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結婚したくないからロリコンだと偽ったら、小さな許嫁ができた件

作者: 青野 瀬樹斗

息抜きに書きました。

片手間にどうぞ!

 

「お、お帰りなしゃいましぇ! 旦那しゃま!!」

「──……え?」


 いつも通り玄関のドアを開けたら、正座をしている見知らぬ女の子に出迎えられた。 

 それはあまりに唐突過ぎて、持っていた鞄を落としても拾う余裕もない程呆気に取られる。


 これは一体どういうことだろうか?

 そんな疑問を抱きながらも、目の前の少女を注視する。

 漆のように艶やかな照り返しを放つセミロングの黒髪、つぶらな菫色の瞳は緊張からか潤いを帯びていて、常磐色を基調とした着物にはヘリオトロープという紫の花があしらわれおり、見るだけでそれなりの値段だと分かる丁寧な作りだ。


 顔に至っては今にも沸騰しそうなくらい真っ赤だが、十人十色で返答を求めても美少女と認められるであろう美貌の持ち主が、僕の目の前にいる。

 余程緊張したのか帰宅した主人を出迎える常套句は噛みまくりで、顔立ちも相まって非常に庇護欲を掻き立てられる思いだ。


 普通であれば喜んで『ただいま』というべきだろう。

 だがしかし、ここで2つ程留意してもらいたいことがある。


 まず1つ、僕──十乃宮(とおのみや)信昌(のぶまさ)は年齢=彼女居ない歴の人間だということ。

 モテないわけじゃない、夢のために恋愛に感けている暇がなかっただけだ。

 その夢である弁護士になってからも、依頼される案件の弁護に忙しくてなおさら余裕はなくなったが。


 そして2つ目──今も緊張した面持ちでこちらの返答を待つ美少女が…………。









 ──どこからどう見ても小学6年生か中学生に上がりたてなくらい、幼いということ。


 いやいや勘違いしないでほしい。

 僕にそんな趣味はないし、夜のお供を呼んだ覚えもなければ、家政婦を雇った記憶すらないんだ。

 だからこそ、見知らぬ女の子が自宅にいる理由に見当がつかない。


「──その、君は……?」


 新手の泥棒か詐欺の線も浮上するが、ここは穏便に済ますためにも名乗り出てもらうことにした。


「はわっ! えと、あの、私は、國江名(くにえな)陽葵(ひなた)と申します!」


 少女──國江名さんは呼び掛けに驚いて肩を揺らすも、つっかえながら名乗ったのちに床に手をついて頭を下げた。

 なんだかお見合いで見るような名乗り方だ。

 しかし、國江名か……どこかで聞いた記憶がある。


 どこだったか思い出そうとしたものの、その思考は続く言葉で容易く消し飛ばされてしまう。


 挨拶をした彼女は真っ赤な顔を向けて…………。







「こ、この度! 由緒ある十乃宮家の末子たる信昌様の()()()という、大変名誉なお役目を頂き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 身に余る光栄だと恐縮な様子でそう言い切った。


「──……え?」


 対して、あまりに突拍子もなく明かされた婚約者の存在に、茫然とする他なかったことは、大目に見て頂きたい。


 =====


「どういうことかなぁ~()()()?」

『オホホホ、その様子では、無事に陽葵さんと対面したようザマスね』


 フリーズした思考を再起動させて、國江名さんを自宅に送ったであろう元凶に詳細を尋ねた。

 元凶こと母の第一声は僕の行動を読んでいたような享楽的なものだ。

 

『我が家は明治時代から先祖代々より続く十乃宮……その末子たる信昌ちゃんだけが、未だに身を固めていないだなんて末代までの恥ザマス!』

「それに関してはまだ僕には早いって言っているじゃないか」

『まだ? 兄姉達が同じ25歳の頃には既に婚約者を定めていたのに? その様に悠長なことを言っていては、母は信昌ちゃんの孫の顔を見る前には墓の中ザマス!』


 大袈裟な……母は昔からこうだ。

 中学生の頃から縁談を催促して来てばかりで、何度断ってもまるで懲りない。

 心配性なのはこの際目を瞑るとして、とりあえず言い返しておこう。


「兄様や姉様達の子供がいるだろう。1人くらい別に──」

『んまぁぁぁぁっ!? 反抗期! あんなに可愛かった信昌ちゃんが反抗期ザマスぅぅぅぅ!!』

「反抗期はとっくの昔に過ぎてるよ! 大体、僕は結婚自体したくないんだ!」


 子煩悩にも程がある母の喚きに呆れながらも、縁談を拒む最大の理由を改めて告げる。


 生まれてこの方、結婚でいい話なんてロクに聴いた試しがない。

 幼い頃から、兄様や姉様達から結婚相手の愚痴を何度も何度も言い聞かされてきたせいだ。

 やれ最近愛想が悪いだの、やれ料理の感想を口にしないだの、やれ靴下を裏返したまま脱ぎ捨てるだの、じゃあどうして結婚したんだと問い詰めたくなるような小言ばかり。


 それでもなんだかんだ1人も離婚も別居もすることなく、子宝に恵まれているので、結局は折り合いを着けられたのだろう。

 けれども、その頃には僕の中に対する結婚不信は揺るぎない確固たるものとして根付いていた。


 そうでなくとも、今まで言い寄って来た相手はみんな十乃宮の権威目当てで、僕自身に見向きもしない強欲の塊ばかりだったというのもある。

 どれだけ見目が整っていようが能力が高かろうが、その時点で落第を下して来た。

 こんな面倒想いをするくらいなら、結婚なんて必要ないと結論付けたのだが……。


 その事に何より不満を露わにしたのが母だ。

 以来、持ち掛けて来る縁談の量が増えたのだが、数打ちゃ当たるとでも思っているのだろうか?


「そもそも、あの子は一体何歳なの?」

『今年で13歳ザマス』

「じゅうさ……っ!? 倍にしないと届かない年齢差なんて、何を考えているんだ!?」


 いくら何でも見境が無さ過ぎる。

 家柄や顔立ちが揃っているなら、子供でもいいなんて暴論はあんまりじゃないか。


『安心するザマス。陽葵さんは信昌ちゃんの妻になることを喜んで頂いてるザマス』

「確かに自己紹介の時にそう言っていたけど……遠回しに息子をロリコンって決め付けないでくれる?」


 何一つとして安心出来る要素が無いのに、母はやけに自信満々に言ってくるので、今後の弁護士生命が危うくなるようなレッテル張りを非難する。


『あら、それは変ザマス。前回の縁談相手から聞き及んだ話では……、










 信昌ちゃんは『自分はロリコンだから君とは結婚出来ない』と断られたと伺っているザマス』

「──……は?」


 すかさず返された言葉に、頭が真っ白になった。

 法廷でこんな隙を見せれば敗北は免れないだろう。

 だが、残念なことに母の言葉には一切の虚偽はなく、真実である。


 前回の縁談でどうすれば向こうから、ひいては今後の縁談を諦めてくれるのかを考えた結果、僕は一言一句違わずそう偽ったのだ。

 改めて言うが本当にロリコンではない。

 そうじゃなければもっと早い段階で、國江名さんのような少女が婚約者になっていたはずだ。 


 ともあれ、そんな嘘の性癖暴露を聞かされた相手は当然ドン引き。

 その成果を実感して、これはいい断り文句だと思ったところにこれだ。


 であるならば、國江名さんが今度の縁談相手を通り越して許嫁に選ばれたのはその断り文句のせいということになる。


 ──なんてコネクションの無駄遣いなんだ……。


 実家のコネクションの広さと活用法に、頭を抱えたくなる程呆れるしかなかったのだった。


 =====


 母との電話を終えてこれからのことを考える。

 ロリコンだと言ったのは嘘なので、該当年齢の少女を寄越されても結婚するつもりはない。

 せっかく来てもらったのに申し訳ない気持ちはあるが、國江名さんには実家に帰ってもらうのが1番だろう。


 そう結論付けて話を着けるために彼女がいるリビングのドアを開ける。


「待たせてすまない。母が迷惑を──」


 まずは巻き込んでしまった詫びをしようと謝罪をしたのだが……。


「あ、旦那様! その、厚かましいとは存じておりますが、僭越ながらお夕食を作らせて頂きました。どうぞ、お召し上がり下さい」


 何故か白い割烹着を羽織って台所に立っていた。

 

「……この料理の食材はどこから?」

「えと、こちらへ来る前に買ってきました!」

「そ、そうか……」


 厚かましいと理解しているのなら、人の家のキッチンを勝手に使わないで欲しい。

 大人しい子だと思ったけど、結構図々しいな。

 末子とはいえ十乃宮一族の許嫁になれたから、少なくない自尊心を得たというのだろうか?


 まぁ時間はあるし、話は食事を済ませてからにしようと決めた。


 テーブルに並べられた食事を見やる。

 炊き立ての白米、芳醇な香りを立てている味噌汁、嫁入り料理として有名な肉じゃが……こう言ってはなんだが、13歳になる子供が作ったとは思えない出来栄えだった。


「これは……凄いな。全部君が作ったのか?」

「は、はい……だ、旦那様のお口に合うと良いのですが……」

「あぁすまない。冷めない内に頂くよ」


 よほど自分に自信が無いのか、経緯はどうあれせっかく作ってもらったのに、そんな不安げな顔をさせては忍びない。

 胸に少しばかりの罪悪感を覚えつつも、箸を手に取って肉じゃがを頬張る。


 ──瞬間、肉汁とトロトロに溶けた玉ねぎの風味が口の中に広がった。

 

 料理評論家なら多種な美辞麗句を告げるのだろうが、僕にそんな語彙力は無い。

 なので、この肉じゃがの感想を一言で挙げるならば……。


「──美味しい」


 そう、美味しい。

 少なくとも、僕が自炊しても同じ味を作り出せないと思うくらいには、國江名さんの手料理は見事なものだ。

 

「よ、良かったです。旦那様にそう言って頂けるように、花嫁修業を積んで来た甲斐がありました……」


 そんな僕の正直な称賛に、彼女は安堵から脱力しながらも笑みを綻ばせる。

 だが、その言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えた。


 前回の縁談から國江名さんが来るまで、半月と経っていない。

 何故疑問に思うのかというと、急遽やって来たにしてはやけに彼女の準備が良いのだ。

 

 もちろん、才能があったという点は否めない。

 だが、この肉じゃがの味わい深さは、とても一朝一夕で作り出せるものではないと解かる。

 それこそ、時間を掛けて経験を積んで来たからこそ出せる味だ。


 色々と問い詰めたい気持ちもあるが、今は食事中なのでそちらを先に済ませる。

 

 食事を終え、國江名さんが食器の片付けを済んだところで、本題を切り出す。


「國江名さん」

「は、はい!」

「今回の縁談、嫌だったなら断っても良かったんだよ?」

「え……?」


 國江名さんの家柄がどれ程かは分からないが、本人を見れば下級でも育ちが良いことくらい分かる。

 何より彼女はまだ13歳……学生の身分で婚約だの許嫁だのは荷が重いと感じているかもしれない。

 

 十乃宮家に属しているとはいえ、末子故に継承権もない僕の顔を立てる必要は無いと遠回しに伝える。

 しかし……。 


「そ、そんな! 旦那様との縁談が嫌だなんて微塵も思っていません!」

「えっ?」

「むしろ、恐れながら私にもチャンスが巡って来たのだと、是非にと願った次第です!!」

「んんっ!!?」


 予想と違って、國江名さんからやけに熱意の籠った答えが返って来た。

 何故だと疑問が頭を過るが、すぐに納得出来る理由に行き着く。

 

「その、國江名家の令嬢として、十乃宮と懇意にしたいから?」

「いいえ、実家は関係ありません! 烏滸がましいながら十乃宮家も理由に含まれておりません!」

「と、いうと……?」


 僕の推測と違ったようで、彼女は恐縮ながらも心外だと首を振る。

 國江名も十乃宮も関係無いとなると、他に一体どんな理由が?


 そう頭を捻っていると、國江名さんが顔を真っ赤にしながら……けれども瞳は強い決意を宿して答えを口にする。


「わ、私は相手が旦那様だからこそ、頂いた縁談に臨んだのです! この想いに噓偽り無く、國江名陽葵は十乃宮信昌様を殿方としてお慕いしておりましゅ!!」

「……」


 開いた口が塞がらないとは、こういうことを指すのだろう。

 國江名さんの情熱的なんて一言で片付けられない想いに、僕は完全に呆気に取られていた。


 何せ、年下の女の子から告白されるなんて予想だにしなかったからだ。


「……本当に?」

「か、噛んじゃいましたけど、はい……」

「……」


 2つの意味で恥ずかし気に顔を伏せる國江名さん。

 

 見た目も相まって可愛らしいとは思うが待って欲しい。

 そもそも僕は今日に至るまで、彼女と面識を持ったことはないはず。

 一目惚れしたとでも言うのだろうか?

 でもそれにしてはここまでの好意を抱けるのか疑問が拭えない。


 真剣な告白ではあるが、唐突過ぎてどうにも裏があるのではと勘ぐってしまう。


「その……気持ちは嬉しいけど僕は君と初対面だ。一目惚れにしてもまだ若いんだし、焦らなくても大人になってからでいいんじゃないかな?」


 これでは面と向かって告白を振ったような物言いだ。

 けれども結婚願望が無いと言ってもいい僕なんかより、ずっと彼女に相応しい相手が現れる可能性が高い。


 そんな考えもあって告げた言葉に対して、國江名さんは少しだけ寂しげな表情を浮かべる。

 

「……やっぱり、たった一度だけ話した子供のことなんて憶えてませんよね」

「え?」


 今、彼女はなんて言ったのだろうか?

 憶えてない?


 その言葉は、僕と國江名さんの間に面識があったと思わせるのに十分だった。

 

「えっと……」


 でも僕は一向に思い出せないままだ。

 申し訳なくてどう返したものか戸惑っていると、彼女は苦笑交じりに首を振る。


「仕方のないだと解っています。旦那様にとっては、数多くいた依頼人の身内だったというだけですから」

「依頼人って──ぁ」


 弁護士として会っていたのかと思い返した途端、記憶に栓をしていた蓋が取れたような感覚がした。

 あぁ確かにそうだった……。

 僕はたった一度だけまだ10歳になっていなかった彼女に会っていたじゃないか。

 

「はい。父があらぬ不貞を疑われ、多方面に睨まれる状況の中でありながら、旦那様が見事逆転不起訴を勝ち取った家庭内裁判の一件でお会いしました」

「あの時のか……!」 


 國江名という名……聞いたことがあるはずだ。

 花道や茶道に通ずる平成初期から続く家柄で、3年前に僕がある騒動の弁護を担当したことがあった。


 それは、國江名家の家元が元恋人の女性との間に子供を設けていたというスキャンダルだ。

 元恋人曰く家元が夫人と婚約する半年前に別れたそうだが、その時に子供を妊娠していたという。

 つまり、次の家元を受け継ぐなら自分の子が相応しいと名乗り出たのである。


 しかし、当主と夫人の間にも子供はいた。

 それが僕の目の前にいる少女──國江名陽葵だ。

 

 元恋人は先に生まれた我が子こそが、年齢的にも能力的にも次の家元に相応しいと譲らなかった。

 家元は否定するが、DNA鑑定の結果や妊娠という確率的不安定な事実もあったため、状況は瞬く間に劣勢と追い込まれる。

 もし元恋人の言い分が通れば、夫人と令嬢である陽葵さんとの家族関係は解消するハメになってしまう。

 

 家柄の評価はもちろん家族の絆も失いかねない中、僕に弁護の依頼が投げ掛けられた。

 

 そうして様々な調査の末、DNA鑑定は虚偽のモノで家元と元恋人の子供は全くの赤の他人であったことが判明。

 つまり元恋人側による当時の不貞行為が明らかになった。

 先の主張はでたらめで、逆に名誉毀損で訴えられたのだ。

 

「アレの動機は確か、借金を返すためのお金欲しさだったね。自業自得に無関係の家や子供を巻き込むなんて非常識だ」

「はい……でも、私達以外誰も味方がいなかった中で、旦那様だけが父の潔白を信じて証明してくれました」


 当時の國江名家の面々は世間のバッシングで、精神的に相当追い詰められていた。

 そんな時、最初の打ち合わせで訪れた國江名家の屋敷で彼女に話し掛けられたのだ。


「『私達を助けてくれますか?』……そう尋ねたら、旦那様は大船に乗ったつもりでいてくれって言ってくれました」

「う、う~ん……あれは若気の至りというか、大言壮語な若造の戯言というか、ね?」


 我ながら実に生意気な発言だったと猛省する。

 不貞行為が事実でDNA鑑定結果が本物だったら、どう足掻いても勝ち目が無かったというのに。


 正直に言えばあの逆転は奇跡と言っても良い。

 だけど……。


「でも、旦那様は本当に助けてくれました。その時からです。この御恩に報いるにはこの身を捧げる他ないと確信したのは」

「そ、そんな大袈裟な……」

「大袈裟なんてことはありません! 旦那様は私の初恋なのです!」

「あ、ありがとう……?」


 國江名さんは、まるでヒーローに助けられたと言わんばかりに愛おし気な眼差しを向けてくれた。

 なるほど、どうやら当時の僕は図らずも幼い女の子の心を射止めてしまったらしい。

 嬉しさ半分、困惑半分ながらも改めて縁談について考える。

 

 今までの話を聞いて、彼女が嫌々縁談を受けたわけでないことは十分理解出来た。


 一回り年下とはいえ、3年も花嫁修業に打ち込んで来たことからもその想いは本物だ。

 子供だからといって決して軽く扱って良い気持ちじゃない。

 こちらも誠心誠意で以って応えるのが筋だろう。


 國江名さんの気持ちは嬉しく思う。

 が、返事の前に彼女に伝えなければならないことがある。


 僕は息を呑んでから、國江名さんと目を合わせて口を開く。


「ごめん、國江名さん。2つだけ謝らせて欲しいんだ」

「謝る、ですか?」


 謝罪したいという前置きに、彼女はつぶらな瞳を丸くする。

 まるで僕から謝られることなんてないと思っているかのようで、さっきチャンスだと言った期待を傷付けてしまう。

 けれども國江名さんの真摯な想いを前にして、嘘を付き続けるのは耐えられない。

 

 ゆっくりと息を吐いて……告げる。


「1つ目。君は僕が年下の女性が好みだって聞いたと思うけど、それは事実じゃない」

「え?」

「2つ目。僕はそもそも結婚願望そのものが希薄なんだ。年下が良いって言ったのも、母さんから頻繁に持って来られる縁談を断るための嘘だ」

「──っ!」


 期待を裏切ったと分かるや否や、國江名さんは息を呑んで黙り込んでしまう。


 罪悪感で心が軋むように痛い。

 向けてくれている好意が嫌悪に変わってもおかしくないな……。

 

「……君が縁談を断ると言うなら僕から母さんに伝えておくから、國江名の名前に泥を塗ることは心配しなくていい。その上で君はどうする?」

「……」


 そんな自嘲が胸を過る中、國江名さんの返事を待つ。

 彼女がどんな選択をしようと……どんな罵詈雑言を浴びせて来ようと、元はと言えばこちらがついた嘘が原因なんだ。

 どれだろうと甘んじて受け入れる覚悟は出来ている。


 逡巡し終えた國江名さんは、顔を上げて目を合わせて来た。

 菫色の瞳は予想よりもまっすぐに僕を見つめていて、そこには不思議と怒りも悲しみも窺えない。


「1つだけ質問してもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「縁談が成立しても、私はすぐに十乃宮家に嫁ぐわけではないということでよろしいでしょうか?」

「あぁ。縁談が通った場合に結ぶのは許嫁の段階までで、本格的な婚姻は君が結婚出来る歳になってからだね」

「なるほど、であるなら私の答えは決まりです」


 感情が見えない声音での問いに、平静を装って答える。

 その答えに納得がいったのか、國江名さんはうんうんと頷いてから……。







「私の望みはただ1つ……旦那様のお傍にいることだけです」

「──っ! ……良いのかい?」


 満面の笑みを浮かべて告げられた言葉に、僕は驚きを隠せずに聞き返す。

 対する彼女は愚問だという風に頬を膨らませる。


「年齢のことなら許嫁の立場さえあれば時間が解決してくれます。嘘の件だって、私はあくまで対象の1人に過ぎないのですよ? 1番最初にお会い出来た上に包み隠さず明かして下さった……ここで断ってはそれこそせっかくのチャンスを棒に振ってしまうではありませんか!」

「──……」


 なんというか、彼女は本当に13歳なのかと疑ってしまうくらい強い心の持ち主だな。 

 たった一度だけ会った倍も年の差がある男を、3年も想い続けただけはあると他人事のように感心してしまう。


 それに何より、國江名さんの言い分はまさのその通りだった。

 その意志の強さを表すかのように、彼女は実に魅力的な眼差しを向けながら『ですから』と続け……。 


「──旦那様が心から結婚して良かったと思える妻になれるよう、全力で参ります!!」

 

 未だかつて、國江名さんのようにまっすぐな想いを向けられたことが無い。

 この時、僕の胸に言葉に出来ない感情の波が押し寄せた。


 動揺、戸惑い、嬉しさ、照れ、恥ずかしさ、幸せ……どれもチグハグでまとまりがないのに、これでもかと心を揺さぶられていく。

 逸らせずに合わせたままの菫色の瞳から伝わる、強く純粋な輝きを綺麗だと思ったのは初めてだ。


 遅れて魅了されていた自分に気づき、参ったなと小さな苦笑が零れる。 

 散々負の面を見せつけられ続けて来た恋愛や結婚を、彼女となら歩めるかもしれないと思ってしまったのだ。

 そこに嫌悪感は欠片も無く、年甲斐も無く胸が弾むような思いが心を過る。


 結婚したくないからロリコンだと偽ったら、小さな許嫁ができた。

 そんな僕達が結婚するのは……彼女の言う通り時間の問題なのかもしれない。


 行き着くまでの時間を、僕らは二人三脚で一歩一歩踏みしめて行くのだった……。  

  

最後まで読んで下さってありがとうございました!!

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