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空の舟  作者: 桂正 一葉
3/11

2話

「ようこそ商業の国オイケウへ」

 検問所での手続きを済ませてアニザに入国許可書を渡した。

「ずいぶんと賑やかだが、今日は祭りなのか?」

周囲の活気にあてられたのか許可書を握りながら浮ついた様子でアニザが話しかけてきた。

人ごみに慣れていないのだろう。町中ではぐれないよう気をつけよう。

「ここオイケウは各国の物流の中継点としての役割を持っててな。人通りは普段からこんな感じだ。それと、今握っているのは一時滞在者の許可証だから落とすなよ」

「承知した」

素直なのはいいんだが口調が若干硬い。

年齢の割に落ち着いているように見えるし、いいとこのお嬢さんなのかと思わせる面がある。だとすると肌着一枚だけで、廃墟に一人でいるのはおかしいのだが。

長く伸びた白い髪が目に映えてどこか現実味を感じさせない。まるで御伽話から切り取ってきたような子だ。

1人でいた理由も、手がかりの少なすぎる人探しの事情もまだ聞けていない。

「とりあえず車を休ませる。そのあと買い物に付き合ってくれ」

彼女の事を考え出すときりがないので、とりあえず目先のことをこなしていくことにしよう。



 オイケウの国は歴史が長い。

元は村ほどの規模でしかなかったらしいが、少しづつ規模を大きくしていっており、そのたびに外壁が新しく建造され、結果として何重もの壁がオイケウを取り囲んでいる。

幾層にもなった壁によってお互いを干渉しづらくなったため、それぞれの層で職業や文化に偏りができており、雰囲気が違うのが楽しい。

オイケウは遠方から来ている人間も多いため大荷物を抱えて移動する人間も散見されている。

俺の目指していた目的地は検問所から近い位置にあるのでオイケウではいつも真っ先に立ち寄る場所になっている。

建物の前に車を止めて車庫を覗くと白髪の混ざり始めた中年は黙々と車いじりしていた。恰幅のある体はあちこち機械油で汚れている。

おやっさんは相変わらずのようだ。

「生きてるか?おやっさん」

「てめえかシェイク!懐かしい声だなぁ!ずいぶん音沙汰がなかったが元気だったか?」

おやっさんこと修理屋のガントは、使い古した手拭いで体に付いた油を拭きながら嬉しそうに返事をした。

おやっさんはここオイケウの片隅で車の整備をして生計を立てている。

様々なモノを国から国に運んでいたが所帯をもってからはこの国で今の店を構えるようになり、代わりに俺が車や備品、その他諸々を譲り受けた形になる。

車は滅多に市場で出回っていない珍品ということもあって、整備業もあまり多くないので、自然と通う人間は皆顔なじみになる

元々おやっさんが同業だったこともあり、ここを信頼して利用する運び屋も多い。そのおかげか各国のあることやないことの噂にも明るい。

「たいして留守してたわけでもないだろうに、せいぜい半年だぞ」

「そりゃ感覚がくるってるぜ。根無し草っていうのはこうだからいかん。とにかく長旅でくたびれたろ。とりあえず車を車庫に入れてくれ。そっちのちびも旅の汚れを落とそうな」

おやっさんは作業用の前掛けを脱ぎながら俺の隣を一瞥するとそう答える。

アニザを気遣ってか俺への質問は後回しにしたようだ。

おやっさんはお湯の準備をするよう妻のサラさんに声をかけると彼女が顔を出した。

サラさんは俺に挨拶をしたあとアニザを見て “あら!?かわいいお客さんね!“

と目を輝かせながら、若干居心地が悪そうにしていたアニザにかまわず案内をした。

「それで、今回のみやげはあれか。あのちびはどこでこさえた?」

聞きたくて仕方なかったのだろう、サラさんが案内をするのを尻目に早速本題に入って来た。

「俺の子供じゃない、道中一人で困ってたから拾ったんだ」

おやっさんは眉間の影を濃くする。

「…誘拐?」

「なんでそんな真似しなきゃいけないんだ。あの子は頼るつてのない孤児みたいなもんで、人探しを頼まれたから連れてきたんだよ」

俺が答えると、今度はおやっさんが怪訝な顔になる。

「変なもんを持ってくるのはお前の面白いとこだが、あれはどっちかっていうと面倒ごとだ。さっさと手放したほうが身のためだぞ」

「うん、なんとかするよ」

俺の生返事に、おやっさんは諦めた顔をして

「ま、忠告はしたからな。おめえも風呂入っとけよ」

と言って車の相手をしに行った。



 物の売り買いをする層は出入りが頻繁になる外層とやり取りができ、買い手が多くいる中心層の間の中間層にある。道端には露店が並んでおり客と心地よい喧噪を奏でている。そんな様子をアニザはどこか懐かしそうに眺めていた。

露店の顔ぶれは入れ替わりが激しいのか、俺が離れすぎていたのか、見覚えのない店と商品が並んでいた。

人も店構えも変わっているくせに懐かしく感じるのは国の在り方が変わっていないからだろうか。

「人の賑わいを見るのはいつでも楽しいな」

アニザは歩きながら露店を覗きしみじみと言った。

こういう、ふとした時に彼女はどこか子供と思えないような表情を覗かせる。

「随分年寄り臭い事を言うんだな」

「そうか?…そうかもしれないな」

ちょっと落ち込んでしまったみたいだ。すまん。

「とりあえず服を物色するか」

「買ってもらってしまっていいのか?」

「いいよ。これくらいの事は気にするな」

アニザの今の服はおやっさんのとこで借りたものだが大人の服しかなかった上に車の修理に着る様な作業着しかなかった。当然大きさが合わなかったので裾や袖を何重にもまくり上げている。つまり目立つ。

とりあえずは長旅に耐えうる服を買おう。きっといろんな所をまわる。

めぼしい店がないか探していると昔からお世話になっていた雑貨の露店が目に入った。どうやら場所を変えて商売を続けていたらしい。馴染みの店が残っているのを見ると嬉しくなる。

店で番をしているのはアニザより少し身長の低いヤモリの様な姿の生き物、クタリ族だった。

彼は店番が暇なのか自分のしっぽの先を指でいじっていた。

「この子の服を探している。動きやすそうなやつが欲しいんだがあるかい?」

「なんダ、オマエか。子供をつれてイルなんて珍しいナ、娘カ?」

声をかけられた店主は俺を見た後、アニザを認めると珍しそうに目をクリクリしてた。この種族ではけっこうな年のはずだが俺のことを覚えていたらしい。ボケてもおかしくないが随分しっかりしている、商売柄ってのもあるかもしれない。

店主は俺のオーダー受けてあれがいいかこれがいいかと商品を物色し始めた。

「実のところ孤児なんだ。この子の人探しを手伝っているんだが心当たりのあるやつはいるか?」

言いながらアニザがら借りた鈍く光るタグを店主に見せる。

話を聞くと店主は物色している手を動かしながら思案し始めた。

「心当たりのあるやつカ…アア、そういえば一人いたナ。なんデモ、タグを集めているそうダ」

タグ集めとはずいぶん珍しいことをする。まぁ、あまり人のことは言えないか。

しかしどんな奇人だろうが手掛かりが他にない今は少しでもとっかかりが欲しい。

「できればそいつと話をしたい。どこにいそうか分かれば教えてほしいな」

「確か宿をとっていたナ。後で場所をメモしてやるから待ってナ」

店主は答えながらアニザに合いそうな服を見繕ってくれた

「コノ服でドウダ?」

用意した服は汚れの目立ちにくい紺色。着心地がよさそうで無駄なデザインがなく、機能的な美しさがあった。

「ほら、これからはこの服を着な」

早速受け取った服をそのままアニザに渡す。

「恩に着る、必ず報いるよう努める」

かなり重々しく礼を言う。しかも妙に言い慣れている感じもする。

「おう、頑張ってな」

とりあえず気持ちは受け取ることにした。

「待たせタ、今日は売ルものはないのカ?」

「悪いな、また今度」

店主からメモともらうと、俺は店主に服の代金にメモの心付けを足した。



 店主に教えてもらった宿が見えてきた。

宿の人間が掃除をしていたので目的の人を尋ねるとどうやら先ほど戻ってきて部屋で休んでるようだ。

彼の泊まっている部屋を教えてもらい、ノックするとややあってドアが開いた。

「どちら様?」

姿を見せた彼はまだ着替えておらず髪の毛は整髪剤で整えられているままだ。

精悍な顔つきに落ち着いた態度、てっきりもっと変人が飛び出てくるかと思ったが予想は外れた。見ているとタグ集めをしているのか自信がなくなってくる。

あの店主、住所間違えてないだろうな。

「俺は運び屋のシェイクという者だ。あんたがタグ集めをしているクリフで間違いないか?」

「ああ、そうだよ。長くなるんだったら中で話そうか?」

言いながら彼は突然訪問してきた俺たち2人組をあっさり部屋へ案内し、テーブルにあった小物を片付け始めた。

医療品を扱っていたのだろうか、部屋には薬箱が放つような独特な匂いが少し残っていた。

俺たちは席に座ると彼が紅茶を出してくれた。

「二番煎じなんだが今はこれしかなくてね。すまんね」

礼を言うともらったコップに口をつけた。普段は眠気覚ましとして飲んでいるのだろう。二番煎じでも十分だった。

隣を見れば口周りを湿らせただけで中身の減っていないコップをテーブルに返すアニザがいた。

「改めて自己紹介させてくれ。俺は運び屋のシェイク。こっちはアニザだ」

「丁寧にどうも。俺も一応運び屋をやっている。クリフと呼んでくれ。それで、話というのは?」

前置きなしに話を進めてくれる。事情を説明するのが面倒だったのでありがたい。

「人を探してるんだが手がかりがこれしかなくて。このタグに見覚えはないか?」

言いながらタグをクリフに渡す。

「タグを拾った?どこで?」

「こっちのアニザが拾ったものだ、ここに来るまでにあった廃墟で拾ったものらしい」

俺が説明をしている間、クリフは品定めをするようにアニザを見ていた。 

アニザはまじまじと観察されて気まずかったのか、カップで顔を隠すように紅茶を飲んだ。

「このタグを親族に届けたいと思っているのだが、その親族がそもそもいるかも分からない状態なんだ」

苦い顔でカップを置きながらアニザが答えた。

クリフはアニザからタグに目を移す

「この楕円形のタグは確かエヴォルで作られているんだったか。だとすると名前の上あるのは所属番号、下の数字は生年月日なんだろうが…二つ並んでいるな。それ以上は分からんな。あまり力になれずにすまんな」

「いや、おおよその行き先が分かっただけでも収穫だ。感謝してるよ」

「これだけで人を探して回るのはかなり骨を折るぞ。まぁあんたらがツイてる事を祈ってるよ」



 クリフと話をした後もタグを手がかりに聞いて回ったが手応えは無く、おやっさんの店に戻るのは日が落ちてからで作業場となっている倉庫はもう暗くなっていた。

来客用の部屋で荷物の整理をして、アニザを夕飯の席に座らせると俺は外の空気を吸いに出た。

タバコに付いた火がゆっくりとフィルムを焼いていく。こうしていると昔のことをひとつひとつ思い出す。

鮮やかに燃えているのは短い間で、後には白くなった灰が残る。記憶も一緒にモノクロに風化していくような感覚を覚える。

いつからだろうか。気付いたらこうやってふけることが多くなっていた。

一人呆けていると、夕飯を片付けたサラさんがひょこっと顔を出した。

「奥さん」

「呼びづらいでしょそれ。別にサラでいいよ。あの人もそんなことで焼きもち焼いたりしないから」

サラさんは家に背を持たれながら答えた。

「サラさんはおやっさんの晩酌の相手をしなくていいんですか?」

「あのひとね、私と結婚してからぱったりお酒を飲まなくなったのよ」

「お酒が相棒だったおやっさんがそんなあっさり飲まなくなるなんてね」

酒を浴びるように飲んでいた現役時代を見てきた俺としては信じられない話だ。

こうして話している裏でこっそり酒を飲んでいるんじゃないだろうか。

「それは昔の話でしょ?今の相棒は私」

サラさんははにかみながら言った。

「ね、アニザちゃんはどうするの?」

本題はアニザらしい。おやっさんのいないときに話したかったのだろうか。

「見通しはつかないですけど、あの子のタグ探しは最後まで付き合うつもりです」

「それは当面の目標でしょ?そのあとアニザちゃんはどうするの?」

サラさんはいつ終わるか分からない人探しの先の話をする。

タグを渡した後、彼女はどのようにして生活していくのか。サラさんはアニザ自身の将来を心配していた。

「あのひとは、いい顔してなかったらしいけど、私はアニザちゃんがシェイク君のそばにいてもいいと思うの」

”でも”と切り返そうとする俺を制して

「あの子は今居場所がないと思うの。きっと一人で寂しい思いをしてる。だからあなたが新しく居場所を作ってあげれたらいいなーって思ってる」

「俺に務まりますかね?」

「きっとできるよ。それに、あんなかわいい子を捨て置くなんて無責任じゃない?」

アニザは会った時からずっと元気がない。きっとまだ辛い事を自身の中で消化している最中なんだろう。塞ぎ込んでしまわないよう、彼女の隣で見守っていないといけない。

「あと、感傷のためだけにタバコを吸ってるとうちの人に怒られるよ」

サラさんは最後にそれだけ付け足すと去っていった。

俺は肺にたまっていたものをほうっと吐いた。

タバコの煙は風になびきながら、しかし行く先を空へ定めてゆっくりと昇っていった。



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