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ドジっ娘新人ジャンパーがゆく銀河の果ての物語

 宇宙船乗組みの跳躍士ジャンパーに抜擢された期待の新人アスティア=フィルムスは18歳の女の子。彼女の任務は、特殊な念動力サイコキネシスを操ってワープ航法をアシストすること。でも、いつも失敗してばかりで周りからの評価はいまひとつ。そんなドジっ娘が銀河の果てに挑んだけれど……


跳躍士ジャンパー! どうしてこうなった!?」

「ひぃっ」


 ……こ、こわいです。


 ここは、天の川銀河の深淵を目指す宇宙探索船ディープホライズン号の操縦室。


 わたしの名前はアスティア=フィルムス、十八歳のとっても可憐な女の子。

 単調な航海のストレスもなんのその、自慢の蜂蜜色の髪はいつも艶やか。

 ごはんも美味しく頂いています。

 今日もわたしは上機嫌。


 あっ、でも、さっきから、すぐ隣の第一操縦席で操縦桿を握る先輩クルーがお怒りのご様子。

 これまでも数々の失敗を重ねてきましたが、これほどの怒りを向けられたのは初めてかもしれないです。今回ばかりはちょっとやばいかも……


 一週間前の日帰り航海でわたしが大ポカしたとき、この先輩は、連帯責任だといって一緒に会社のトイレ掃除を手伝ってくれました。

 が、その先輩がいまはその身に殺気をまとわせています。


 とても――まずいです。


 第二操縦席に座るわたしの役割は、時空間跳躍航法ジャンプドライブをアシストすること。

 たったいま、人生初の長距離跳躍ロングジャンプを終えたばかり。


 これまで短距離跳躍ショートジャンプは何度も成功していたので、今回も自信があったのですが……


 さっきからずっと「ピィーピィーピィー」という無機質な警報音が操縦室に静かに響き渡っています。


 ……あーもう、うるさいですね。

 耳障りなので、止めてしまいましょう――「パチン!」


「あ、あのう……怒ってます?」

「あたりまえだ。血管が切れそうだ」

「あっ、もしかして『激おこ』ってやつですか?」

「何だ、それ?」

「第七恒星系群のある星で大昔に流行った言葉らしいですよ。なんでも、普通の『おこ』より一段階上の怒りを表すんだとか」

「おまえ……もしかしてこんなときにふざけてるのか? その余計なうんちくのせいで、おれの怒りはもう一段階上がったぞ!」

「ひぃっ、ご、ごめんなさい……」

「『ごめんなさい』じゃないだろ! 状況分かってるのか? 跳躍士ジャンパー!」


 怒声がふたたび操縦室に響き渡りました。


 この船には先輩とわたしの二人しかいません。だから、ただいま絶賛怒られ中の「跳躍士ジャンパー」というはこのわたしのことです。

 聞いたところ、配置名でクルーを称呼するのが宇宙船乗りに伝わる古くからの慣習なのだそうです。


 さきほども言いましたとおり、わたしにはアスティアというビューティフルな名前があるのですが、航海中、この名前で呼ばれることはほとんどありません。

 だいたい、「跳躍士ジャンパー」か「おまえ」です。


 一方の先輩はというと、専門職域が航法士。

 ただ、彼はこの船の通信士と操縦士も兼ねているので、通信/航法/操縦士と呼ぶのが正しいのかもしれません。

 もっと言えば、この船の最先任の責任者なので船長と呼んだ方がいいのかも……。


 でも、この先輩、普段はとても気さくで、格式張らない方です。

 もう、面倒くさいので……ゴホン、ゴホン、言い間違えました……

 親しみを込めて気軽に「航法士」か「先輩」と呼ばせてもらっています。


 まあ、わたしたちの呼び方なんてどうでもいいですね。

 とにかく、もう一度謝っておきましょう。


「す、すみませんでした、航法士」

「謝れだなんていってない。どうしてこうなったか、聞いているんだ! 専門家だろ!? おれの目を見てちゃんと答えろ!」


「あの……ええと……」


 そんなこと言われても困ります。

 どうしてこうなったかなんて分かりません。新人の自分には見当もつきません。

 とにかく、冷静になって現状を整理しなければなりません。


 先輩が怒っている理由は、目の前の空間ディスプレイに浮かびあがった赤い文字のせいだと思われます。いえ、まちがいなく、この訳の分からない文字が原因でしょう。

 この文字、はっきりと読めるし、意味も分かるんですけど、あんまり受け入れたくありません。頭が拒絶してしまいます。


 あぁ……でも、やっぱり……何度見ても見間違いではありません。

 不気味に点滅するその文字は、こうとしか読めません――


 『現在位置不明』と。


 これはどう考えても跳躍士ジャンパーであるわたしが引き起こしたこと。

 こんなことってあるんですね……。

 目の前の現実から目を背けたくなりました……。


「おい、聞いているのか、跳躍士ジャンパー!」

「あっ、はい、航法士。聞いていますよ」

「どういうことだ? はっきりと言え!」


 ああ、普段は温厚な先輩がいまにもブチ切れそうです。

 興奮度がまもなくマックスです。

 それにしても、あれだけ穏やかだった先輩がいまは鬼の形相なのですから、わたしもなかなかたいしたものです。


「ええと、とっても言いにくいんですが、失敗しちゃったみたいです」

「な、ん、だと?」

「ご、ごめんなさい。長距離跳躍ロングジャンプ失敗です。訓練校のシミュレータで習ったとおりにやったんですけどね……あはは、おかしいですね?」

「おかしいのはおまえの方だ――その頭、解剖してやろうか!?」

「…………」


 はぁ、操縦席前面窓の向こう側はほとんど真っ暗です。

 銀河中心は輝く星であれほど華やかだったのに、この宙域ちゅういきでは恒星は数えるほどしか見当たりません。


 自船座標喪失……銀河の外縁で迷子になりました……。


 しかし、推進システムは快調そのもの。

 宇宙船ディープホライズン号は順調に進んでいます。

 どこへ向かっているのか知らないけれど……。



      *   *   *



「航法士、宇宙って広いですね」

「ああ、そうだなー」

「どこまで続いているんでしょうね」

「どうだろうな……」


 なんだか、気のない返事ですね。

 こんなに遠くまで来られたんだから、少しは感動してほしいものです。


 人類が銀河の外縁まで進出できるようになるまでは苦難の歴史があったのですよ。

 訓練校に在籍していたとき、天の川銀河系の宇宙開拓史に関する講義を受けました。

 ほかの講義はつまらなくて半分寝ていたのでよくは覚えていないのですが、これだけはわりと面白かったのでよく印象に残っています。


 たしか、恒星系間の航行に始めて成功したのが数世紀前のこと。

 人類は熱狂したらしいです。

 ここで、宇宙開拓は一気に進むかに思われたのですが、そうはならず、前世紀までは停滞したままでした。

 宇宙船の最大航行速度が、光速の三十パーセントにも届かないうちに頭打ちになってしまったからです。


 推進システムの性能が技術的な限界を迎え、どうやってもそれ以上は上がらないことがはっきりしてしまいました。宇宙開拓は遅々として進みません。そのときの人類の絶望は計り知れないものだったと記録されています。


 ところがどうでしょう。そんな中、既存の推進システムの限界を打ち破る画期的な航法が確立されたのです。これがざっと百年前のこと。


 時空間跳躍航法ジャンプドライブの登場です。


 この新航法が登場すると、人類は天の川銀河の深淵まで進出できるようになりました。

 腕のいい跳躍士がいれば、天の川銀河の端から端へだって、数日でたどり着けます。

 こうして、新たな恒星系と航路が次々と発見されるようになったのです。


「航法士、知っていますか? 跳躍士ジャンパーの血のにじむような努力があったからこそ人類は銀河深淵に挑むことができるようになったのですよ! 聞いていますか?」

「あー、はい、はい。聞いてるぞ」


 なんですか、そのめんどくさそうな反応!


 時空間跳躍航法ジャンプドライブというのは、簡単に言えば、跳躍士ジャンパーが特殊な念動力サイコキネシスを推進力に付加することで超光速を実現したものです。


 単に船を加速させるだけではありません。わたしのような跳躍士が船体の前後に強力な念動力サイコキネシスを送り、瞬間的に前方の空間を収縮、後方の空間を膨張させることで船体を空間ごと押し出すのです。

 いってみれば、船のまわりの空間ごと、尺取り虫みたいにドンと前に突き出すような感じでしょうか。


 そんなわけで、跳躍士ジャンパーこそが時空間跳躍航法ジャンプドライブの要。

 こういう空間の操作ができる跳躍士ジャンパーは至高の存在。

 跳躍士ジャンパーの適正がある念動力使いサイコキネシストは十億人に一人現れるか否かの稀有な才能なんです。


 このあたりのこと、先輩はまったく分かっていません。

 わたしのこと、もっと褒めてほしいものです。


「いいですか、航法士! わたしはこの船の推進力! 跳躍士ジャンパーですよ。もっと大事にしてください!」

「あーもう、めんどくせーなー。超光速航行が可能なのはおまえのおかげだよ。これでいいだろ。いま忙しいんだから、少し黙ってろよ」

「ぐぬぬ……」


 この雑な扱い、許せません。

 跳躍士ジャンパーに対する敬意の欠片かけらもありません。

 いつかひざまずかせてやるのです。


「ところで、航法士。さっきからチャートをひねくり回しているようですけど、どのあたりか分かりましたか? 予定では銀河赤道上の銀経三十度のあたりを目指していたはずなのですが……」

「はー……」


 大きなため息が聞こえました。先輩にしては珍しいことです。


「あ、あの、先輩?」

「……正直わからん。広域探索用のチャートまで引っ張り出して、くまなく照合してみたが、ジャンプアウトした位置はどことも相関しない。恒星が数えるほどしか見えないので銀河の外縁であることは間違いないが……どの宙域か分からないんだ……。完全に迷子だ」

「えっ? じゃ、じゃあ……この船、もしかして遭難しているんですか?」

「ああ、簡単に言えばそうなるな。おそらくここはだれも到達したことのない未発見の宙域だ。」

「……先輩、だいじょうぶですよね? わたしたちお家に帰れますよね? ねっ?」


 あれ? 気のせいか、先輩の顔がいつのまにかのっぺりとしたものに変ったように思います。

 こんな顔、ずっと前にどこかで見たような……そうだ、第七恒星系群の歴史文化ライブラリにあった能面にそっくり。思い出せたのでちょっとすっきりしました。


 でも、なんでしょう。先輩のお顔が静かに怒りを湛えているようにも見えます。

 刹那、わたしは恐怖で身がすくみました。


「あのう、先輩? ま、まさか、わたしを空間に放りだそうとか考えてませんよね?」

「ほう、とてもいいアイデアだな。状況次第では試してみてもいいかもしれない。酸素も食料も一人分節約できる」

「ちょ、ちょっと待ってください。わたしを真空中に放棄なんかしたら我が社の損失、我が母星の大損失ですよ!」


 そうです。わたしは宇宙探索船ディープホライズン号の栄えある跳躍士ジャンパー

 全銀河の宇宙船乗りから尊敬と称賛を受けまくる花形配置。

 十代で大抜擢された期待の新人! 前途洋々なのです。


「航法士! 断固反対します! わたしはエリート、わたしを投棄するなんて正気の沙汰ではありません。全銀河が悲しみます!」

「お、落ち着け、跳躍士。さすがに冗談だ」


 はは、よかったです。さきほどの先輩の冷ややかな眼差しは冗談を言っているようには見えなかったです。あせりました。


「とにかく、現在の座標が分からなければ今後の方針も決めようがない。いま船内のリソースを恒星観測と座標割り出しにつぎ込んでいる。しばらくしたら、結果が出るだろう」


 そんなこんなで、本船の量子コンピュータが果てしない演算に挑み始めました。

 軽いうなりをあげています。複数の推定法を駆使し、既存のチャートを拡張している模様です。

 そして、観測された近隣の恒星の位置との相関を取り始めました。気の遠くなるような膨大な作業。

 わたしにはとてもまねできません。想像しただけで気絶しそうです。


 本船搭載のほとんどのコンピュータがこの計算に駆り出されているので、いま操縦席には限られた機能しか残っていません。

 要するにわたしたちは暇になりました。


 操縦室は静かです。先輩はもう落ち着きを取り戻したようです。

 なんだかんだいってもさすがは我が社のホープ。会社の女子から人気があるのも頷けます。

 ここだけの話、わたしもちょっと憧れていたりして……


「なあ、跳躍士ジャンパー

「は、はひぃ、な、なんでしょう……」


 唐突に声をかけられたので、変な感じになってしまいました。


「まえから不思議に思っていたんだけどな……」

「なんです? 疑問は早めに解決したほうがいいですよ」

「おまえ、ほんとうに時空間跳躍士技能証明ジャンパーライセンスを正規に取得したんだろうな? なんだか疑わしくなってきたぞ」


 はっ? 失礼ですねー! とんでもない侮辱です。


「わたしはちゃんと時空間跳躍士じくうかんちょうやくし訓練校を卒業しましたよ! すごい成績だったんですから!」

「どうだかな……おまえ、全然専門家に見えないよな」

「ぐぬぬ……」


 なんという屈辱……。わたしはまちがいなく昨年訓練校を卒業しました。

 たしか、卒業証明書の電子謄本がわたしの個人ライブラリに入っていたはず……

 あっ、あった! これを先輩に見せつけるのだ。


 第七恒星系群星間連盟の認証が付された証明書が空間ディスプレイに表示されました。


「さあ、これでどうです!? この卒業証明書はジャンパーライセンスを兼ねています! わたしはライセンス持ちです。まちがいないでしょう?」


 ちょっと自慢させてもらうと、時空間跳躍士訓練校は星間連盟の教育機関でとってもすごいのです。周辺の恒星系から選りすぐりの逸材ばかりを集めたエリート校。ちょっとした国の年間予算を超えるほどの巨額な資金が毎年投じられているそうです。


 わたしはこの訓練校の卒業生なので、実態はどうあれ、世間的にはエリートのなかのエリート、逸材中の逸材!


 すごい成績を収めたというのも決して嘘ではありません。

 学科はいつも赤点すれすれ、実技はどれもギリギリでクリアです。

 在籍限度期間もいっぱいまで使い切りました。

 スリルあふれる訓練生生活。あと少しで除籍のところまで追い詰められたのもいい思い出です。


 そうです。たとえ成績が振るわなかったとしても、教官や同期からの評価がいまいちだとしても、気にするものではありません。

 これがわたしの得意技。

 失速寸前のスピードで超低空をキリキリと攻め、合格点を掠めとる。

 どうですか? だれにもまねできないアクロバティックなパフォーマンスがわたしの持ち味です。


「ほう、これは別冊サプリメントか? おもしろいものが添付されているな」

「ぎゃあー、やめて!」


 航法士が別冊を見つけてしまいました。


「ちょっと、先輩! 成績証明書まで見せるなんて言ってませんよ! プライバシーの侵害です!」

「おれはおまえの上司だ。おまえの学業成績を知っておく必要がある」


 先輩が別冊を開いてディスプレイに大写しにします。

 学科、実技とも、オールD判定の表示が目の前に浮かびました。

 ご丁寧に、追試を受けたことまで備考欄に記載されています。


 あー、終わった……。

 きっと笑われる……。


 そう思いましたが、先輩は引きつった顔をしながら別冊をそっと閉じてしまいました。


「あっ、その、なんだ……跳躍士。すまなかった。人にはいろいろ事情があるからな。あまり気にするなよ……おまえにもいいところはある」

「わー、な、なんですか、わたしのことを憐れむようなその目は!」


 これなら、罵られた方がまだましです。


 誤解があるといけないので、釈明しておきますが、わたしは決して落ちこぼれなどではありません。わたしが成績不良なのは決して頭が弱いからではなく、限界を見極めるという困難な目標にあえて挑んでいるからです。


 そう、わたしは常に(下の)限界に挑戦しているのです!



      *   *   *



「航法士、そもそもこの船、人が足りなさすぎなんですよ。わたしが副操縦士と機関士を兼務だなんて……長距離跳躍ロングジャンプの失敗だってきっと忙しさが原因ですよ」

「まあ、兼務が好ましくないのは分かるけどなあ……」

「じゃあ、副操縦士を外してください! どうせ操縦桿を握らせてもらえないのですから、意味ないです」

「おまえなー、おれが副操縦士を担当しても意味ないだろう? おれが主操縦士なんだからさ」

「じゃ、じゃあ、機関士を外してください!」

「跳躍士にとって推進システムは協働する相手だろ? やっぱりお前の方が機関士に適任だぞ。こればかりは仕方ない。機関はおまえの友達だ、仲良くしろよ」


 ぐうの音もでないほどの正論をかまされました。

 やはり、兼務は解消できそうにありません。


 ほんとうはあと数人ほしいところなのですが……。

 実際のところクルーの増員は難しいでしょう。

 この会社は、大小複数の宇宙船を所有していますが、どの船もギリギリの人数で運用されています。


 ここ数年、財政難なのです。

 この会社の数少ない魅力の一つである無料の社員食堂も、最近、メニューが減らされました。わたしの大好きなメニューだったのに、許せません。


 まあ、そんな状況だからこそ、この銀河深淵の探索に社運がかかっているのですけど……。


 人類が居住可能な未開拓の惑星を発見できたら……大儲けです。

 星間連盟の協定で、第一発見者がその惑星を開拓する優先権がもらえることになっているのです。

 きっとボーナスも増えますよー。

 だから頑張るのです!



      *   *   *



「なあ、跳躍士ジャンパー

「なんです?」

「あのな、もう少しで座標の演算結果が出そうなんだ。『アッシュ』を呼び出そうと思うんだか……いいだろ?」

「えーイヤですよ。アレ生意気なんです。業務の邪魔です」


 「アッシュ」というのはこの船に最近導入されたばかりの完全自律型AI(人工知能)です。

 先輩がそう名付けました。でもそんな立派な名前いりません。「アレ」とか「コレ」で十分です。


 このAI、最新の理論に基づいて設計されているらしいです。なんでもクルーの性格に合わせて疑似人格を発展させ、最適化することができるというのが売りなのだとか……


 でも、どういうわけか、わたしとはまったく反りが合いません。わたしとアレがたびたび衝突するものですから、出航後しばらくすると、たまりかねた先輩が対人コミュニケーションモードを切ってしまいました。


 「まあ、そういうなよ。いまは非常事態だ。こんなときくらい仲良くしてくれ――」


 先輩はわたしの意見も聞かずにコミュニケーションモードを回復させました。


 人型の3Dホログラムがわたしの隣に浮かび上がります。

 その容姿は整っていて、少年のようにも見えるし、少女のようにも見えます。まあ、わたしには及びませんが、可愛いらしい顔立ちと評価していいんじゃないでしょうか。


 口うるさいのが目を覚まします。


「おはようございます。船長」

「アッシュ、調子はどうだ? 一人ぼっちにさせて悪かったな」

「お気遣いなく。こうして言葉を交わすのも三時間ぶりでしょうか。ワタクシの方は問題ありません」


 このAI、先輩と会話するときだけ、言葉遣いが丁寧です。

 機械学習エンジニアの話では、コレに備わる疑似人格は中性ということでした。見た目も声の調子も確かに中性的です。

 けど、ほんとは女じゃないかって疑っています。

 先輩にはこびを売るくせに、わたしにはとげのある言葉を投げかけ、張り合おうとするのです。


 数時間前のやり取りを思い出して腹が立ちました。


「ちょっと、そこの機械! わたしへの挨拶がないじゃないですか!?」

「ああ、だれかと思えば、ポンコ……跳躍士でしたか。失礼、気が付きませんでした」

「わー、この機械、いまポンコツって言いかけた! 航法士、聞きました? ねっ、聞きましたよね?」


 先輩が苦笑しながらいさめたけれど、このAI、まったく反省する気がありません。


「ポンコツというのがお気に召さなければ、ガラクタというのはどうでしょう?」

「どっちもイヤです。ちゃんと跳躍士ジャンパーと呼んで下さい!」

「なら、それらしくきっちりと仕事をしてください。とんでもないところにジャンプアウトしましたよ」


 どうやら量子コンピュータによる計算が終わり、探索船の現在位置が特定できたようです。


 先輩が身を乗り出しました。


「どこだ?」

「現在位置は……『銀河北極近傍』。八十五パーセント以上の確度をもって特定されました」


 えっ? 北極? わたしは思わず耳を疑いました。

 でも、航法士にもそう聞こえたようです。聞き間違いではありません。


「な、なんだと? おれたちは赤道上を目指していたんだぞ? なんでそんなところに……」

「ジャンプドライブ中の記録を解析したところ、推進ベクトルが予定針路から大幅にずれていることが分かりました。許容値を大きく越えるズレです」


 あー、やっぱりわたしのせいか……

 これはさすがに言い逃れできそうにありません。


 先輩があきれ顔でわたしを見つめます。


「おまえなー、どうしてそんな器用なことができるんだ?」

「す、すみません……」

「さすがポンコツです」

「あー、この機械、また、ポンコツって言ったー! 航法士、わたしの方が先任ですよ! 船内の規律が乱れます。ちゃんと叱ってください!」

「ん、うん、アッシュ、気持ちは分かるがほどほどにな……」

「はい、失礼しました、船長。ですが、ワタクシの疑似人格は跳躍士とも相性がいいようにつくられているそうですよ。跳躍士はワタクシとのやりとりを楽しんでいるんじゃないでしょうか?」

「そんなはずあるわけないじゃないですか! あなたが起動するとわたしはストレスでいっぱいですよ!」


 このAI、ほんとに生意気です。エリートであるわたしに対してほんの少しの敬意も持ち合わせていません。いつか仕返ししてやるのです。



      *   *   *



「船長。良い知らせと悪い知らせがあります」

「そ、そうか、悪い知らせはあんまり聞きたくないな。後回しにしよう」

「では、良い知らせから。本船の光学探査鏡が現針路の右十度の方向、距離一千のところに未発見の恒星系を捉えました。複数の惑星を含み、うち一つは大気と水が存在する可能性が極めて高いです」

「そうか、よく見つけてくれた! えらいぞ」

「お褒めにあずかり光栄です。観測用の探査プローブを射出します」


 やりました! これで我が社にも運が向いてきました。

 こんな見当外れのところにジャンプアウトしてしまい、どうなることやらと思いましたが、怪我の功名ってやつです。

 さすがはわたし、できる女です。


「で、アッシュ、悪い方の知らせというのは?」

「はい、このままの針路ですと、あと数日で天の川銀河から離脱してしまいます」

「そうか、それはまずいな。減速反転できそうか?」

「不可能ではありませんが、推進剤をなるべく温存したいです。残り四分の一を切りました」

「うそだろ? このあたりならまだ、推進剤に転用可能な星間物質は豊富なはずだ。集まってないのか?」

「本船左翼側の星間物質捕集膜が展開不十分です」

「そんなはずは……どこにもエラーなど出ていないけどな……」

「エラー検出回路が故障しています。自己点検機能も生きていません。別のセンサを経由して確認したのでまちがいありません」

「おい、跳躍士?」


 あ、まずいです。出航前の各部点検はわたしの担当でした。


「お、おかしいですね。一通りチェックしたんですけどねー、あはは」

「船長、ご報告いたします。監視モニタの映像記録によると、跳躍士は出航前点検マニュアル第二項の前段をすべてすっとばしています」

「あーこの性悪女、チクりましたね!」

「チクるとかいうな。おまえは小学生か!」

「ふっ、自白しましたね。さきほどの報告は一部推測が含まれていました。監視系は独立しているのでワタクシの管理下にありません。かまをかけてみたのですが……やっぱり点検をさぼっていたのですね。ポンコツの上に怠け者とは……まったくどうしようもないですね……」

「あー、騙したな、騙したな! よくも騙してくれたな。機械のくせに小賢こざかしいですね!」


 わたしがわめいていると、隣からゴツンとゲンコツが飛んできました。

 航法士、腕が長いです。

 結構離れているのですが、まさか届くとは思わなかったです。

 今度から頭上も警戒しましょう。


「どうみてもおまえが悪い。少し反省しろ!」


 そのあと、航法士にたっぷり怒られました。

 AIがクスクスと笑っています。

 なんて底意地が悪いんでしょう。会社に戻ったら、別のAIに乗せ換えてもらいましょう。


 航法士が思案顔でしたが、どうやら方針を決めたようです。


「しかたないな……少々リスクがあるが、手近な恒星の重力を利用してスイングバイしよう。針路の反転に成功したら、すぐさま時空間跳躍航法ジャンプドライブだ。いいな、跳躍士!」

「はい、任せて下さい! わたしは本番に強いのです」

「バカヤロー! さっきのだって本番だったんだよ!」

「で、では、次こそは本番中の本番です!」



      *   *   *  



 はあはあ……ぜいぜい……。

 頭が割れるように痛いです。


 スイングバイには成功しました。船の頭は、無事、銀河中心に向いています。

 でも、その後、二回続けて長距離跳躍ロングジャンプに失敗しました。

 いずれも跳躍距離がまったく伸びません。


 いまはちょうど三回目のジャンプを終えて、通常の空間に飛び出したところです。


 船体が悲鳴をあげ、嫌な感じの減速Gが続きます。だけど、それも少しの間だけ。船体の振動はすぐに収まり、推進システムの軽い駆動音だけが操縦室に伝わります。

 

 さて、ここは……


「アッシュ! 現在位置は?」

「さきほどとあまり変わりません。十光年分ほど進んだだけです」


 あぁ……無情な結果を聞いてわたしは愕然としました。


「航法士、も、もう、念動力サイコキネシスが限界です……」

「おい、しっかりしろ、がんばれ!」

「お、おかしいのです。どうしても適正な軌道に乗りません……」

「落ち着け、跳躍士! せっかく水のある惑星を見つけたんだ。絶対にこの成果を持ち帰るぞ。帰ったらきっとボーナスがでる。おまえの好きなメニューも復活するかもしれないぞ! だから頑張るんだ!」


 先輩の話では、会社の経営状態は思ったよりも悪いらしく、今年中に新航路を開拓できなかったなら、倒産するかもしれないそうです。

 そうなったら、先輩もわたしもお払い箱です。


 同期たちが迎えられた軍や大企業とは比べものにならないけれど、せっかく入れた会社です。居場所を失いたくありません。だから、なんとしてでも帰還するのです。


 荒い息づかいのわたしに珍しくAIが話しかけてきました。


「跳躍士、推進剤が残り少なくなりました。おそらく次が最後のジャンプです。あなたを褒めるのは業腹ごうはらなのですが、念動力サイコキネシスの大きさだけを見れば、あなたは一流です。だから落ち着いて真直ぐ進むことだけを考えて下さい。ワタクシもできるだけ支援しますから」

「はは、アッシュが励ましてくれるなんて珍しいこともあるものですね。宇宙嵐でも来るんですかね。でも、ありがとう」

「か、勘違いしないでください。こんな暗黒空間であなたと心中するのは御免こうむりたいだけです」

「わ、わかっていますよ」



      *   *   *



 数時間後、休んだら元気が出てきたので、気をとりなおして再挑戦です! 

 先輩が隠し持っていたとっておきのチョコレートバーも頂きました。マインド好調です。

 

 これが最後のチャンス。


 わたしは仕事のできる女。

 今度こそは、冴えわたる勘でこの窮地きゅうちを切り抜けて見せます。

 絶対、帰りますよー。社員食堂の焼肉定食を復活させるのです。


 航法士が力強い声をあげます。


「みんな、いいか、もう一度いくぞ!」

「「はい!」」


「アッシュ、各部再点検」

「了解、船長。船体破損なし。船体電磁シールド、規定値まで強化完了。推進システム異常なし、航法システム問題なし。船内各部異常なし。システムオールグリーン!」

「よし、通常加速開始だ」


 推進システムがうなりをあげ、身体が浮き上がるような感覚がありました。

 船体が加速し続けます。


「船長、推進システム、まもなく臨界。本船は最大速力に到達します」

「わかった。では、跳躍士、頼んだぞ」

「はい!」


 深呼吸をひとつ。


「いきますよー! ジャンプ!!」


 遠くまでとどけ――



 体感時間にして数秒後、「ジャンプアウト」を告げるアッシュの声が聞こえると、出鱈目だった光の振舞いが落ち着いてきました。周囲に溶け込んでいた計器類の輪郭がはっきりとしていきます。


 ん? でも、あれ? 前窓の向こう側は真っ暗ですね……


「ピィーピィーピィー」


 はっ? えっ? なに、この警報音……


「お、おい、跳躍士ジャンパー! ここどこだー!? 」


 ひぃっ……ご、ごめんなさい。失敗!



 


 新人跳躍士ジャンパーアスティアの初挑戦のお話はここまで。

 その後、彼女が大失敗したり大活躍したりする物語はまた別の機会に――






~おしまい~

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