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空の舟  作者: 桂正 一葉
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6話

“午後は自由にしていいぞ。好きなものを買ってもよし、散歩をするだけもよし、だ”


「と言われてもな」

シェイクから渡された硬貨をぼんやりと見つめる

買いたいものなどないのだ。服はシェイクに買ってもらったし、食事もちゃんと3食食べさせてもらっている。


シェイクに拾われてからここまで、厚意に甘えているばかりだ。

それが何よりもどかしい。


考えていても仕方ない、気分を変えて店を回ってみようと町を見渡す。

マータロスはオイケウと比べると、どこか落ち着いて感じる。

決して活気がないわけではない、人の往来は多い。

そうか、向こうではよく聞こえた怒号が聞こえないのか。

国民がその姿でもって、どういった国なのか教えてくれているような気がする。


私は自分の国では生活の拠点になっていた社の外を出ることはほとんどなかった。

私が国民の顔を見るのは祭事の時だけだった。

野菜を買う顔も、子供の遊ぶ声も、彼らの日常を見たことはなかった。

ここの人たちのように笑っていたのだろうか。

私は国民をどこまで知っていたのだろうか。


物思いにふけりながら歩いていたら、とん、と進行方向に違和感を感じた

見ると自分より一回り背の小さい女の子が尻餅をついていた。私を見たままきょとんとしている。

「ああ、不注意ですまない。大丈夫か?」

「う」

「う?」

「うわああああああん!!」

女の子は全力で顔をくしゃくしゃにしながら甲高い声を上げて号泣し始めた。

鳴き声に反応してこちらを振り返った人もいたが、姉妹喧嘩でもしたと思われたのか、無闇に仲裁に入ろうとする人はいなかった。

「お、落ち着け、取り敢えず落ち着け」

こういう時どう声をかけて良いか分からない。

何かないかと考えているとキャンディがあったことに思い至る。

「ほら、キャンディだ。甘いそうだぞ」

包みを開いて半透明の球体を見せる。

見慣れないのだろう食べ物に女の子は興味を惹かれ、大声をあげるのをやめた。

「ほら、食べていいぞ」

女の子はしゃくり上げながら飴玉を取ると口の中に入れた

「美味しいか?」

「うん…甘い。すごく甘い」

「そうか、焦らなくていいぞ。喉につまらないようにゆっくり舐めればいい」



「落ち着いたか?」

飴を舐めさせた後、立っているわけにもいかないので、今は近くにあったベンチに2人で並んで座っている。

「うん。もう大丈夫、ありがとうお姉ちゃん」

女の子は目の下が赤く腫れているがもう泣いてはいない。

「親御さんは近くにいるのか?」

「うん」

迷子かと思ったがそうではなかったのか、私のようにただ1人行動していただけか。

「そうか、ならもう大丈夫そうだな」

私は腰をあげる

「待って、もう少しだけ」

「?」

「もう少し一緒にいて欲しい。…最近はひとりぼっちでいることが多かったから」

”あ、お父さんはいるんだけどね”と女の子は付け足す。

年の近い子が近くにいなかったということか。私より背丈が一回り小さいということは11、2歳くらいだろう。寂しい思いをしてしまうものかもしれない。

「分かった。もう少し一緒にいよう」

と言っても、おそらく私の実年齢は君のお父さんよりもはるかに上なるのだがな。

「名前は?」

「ミア」

「せっかくだ。ミア、店を回ろうと思っていたんだが、案内してもらえないか?」

ここでいつまでも座っているのも限界がある。

「え?私もわからないよ。この国には立ち寄っただけだから」

そうか、てっきりこの国に過ごしていると思ったが、私と同じように旅をしているのか。

同い年の子など探せばいっぱいいる、なのにひとりぼっちで過ごすことが多いのは仲良くなる機会が少ないのだと思い至った。

「そうか、じゃあ一緒に見て回るか。歩けそうか?」

「うん!」



「ずいぶん嬉しそうだな」

「だって、こんなの買ってもらったの初めてだから」

初めてのシェイクのお小遣いは首掛けに変わった。

子供というのは分かりやすい。欲しいものが口ではなく顔から伝わった。

「手作りの物しか変えなくてすまなかった」

もっといいものを買ってやりたかったが、流石に宝石の嵌め込まれたものを変えるほどのお金は貰っていなかった。

「そんなことないよ!それって世界に一つだけの特別なネックレスってことでしょ?大事にするよ!」

ミアは首から下げられた石を手に取る

「ほら、こんなにも綺麗なんだから」

宝石のような眩さはないが、石は確かに光を受けて輝いていた。

ふと、空を見る

「日が傾いてきたな、そろそろ戻らないと」

「今日はすごく楽しかった!またね、おねえちゃん!」

思いっきり手を振る姿はとても愛嬌があった。

神として敬われるのでもなく、畏れられるわけでもない。

等身大の私を見てもらえてるような気がして、なんとも言えず心地が良かった。


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