7話
「準備というのはてっきり食料品の調達とかだと思っていたのだが」
アニザは胡乱げな目で俺を見る。
当然出発のための準備はしたが、今はそれ以外の準備をしている。
「明日は収穫祭がある、せっかくだから物見遊山に繰り出そうと思ってな」
「出かけるだけなら別にその服を用意しなくてもよかったのでは?」
俺の手にある服を指す。
「これは買ったんじゃない。奥さんのご厚意だ」
「子供のころに着ていったものなのだけどね、少しでも綺麗に見せるために自分で刺繍をしたの。懐かしいわ」
恰幅のいい奥さんが期待に目を輝かせてアニザを見つめながら思い出を話す。
アニザは普段から遠慮する癖がある。収穫祭も普通の子供のように誘っても行かないだろう。ならば断れない状況を作ってやろう。
「鮮やかなチュニックだろう?祭りのための一張羅らしい」
奥さんにチュニックを渡すと、着丈を見るためにアニザの肩に合わせる。
「あら、ぴったり!」
奥さんはまるで自分の娘の着付けでもしているかのように喜んでいる。
どうした?彼女の好意を裏切るのか?
アニザはむず痒そうな顔をして何も言わない。もう一押ししてみるか。
「マータロスの収穫祭はきっといい思い出になる。至るところで食いもんが売られるんだがな、これを食べ歩きして回るのが楽しいんだよ。他にもー」
「分かった。着ていくよ」
ため息と一緒に回答を吐き出す。
折れたアニザは力なくチュニックを受け取ると、奥さんが小さく手をたたいた。
祭りの為か昨日より人通りが多い。
広場の中心では祭壇の前で司祭が祈祷の舞をしている。
露店が並び、怒声が飛び、もしくは子供のじゃれ合う声が聞こえて来る。
浮ついた雰囲気が、今日が皆の吉日だと主張する。
「…」
シェイクを横目で見ると、口が真一文字を作っている。にやけるのを必死にこらえている様だが、それだったらいっそ笑っていて欲しい。
そんなにこの服を着させるのがうれしかったのか?
見た目相応の扱いと言われればそうかも知れないが、こう...女の子扱いされるというのはしばらく慣れなさそうだ。
「似合っているぞ」
私の視線に気づいたシェイクがおべっかを言う。
「さっきからそれしか言わないじゃないか」
横目のままシェイクをねめつける。
「どんなにでかい催し物でも、楽しもうと思わなかったら面白くないぞ」
「連れてきたのはお前だぞ」
「だったとしても、楽しいことは多くて損はないからな」
シェイクはどこ吹く風で、露店の物色を始める。
いつまでも引きずっても仕方ない。ふう、とわざとらしくため息をついて頭を切り替える。
「露店が沢山並んでるな。何が食いたい?」
「焼いた物が多いな」
そういう流行なのだろうか、あちこちの露店から煙が登っている。
「食欲をそそるいい匂いだろ?きっとあれも楽しいことだ」
「そこのお二人さん!ウチの揚げパンはどうだい?」
露店の物色をしていると、露店のオヤジが声をかけてきた。
「ここには観光に来たのかい?珍しい二人組だね」
シェイクとの関係性について言及された。こういう時のために考えていた言い訳を披露する。
「コイツとは恋人だ」
これなら二人でいる事に十分理由があるし、事実関係を洗われても、嘘の存在を証明出来ない。下手に血縁関係を主張するより安全だろう。
「いっやぁすいませんねぇ!ウチの娘ときたら冗談が好きでねぇ!」
シェイクが娘という事を必死にアピールしているところを見るとどうもダメらしい。
シェイクに頭をガシガシと掻かれていると啜り泣く声がした。露店のオヤジだった。
「俺んとこもそうだったよ。そんくらい小さい時は『パパとけっこんする』ってかわいかったのになぁ…」
「あはは…えっと、それ2つ下さい」
話が長くなりそうな事を察したシェイクは手切金代わりに揚げパンを注文する
オヤジはうんうんと頷きながら揚げパンを袋に詰めていく
「いつからか俺をゴミを見るような目になっちまってよう…」
「ん?頼んだのはふたつだぞ」
私が紙袋に吸い込まれていく揚げパンの数が合わないことを指摘すると
「気にすんな、サービスだよ。遠慮すんな」
露店のオヤジは何事もなかったかのように話を続ける。
明らかにサービスでは収まらない数の揚げパンが紙袋に入っていくのを見ながら、シェイクの手切金作戦が失敗したのを理解した。
「恋人というのはまずかったか?」
露店のオヤジの愚痴から開放され、はちきれんばかりになった紙袋をなんとも言えない目で見ていたシェイクに先程の答え合わせをする。
「…今度からは母親似って言おうな」
シェイクは紙袋から一つ取り出すと私に手渡す。
早速一口齧ってみると、パンにまぶしていた砂糖が口の中で我先にとその甘さを舌にふるう。
「甘っ…いな」
甘ったるい、と言いそうになった。今も一粒一粒がその甘さをべったりと主張する。
「…こういう時はこれぐらい大味な方がいいよな」
シェイクは揚げパンを楽しんでいるようには見えなかった。
ようやく揚げパンを一つ食べ終わる頃、祭壇の前で祈っていた司祭が一つの道を示した。
「お、今年はこっちか。ほら、寄って寄って」
すると、周りの人たちが道の中心を開けるように寄っていく。
「皆は何をしているんだ」
シェイクに答えを求める。
「司祭は外から来る神様をお迎えに行くためにどこの方角から来るかを占っていたんだよ」
「急いで道を開けていたのはそういうことか」
広くなった道に司祭の引き連れた行列が色とりどりの花を撒くのが見える
「前の祭りのとき、いいところを見つけたんだ。そこに行こう」
シェイクに連れられていくつかの階段を上ってたどり着いたは、高台だった
そこからは街を一望でき、先ほどまで自分がいた広場を見ることができた。
「いい眺めだろ?」
司祭が通った道は様々な花弁が絨毯のように敷き詰められ、鮮やかなモザイク画のようになっていた
「そうだな」
「ここマータロスはもう長いこと神様は来ていないんだ」
「それでも、ここの人間は毎年欠かさずこれをやっている。きっとそれは、かつていた人々と神を忘れないようにするためだと思う」
長い時間の中、変わらずにいるものは少ない。
きっと、何かを残せるとしたらそういったものなのだろう。
「シェイク」
「どうした?」
「ありがとう。いい思い出になった」
「どういたしまして」
シェイクは、賑やいでいる景色を時間が流れるのに任せて、眺めていた。
焼いたものが多いのは食材の有効活用のためです