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ほんとは怖い異世界転移  作者: なかかな子
序章 異世界は最高!だと思っていた
5/10

別れの夜 決意の夜

『開放』


 サミアの声が聞こえたと思ったら、二人の衝突でひしゃげていた扉が淡い光に包まれて一瞬ではじけ飛んだ。

 遮るもののなくなった空間から悠々と現れたのはサミアと、クレディヌ様。


(助かった)


 おれは心底安堵した。二人なら、星華と昂介を止めてくれると思ったのだ。


「た、すけ」


 なんとか声を振り絞った。

 しかし家具に視界をふさがれているせいで、サミアたちはおれに気づかない。

 昂介の肩に噛みつく星華と、悶絶する昂介を訝しげに眺めている。


「なんですか、この醜態は? これではまるで育ちの悪い獣……神獣としての気品が微塵もない」


 眉根を寄せ不機嫌そうなクレディヌ様。サミアはしょんぼりと頭を下げた。


「祭壇を通じて供給された祈りの力があまりに強く、一時的に暴走しているのだと思います。レヴィアタンとジズは信仰の対象ですから」

「やはり今回の終末戦争もどちらかの勝利になるのでしょうね」


 反転攻勢をかけ、体当たりを仕掛ける昂介。たまらず星華が弾き飛ばされて壁にめりこんだ。

 舞い上がった粉塵の中、サミアとクレディヌ様は淡い光に包まれて平然としている。


「ち、くしょう」


 このままじゃ二人は傷つく一方だ。

 おれは唯一動く手を伸ばし、裏返しになったベッドの足を掴んだ。


「こ、んの」


 せーの、で腕と太股に力を込め、遮二無二立ち上がる。

 破片が刺さったままの太股がじわっと熱くなって鮮血を噴いた。

 体中が痛い。頭がくらくらする。

 それでも。

 立ち上がった。

 そして、叫んだ。


「たのむ、助けてくれ。二人を、助けてくれ――ッ」


 声は届き、ハッとしたようにサミアがこちらを見た。

 嬉しくて手を振りたい気持ちだったが、もう限界だ。


「オキトさん、生きていたんですね」


 サミアが光の幕を展開しながらクレディヌ様を先導し、すぐ手が届くところまでやってきた。


(……あぁこれで、二人を助けられる)


 そう思ったら力が抜けてへたりこんでしまった。もう一度立ち上がる気力はない。

 血という血が抜けて心臓の音も弱くなったし、意識も朦朧としてきた。


 でも、これで二人が助かるんなら……。


「まだ生きていたのね。信仰の浅いあなたはとっくに死んでいると思ったけれど」


 凍てついた声はクレディヌ様の桃色の唇から発されていた。

 

 ――なにかが、おかしい。

 そう感じた。

 

 どうしてクレディヌ様たちは、こんな状態になった星華と昂介を冷静に見ていられる?

 どうしてなにもしない? おれの姿を見ても動揺した様子もないのはどうしてだ?

 まるで最初から、こうなることを知っていたかのように――。


「……助けて、くれ、ない、のか」


 一縷の望みをかけて、尋ねた。

 クレディヌ様ではなく、サミアに。

 同じ世界の血を引く彼女になら、わかるはずだと思った。


 だけど。


「ごめんなさい、オキトさん」


 申し訳なさそうに返ってきた言葉は、疑念を確信に変えるには十分だった。


 異世界への転移、はかったような盛大な歓迎、友好の証……たぶん全部、計画されていた。おれたちは異世界ここへ引きずり込まれたのだ。


 ――だけどなんのために?


 悄然としているサミアの視線を受けたクレディヌ様は腰をかがめ、穏やかな眼差しでおれを見た。


「敗戦する神に教えましょう。彼らには殺し合いをしてもらいます」

「なんで、だよ」

「そのために召喚んだからです。神々による殺し合いによって世界は浄化される。あなたもその一柱でしたが、残念ながら信仰心が力となる神にあってあなたの力はゼロに等しい。しるしを剥がし、このまま退席していただきましょう」


 貧血で動けないおれの頬に片手を添え、顔を近づけてくるクレディヌ様。

 視界の端では、もう片手に握りしめた短剣がギラリと光っている。


「安心しなさい。あの二人のうちのどちらかも、いずれ後を追うのですから。黄泉国ヘルで再会できるでしょう」


 それはつまり、おれとあの二人のどちらかが死ぬということだ。

 クレディヌ様のキレイな顔が、人形のように恐ろしく見えた。


 そのとき。


「きゃあッ」


 悲鳴を上げたサミアが弾き飛ばされる。鱗をもつ大蛇が尻尾を揺らしていた。


『あたしの……オキトに触るんじゃない……』


 星華だ。


『ぼくだってオキトくんを守りたい』


 クレディヌ様には巨大な翼鳥が体当たりする。昂介だ。すかさず避けたクレディヌ様だったけど、昂介はそのまま突進して壁に体当たりする。ひび割れた壁には人ひとり通れそうな穴が空いた。


『行くんだ、オキトくん』


「だけど、昂介」


『あんた幼なじみでしょう。だったらいまは逃げ延びて、勇者みたいに格好良くあたしたちを助けてよ。そしたら褒めてあげるから』


「星華」


 なんでひとりで逃げなくちゃいけないんだ。

 おれは、ふたりと。


『鎮静』


 サミアが叩きつけた杖から光があふれた。

 星華と昂介の体が大きく跳ねる。


「星華、昂介ッ」


『……いいか、らさっさと行きなさい』


 星華の尻尾が跳ねて、おおきな泡が飛んできた。おれを包み込み、宙に浮かせる。


『往生際が悪いよオキトくん』


 昂介が翼を翻す。すさまじい突風が起きて泡に包まれたおれを外へと弾き飛ばした。


『拘束』


 サミアの杖から眩い光が放たれる。


 ――約束だよ。

 ――必ずあたしたちを助けてね、勇者さん。


 一瞬、二人の声が聞こえた気がしたけど、おれを包んだ泡ははるか彼方まで押し出され、気がついたときには屋敷全体から放たれる光を朝日みたいに眺めるしかなかった。


 ――待ってろよ。絶対に、絶対に助けるからな。絶対に、三人で元の世界に戻るんだ。


 全身の血が燃え盛るように、体中が熱かった。

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