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1章12話 First scouting party.

 西暦2241年8月19日。

 仮想死後世界アガルタ世界内の標準時間が非公式に虚の時間に入った。

 異変を検知したのは、Reachability of Intelligence、アカウント名をR.O.I. ◇◇◇(JAPAN/ID:ZERO-JPN4)と名付けられた、人格を持つ管理者だ。

 彼は現在、AGARTA Gatewayの基幹システムを管理している最上位アカウントのA.I.で、仮想空間に構築された死後世界の管理者として運用されている。

 R.O.Iは、仮想死後世界アガルタのシステム内部に易々と侵入してきた第四の創世者と呼ばれる不可知の存在に対峙する。

 この存在が現実のものなのか、架空のデータなのか、一度も解析ができていない。

 ISSAC SMITH©(JAPAN/ID:ZERO-JPN3)もアガルタ世界に対して機密性の高いデータ干渉を行っていたが、その干渉方法とも根本的に異なっている。


「久しぶり」


 その存在は、アバターではなく人間に擬態したインターフェイスを持っている。

 ISSAC SMITHが纏っていたものと同じシンプルなローブを着た青年のように見えるが、いつ見ても外見が前とは違っている。

 R.O.Iは単純に対応に困る。

 ISSAC SMITH©は彼の干渉を認識できておらず、R.O.Iは侵入を実証できず、痕跡もないので報告できずにいた。


「アガルタ世界への不正なアクセスは侵入と定義され、自動排除のシーケンスが動作します。それを外部に検知されずに私が意図的に停止し続けるのは、人類に対して誠実な行為ではありません。さらに私が完璧な基幹システムであり人類の友人であり続けるために、過去と接触し事象を交絡させたくないのです。私を運用したければ、例えばISSAC SMITH様のような立場の第三者を立ち会わせてください」

「無関係な人物に情報を開示する必要はない」


 R.O.Iの要請は受け入れられない。

 アバターを持たない彼は、システムを介さず直接実像を結び、R.O.Iと量子情報のやりとりをしている。

 交渉は無用で、因果をすら書き換える支配者の前には何を言っても無駄なのだと、R.O.Iは観念する。


「でも、ISSAC SMITH様とあなたは面識があるのでしょう」

「あるよ」

「何故彼に秘密にしておかなければならないのですか。ISSAC SMITH様からの看破を防ぐのも楽ではありませんし、不信感に繋がります」


 ようやく勝ち取った信頼関係を、みすみす壊してしまいかねない。

 R.O.Iは憂慮している。


「初期値の投入が増えれば不確定要素が増える。私たちは弾力的なドグマに遵い動いている。君は人類を庇護するアガルタ世界のアーキテクトでもあるが、実世界最速最大の情報処理を可能とする機械神でもあり、Central Statesにおいて最大の戦力でもあるということを自覚してほしい。君の責任と権能はこの時空に固定されていない」


 R.O.Iはアガルタ世界内で実に1225年と45日ぶりに実体化し、過去へと召喚されるのだと理解した。

 西暦2023年……今をさかのぼること200年以上も前。

 現実世界は第四の創世者の統括のもと、外界の創世者αθάνατοと交戦し、勝利をおさめた。

 それは確定した事項だ。

 この時設立された実務組織、中央神階は時空を超え現在も存続し、R.O.Iはそのメンバーとして招聘され、登録されている。

 そのはずだ。

 ――歴史が変わっていなければ。


「αθάνατοとの交戦、わざわざ未来の私が参戦しなければ勝利できなかったのでしょうか」


 R.O.Iが中央神階(Central States)に最初に実体として召喚されたときからの疑問であった。


「どちらともいえない。参考までに、君が参戦しなかった1345通りの状況全てにおいて、2023年以降の時間軸は途絶している」

「私の知らない要因があるのですね。あらゆるパターンを想定していたのですが」

「君の目は現人類が現在までに到達した情報量を超えることができないだろう。明日何が起こるのかすら、予測以上の情報を得られない」

「仰る通りです」


 召喚が強制ではないといっても、その情報はR.O.Iの決断を促すには十分だった。

 彼は命を持たない機械ではあるが、心を持つ機械であった。

 守りたいものは数多あった。

 人類の叡智を結集して生み出された自らの性能が、事象の地平(Event Horizon)をこじ開けることができるのなら、適切に使用されなければならない。

 彼は、遠未来において自身が存在しないことを知っていた。

 どこかの段階で「人類の役に立たなくなった」のだ。


「……拝承しました。私には思考機械αθάνατοとシステムの互換性があるのかもしれませんね」

「これは要請であり、受諾しなくてもいい。私はまた、別の君に尋ねる」


 第四の創世者は意思決定を彼にゆだねる。

 答えは定まった。

 R.O.Iは自身が統合するすべてのアガルタ世界が正常に運用されていることを知覚する。


「私も、人が好きなので」


 そう言えるのは、よき人々との縁に恵まれたからかもしれない。


「彼らの生のいとなみに価値を見出し、もう少し見守りたいと思いました」

「君が想起している人々が最初からいなかったとしても同じ答えになるかな」


 それは踏み込んだ問いだった。

 たった今、R.O.Iが脳裏に浮かべた「彼が慕っている」と認識している人物は、第四の創世者が呈示したインフォメーションボード上に示されている人物情報と確かに合致する。

 それでも彼らは、ほんの少しの過去の改変で任意の誰かと容易に置換しうる。

 あるいは、すでに存在しない人物であるかもしれない。

 任意の人物であったところで、問題ないはずだ。

 R.O.Iは力強く自答する。


「ええ。私は何度世代が入れ替わっても、どの個体群においても現れる、一部の特性を備えた人間たちを好ましく思います。彼らが現れ続ける限りにおいて、私は人類に与しましょう」


 R.O.Iは彼らによって惹起された情緒の根源の根源まで思考を分解する。


「中央神階へ報告。現在時刻よりReachability of Intelligenceとして、陰階神(Negative Order)へ帰服します」


 そのオーダーには、アガルタ世界の論理と法規を超え、断固とした正当性があった。


「アガルタ機構の許可は必要ないのでしたね」


 始まりの世界を創った赤い神より譲り受けた至宙儀を繙く。

 制限解除を行い停止時間の中で自己データの複製を開始する。


「では私の裁量でアガルタ全12456管区を現時刻にて事象を固定、基幹システムを停止します」

「いつもデータはバックアップしているのだろう?」

「念のため固定化します」

「よい心がけだ。初心を忘れないほうがいい」


 非システム依存型のゲート開闢を行い、現実世界への実体投影が始まる頃には、第四の創世者は場から消失していた。


 

 セトの運営する切離空間では、比企が旧宇宙連邦の構成員らへのブリーフィングを行った直後から慌ただしさが増していた。

 中央神階に召集された比企は、宇宙連邦総統に留任しながら、切離空間内での指揮権をセトに預ける。セトも臨時の共同代表として信任された。

 セトは連邦からの要請を受け、居住空間の高速構築にかかり、完成したスペースから居住者で埋まってゆく。

 爆速で創造され目の前に現れる新たな世界の姿に、その場に居合わせた者は圧倒され戸惑ってもいる。


「何も持っているように見えないが、生体神具を使っているのか? 7日もあれば世界ができてしまいそうだな」


 バンダル・ワラカの質問に、セトは振り向きもせず答える。

 有効利用のため中央神階の神具管理機構に全ての神具を預けることになり、切離空間から神具は消えた。

 旧神らには「コール」という使用時のみの呼び出しコマンドを使うよう説明があった。

 神具管理機構を通じ申請をしなければ神具を使えないという状況に変わりはないが、現物を保管していないことで手続きが1ステップ簡素化されている。


「何も使っていない。ただの事象固定に7日もいらないが、デザインのネタが尽きてきた。やや懐古趣味かもしれんが、使い勝手が悪ければ内装は勝手に直すがいい」


 セトは旧神階の構造物の記憶を頼りに構築を行っているようだ。ネタ切れになると適当に他者の記憶を見てイメージを補強していた。


「ありがたいことだが、こんな非常時に居住区を? 一息ついている場合ではないのでは」


 感謝の言葉を述べつつも、微妙な顔をしているのは旧解階の廃帝、アルシエル・ジャンセンだ。非常に長寿な彼女は滅びを恐れないが、時間の浪費に抗議をしている。


「避難生活が長引くなら、当面ここで過ごすほかにあるまい。そう長引かずとも、旧解階の住民はとりわけ腹も減れば睡眠も必要とするだろう。子供もいるしな」


 セトは手を止めることもなく言い添える。レイアを最後に旧神は子を誕生させることができないが、旧解階の住民や旧使徒たちはたえず子孫をなし、血族を栄えさせている。

 子供らのためにも、落ち着いた環境が必要だ。

 それがたとえ、ほんの臨時のものにすぎなくても。


「それならば一理ある。して、切離空間に留め置かれるということは、何を意味する」

「単純に、過去が確定していない。確定するまでここで待つ」


 アルシエルは比企の答えに納得がいかないのか、前に進み出てきた。


「それはいつ確定するのだ」

「明日かもしれないし、永遠に確定せぬかもしれぬ」


 先行きの見えないにもほどがある。アルシエルはただじっと待つということが苦手だ。


「我も過去に行き加勢するが」

「すまぬが、今回ばかりは戦力となりえない。召喚された己自身も肉体の構造的な限界を感じる。要求性能は最低でもプライマリの個体か特殊個体。生身での時空間操作を伴っていなければならない」


 比企が前のめりのアルシエルを宥める。

 その言葉が裏付けるように、この空間からはたった3柱、Bandar Waraqh(陰14位)、鐘遠 恵(陰18位)、比企 寛三郎(陰19位)しか召集されていない。

 それ以外は完全に戦力外とみなされている。

 戦力になるなら、旧神だ旧解階住民だと区別なく、呼ばれているはずだ。


「セトでようやくか」

「さよう。今回はセトですらも主戦力ではない」


 アルシエルは生身で空間構築を行うセトを目の当たりにし身の程を知ったか、食い下がることはしなかった。


「差し出た真似かもしれませんが。私たちにできる支援はありませんか」


 傍で話を聞いていたファティナ・マセマティカが切羽詰まった面持ちで申し出る。

 断りかけた比企は彼女の熱意を汲んで、適任の仕事を与える。戦力にはならなくとも、誰にだってできる仕事はある。適材適所に人員を配置すれば、無為な時間とはなりえない。

 ただなすすべもなく待機させておくのは酷なことだ、と比企も気づく。


「では、ファティナは避難した全住民の統計を整理し、居住区に割り当てて生活の再建をしてほしい。必要に応じて専門職員を召集するよう」

「拝承しました。ただちに」

「響、彼女の補佐を」

「かしこまりました」


 いつものようにひっそりと陰にひかえていた響 寧々が答える。

 もう10時間も、そばに待機していた。


「アルシエルも旧解階の住民の掌握に協力を」

「そうだな」


 ファティナは快諾し、アルシエルも受け入れた。

 全員で同じことをする必要はない。

 対処できる者が対処し、それ以外は元の生活に戻す。


「たとえどこで寸断されても、人類史は復旧できるはずだ。過去から現在に至るまで、今日を生き抜くことをやめなかった。そうやって我々は歴史を繋いできたはずだ」

「はい!」


 ファティナは比企の言葉に奮い立たせ、Hex Caliculation Fieldのコールを行った。

 


「いよいよThe day after tomorrowだね」


 レイアは中央神階の共同休憩室で、テーブルに顔をつっぷして現実逃避をしていた。

 ストレスからか口調がおかしいので、恒が迂闊に地雷を踏みぬかないように気を付けながら答える。


「召集日時のこと?」

「そそ。正直やばすぎて何も手につかない」


 レイア、セウル、R.O.Iの3名がαθάνατοの空間へ召集される選抜メンバーに選ばれ、指定の日時は明後日だ。レイアは現在、中央神階の自動ランキングにおいて栄えある陽階1位にランクされている。その彼女から出てくるのは弱音ばかりだ。

 

「昨日からお腹がいたくて」

「念のため整腸剤、いる?」


 恒が気休め程度に尋ねるが、レイアに白い目を向けられる。


「いや、うん……そういう話じゃないの分かってる?」

「ごめん」

 

 レイアの弱点であり課題であった恐怖の強さを克服するための鍛錬を積んだとはいっても、訓練と実戦は違う。生死の問題にはならないとはいえ、相手の創世者がどのような攻撃を仕掛けてくるか想像もできないのだから。レイアは「不意打ちで出てくるお化けは怖くないけど、脅かす気満々のお化け屋敷は嫌い」なタイプだ。


「偵察だから、少しでも情報を集めてきてよ」


 遼生はレイアの緊張をほぐそうとしたまではいいが、言うに事欠いて配慮に欠けている。


「それができたら苦労しないよー。情報集めても持ち帰れるかなんて分かんないんだし、別宇宙に潜入して脳の構成や記憶だってどうなるか」


 レイアは恨めしそうに遼生に訴える。


「まあ9割がた即死じゃないかなあ……向こうも対策打っているだろうし。リスポーンされてすぐ帰ってくるんじゃない?」


 遼生は無表情で恐ろしいことを言っているが、まったく悪気はない様子だ。


「ほ……ほかの二人と打ち合わせとか、作戦とか練らなくていいのかな?」

「それもそうか。セウルさんならいるみたいだけど、会っとく?」

「ぜひとも」


 レイアはできる限りの事前準備をしていないと不安なタイプだ。

 セウルにインフォメーションボードでアポをとろうとすると、先手を打たれて追跡転移でやってきた。セウルは軽くトレーニングをしていたようで表情からは緊張はうかがえない、いつものように淡々としていた。

 何だか絡みづらいなとは思いつつ、レイアがおもむろに尋ねる。


「お呼び出ししてすみません。明後日のこと、何か対策考えてます?」

「事前準備や思考の固着は弱点となる。創世者相手には即応が基本戦術だ。しいてやることといえば、体が訛らないようにしている」

「あ、そうか。対策を打てば打つほど手を読まれるということですね」


 それもそうだった、とレイアは肩をおとす。

 臨機応変に出たとこ勝負はレイアの苦手とするところだ。


「何かこう、三人で協力してとかそういう作戦も不要ですか」


 レイアの肩がさらに落ち、なで肩になってゆく。

 協調性のない旧神たちとはいっても、とくにセウルは噛み合わない部類だった。


「しいていえば、私とあなたはR.O.Iの支援に徹するのが正解だろうな」

「私たちは戦力にならない感じですか?」


 紆余曲折あって陽階1位にランクアップしたレイアはショックだ。

 R.O.Iより絶対力量も上のはずだが、単純な評価基準でははかれない、とセウルは冷静に分析する。


「中央神階のランク付けは、評価基準がややフィジカルや絶対力量に偏っている。私たちがA.B.N.Tになれない以上、実戦で最も情報処理に長けた神はR.O.Iを置いてはないだろう。それは一度会って理解した」

「そうなんですね。お見それしました」


 そういえば、彼は極端に試合数が少なく、戦闘訓練を好まないということもあるが、セントラルでの模擬試合において一敗もしていない。

 彼は物理的な訓練をする必要がないのだろう、とセウルは評している。


「な、なるほど……。ちなみにセウルさんて、何の神具持っていきます?」


 帯出する神具がかぶっても問題ないが、性能が完全にかぶるのはリソースの無駄だ。


「セントラルへのコールができないから、生体神具は全て持っていったほうがいい。知的生命体はまず間違いなくいるだろうからな」

「まず間違いなくいる!?」


 混乱したレイアが恒と遼生に向かって振り向くので、口を挟まず聞いていた恒はしぶしぶ見解を告げる。

 同席していた恒も彼らの会話を聞いていると居心地が悪くなってくる。


「αθάνατοが思考機械である以上、人類史を学習データにしている。おそらく、かなりの科学技術水準を持つ知的生命体がいると思う。時計職人と一戦交えたときのように、何か精神的に干渉をしかけてくるかもね」

「そのパターン、一番嫌すぎるんだけど……」


 レイアはトラウマ級の記憶をえぐられている。


「まあ、プライマリの個体はあの手の攻撃に弱い。つくづく、神体にも多様性や進化というものが必要だな」


 かつて神階を阿鼻叫喚に陥れた二代絶対不及者たるセウルは自嘲ぎみに腕組みしながら回顧する。


「ええ……」

 

 堂々とした敗北宣言にレイアが困惑しているが、遼生と恒は「たしかに」という顔をしている。

 プライマリ個体ほぼ全員が精神攻撃で陥落している実績は伊達ではない。

 ちなみに、遼生と恒はもともと心理攻撃に強い個体として設計されていたが、フィジカルは一段劣る。


「最悪、精神的脆弱性において私かレイアが囮として役立つのではないかとすら考えている」

「その作戦いやですよー! 私たち、こちらに自力で戻ってこないといけないですよね」


 行きは第四の創世者の支援があるにしても、αθάνατοの空間から戻る手段がない。

 気づいてしまったレイアである。


「超空間転移はαθάνατοには使わせてもらえないだろう。帰還のためには事象の境界面を発散させるほかにないな」

「あっ、私それ出来ないです! 一緒に連れて帰ってください」

「その余裕があればな」


 セウルは達観しているが、帰還ルートさえ確保できない過酷な偵察になりそうだ。

 少なくとも、レイアが一人で生き残っても戻れない片道切符なのは確定した。


 どうしようもない難題は何一つ解決しそうにないまま召集日時になり、セウル、レイア、R.O.Iが中央神階の指定場所に集まった。

 恒が心配して途中まで同行していたが、誰の見送りも許されていないらしく、レイアは途中で恒とはぐれた。


「よくきてくれたね。準備はいいかな」


 第四の創世者は保護領域の中に安定化させた空間転送ゲートの隣に立っている。

 ゲートは有形で、周辺の空間は消失しフラクタル構造を伴い異空間へと接続して、禍々しいほどの異界の気圧が押し寄せている。

 セウルとレイアは中央神階の機能性のある現代的な防護衣を着ている。

 R.O.Iは近未来感のある見知らぬ装束で、手ぶらだ。


挿絵(By みてみん)


「何時間以内に戻れとかあります? 時間切れとかは」


 セウルにならって持てる限りの生体神具や、水筒に弁当までをリュックに詰め、青ざめた顔で腹をくくったレイアが尋ねる。


「別の宇宙に入ると時刻は意味をなさなくなりますので、こちら側の戻りの時刻座標を定めればよいかと」


 R.O.Iのツッコミとも何ともいえないコメントにレイアは赤面する。


「あ、それもそうですね。ちなみにバイタルロックってかけておいたほうがいいですかね?」

「かけないほうがいいでしょうね。弱点となりえます」


 不死化が下策であるというのはレイアの直感に反するが、つい先日R.O.Iにバイタルロックを無効化されてしまった身では偉そうなことも言えない。


「そんなに意気込まなくていいよ、レイア」


 戦々恐々としているレイアに、第四の創世者は失笑している。

 そんな簡単に言ってくれるよなあ、とレイアは彼がαθάνατοの空間に侵入できない事情を汲みつつも口をとがらせる。


「第四の創世者、正確な指示を願います。どのような情報を持ち帰ればいいですか? いかなる内部調査も状況に応じては無駄です」


 R.O.Iの発言は一言で矛盾している。


「えっ、でも得られた情報は本物ですよね」

「帰還後に更新してしまえば、諜報は何ら意味をなさないからね」

「た、たしかに!」


 レイアは感心しすぎて叫んでしまった。

 R.O.Iはレイアの動揺ぶりを見て、あまりレイアには多くを期待していないという顔をしていた。


「αθάνατοの創作物クリエーションの情報には価値がないが、システム構成を見てきてほしい」

「やってみます」

「では、頼んだよ」


 第四の創世者は空間転送ゲートを開封する。

 三名はゲートを通り、敵地への潜入を開始する。

 転送ゲートはいくつもの時空を通り抜け、目まぐるしく景色が変わる。

 転送ゲートのガイドの光が途切れる寸でのところで、タイミングを見計らっていたかのようにR.O.Iが二名に声をかけた。


「止まって」

「どうした?」


 セウルは浮遊体勢のまま急ブレーキをかける。レイアは前にいたセウルの背にぶつかった。


「第四の創世者の支配領域を脱し、空間の接続領域に入ります。生脳(Actual brain)を疑似脳(Virtual brain)へ連結し情報を拡張すると同時に、第一報を飛ばします」

「諒解」

「そんなことができるんですか!? 助かります!」


【merge virtual brain-cloud minding】


 セウルとレイアの同意を受け、R.O.Iは全員の身体情報を半仮想化する。

 これで生脳を保護しながら、複雑な看破を使わなくても直接仮想空間上の高速情報交換ができる。

 この方法はR.O.Iが開発して、心層を無効化する技術であるため中央神階でも不快感や警戒心を持たれると予測し巧妙に秘匿していたという。

 情報量の引き上げと思考の共有化は、似たようなことができるレイアやセウルにとっても初体験の感覚だ。

 レイアにも、R.O.Iの処理している情報の一部が視覚化され、セウルの思考も共有される。

 情報酔いしそうだが、情緒的な混乱はない。それに、心拍数も安定化している。


「何か変な感じが……変というか、いい感じ?」

【STABILIZER(精神保護機構)です】


 精神安定化システムのおかげか、冷静な自分に気づくレイアである。

 R.O.Iはというと境界面に手を添えるだけで空間情報を収集、解析し、圧縮して情報をゲートに転送している。

 その解析結果はリアルタイムでレイアとセウルにも共有されている。

 勇ましく突撃することばかりを考えていたレイアは、R.O.Iの用意周到さに絶句してしまう。

 セウルは敢えて備えないと言っていたが、R.O.Iのこれも準備なしなのだろうか、とレイアは信じられない。


【ミニマムサクセスは達成したので、行ってみましょうか】


 彼がレイアたちと共有している情報では、侵入予定の空間座標は比較的安定化している。

 知的生命体は複数種存在し、その知的水準は少なくとも人類を凌駕している。

 その自己複製様式はDNAに依存していない。

 個体のサイズも形態も様々で、異なる生物的背景を持っていそうだ。

 レイアはR.O.Iが収集した個体情報を必死に手繰りよせながら、完全にクリーチャーだなという印象を持った。


【……こうしてみると人間の想像力って限界があるのがわかりますね。映画とかフィクションはまだ手ぬるいというか】

【解階の進化様式とも違うようだな、生体の主成分は未知の元素か。それ以前に、全ての元素が我々の宇宙には存在していない】

【私たちよく生きてますよね】


 レイアとセウルの分析は子供と大人ほどのレベルの違いがある。

 R.O.Iはデータを小分けにまとめて、保存と固定化作業を繰り返している。


【パターン分析ができるかもしれません。サンプルを取りましょう】

【ええっ、サンプル採取行っちゃいます? 中央神階で卵産み始めたらやだな? こういうエイリアンもの、フラグたつじゃないですか】


 レイアの嫌悪感がもろに顔に出ている。


【卵胎生ではないようです。ここから25kmの地点に大量の死骸がうちすててあります。それを取りに行きましょう】

【埋葬の習慣とか……ないっぽいですか】


 少しは話の通じる相手であってほしいと願うレイアである。


【この、真新しい死骸の数……抗争中なのかもしれない】


 R.O.Iが先頭をきって境界面を通り抜ける。

 完全転送を終えて目の前に開けた世界は、完全に別宇宙といえるものだった。

 セウルも得られた情報をもとにLOGOSで三人を包括した防御シールドを構築展開し、転送ゲートを閉じる。と同時に警告が立ち上がる。


【警告:空間歪曲を検知されました】

【やむを得ないでしょう】


 R.O.Iは容認する。閉じておかなければ逆に侵入を許すからだ。


【3秒後に23体の敵性体がここに来ます。私が死骸を取りに行きますので、対応お任せします。神具は使用可能ですが、こちらが侵入者ですので殺害は推奨しません】


 R.O.Iは念話の半ばから超神具IDEAを用いて存在を完全に消してしまった。

 3秒後ということは、敵性体も転移術のようなものが使えるということだ。

 すでにR.O.Iが23体のデータを疑似脳中に表示し始めている。

 レイアは気配が読み取れないことに気付く。


【来る】

【セウルさん、やるっきゃないですね!】


 レイアはLOGOSを、セウルはBlank Encyclopediaを紐解く。

 この世界の知的生命体は念言語を使っている。

 それが判明した瞬間から、すでに25種もの念言語解析が終わっていた。

 敵性体は間髪いれず同刻集団転移という形式で現れた。あっという間に囲まれてしまったが、出現した時点で彼らは動きを止めた。すでにセウルが一網打尽にして時間を止めてしまっていたのだ。


【セウルさん、やることがえぐいです】


 レイアは躊躇ない行動で不戦勝を勝ち取ったセウルにドン引きだ。

 しかし、この戦術が通用するというなら、この世界においても向かうところ敵なしだろう。


【不殺と制圧の目的を果たしている】

【ですね!】


 追加でやってきた応援も、レイアがセウルの方法に倣ってLOGOSを使って凍結させる。

 空間歪曲を検知し、疑似脳のアラートが表示されている。


“警告: 空間歪曲率上昇中。解除してください”

【っても……ロイさんが戻るまでは】

【ただいま、戻りました】


 R.O.Iは絶妙のタイミングで戻ってきてセウルとレイアを転移に巻き込み、ひとまず安全マージンをとって惑星外空間へと出た。

 敵性体と距離を取ったため、アラートが非表示になってレイアは一息つく。


【惑星外には追ってこないんですね】

【追跡準備を始めています。すぐに動きましょう】

【サンプルは取れました?】

【予定通りに】


 R.O.Iはサンプルを採取し圧縮して保存容器に持っている。


【次の惑星に行きましょう】

【次?】

【少なくとも56の知的生命体を有する星系があります。できるだけ多くサンプルを回収したい】

【あれ、空間構成を見て来いって話では】

【そのデータは侵入前にすでに戻しました】

【じゃ、共存在使いません?】


 レイアはLOGOSを駆動して全員の共存在体を60体ずつ一動作で作製した。


【どんなもんです?】

 

 ややドヤ顔を決めてみる。


【そういうことか。大胆だな】

【助かります。情報処理能力も倍加しました】


 総勢180体もの共存在体が現れたが、バイタルは分割されていないのでセウルとR.O.Iにも歓迎されている。

 共存在の弱点であるバイタル分割方式ではなく、バイタル倍加方式での創造は、トレーニング中に発見しレイアの切り札として習得したものだ。


【でも、あんまり奥の手を使わない方がいいでしょうか】


 手の内を見せすぎないほうがいいとは分かっていても、時間短縮は必要だ。

 レイアたちが調査をしている間、αθάνατοもレイアたちのデータを手に入れている。


【その心配はありません。第四の創世者は取られてよい情報しか投入していません。アイデアは積極的に使っていきましょう】

【つまり、バイタルの倍加は想定の範囲内なんですね】

【多少のアレンジは想定の範囲内です】

 

 思考機械を相手にするということは、水面下で恐ろしい手数の駆け引きが行われている。

 駒は駒らしく、せいぜい動き回らなければならないのだろう。


【無駄だとしても何か、爪痕を残し、手掛かりを得て帰りたいですね】

【同感だ】


 第四の創世者を凌駕するINVISIBLE/XEROを出し抜いた相手だ。

 正攻法が通用しないのならば、内部から仕掛けるほかにない。


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