表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

帰宅したい俺と帰宅したくない彼女

作者: 温泉耐久

「ただ今、新宿駅での人身事故の影響で前線運転見合わせを行っております。運転再開の見込みは立っておりません。繰り返しお伝えします…」


どうやら俺、八代悠は家に帰ることができなくなってしまったらしい。


そういえば、今日は朝からついてないことばかりだった。朝は駅で転んで恥ずかしい思いをし、仕事ではデータの入力欄をずらしてチームのみんなに迷惑をかけてしまった。

後輩の女子をランチに誘おうとすれば、規律の厳しい我が会社にて危うくセクハラ認定されるところだった。

こんな不運続きの日はとりあえず早く家に帰って寝よう。



「はぁ………」


本日二桁はしたであろう溜息と共に今日の不運を思い出していると、目の前に見覚えのある姿があった。本日のセクハラ疑惑の被害者である、俺の後輩の石川千穂である。



彼女はミステリアスな性格をしている。少なくとも、会社内で楽しそうに話している姿を俺は見たことはない。というか、同期のT氏(異性とのコミュ力の高さは社内随一、というのも前の仕事がホストだったそうだ)ですらも彼女の声をほとんど聞いたことがないそうだ。


で、俺がそんな彼女をランチに誘った理由。それは単に俺がT氏を含む数人の同期(男のみ)で飲んだ時にゲームをして、そして負けたからである。

あれ? 実は俺の不運ってここから始まってるんじゃね?


そして、俺の不運は今も進行している。

なぜなら、無表情がデフォルメの彼女がさっきから電源のついてないスマホ、別名真っ黒スマホをただぼんやりと眺めているからだ。

しかも真正面にいるというね。

なんかすごいツッコミたい。


「せめてツイッ○ーとかインス○とか眺めてろよっ」


あ………

心の声が漏れてますやん。




――――――――――――――――――――


私、石川千穂は周りからよく「もったいない」人間だなと言われることがありますが、客観的に見てそれは正しいのではないかと最近思っています。


周りの人曰く、

「せっかく千穂ちゃんは美人さんでモデル体型なのに、無愛想過ぎるせいで近寄りがたいよ。」


たしかに会話は苦手。

愛想を振り撒いて周りの人々を魅了するなんて神業、私には無理です。


私の容姿目当てで声をかけてくる輩もいることにはいますが、大抵下心が透けて見えるので関わりたくありません。

よくそういう下心のある人間のことを"猿"と呼ぶらしいですが、それは猿に失礼ではないでしょうか。

だって、お猿ちゃんは可愛いですし。


きっと私はお人形さんみたいな存在なのでしょう。

そこに存在することしか許されない。

容姿以外の要素は誰にも求められていないのでしょう。

言うならば、きっと籠の中の鳥のような存在。

それが私であり、もう残念だとか悲しいとかすら思わなくなってしまった時点でもう手遅れなのでしょう。

少しポジティブな事でも考えましょうか、そうでもしないと気が滅入っちゃいますし。



そうそう、今日はとても面白いことがありました。

会社の同じチームの先輩の八代悠さんが様々なトラブルに巻き込まれていたのです。

実は元から彼にはそこそこ興味を抱いていたのですが、それは彼のアンニョイな雰囲気と誠実な行動とのギャップがあるからなのです。

本当はお昼も一緒に行っても良かったのですが、コミュ障ぶりを発揮してたらトラブルになってしまいました。

その点はちょっとだけ申し訳なく思ってますね。



今日は久しぶりに自分の嫌な点ばかりを考えてしまったせいで、誰もいない空っぽの我が家に帰りたくなくなってしまいました。

あの場所にいると、自分の空っぽさをまざまざと見せつけられてしまうような気がするから。


「せめてツイッ○ーとかインス○とか眺めてろよっ」


そうだ、なんかSNSをチェックしようかな…

って私、今誰に声掛けられたんだろう?


そんな事を思いながら後ろを振り向くと、私の関心対象(やしろゆうせんぱい)が曖昧な笑みを浮かべて立っていました。




――――――――――――――――――――


完全に余計なことを言ってしまったわ、、、


「せんぱい?」


きっと逃げるように俺から離れるんだろうなぁ…


「あのー八代先輩?」


明日から会社でゴミを見るような目で見続けられるんだろうな…


「………○紀さん?」

「そこは普通に下の名前で呼ぼうよ!」

「あ、やっと反応しましたね、せんぱい」

「あ、あの、石川さん、、、今日の昼の件は本当に申し訳「繰り返しお伝えします。ただ今、新宿駅での人身事故により運転を見合わせております」っっってうるせー!」


せっかく人が大事なことを言おうとしてるっていうのになんなんだよ、もう、なんて日だ!


「ふふっ…  なんかもう凄い不運ですね。先輩は。

それにお昼の件、私も申し訳ありませんでした。

あの時は周りの目が気になってしまったせいで、何も言えなくなってしまって…

今度こそ、一緒にご飯に行きましょうね。」

「なんか気を遣わせてしまったみたいでホントごめんね。うん、それじゃあまた明日」


とりあえず何とかなったみたいだから、このまま家に帰ろうかな。


「大変申し訳ありませんが、本日発生しました人身事故の影響により、終日運転を見合わせていただくことになりました。繰り返します…」



あ、終わった。俺、今日家に帰れないじゃん…

不運の神様は1日の最後まで俺に引っ付いてくるのね。。。


「先輩、帰れないんですか…?」

「う、うん… 今日はもう帰れないみたいだから、新宿の適当なホテルで一泊しようかな。さすがに俺が住んでる場所までタクシーで行ったら結構な値段になっちゃうだろうし。」

「そ、そうですか……」


石川さんは何かを考え込んでいる様子ではあったが、別に彼女と俺の関係で深く追及するのは不自然なのでとりあえず放置しておく。

別に面倒くさい展開になりそうな予感がしたからとかではない。無いったら無いんだから。まあ、こういう時はささっと目的地に行くとしよう。(何も決まっていないが)

ていうか、もう別れの挨拶まで済ませてしまっているのにこの場に留まっていることこそ不自然じゃん。よし、そぉーっと帰りますか。


あれ、首元が固定されてて動かない…

って、なんで石川さんは俺の襟首を掴んでるの?

なんでそんな不機嫌そうな顔で俺を見てるのさ?

いくら会社1のクール系美女とはいえ、彼女は俺の後輩だ。こういう時には先輩らしくガツンと言ってやるぜ!


「大変申し訳ありませんでしたっっっ」


こういう時には謝るに限る。正直、なんで彼女が不機嫌なのかは俺には見当もつかないけど。

これから社会人になる良い子のみんなはぜひ真似してね☆


「謝っている理由には心当たり無いっていう顔をしていますが、今回は特別に許してあげましょう。」


し、しっかりバレてるし…


「ときに先輩。泊まる場所はまだ決まっていないですよね。(断定)」

「は、はい… まだ決まっていないです。」(圧、すごっ!)

「それでしたら先輩。今から約束果たしに行きましょう。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ここまでの俺と石川さんの話を目の当たりにした方に聞きたいんだが、彼女の言う「約束」って何のことだと思う?

石川さんに言われた時は正直、「こいつ何の話してるん?」って思っちゃいましたよね。

その後少し冷静になって考えてみると、食事に行こうみたいな話をしたような気もしなくもない。


まあ、そこまでは理解できるんだ。問題はここからで。

てっきり俺は新宿エリアの適当なご飯屋で食事をして、もしかしたら多少はお酒も飲んで、それで解散すると思ってたんだ。


それがどうでしょう。

なんで僕は、石川さんが住んでいるマンションの部屋のリビングで宅配ピザを頬張っているのでしょうか。

動揺して心の声の一人称が僕になっちゃった。



「やっぱりピザっておいしいですねっ 特にこのドミ〇デラックスピザがたまらないですっ」


おいしいご飯に興奮を隠せなくなってる石川さん、可愛すぎます。

クール系の美女の精神年齢が幼くなってるとか、控え目に言って神ですよね。異論は認めません。


「てっきり石川さんは、和食とか映えそうなものが好きだと思ってたから意外かも。」

「八代先輩の中での私ってそんなイメージなんですね、私、意外と子ども舌ですよ。」

「へぇー、石川さんって見た目とのギャップがある方だったんだ。」

「ギャップですか… まあ、そうかもしれませんね。」


石川さんはどこか納得したかのように、そしてどこか虚しさを感じさせるように、目を少し伏せながらつぶやいた。



「私にはやっぱりそういう可愛いものとかキラキラしたものは不似合いですから。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日はそんなつもりじゃなかったのに。

ちょっと可哀そうで、元から雰囲気を気に入ってた先輩とご飯を食べるだけだったのに。

後悔しても遅いのは重々承知しています。それでもやはり、なんでよりにもよって八代先輩に自分の悩みの一端を明かしてしまったのでしょうか。そもそも私はどうして八代先輩を家に呼んだのでしょうか。

私だって四半世紀生きてきた女ですし、家に呼ぶことの重大さを認識できてないわけではないです。いくら私が先輩を気に入っているからと言っても、普段であれば家に呼ぶなんてことはしないはずです。実際、私は家に異性を呼ぶことなんてありませんでしたから。


もしかしたらどこかで期待してたのかもしれません。

私を現実から遠ざけてくれることを。一種の破壊衝動のようなものでしょうか。でも、もう賽は投げられてしまいました。

実際には数秒だったかもしれません。でも私にとっては、何時間にも思える時間が過ぎ去っていました。



「私にはやっぱりそういう可愛いものとかキラキラしたものは不似合いですから。」



そう語る彼女の目がとても見たことある気がした。それは何かを諦めた時に見せる目。本当は諦めたくなんかないと言って現実と戦った結果、負けを認めた時の目。俺が今いる現実に対して思いを馳せている時の目。

そもそも彼女が何に悩んでいるかとかはよくわかってないし、こんな美人のことだからきっと平凡な俺には解読不能な悩みなのだろう。

彼女はたまたま俺の会社の後輩になっただけの人間だし、ここで彼女と俺が言葉を交わすことなんて数多ある人生のイベントの中でも些細なものに過ぎないかもしれない。

それでも俺は思ってしまった。おせっかいであることなんか分かりきっているけど。


彼女にはそんな目は似合わない。


…俺なんかと違って。


だから、どうか願わくば…

石川さんがそんな無気力な顔をもうしませんように。



「俺は不似合いだなんて思ったことはないよ、石川さん。確かにギャップはあると思うけど、それも含めてきっと石川さんの魅力なんだと…俺は思うよ。今日だって、帰宅できない俺のためにわざわざ宿を提供してくれたじゃんか。まして俺は石川さんにとっての先輩であり、異性であるわけで。そんな相手に対してでも困ってたら行動に移せるのは間違いなくあなただけの魅力だよ。」

「……っ!」

「………! さーて、今日はせっかくピザ食べてるんだし、ここらでさっきコンビニで買ったお酒飲もうよ、石川さん!」

「あ、はい… そうですね。」

「じゃあ、乾杯。」

「はい、乾杯。」


柄にもなくエネルギーを使ってしまったときは、とりあえず乾杯で仕切りなおそう。

じゃないと俺が耐えられん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「しぇんぱい、おふろがつかってほしぃーっていってますよぉ」


使いたいのは俺だよ、石川さん。

石川さんは酔うと舌っ足らずになるのか…

控えめに言って神ですよね。異論は(ry


石川さんも別に気分が悪くなってるわけでもないし、とりあえず先にお風呂を頂こうかな。

お風呂のお言葉に甘えて。


恥ずかしながら、俺は女性の一人暮らしの家で風呂を借りる意味というものをしっかり理解してなかったことに今更ながら気づかされた。一人暮らしの友達の家の風呂を借りることは何回かあったけれど、それが女性の部屋になるだけでどうしてこんなに心持ちが変わるんだろう。

まあ、お風呂はささっと入りましたよ。別に野郎の入浴シーンなんて需要無いでしょ? なんでここは割愛。



お風呂から上がると、目を閉じて安らかに眠る天使がいた。普段クール系美女として会社では有名な存在である彼女が見せるあどけない寝顔はそれだけで第三次世界大戦を防げるような気がした。まあ、俺だけの特権なんだけど。

このまま放置するわけにはいかないので、彼女を起こすことにした。


「お、おーい… 石川さーん」


あ、ダメだ。全然起きる気がしない。このまま起こして彼女を不機嫌にさせるようなものなら、地球が滅びるに違いない。(違う)

アルコールの力も借りているからだろうか、体を揺すっても全然起きる気配がない。

仕方ないので、彼女の寝室に運んでいくことにした。姿勢の問題上、いわゆるお姫様だっこというものになってしまった。恐れ多きこと限りなし。

いくら意識しないように努めたとしてもそれは土台無理な話で。女性特有の香りだったり柔らかさにドギマギしながらもなんとか寝室のベットにたどり着いた。

ふと意識を寝室に向けると、意外や意外、かわいいものに囲まれたメルヘンチックな部屋だった。うさぎさんのぬいぐるみが1,2… これ以上の詮索はやめておこう、遅すぎる気もするけど。

そして彼女を起こさないようにそーっと寝室を出て、リビングに戻った。


ここで一句。


眠いけど 寝る場所どこだ ホトトギス




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「っはよぅ……す。…しろせんぱい。」


んっ…? どこからか声が聞こえるな。俺は一人暮らしを謳歌しているはずなのに。もしかして幻聴かな?


「…っろせんぱい。八代先輩!!」


あっっ! 昨日はピザを食べて、それからリビングでぼーっとしてたら寝落ちしちゃってたのか!

てことは俺は現在進行形で、後輩に面倒をかけてしまっているということか!


「んっ… たいへんもーしわけありぃません。」

「なんで朝っぱらから謝っているんですか、先輩は。そんなことより、そろそろ家を出ないと遅刻しちゃいますよ。八代先輩ったら、私が何回も声を掛けたのに全然起きてくれないんだから。」


彼女を見ると、いつものクールモードで恰好もバシっと決まっていた。そうか、今日も会社か… ってもうそろそろ出ないといけない!? これってやらかしたのでは…


だんだんと焦り始める俺の顔を見て、彼女はおかしくなったのか、俺の顔をまじまじと見つめて、


「冗談ですよ。」


とささやいた。



そのときの彼女の笑顔は、それはそれは魅力的だったそうな。


なお筆者は社会人ではありません。

これからの作品にも活かしていきたいので、評価・感想をお待ちしてます。

ちなみにこの短編小説は2018年5月から執筆してたらしいです。執筆期間ながっ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ