最初の夜 最期の夜
まさか異世界に来た最初の夜に、
『どうしてこんなことになったんだろう』
って後悔するとは思わなかった。
おれは壁にもたれかかり、ガラス片が深々と刺さった太ももを眺めていた。新品のズボンは自分の血で真っ赤に染まり、水分を含んで重たい。
あぁこりゃあ中までびっちょだな。あーぁ。
動かせなくなった左腕はだらりと床に下がったままで、なんとか動く右腕も脇腹から流れる血を抑えるのが精いっぱいだ。
よくこんなにあちこちから血が出るもんだ。人間の九割は水分って本当だったんだな。
そんな、どうでもいいと分かっていることを考えてしまうのは、肝心なことが分からないからだ。
どうしてこんなことになったんだろう。
おれたちは今日、異世界に転移してきた。
中学の最後の思い出にと登った山の中で迷子になり、足を滑らせて崖下へ落ちた直後、とある屋敷の庭で目を覚ましたのだ。
屋敷の人たちは快く迎え入れてくれた。あたたかな湯で泥を落とし、新品の服を用意してくれた。
ここが異世界アースフィアだと知ったのは夕食の席。
お腹いっぱいになったので、詳しい話は明日聞くことにしてベッドに潜り込んだ。
明日からはじまる異世界生活を満喫する英気を養うために。
……どうしてこんなことになったんだろう。
あいつ――あの女のせいだ。
あんなことをしたからだ。
「ウァああアア」
悲鳴とも絶叫ともつかない雄叫びを上げ、暗闇の中で『そいつ』が体を揺らした。
体を低くし、鎌首をもたげる蛇のように頭部を激しく上下させる。乱れる黒髪が何度も顔を覆う。
「ぎィイイいイ」
歯ぎしりするような甲高い声で鳴いて、暗闇の中で『あいつ』が立ち上がった。
首をのけぞらせ、敵を威嚇する雄鶏のように腕を広げる。極限まで見開かれた目は壊れたオモチャのように眼窩を廻る。
分からない。
滑落して、転移して、食事をもらって、眠りに就いただけじゃないか。
悪いことをしたわけじゃない。
だれかを傷つけたわけじゃない。
これまでずっと一緒で、これからも一緒に過ごしていくって、そう願っただけだろう。
おれたちは。
「もうやめてくれよ……星華……昂介……」
幼なじみを呼ぶ声は届かず、ふたりは再び床板を踏みしめて跳躍した。
そして何度目かになる殺し合いがまた始まってしまった。