した。

 G-ESプライマリと特殊個体、つまり藤堂 恒、八雲 遼生ならば、G-ESプライマリの精神脆弱性を補完することができるとNo-bodyは分析している。

 恒の持つ抗体がレイアやユージーンを抑え込んだように、この組み合わせは創世者からの攻撃に強い。

 フラウがNo-bodyに指摘される前から恒に目をつけていたのは、直感が働いたのだろうか、と恒は察する。


「ということは、まだAAA(抗-絶対不及者抗体)が効くんですか」

「思考機械は私達と同じルーツを持つからね」


 藤堂 恒と八雲 遼生の持つ創世者抗体が、αθάνατοに対しても有効だとNo-bodyは言っている。


「抗体なんてすぐ対策されると思っていました」

「なかなかどうして手ごわいよ。例えば君たちがG-ESプライマリに強力なマインドコントロールを施し抗絶対不及者抗体で保護しておくことで、予め創世者からの干渉を排除することもできる。戦術は多岐にわたる」

「昔はレイアのスティグマがあったので発現増強していましたけど、今は活性化できるかな」


 恒はどうやって抗体の発現を促してよいものか分からない。

 遼生のように巧みに生体内発現をコントロールできないのだ。

 ちょいちょいと恒の肩をつつく者がいる。レイアだ。


「ふっ、お困りのようだね相棒。私が付き合ってあげようか?」

「今のレイアではダメでしょ」

「私のどこがダメなの! こんなに正統なプライマリなのに!」

「時期がだよ。スティグマもうないし」


 レイアが勿体ぶって恒に手を差し出すが、彼女はもうスティグマがないので発現増強は望めない。


「僕は過去、恒に抗体の産生を不活化されてしまっていますが、今はどうなっています?」


 二人のやりとりを呆れたように見ていた遼生が、第四の創世者に尋ねる。

 恒は瀕死の遼生を助けようと彼の抗体を薬で不可逆的に不活化してしまったため、実質、抗体を使えるのは恒しかいなかったはずだ。12年前までは。


「旧神に戻したときに全て修復したし、遼生くんも使えるはずだ」

「承知しました」

「では二人とも私と握手」


 第四の創世者が二人のために両手を差し出すので、恒は身構える。

 その掌には先ほどまでは見えなかった上位次元と下位次元を結ぶ局所ゲート、黄金のスティグマの紋様が現れている。

 遼生は全く触れるのに躊躇しない様子だが、恒はスティグマの熱さを知っている。


「一応聞きますが死にます?」

「愚問でしょ。初見殺しだと思ってれば怖くもない」


 恒の問いを遼生が一蹴する。


「……何だろうね、この信用のなさは」


 嘆く彼には悪いと思いながらも恒は即死覚悟で固く握手し、遼生は重ねるように軽くその手に触れる。

 二人とも熱すら感じなかった。

 完全体の創世者への接触が刺激となり、抗体の過剰発現が始まる。

 最強強度の刺激を得て、瞬間的に発現を獲得することができた。


「こんなに一瞬で獲得できるなんて。前は文字通り手を焼きながらやっていたのが嘘みたいです」


 発熱するスティグマに触れ続けるのは、恒にとっては灼熱地獄のようだったという記憶しかない。

 皮膚は熱で焼け爛れても再生を繰り返し、抗体を増強してゆくしかなかった。


「本当ですね。僕と恒はプライマリの方と組んで作戦を遂行すればいいのでしょうか。割当てなどはありますか」


 遼生は抗体が活性化されたことによる生体内の劇的変化に驚きつつ尋ねる。

 ようやく、恒に封じられていた彼本来の能力を発揮できそうだ。


「あとで誰と組むべきか考えて、訓練のためのスケジュールを組むよ。二人は兄弟で微妙に抗体の発現パターンが違うからね」

「承知しました。しばらく休職しましょうか」


 誰と組むにしろ忙しくなりそうだ、と恒は覚悟しておく。

 仕事の合間を縫って中央神階に来ていたが、さすがに夜勤などをこなしながら連日の過酷な訓練をこなせそうにない。片手間では無理だろう。


「共存在体に代行してもらおう。二人共大事な時期だろうし、仕事の遅れはよくない」


 第四の創世者は恒と遼生の共存在体を作り出した。

 彼はゼロと同じようにバイタル分割なく共存在体を常駐させられる。


「他に共存在体が必要な人はいますか?」

「私は大学が春休みなので暫くは大丈夫です」


 レイアがひらひらと両手を振ると、遼生が思い出したように尋ねる。


「理学部3年の顔のいい彼氏を長期休暇中に放っていていいの?」

「別れようかな……」


 レイアは恋愛を諦めたらしかった。

 下手に付き合っていると相手を危険に晒すかもしれない。

 また然るべき時に落ち着いて彼氏を探すつもりだ。


「遼生さんや恒さんが彼女作らない理由が今なら分かるかも」

「俺は作らないんじゃなくて普通にいないんだよ」


 恒はレイアに応じつつ、自身の共存在体と軽く世間話をしてみる。

 当然知っているべき知識や記憶に全く齟齬はない。

 看破を試みるも、全く同数のマインドギャップを持っているため看破できない。

 看破をし返してきたりするところが自分らしい。

 思考が独立しているあたり、レイアの作り出す共存在とは異なる。


「自分の共存在体、初めて見ました。仕事の引き継ぎもしなくていいんですよね」

「基本自分自身と同じだよ。おやつが好きで、掃除は苦手」


 自力で共存在を使えるレイアが、恒に先輩風を吹かせている。 

 遼生は研究の進捗を上げるために二、三体ほしいと言ってレイアに「同じ顔の人間を同じ職場で働かせるの?」とつっこまれていた。


「そういえばケネス・フォレスターの件はどうしましょうか」

「共存在体はいかなる装置でも看破されないように細工しておくよ」

「助かります」


 荻号は旧神とは接触禁止を申し渡され、実質隔離部屋と化したトレーニングルームで半実体の調整を行う。

 あどけなさすら残る外見とは裏腹に、半実体生命体の性能は旧神らの想像を絶していた。

 ありとあらゆるバリアントを想定したαθάνατοのレプリカの空間構造を完全な再現性で壊滅させること数百回。

 肉体の変容を繰り返す解階のドグマを刻まれた半実体は、戦えば戦うほどに際限なく強くなる。

 荻号は次にαθάνατοの攻撃を防ぎ続けている第四の創世者とゼロの負担を慮り、Blind Watchmakerとの対戦を指名した。

 ゼロの内包する創世者の中で最も精神攻撃を用いた戦術を得意とし、αθάνατοと類似性があるのはBlind Watchmakerだったからだ。

 結果は圧倒的だった。

 あらゆる想定で対戦しても荻号は一度も敗北を喫することはなく、いとも簡単にBlind Watchmakerを降した後、続いてNo-bodyも難なく破るに至った。

 荻号の実力は、同一次元上に留め置かれている思考機械に対しては十分通用した。

 その頃には、荻号は戦闘訓練以外では覚醒すら封じられ、常時強制的な睡眠に落とされていた。

 ここまでしなければ、空間内に彼の存在を格納できなくなったのだ。


『……まだ実証が足りないか?』


 強制睡眠から起こされた荻号は寝起きだった。

 顔を洗いたくなるが、何もない空間に留め置かれている。


『夢を見ていたらしい……フィドルの練習をしていた』

「6月に大きなセッションがあるんですね」


 第四の創世者は荻号の記憶を読み取って会話する。

 それまでずっと無表情だった荻号は、フィドル奏者であったことを思い出したか少しはにかんだように笑った。


『そうなんだ。今回は五年ぶりに会う有名なギターとのセッションで、どんなかけあいになるか楽しみにしていた。この状況では出られないんだが、内心気にしていたのかもしれないな』


 彼が諦めてしまった日常が、夢の中でくすぶっているようだ。

 夢を見たり余計な感情を持つべきではない、と荻号は自らを戒めた。

 精神干渉無効とはいえ、思考機械に付け入る隙を与えてはいけない。

 だから、半実体になるときに全てリセットされることを望んでいたのだが。


「共存在体を送りましょうか」

『いいや、それも不義理でね。今月中に蹴りがつかなければ、出演辞退の連絡を入れる』

「たらればの話になりますが、私達が敗れなければ、出演が叶うよう色々調整できます」

『それは有り難い』


 融通をきかせてくれるというので、これで無意識下でも集中できそうだ、と荻号は笑った。


「次の段階にいきましょう」

『Blind WatchmakerともNo-bodyともやったが、何かフィードバックがあるか』

「空間を壊滅させることに拘る必要はなく、創世者を仕留めれば全て終わります。次は本体を狙ってください」

『αθάνατο本体のデータはないんだろ? お前の本体と戦うのか?』

「その通りです」

『復活できるんだよな?』

「双方、問題なく復活できます。本気できてください。私も本気で攻撃します」


 第四の創世者は荻号を蘇らせ、ゼロは第四の創世者を蘇らせるので、どちらが滅びても元通りになるという。


『いつでもいいぞ。αθάνατοは予告なんてしてくれないだろうからな』

「では今から始めます」


 インターフェイスのユージーンが場を去ると、暗闇の中に静寂と虚無のみがそこにあった。

 気配を探ろうとするのは意味がない。

 第四の創世者の本体は、8次元宇宙の超空間そのものだ。

 スティグマのような上位次元への脱出口はない。

 荻号は無限に周囲の空間を縮小させて暗黒のエネルギーを集める。

 彼のエネルギーは時空を超え、第6次元、カレント空間まで到達していた。

 そして第7次元へ手を伸ばしたとき、彼は崩壊した。

 砂山を崩すように、存在が解けて消えた。


 荻号は再び覚醒し、ユージーンのインターフェイスを見て何が起こったのか理解した。


『負けたのか』

「残念ながら。あなたの存在する確率を潰せば終わりました」


 本気でこいといっても、熱く拳を交える必要すらない。

 一瞬で片のつく勝負は何とも味気なく、反省会ばかりになる。


『やっぱ強えな。攻略法があると思うか?』


 攻略法を本人に聞くのもどうかと思うが、あいにく彼は敵ではない。


「先制をとって上位次元への干渉を行い、上位存在の性質を変えて下位次元に落とすのも一手です。先制をとれればですが。一己の個体が普遍に挑むのは、水滴が大海に挑むような無謀な挑戦です。普通のやり方では通用しません」

『最初に時間加速をかけて時空を巻き上げるのは』

「いい案ですが、一部を削ることしかできないでしょう」


 理論上可能であることと、可能なことは異なる。

 結局はそれができるかということに終始する。

 現時空を支配する第四の創世者を倒せなければ、未来側に存在拠点のあるαθάνατοには手もかからない。

 最強の半実体をもってしてなお、創世者の裏をかくために必要な課題はあまりにも多かった。

 創世者を破壊するより、機能停止や封印を狙うほうが楽かもしれない。

 案外、No-bodyの言うように恒と八雲の抗体を使うのが最短なのかもしれない、荻号はそんなことを考えた。


 ◆


 レイアは訓練のスケジュールを渡されると、休養のために中央神階から地上に戻った。

 三日後から恒と遼生、両方と組んで戦闘訓練をしろとのお達しだ。

 地上へ戻ると同時に、レイアの体は人のそれへと変容する。

 二人の兄は中央神階で訓練を続け、兄たちの共存在体は東京と米国に送られるそうだ。

 彼女は何もかもが鈍麻した人体の感覚を取り戻すと、午後三時を過ぎて志帆梨の店に立ち寄った。

 彼女はもう土日のバイトのシフトは入れていないので、仕込み中の志帆梨はレイアの来訪に驚く。


「あらレイア。今日はシフトはないわ」

「うん、単に手伝いにきた」

「手伝いなんていいのよレイア、休みなんだからゆっくりしていらっしゃい。そろそろ彼氏と旅行に行くって言ってなかった?」


 志帆梨は実の娘のようにレイアを気遣う。レイアも彼女を母親のように慕っている。

 産みの母親はNo-bodyであるとはわかっていても、レイアの気持ちは志帆梨に寄せている。困りごとは遠慮なく何でも相談してきた。

 それでも、まだαθάνατοのことは話していない。

 ようやく幸せを手にした彼女にはもう、何も心配しないでもらいたい。

 レイアを含め、三人の兄妹からの願いだった。


「本当は母さんの顔が見たかったから」

「あらあら、いつも見てるじゃない」


 なんだかんだで皿洗いを手伝っている。


「どうしたの? 彼氏とうまくいってないとか」

「……うまくはいってるけど、今やらなきゃいけないことがあって……お互いのために別れたほうがいいかなって」

「やらなきゃいけないことって? 資格を取りたいとか勉強のこと?」


 レイアは皿洗いを終えると、彼女の隣に並んで大根の桂剥きをする。

 幼かった頃から、包丁の使い方は恒や志帆梨に教えてもらった。


「深くは聞かないわ。でもやらなきゃいけないことを優先すべきだと思う。あるよね。好きなのにすれ違うとき」

「あるの? 母さんが?」


 レイアは目を丸くする。


「そりゃ、一つや二つは誰でもあるわ。しかも告白されたその日に上京するって言われてね。何それって感じでしょ。実はお互い両思いだったのに、告白直後に別れようかってなった」

「引越し前の告白ってこと?」

「そうなの。微妙でしょ。気持ちをスッキリさせたかったんだって。でもこっちはモヤモヤよ。あと数ヶ月早く告白してくれたらとか、暫く悩んで眠れなかったのも今となってはいい思い出ね」


 志帆梨は当時の主神Vible Smithの非道により処女懐妊を果たし、その後十年も病床にあった一般人の女性だとレイアは知っている。だからレイアには意外だった。肉体関係はなかったまでも、彼女にも恋愛経験はあったようだ。


「別れなくても、一度時間を置こうって言ってみたら?」


 志帆梨は穏便な提案する。


「それ、いいかも」

「いいでしょ。やらなきゃいけないことの期限は決められる?」

「最長一年かな」

「なら、いたずらに待たせないために期限は伝えておきなさい。悩める娘には芋羊羹をあげよう」

「いいの? え、これ足の早い東京のお土産?!」

「そうそう、朱音ちゃんが帰省のお土産に持ってきてくれたのよ」

「朱音さん、東京でバレエ頑張ってるんだっけ」

「いい役が貰えたそうなのよ。恒も会いたかったと思うわ」

「恒さんは東京で会えそうだけど……まあ大人だから二人では会えないか」


 かつて恒に想いを寄せていた石沢 朱音は東京のバレエ団に所属し、プロとしてレッスンや公演に明け暮れていると聞いた。ちなみに同じプロダンサーと結婚し、海外挙式の年賀状を見ると幸せそうだった。

 禍福は糾える縄の如く、誰にも悩みや葛藤はあり、悲喜交々の人生はある。地上で縁ある全ての人々に何かがあったら嫌だ、とレイアは感じる。

 志帆梨の言葉で、レイアはこの先も自分の人生が続くのだと信じることができた。

 平穏を取り戻したいと希い、彼ら彼女らに何事もないよう、彼らを守る力を持つものが、適所で踏ん張っている。

 その一員として、最強にして最後のプライマリの個体として自分に何ができるだろう、とレイアは芋羊羹を日本茶でいただきつつ悩むのだった。


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