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ほんとは怖い異世界転移  作者: なかかな子
序章 異世界は最高!だと思っていた
2/10

(回想)神様と呼ばれて

 ――異世界は素晴らしいところだって、だれが言った?


 人間がいなかったら、言葉が通じなかったら、トイレがなかったら、地面がなかったら、そもそも空気がなかったら。考えるだけで怖いじゃないか。

 おれは行きたくないぞ。安心安全快適な布団の中が一番だ。

 異世界なんて、絶対に――。


「いやぁ、異世界は最高だな」


 前言撤回。おれは浮かれていた。

 目の前のテーブルにずらりと並ぶ皿には、肉汁ほとばしる巨大な肉の塊、温かなスープ、カラフルな菓子が揃っている。最初はためらったけど口に運ぶとどれもこれも味が濃くて最高に美味い。いままでこんなに食べたことない。


「オキト、あんまりがっつかないで。異世界人は品がないって思われるでしょう」


 パンケーキのようなふわふわの菓子を切り分けながら、右隣の星華がうるさく言ってくる。


「んー、甘くておいしいー」


 男勝りの短い髪をしおらしく耳にかけ、おとしやかに口に運ぶ。

 上品を気取っているけど、ふだんは手づかみが基本だ。


「すごいよこの厚切りのステーキ。ぼく初めて見た」


 おれの左隣では昂介が眼鏡をくもらせながらステーキを頬張っている。

 おれたちは保育園から付き合いのある幼なじみだ。


「でもまさか中三の登山中に遭難して異世界にたどり着くとは思わなかったな」

「オキトが悪いのよ。水の音がするってあちこち進むから。お陰で日が沈んで暗くなっちゃったじゃない」

「おまえは風の音が怖いって泣いてたじゃねぇか。おかーさーんって」

「泣いてない」


 いつものように口論になるおれと星華の間に、心得たように昂介が割り込む。


「まぁまぁ、滑落したときはどうなるかと思ったけど、こうして親切な異世界に来られてよかったよね」


 最初に崖から足を踏み外したのはおれだ。前後にいたふたりはおれを助けるように手を伸ばし、そのまま一緒に闇に呑まれた。

 気がついたら、大きな屋敷の庭に三人そろって転がっていたのだ。


 いまおれたちがいるのは、ふわふわの床と文字と画が一緒になったような模様の壁面がどこまでも続く広間だった。体育館とまではいかなくても、視聴覚室くらいの広さはあるだろう。

 天井には色鮮やかな海図が拡がっている。


(ここは本当に異世界なんだな)


 おれたちを見つけた人も、風呂へ入れてくれた人たちとも会話できなかった。日本語でも英語でもない、口笛を鳴らすような奇妙な言葉を話す。だけど言葉が通じないなりに、だれもが好意的な笑顔を浮かべて親切にしてくれた。

 貼り付けたような笑顔を最初は警戒していたおれたちだけど、ある人物の登場でおれたちが「歓迎」されているのだと確信したのだ。

 その人物とは。


「皆さま、ご満足いただけましたか?」


 扉を開け、満面の笑顔とともに現れたのは青い髪の少女だ。


「あ、サミアちゃん。どこ行っていたの」


 ほっとしたように笑顔を浮かべ、星華が少女を手招きした。


「サミアも食べろよ。この肉うまいぞ」

「ありがとうございます。ですが神職はお肉を食べられないんです」


 頭におおきなリボン、薄手のケープをまとった「神官」だというこの少女が、おれたちを助けてくれた。日本語を現地の言葉で訳してくれたので、異世界から来たこと、敵ではないことを理解してもらえた。


「私の曾祖父はあなたがたと同じ世界の住人でしたが、航海中にこの世界アースフィアに飛ばされてきたのです。祖国の言葉を忘れたくないという想いから、わがイルク家は代々ニホンゴを継承しているのです。まさかこうしてニホンゴを使う日がくるとは夢にも思いませんでした」


 興奮ぎみのサミアは、たしかに流暢な日本語を使いこなしている。

 言葉が通じない中で、彼女の存在だけが頼りだ。


「曾祖父の日記によると、この世界は衣食住や基本的な生活習慣、姿かたちや他者との交流方法が元の世界と似通っており、親和性が高いとのことでした。ですのでお三方も気兼ねなく過ごせると思いますよ」


 たしかにせっかく転移した先に宇宙人や微生物みたいな生き物しかいなかったらイヤだな。

 やっぱり衣食住が揃っていてちゃんとした美女がいるほうがいい。

 その点からするとこの異世界は及第点だ。

 なぜ「及第点」なのかというと、異世界転移の常識、チート能力を授けてくれるはずの女神さまがまだ現れていないからだ。無敵の力を得てモンスターとかどんどん倒して、そしてハーレムになることこそが異世界転移の醍醐味というものだ。


 きっともうすぐ担当の女神さまって人が現れて、おれたちに無敵のチート能力をプレゼントしてくれるんだ。その力で凶悪な魔物をバッタバタと倒して感謝され、功績がたたえられて一国の王様とか貴族とかになって、ハーレムに囲まれて幸せに暮らすんだ。

 さぁ来い、女神。


「ねぇサミアちゃん、おじい様は元の世界には帰れたの?」


 声をひそめたのは星華だ。


「この世界の人たちみんな親切だけど、やっぱり元の世界の家族のことが心配なの。冬には高校受験もあるし、せめて夏休みが終わるまでには帰りたいわ」


 心配そうに眉根を寄せる星華は、異世界転移を短期留学くらいにしか考えていないらしい。

 つまらない奴だなぁ。


「ぼくも妹たちが淋しがるかもしれない」


 昂介、おまえもか。

 どいつもこいつも異世界の良さがわかっていないな。

 異世界というアミューズメントパークを徹底的にエンジョイしなくてどうするんだ。


「どうぞご安心ください。ニホンへ帰還する方法はすでに判明しております。また任意の時間と場所に魔法陣を開くことができますので、こちらの世界でどれだけ長く過ごしたとしても五分と変わらない場所にお戻しすることが可能です」


 ということは何十年滞在してもオッケーってことか。思う存分遊びつくせるじゃないか。


「長引く戦争に嫌気が差していた曾祖父は、元の世界へ戻ることなくこの地で寿命を終えたと聞きます。妻は十人。子どもは五十人を超える大家族でした」


 妻は十人、と聞いて思わず立ち上がってしまった。


「え、この世界ってそんなに奥さん持てるのか?」

「はい。女性に対して男性の比率が少ないため、重婚推奨となっております」

「よっしゃ」


 机をたたいて立ち上がった。サミアの堅苦しい口調はゲームのチュートリアルみたいだけど、ともかくハーレムは可能なんだ。やったぜ。

 そんなおれの手の甲に、フォークがぐさり。


「いてぇな、なにすんだよ星華」

「さぁ、なんのことかしら」


 素知らぬふりをして、人を刺したフォークでサラダを口に運ぶ。


「星華ちゃん、お行儀が悪いよ」


 いつものように昂介がたしなめる。

 異世界へ場所を移しても、当然ながらおれたちの関係は変わりそうにない。

 おれたちのやりとりを微笑ましく眺めていたサミアがひときわ声を張り上げた。


「異世界からいらした皆さまは、この世界にとっての『神』なのです」


 神様。その言葉におれたちは動きを止めた。


「そんな……神様なんて言われても、ただの中学生だし」

「いいえ。あなたも立派な神の一柱ですよ、星華さま」


 弱気な星華をサミアが奮起させる。


「でも、見たところぼくたちの姿かたちや身体能力が変化している様子もないし」

「転移直後で体が馴染んでいないだけです。時間を経れば比較ならないほどの力を手にすることができますよ、昂介さま」


 心配そうな昂介をサミアが勇気づける。


「神ってことはチートハーレム確定ってことだな」

「ちーと……なんですかそれは」

「最強の力でモテモテになるってことだよ。サミアのおじいさんみたいに」


 サミアの返事を聞く前に星華が耳打ちしてくる。


「それは無理でしょう。自分の顔、一度でいいから鏡で見てみなさいよ」

「おれはサミアに聞いているんだよ」

「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて」


 またいつものパターンに陥ってしまう。


「とても仲がよろしいんですね」


 サミアは困惑するでも迷惑がるでもなくおれたちを見つめている。


「仲が良いのは素晴らしいこと。ですがお忘れなきよう。皆さまは神。その言葉には一国の王ですら逆らうことができません。いろいろとご不安はあると思いますが、どうぞ存分にお力を発揮してください」


 侍女たちとともに深く頭を下げられる。

 どことなく異様な空気にこっちが困惑した。


「そりゃあ、なにかできることがあるならするけど」


 神であるからには、なにかしなければいけないのだろう。

 だけど、なにを。


「H;W@E1Xjt@6W@Jdw@R」


 給仕してくれていた女性がサミアに話しかける。ほんの一瞬、サミアの表情が曇った。


「この屋敷の主さまがお見えです。とても身分の高いお方で、めったなことでは姿をお見せにならないんですよ」


 木彫りの巨大な扉が開く。その向こうから何人かの侍女を引き連れて現れたのはひとりの女性だった。

 その姿を見た瞬間、雷にでも遭ったように体がしびれた。

 まつ毛の長い物憂げな眼差しに、コバルトブルーの瞳。足元まで伸びる銀の髪は糸のように細いし、ほっそりとした体つきがよくわかる衣裳は眼福。こんな美人は初めて見た。


 もしかして彼女が女神さまか?

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