1話
その町は時が止まったかのように静かだった。
自分の息遣いがやけに大きく聞こえるほど静まり返った街は、どこか現実味が薄く感じられた。
街の東側はここを通ったであろうモノによって踏み荒らされ、瓦礫の山となっている。
道の途中、ガラクタとなった山や辛うじて形を保っている民家など、ダメもとで声をかけ、中を調べたが、人っ子一人いない。
ひどい荒れ具合に対して人の死体がないことから街の人は早々にここを捨てることを判断したのか。
「まさか陸鯨が街を横切るとはな」
図体のでかさのわりに臆病な性格で、普段なら餌を漁りながら原野をほっつき歩いているだけなのだが、迷子になってパニックでも起こしたのか。
辛うじて原形をとどめている玄関を出ると、小さな瓦礫が人為的に積まれていることに気づく。
誰かが埋葬したのか。
ふかしていた煙草を立ててみる。
「とりあえず寝れるとこを探すか」
瓦礫でガタガタになった道を新しい荷物を載せたトラックで無理やり進めながら宿が残っていることを祈った。
宿は幸い無事だった。
レンガ造りの建物の隣には車庫があったのでありがたくトラックを止めさせてもらう。
「埃臭いうえにもぬけの殻、まぁ雨風をしのぐ分には問題ないか」
一階は食堂だったらしく、もう満席にならないテーブル達が静かに並んでいる。
保存食などが残っていないか念のためにキッチンを覗いてみると、持っていくにはかさばったであろう野菜類が散らばって腐っていた。
いずれも齧った跡がある。鼠にでも食い荒らされたのだろう。
「缶詰類が空いている?」
ぼそりと独り言をつぶやく。
そこには蓋が開けられ中身が空になった缶詰が散らばっていた。
缶詰を行儀よく開けるのは人ぐらいだ。よく考えれば先ほどの野菜もネズミが齧った跡にしてはデカかった。
「誰かいるのか?」
廃墟に似つかわしくない透き通るような声が響いた。
反射的に護身道具がついたベルトへ指を伸ばしながら振り向く。
そこには少女の姿があった。おそらくは14、5歳ほどだろう。
伸びた白髪が夕焼けの日差しを溶かしていた。
「通りすがりのおじさんだ。君は一人だけか?」
他に人らしい気配は感じられない。逃げ遅れたのだろうか。
「そうだ。人を探したいのだが、移動ができなくて困っていてな」
そうして首から下げていたものを持ち上げて見せる。
チリン、と子気味良い音を立てたのは鉄製のタグで、刻まれた文字群が鈍く光っていた。
「このタグを届けたいんだが、頼る当てがない」
”ないない尽くしだ”と彼女は少し自嘲気味に言う。
「そんな状態で人探しをするのか?家族はどうした」
「…分からない。ここが瓦礫になる前の街を覚えていない」
記憶喪失だったのか、これだけ街がボロボロなら死ななかっただけましとも言える。
「となると気が付いてからこっち、一人ぼっちのままずっとここに?」
「そうなる」
情報は少なく、状況は不自然。
だからこそ、このまま放っていくわけにはいかない。
「分かった。連れていくよ」
少女は驚いて言葉を失ったまま俺の顔をまじまじと見ている。こんなにあっさり話が通るとは思わなかったんだろう。
「シェイクだ、よろしく」
自己紹介をすると
「ああ、よろしく」
と、返事が返ってきたきり、妙な間ができる。
「道連れになるんだ。せめて名前くらいは教えてくれないか?」
少女はそこで初めて自分がまだ自己紹介をしていなかったことに気づいたらしい。
少し逡巡した後
「アニザだ」
と短く答えた。