1章11話 From the Future
『特別申請 対戦相手を指定してください』
「第四の創世者と対戦します」
レイアの手の先が冷たくなってくる。殺されたくない。痛いのは嫌だ。
何を甘えたことをと言われるのは百も承知で、それでも怖いものは怖いのだ。
『よろしいので……』
「ですよね。大丈夫です」
『かしこまりました。申請します』
レイアの専属の男性型コンシェルジュ、ルイスが何か言いたそうにしながらも手続きを行う。
どうせなら、いつまでも思い悩んだり催促されるよりさっさと終わらせてしまいたい。
『承諾されました。即時の対戦が可能です』
「それでは今からお願いします」
レイアはトレーニングスペースへと転移する。
そこは部屋ではなく、つなぎ目のない、別世界かと見まがうほどの完全な空間だった。
レイアはその世界の美しさに目を奪われる。どこまでも広がる空と湖。
空と海の境界がない。雲や青空が水面に映っている。
「ウユニ塩湖みたい、きれい……」
(どこにいるんだろう? まさかもう勝負が始まってる?)
どこだ、どこから来るのか。
レイアがはっと後ろを振り返ると、第四の創世者がすぐ真後ろでのんびりと空を見ていた。
レイアはぞくりとして向き直る。
急に現れて背後に立つ癖をやめてほしいが、入り口も出口もないので仕方がない。
「では、始めようか」
「私、戦闘とか殺し合いとか苦手で。すみません何甘えてるんだって感じですけど」
「手加減をしてほしい?」
「お手柔らかにというか」
レイアもまた、二人の兄たちと同じように、彼らとはまた異なった大きなトラウマを抱えている。
最後のプライマリの個体であった彼女は生まれてすぐ、比企らによって神階の真空の檻の中に入れられ、成長を加速してINVISIBLEとの闘いの切り札とされた。
学習性無力感によって、自分をとるに足らないものだと思ってきた。
やっと人権を得て、平凡ながら幸せな生活をと前向きになっていた矢先、さらに第四の創世者に召喚され、また何かモノのように利用されるのかと思うと、震えが止まらない。
「戦わないよ。話をしにきたんだよね? 話を始めよう」
第四の創世者はレイアを気遣うそぶりをするが、何を答えても地雷を踏むような気がする。
「……話だけですむんですか? ほかのトレーニングルームでは皆さん殺しあっているのに」
彼らの殆どは武型神で、命のやり取りに抵抗がない者たちばかりだ。
「そうだね。彼らは戦いたいから戦っている。……レイアは戦闘の目的とは何だと思う?」
「こちらの要求を通すことです」
旧軍神を満足させられる答えではないとわかっているが、レイアは無難な回答を選んだ。彼は軽く頷く。
「そう、こちらの要求を通し相手に文句を言わせないこと。その場合、相手を死傷しても、何らかの方法で永久的に戦闘意思を放棄させても、どちらでもいい。一般的に、前者より後者は難しく、実力が伯仲している場合は前者を選ぶのがたやすい」
「たとえば私があなたと戦おうと思わないこともそうですよね」
「すでに負けてしまったともいえるが、ある意味では君も負けていない。私は降伏している相手を敢えて虐げない。君は私の性格を知っていて、戦闘を避け加害を防ぐという欲求を通すことができた」
戦う前から決着がついている。
不戦敗と引き換えに損耗を防いだということだ。
「暴力は必ずしも最善手ではない。暴力による解決は必ず極限に向かい、相手に恐怖や無力感、猜疑心を与え、報復が報復を呼ぶ。究極は相手を完全に殲滅させなければ安心できない。できれば真正面から暴力で挑むのではなく、違う方法がないか常に考えてみてほしい。望ましくはそもそも戦闘にならない状態を作ることだ」
これを彼が言ってしまうのはどうなのかとレイアは思うが、認識の檻から解放されたようにも思える。
神々の序列の中に組み込まれ、切磋琢磨することを望まれているのだと勝手に推測していた。
だがそれは、誤解だと彼は言っている。
「思考は常に柔軟にね」
「わかりました。強そうとか、敵わないと思わせたりする以外に、こちらの要求を通しながら戦闘を避ける方法はありますか?」
「あるよ。精神支配、交渉、対話、和解、泣き落とし、裏をかく、時空間操作、即死回避神具の使用、戦闘方法の代替。共存在でのリスクヘッジ。どれも立派な戦術だよ」
「……それはちょっと……卑怯というか」
なんとなく、わかってきた。
白旗を上げ、泣きを入れることもまた、防御なのだ。
「究極、相手がそれで引き下がると言えば、じゃんけんで勝ってもいいんだ」
戦闘には武力以外に様々な形態があることはわかった。
だが、実際にそうなるだろうか。
相手を上回る武力がありながら、じゃんけんで納得する者などいない。
レイアは何の解決にもなっていないのではと悩む。
「でも……それが通じなさそうな相手なら」
「相手が暴力という手段を選んだなら、最低限身を守ったり、逃げ切ることができないとね。折角だから少し体を動かしてみない?」
「……は、はい……では、ちょっとだけ。ほんとお手柔らかにお願いします」
「死なない条件において君がそんなに怯えるのは、痛みが怖いんだね。その恐怖が正常な判断力を鈍らせている」
第四の創世者はレイアの弱点を指摘する。
「誰だってそんなの怖いんじゃないですか?」
「痛覚など些細なこと、ただの防御反応なのだから。陽階神はアカデミーを卒業するまでに痛みに慣れている。君がとりわけ怖いと思うのは、正規の教育を受けていないからだろうね」
つまり、レイアは痛みに慣れる訓練を受けていないのだ。
正規の教育課程として、陽階神は百年間虐待まがいの教育を受けており、たいていの苦痛は経験している。それをレイアも恒も経験していない。
「あの、その痛みに慣れる訓練って今から始まったりします?」
「やめておこう。それは恐怖の強い君には適さないから、心の健康を損ねることになる。代わりに戦闘技術の習得もかねて、痛覚遮断と組織再生、バイタルロック、フィジカルギャップの増強、分身に損傷を反映させない共存在を教えてあげよう」
痛覚遮断は荻号と遼生にしかできない。
痛覚遮断は、荻号はどうしているのかわからない、遼生は神経伝達物質を止めていると言っていた。組織再生は遼生が得意だ。
バイタルロックは歴代の死神をはじめとする、限られた者にしかできないと言われている。
それらを教えてもらえるならばレイアにとって大きなアドバンテージになる。
「そ、そんなチートな方々しかできないような技能を……? 私なんかが」
「別にチートではないよ、ただ難しいだけで」
「教えていただきたいです!」
最初に教わったのは痛覚遮断。
これは感覚神経を脱水によって変性させ、痛覚を遮断する方法だった。
一時的に神経を変性させ、元に戻すには神経の再生に任せる。
彼の教え方のうまさもあって、原理を教えてもらえば他愛もなく、ものの一時間ほどで習得した。
レイアはどこをつねっても痛みを感じなくなった。
「痛くないです!」
「それは何より。ではもう恐怖はないね」
「前よりは」
痛まない体を手に入れると、不思議なもので自然と気が大きくなる。
「次は組織再生にいってみよう」
細胞周期を同調させ、制御する高度な遺伝子操作技能だ。
これも持ち前のセンスの良さで難なく習得してしまった。
「次はバイタルロックだ。バイタルコードを経由しない方法を教えておくよ」
バイタルコードを教わると相手に看破されるおそれがある。
第四の創世者はレイアに起こりうる状況を的確に抽出したうえで、彼女に必要な技能を教えてくれる。
「できました……! あの、ここまできたら戦闘術も教えていただいても」
「もちろん。では神具を選んで」
「あっ……。この流れ、もしかして想定の範囲内でしたか?」
あれだけ怯えていたのに、レイアのほうから戦闘を申し込むことになってしまった。
レイアはようやく罠にかけられていたと気づいてしり込みする。
「マインドコントロールされてたの、気づきませんでした」
「これはただの心理誘導だよ。物事が立て続けにうまくいくと、自信がついて難事への心理的抵抗が減るんだ。そして一度自信満々に口に出してしまったことは、容易に撤回できない。しまったと思ってもね」
(やっぱりこの人、優しそうに見えるけど最恐なんですけど……)
一見、怖そうに見えないところが曲者だ。
第四の創世者はレイアの苦手意識を一つずつ取り除いて、外堀を埋めていた。
しかしよく考えてみると痛覚もブロックできて、死ぬこともないとあれば、何が怖いのかもよくわからなくなってきた。
「が、がんばります」
「その意気」
そうだよな、とレイアは思い直す。
実際の戦闘においては、暴力がモノをいう世界ではない。
どんな手を使っても、その場を支配すれば勝ちなのだ。
レイアは胸を借りるつもりで神具を選ぶ。
「どれがおすすめです?」
「そうだね、手前味噌だけどLOGOSなんてどうかな。君には向いていると思う」
第四の創世者は自作の超神具をお勧めしてきた。
レイアは選んでくれといった手前断るのもあれなので、それにしてみる。
「中央神階へ申請。管理番号A4、LOGOSを帯出します」
LOGOSは、アトモスフィア全型適応の超神具で、要求力量は150万、必須MGは10だ。注射型の神具で、不思議なことに現れた注射器はすでに中身が空になっていた。
レイアの体には何も変化を感じないが、神具の形状を見たレイアが慌てる。
「ど、ドーピング的なやつなんですか……しかもまさかもう打っちゃったとか」
「そうだね。神具のほとんどは、奪われると相手にも使われてしまう。例えば手に持っていたり首にかけていると、手や首を切り落とされる。それは相転星でも例外ではない」
神具には触性免疫がついているため、他神の神具の奪い合いになることはめったにないが、そういうリスクはある。
「ところがLOGOSは、空間内に現れたときにはすでに召喚者へ投与を終えて空のシリンジになっているため、敵に奪われることはない」
「それは……すごいですけど、薬ならせめて同意説明と同意をとってほしかったというか」
「説明が前後してごめんね」
「あ、ハイ……こちらこそすみません」
「LOGOSの性能は“場の支配”だ。神体を半実体化させ、こうしたいと念じただけで、その通りになる」
「場の支配……」
「そうだよ。既存の神具の弱点は殆どつぶした、使ってごらん」
レイアは半信半疑で、空間を覆っている水面を消すことを念じた。
どこまでも広がっていた水面は幻のようにかき消え、泥状の水底が広がる。
「作用領域は?」
「自己の境界、不可思議まで」
つまり、レイアに知覚できる範囲に限られる。
レイアは恐る恐る性能を試してみる。
空に虹をかける。
雨を降らせる。
山を作る。
太陽を消して月を浮かべて夜にする。
アトモスフィアの消費はゼロのままだ。
これもう、全能なんじゃ……という思いがレイアの頭によぎる。
「相手の死を念じるのも有効ですか?」
「バイタルコードなしの死の宣告も有効だよ。私相手に使ってみてもいい」
「と、とんでもないです……」
空間創世者を弑逆だなんて、報復されなかったとしても恐ろしくてできるわけがない。
「そろそろ戦ってみる?」
「お願いします」
第四の創世者はレイアを安心させるためだろう、彼にとってなじみのあるG-CAMを手にした。
彼は軽く杖を振ると、無数の光線がレイアを追尾する。
レイアはLOGOSの力を借りてすべての攻撃を難なくかわす。
彼はフィジカルギャップを解除してくれているので、素手で彼に攻撃が通る。
創世者を素で殴ったのはレイアが初めてかもしれない。
G-CAMの精神攻撃も無効。
半実体化しているために物理攻撃をくらわない。
もちろん彼にとっては児戯にも等しいのだろうが、神を相手には通用することがわかる。
「し、信じられません! この神具って最強なんじゃないですか?」
「弱点はひとつだけある。当ててごらん」
「……降参です」
「降参が早すぎる」
第四の創世者は答えを与えるようにレイアに「何も考えてはならない」と命じる。
レイアはLOGOSを纏ったまま、呆然とするほかになかった。
気づいたときには、神具の作用時間が切れてレイアの体から離れ、神具管理機構に返還されていた。こうなっては丸腰である。
「うう……やられました。悔しいです」
「最後に勝つのは暴力ではない、心のありようだ」
自己啓発セミナーのようなセリフだが、事実なので困る。
「そういえば、この神具には副作用とかってないんです?」
「何もないよ、未来永劫まで見ても何もない」
「こう、大いなる力には大いなる代償的なものをつけてないんですか?」
「全能を得た空間創世者の矜持にかけて、敢えての目的がない限りは不完全なものは渡さないよ」
「か、かっこいい……す」
そんな都合のいい道具があっていいものなのだろうかと思うが、善良な創世者の作った神具というものはこうなのだろうか。
結局、非公開のトレーニングは240時間ほど続いた。
休憩や水分補給をはさみながら、痛い思いをすることもなく、殺されることもなく。
ときに談笑し、ときに人生相談や仮眠なども挟み、二人で料理を作ったりしながら。
研修を兼ねたゆるいキャンプをしているようだった。
レイアはこの間に、LOGOSの習得とともに、第四の創世者の提示したすべての技能を習得した。
「さて、これで中央神階の総合10位以内には入れるぐらいの実力がついたよ」
「ええっ! 全然キツくなかったのに……」
そう言われてレイアは驚く。
彼とのトレーニングは楽しく充実していた。
こんなに簡単にパワーアップしてもいいのかと申し訳なく思う。
「努力と根性でしか強くなれないというのは昭和の考え方だよ。根性論はよくない」
「教師みたいなことをおっしゃいますね」
「教師だもの」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
「相手もLOGOSを使ってきたらどうなるんでしょう」
「そうだね、でも共存在が使えて“全知全能”を可能とする情報許容量があって、五次元の管理権限を持っているのは、君とセウルさんの二柱しかいないからね。ほかの神々が追随するのは難しいかもしれないね」
「LOGOSで荻号さんに勝てるかもなんですか?」
「勝てるよ。全能と万能には大きな差があり、彼は万能ではあるが、全能にはかなわない」
価値観は刻々と変わる。
神具によっては絶対力量やマインドギャップの厚さは関係なくなるということなのだ。
「荻号さんに勝てるかもなんて……考えたこともないです」
「本題からそれているようだけど、私たちは敵同士ではない。君に必要なのは自信と実力をつけることだ。鍛錬のための勝負であって、勝敗のための勝負ではないよ」
「そうですよね、すみません。あの。またトレーニングに付き合っていただいてもいいですか? 色々教えていただきたいことがあります」
「いいよ。また特別申請をしておいで、普通申請で来たら殺さざるを得ないから」
「と、特別申請できまーす」
レイアは試合を終えて、無傷でトレーニングスペースから中央神階へ戻ってきた。
非公開の試合だったので、結果だけがボードに表示されている。
レイアは第四の創世者を破ったということになり、セントラルでは大騒ぎになった。
「どうやって勝ったの?」
非公開だったことで憶測を強めた遼生と恒が尋ねる。
「勝った記憶がないんだけど、私の勝ちになってる?」
「勝ってるよ。ええ? じゃあ何してたの?」
「LOGOSを使った戦闘技能の研修みたいなやつと、キャンプとか料理」
「はぁー!?」
その後、遼生と恒は「普通申請」で第四の創世者に挑んで普通に秒殺された。
「なんでなんだよ!」
「普通に殺されたんだけど、どうやってレイアは250時間も生きながらえて勝てるの?」
「いやー……楽しくキャンプしてただけなんだけどなー。特別申請使わないと殺すとは言われた」
「てか、俺らには特別申請なんて枠はないよ」
「ごめん、なんか」
レイアはそうとしか言えなかった。
そして、彼らはレイアの時のように彼に特別な訓練をしてもらえないのだと理解した。その直後からレイアが立て続けに神々から試合を申し込まれることになったのは当然の流れだ。
試合申し込みの件数は30件を超えている。
「断る?」
「こ、断らない……受けて立つ!」
「すごい、メンタル強くなってる」
勝敗は関係ない、実戦経験は必要だ。
第四の創世者にそう言われて、彼女はすっと気が楽になった。
レイアと他神との試合は一方的だった。
どの神も、試合開始と同時にレイアから即死を食らった。
レイアいわく「行動不能にする」を念頭に置いているそうだが、出力結果は即死だ。
バイタルロックのかかる神は即死を免れるが、レイアは誰がバイタルロックを使えるか知っているので初手で行動不能にさせられた。
恒も遼生も反応速度の差でレイアに負けた。
録画を見ながら、「神具の抜刀術かな」と恒はつっこんでいた。
「おいおいレイア、初手の無動作でLOGOS使って死の宣告ぶちかまして無双とは。お前そろそろどっかの時代の死神にスカウトされるんじゃねーかー?」
レイアに一敗を喫した織図が軽く茶化してくる。
確かに、時代によってはそういう就職先もあったかもしれないが。
「それは辞退一択なのです」
レイアは断固お断りだ。
「ってーか、LOGOSも触ってみたが、誰がやってもそういう風には使えねーんだよなあ。タイムラグがでるってか」
それが「全能の感覚を知っていて」「5次元の管理権限を持っている」ということなのだろう、とレイアは理解したが言わなかった。それは誰もが持ちえないものだったから。
レイアはセントラルの中で一躍有名人となってしまった。
(なんでこうなった……)
対戦を重ねるたび、レイアは全勝を積み上げ、セントラル内のランクは急上昇していた。
レイアが勝ち星を挙げると、さらに対戦カードが舞い込んだ。
プライマリでなおかつ神階最後の女神として一応名は知られていたが、まさか18歳にしてこれほどの実力を得たとは誰も予想できなかったのだろう。
LOGOSを帯びていないときはさほど強そうにも見えないというのも、彼らの直感に反するようだった。
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【基本情報】
名前:藤堂 レイア / Rhia Mater
年齢:18
絶対力量:260,312,351
Mind Gap: 25
Physical Gap:350
陽階順位: 1/11201位
全体順位: 2/24540位
技能:飛翔術、追跡転移、超空間追跡転移、Mind Break、Mind Gap、Mind Control、共存在、Vital Lock
特殊技能:全神具適合
アトモスフィア: Fair Gold
居住区: 陽階第26区画138号室
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(すごく……居心地がわるいです)
レイアは第四の創世者からチート技を授けられたとセントラルの神々に思われているが、実質はLOGOSの性能をレイアがうまく引き出しているだけなのだ。
「なるほど、そういうことか」
荻号はレイアが何をしたのか看破して、もし戦闘になった場合は同じ作戦をとると予告したが、荻号は戦闘を申し込んでこなかったし、レイアも申し込まなかった。
どちらも申し込まないので試合は成立せず、荻号全体1位(陰1位)、レイアが全体2位(陽1位)というランクは固定した。
快進撃を遂げていたレイアに、R.O.Iからの申請が届いた。
いわばジョーカーとの対戦カードに、レイアの顔がこわばる。
しかも彼にとっては一戦目だ。
彼は一度も戦っていないので、ランクはかなり下のほうになっていた。
「ついにご指名はいっちゃった。試合受けていい?」
「受けていいけど……あまり未来を変えるようなことは言わないでよ」
遼生が念を押す。
「言わなくても出会いがしらに看破されると思うんだけど」
「まあそうか。ではこの双繋糸を持っていくといいよ。こんなこともあろうかと思って」
遼生はポケットの中から無造作にネックレスのようなものを取り出す。
「何でこれ持ってるの? 現代にはなかったものだよ。どっからパクッてきた?」
双繋糸は看破遮断のアイテムで、荻号要の作だ。
身に帯びていると、完全に看破できなくなるというすぐれもの。
「さっき試合したZOCという古代神に、MRIを教える代わりに聖衣の一部を貰ったんだ。MRIには双繋糸が効かないから、珍しがられてね」
広範な年代から召喚された神々の中には、双繋糸を現役で使っている時代があるようだ。織図もそうだが、荻号要に縁のあった者は機密保持のために渡されていたのかもしれない。
遼生はR.O.Iと図らずとも接触した時のために、交渉して受け取っていた。
双繋糸はひも状のネックレスのようで、首からかけられる状態になっていた。
「ありがとう、助かる! でもR.O.IがMRIを使ってきたら?」
「その場合は意味ないな」
レイアは双繋糸を装備して試合に臨む。
試合会場のトレーニングスペースは雲の上を模した空間だった。
「R.O.Iと申します。申請を受理いただきありがとうございます、よろしくお願いします」
先に来ていた彼は深々と頭を下げる。
彼のマインドギャップは94層。レイアは25層だ。
「よ、よろしくお願いします。藤堂レイアです」
おもってたんとちがう、とレイアは感じた。
確か彼は未来視においては人類の敵に近い存在だったはずだが、礼儀正しい青年だった。
仮想世界出身だけあって容姿端麗で、時代が違えば立派な陽階神になっていそうな風貌でもある。
「私を指名したのは何故ですか?」
彼がレイアを指名した目的が分からなかったので、レイアは念のためと尋ねてみる。
「一つには、変わった戦術を使っておいでなので、近くで拝見したいと思いました」
彼が近づいてきたのは好奇心からだという。
双繋糸で思考の遮断はできているはずだが、何故か彼に見透かされているように思った。
「そ、そうですか。もしかして、MRIという看破法を使えます?」
「はい、私の戦闘技能の多くは、アイザック・スミス様に教えていただいたものです」
(ちょ、遼生の弟子なんかい!)
レイアは内心突っ込みを入れた。
遼生が彼をうまく手なづけたのかもしれないし、近くで監視しているのかもしれない。
ともあれ、遼生の固有技であるMRIを使えるとなると、対面すると同時に内心を丸裸にされたと思っていい。
「未来の遼生って、元気にしてます?」
「そのようにお見受けします」
「よかった」
それだけ聞けば十分だ。
そこに自分や恒がいるかとか、ほかに誰がいるかとか。
そんなことは聞くべきではない。未来のことは未来のこと。
「あなたに対戦を申し込んだもう一つの理由は、近々ご一緒すると思うのでご挨拶に」
「? えっと、よろしくね、ロイさん」
何をご一緒するのだろう、と思いながらもレイアは愛想よく応じる。
「こちらこそ、藤堂様」
「藤堂はもう一人いて紛らわしいからレイアでお願いします、様もなしで」
「ではレイアさん、そろそろ時間ですので、好きなタイミングで試合を始めてください」
「いいの? じゃあ、お先に!」
レイアはお言葉に甘えてとばかり、R.O.Iに行動制限を課すよう念じる。
しかし彼に行動制限は効かず、フィジカルギャップを貫通して間合いに入り込まれた。
彼はレイアのターンが終わったとみるや、落ち着いた様子で「では」と一言述べると、レイアは気づけばフリックするようなロイの指の動作と連動するように天空から地上へと投げ落とされていた。
(っ……これは、何? ……やばい、死ぬ!)
レイアはコンマ数秒の間に自己崩壊し、セントラルに送り返されていた。
◆
「体は大丈夫? 一応、大丈夫そうだけど」
レイアを自室に連れて帰った恒が、心配そうに尋ねる。
トレーニングスペースを出る際にはダメージはリセットされているという話だが、恒は容体を見守りつつレイアのそばについている。
「一回死んだ? バイタルロックかけてたのにやられたね」
レイアは感覚を確かめながら起き上がる。
「そうだね、1キルとられた」
「どうやってバイタルロックを破ったんだろう。それにどうやって負けたのか覚えてない」
レイアがインフォメーションボードの録画を見てふりかえっても、何が起こったのかわからなかった。
彼はレイアに指一本触れていないが、ロイに接近された瞬間から体が分解し始めた。
R.O.Iの使用した神具はLOGOSと記録されていた。
「同じ神具を同じように使った場合は、反応速度や精神力の差がつくのかな」
つまりそれは、彼の思念入力が早すぎてレイアの挙動を受け付けなかったということになる。
彼は高度学習型A.I.なので、神々のそれとはいえ生脳では競り負けるのだろう。
彼はレイアを行動不能にした状態で悠々と場の支配権を得たということだ。
「LOGOSに念じたのは元素崩壊だと思う。あれはバイタルロックがきかないからね」
カウチに腰掛けながら、遼生が録画を見ながら分析する。
「元素崩壊ってバイタルロックきかないんだ!」
レイアが食い気味に遼生に尋ねる。
「そうだよ。だから時間軸のフィードバックかけとかなきゃ普通に死ぬよ」
ランクP1の超神具、相転星をチートコードで例外的に扱える恒が補足する。
「知らないよ。バイタルロックの看板に偽りありじゃん!」
「バイタルロックにも攻略法はあるんだよ。織図さんに聞いてみ、えぐい方法色々知ってるから」
「むー」
最高の血統を持つレイアも、実戦経験の不足もあって頭脳戦になるとやや弱い。
「そういえば、ロイは遼生のことを師だって言ってたよ」
「ええー? 僕と彼が師弟関係になってるの? どんな未来なのそれ」
遼生は信じられないというように目を見開いている。
第四の創世者は各々のベストな状態の時に召喚したと言っていた。
この時代の遼生が呼ばれたということは、未来の遼生が現在の遼生に劣っているか、何かあったのかという話になる。
「ごめん、あまり未来のこと詳しくは聞いてない。ネタバレは嫌でしょ」
「まあそうだね」
「派手にやられたけど、ロイさんは一応いい人だったよ」
「へー、意外だな」
レイアが気にしていないようなので、恒も相槌を打つ。
「あれ。インフォメーションボードにメッセージが届いたよ」
レイアが気づくと、インフォメーションボード内に、第四の創世者からのメッセージがきていた。
「俺達には来てない」
「私だけ? 何このメッセージ、こわ!」
レイアが二度見すると、メッセージに赤い枠がついている。
レターヘッドには召集令状、と書いてある。
五日後、αθάνατοの空間へ召集するとのこと。
第一回メンバーは、レイア(陽1位)、セウル(陽3位)、R.O.I(陰2位)、の3名だ。
レイアを含め絶対不及者経験者を二人も呼ぶのは、何か意図がありそうだ。
受諾、見送り、拒否の三択がある。
R.O.Iが先ほど「近いうちにご一緒する」と言っていたのはこのことだったのだとレイアは合点する。
「何故に3人? もっと10人くらいで行った方がよくない?」
などと思ったが、大人数で押しかけて全員人質に取られたら目も当てられない。
「赤紙か……きちゃったものは仕方がないね」
レイアは受諾のボタンを押した。
斥候を引き受ける。
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