目覚めたら○○○○○!?
おれが目覚めたとき、青空には魚が泳いでいた。
「って嘘だろ」
がばっと体を起こすと頭をぶつけた。痛い。
そろりと手を伸ばすと、丸っこい球体が指先にあたった。改めて見上げると透明な球体に包まれている。星華がおれに投げてよこした泡だ。
おれ、どうしたんだっけ。
あぁそうだ、おれはこの泡に包まれ、昂介が起こした風で飛ばされて――。
ここはどこだろう。
周囲を見渡すと、複雑に生い茂った木々の枝が見えた。すぐ近くに鳥の巣なんかがあって、おれはどうやら泡ごと木に突っ込んだみたいだ。
だけど枝の前をおおきな魚が横切っていった。そう、ここは海の中の森なのだ。
おれの周りに集まってくる魚たちはみな巨大で、おれなんか一飲みにされそうだ。
海に呑まれた木々の隙間から覗く光は眩しく、とっくに夜は明けている。
二人はどうしただろう。
鱗をまとった星華と羽毛に覆われた昂介。ふたりの異様な姿を思い出すとゾッとした。
なんでふたりはあんな姿になってしまったんだろう。
――彼らには殺し合いをしてもらいます。
クレディヌ様の言葉を思い出す。そのためにおれたちを呼んだとも言っていた。
(でも、なんのために?)
「アシペンサーの魚群だ、逃げろッッ」
とてつもない叫び声に驚いて、おれの泡をつついていた魚たちが一斉に飛び立った。
「なんだ」
足元の下へと視線を向けると踏み固められた地面を馬に乗った人間たちが走り抜けていった。
え、地面? と一瞬混乱する。
そう。地面だ。地面から数メートル上空に水平線があって、太陽光を遮るように巨大な海が横たわっている。地上と海が逆転しているのだ。
うねりを起こしてピストルのように海の中を横切る黒い群れ。黒々とした鱗をもつ鮫だ。それは逃げまどう人間たちを狙って地平線と並行した水平線から跳躍する。
ふつうであれば波間から上に向かって跳躍するはずが、下に向かってダイブしているのだ。
「ぎゃあっ」
「ひぃっ」
飛び出した鮫は馬上の人間たちに次々と食らいつく。あるものは頭から、あるものは胴体を挟まれて上空――海へと引きずり込まれる。海の中はたちまち紅く濁った。獲物に群がる魚たちの起こす水流によっておれの泡は下方へと押し出される。
「わたしが魔物を引きつける。他の者たちは退避せよッ」
泡に顔をこすりつけて目を凝らすと、木々の下の獣道を一台の馬車が駆けてくる。手綱を握っているのは少女だ。ひときわおおきな鮫が波間を跳躍しながら迫ってくる。木々をなぎ倒して木の葉をまき散らしながら一心に馬車を追って。
起伏のはげしい地面に荷台が跳ね上げられ、立ち往生する。
(まずいんじゃないか)
おれがチートの勇者ならこういう場面で華麗に参じて一撃必殺。「なんて素敵な人なの」と一目惚れされ、晴れて第一夫人に……なんだけど。
「いやマジ、怖い」
悲しいかな。おれはチートじゃないただの中三で、実はビビりだ。
あの巨大鮫の前に飛び出すことは、トラックの前に飛び出すのとイコールだ。
ごめん、痛いのは嫌です。
ごめん、なんとか逃げてください。
そのとき。すぐ間近でミシ、と嫌な音がした。
「……まさか、だよな」
おそるおそる確認する。鮫ほどじゃないけどそれでも巨大な魚がおれの泡を食らおうと口をパクパクさせている。
(だめだー、それ割っちゃだめだ―)
おれの願いもむなしく、魚の歯が泡に食い込んだ。
一瞬たわんだあと、パンとはじける。おれはその反動で弾き飛ばされ、回転しながら地面のほうへ真っ逆さま。あろうことか馬の荷台へ落下した。思ったほど衝撃はなかった。
上空の海で獲物を狙う巨大鮫とばっちり目が合った。
悲しいことに、ターゲティングされたのが本能的にわかってしまった。
巨大鮫が海面を突き破って突進してくる。
(もうダメだ)
おれはこのまま食べられるんだ。そう覚悟した。
――必ずあたしたちを助けてね、勇者さん。
星華の声がよみがえった。
あぁそうだ。おれ、まだだ。まだ、死ねない。
体の奥がカッと熱くなった。
強く、熱く、燃えた。
「グォオオオッッ」
悲鳴とも雄叫びとも言えない声を上げ、いままさにおれを丸のみにしようとしていた巨大鮫が仰け反った。
その体を巨大な炎に焼かれてのたうち回っている。
一瞬意識が飛んでいたおれは、目の前の光景に呆然とした。
巨大鮫は地面の上をビチビチと跳ねまわって苦しんでいたけど炎は消える気配がない。ひときわ高く体をそらしたあと、糸が切れたように傾いでズシンと横たわった。それでも炎は執拗に絡みつき、すっかり焼き鮫になるまで火の手を緩めなかった。
上空の海の中で様子を窺っていた仲間たちは、ボス級の巨大鮫の悲劇に恐れをなしたように退いていく。
「あれ……もしかして、勝った?」
巨大鮫という嵐が去り、静かになった森の中で、おれは自分の勝利を自覚する。
と同時に死の淵から生還した喜びが湧き上がってくる。
「っしゃー、勝った、生きてたぜ、やった」
万歳したけど思ったよりも手が短い。
よし、次は。
「お嬢さん、ケガはなかったかい?」
と凛々しく問いかけると一目惚れ――されるはずが、振り返ったおれの目の高さには巨大な壁がそそり立っていた。
いや、壁にしては肌っぽい質感というか。毛穴まであるし。
――ちょっと待て。
壁を辿るようにずーっと顎を上げてみると、はるか遠方に、先ほど海の中から見ていた少女の顔が見えた。
複雑に編みこんだ金色の髪に澄んだ青い瞳。黒を基調とした凛々しい礼服に覆われた体はとても華奢だ。胸はそこそこあるけど、まだ成熟していない。不審者を見るような険しい顔立ちを除けば、かなりの美少女だと思うんだけど。
とにかく、でかい。東京タワーくらいでかい。
「魔物――……」
少女が唇を震わせる。
「魔物? ちがうぞ、おれはれっきとした人間で」
自己紹介の途中で少女は鞘に手を駆けた。現れたのは剣ではなく槌……ハンマーだ。それをおれに振り下ろす。
潰されて圧死するのは嫌だ。
間一髪で避けたのも束の間、少女はモグラたたきのように次々とハンマーをふるってくる。
「ちょっと待てこら、危ないだろ」
「人語を介するなんて。世界はそこまで穢れてしまったの?」
嘆きつつもモグラたたきは継続。突きつけられた刃物が彼女の警戒心をそのまま表しているようで、とにかく怖い。地面のえぐり具合から見て手加減なしだもん。
えぐられた地面に足をとられて身動き取れなくなった。まずい、追いつめられた。
そこへ容赦のないハンマーが迫る。
無我夢中で体を丸くした。そこへ衝撃が……こない。
くるりと小さくなった体からちょこっと覗いてみると、少女は顔面蒼白になって尻餅をついていた。
一体どうしたんだろう。
傍に転がっていたハンマーの鏡面に奇妙な生き物が映っている。
近づいて覗きこむ。
薄い毛で覆われた全身につぶらな瞳、ピンク色の鼻、唇のない口。
「なんだ、ハリネズミか」
と自分の頭を叩いたとき、手のひらに痛みが走った。
信じられない思いで手を見ると針が刺さっている。それを引っこ抜き、今度は逆の手で頭をナデナデしてみた。痛い。針山だ。
まさかと思ってハンマーの鏡面を見ると、自分で自分の針を撫でる間抜けなハリネズミの姿が映っていた。
「…………おれハリネズミーーーーッッッ」
異世界転移二日目。どうやらハリネズミになったようです。
しかもさ、よく考えると全裸だよ。恥ずかしーッ。