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きっと後輩は無自覚に先輩の俺を誘っている。

作者: れをん。

「センパーイ!! 遅いですよぉ~」


 真夏の日照りがガンガンで雲が一切ないこの清々しいほど真っ青な空の下、透き通った水色の海が日照りを受けながらギラギラとこちらにスポットを当てるよう。見渡す限り水着な男性、女性……カップルや家族連れが目に入りこむ。男からすれば天国のような場所。しかし違うのだ。今日はデートのようでデートでは決して認めたくない……彼女も認めていないだろう日、一般には快楽の時間だろうが俺にとってはいつも通りの時間を過ごす日。

 後輩が先輩の俺に海水浴に誘って二人っきりで来る。このことはすごく羨ましく妬ましいことなのだろう。それに後輩は胸も豊でスタイルだって良いほうだ。水色でフリルの付いた水着はかなり似合っている。こんな女の子と一緒にいるなんて天国だ……。という嫉妬心を俺に向けないでくれ。俺は決して疚しいことなど考えちゃいない。それにはいろいろと経緯がある。実際二人っきりではないしな。

あれは確か……俺が進級し一つ下の奴らが入学してくる入学式だっけか――。



「進級……二年生かぁ~なんか無だな」

「どうしたんだよ、丘達」


 俺の名前は【丘達 小鹿野】でこの一緒に登校しているのは同級生で中学から一緒だった【竜宮 多鶴】だ。


「ほら、新入生の時は学校慣れするために頑張るじゃん? 三年は進路に向けて頑張るじゃん? 二年生は? ってことよ」

「あぁ~……修学旅行とか、青春とか?」

「修学旅行も青春にはいるんじゃね?」

「確かにそう言われるとそうかも。じゃぁなんだろうな。“青春”を最も謳歌できる時期ってのだったらどうだ?」


 そんな決め顔をしたながこっちを見るな。そもそも俺みたいな地味系男子はそんな縁はない……悲しいがない。

 周りは恋愛に発展していたり、友達とガヤガヤ盛り上がっていたりで俺とは真逆な人種ばかりだ。そいつらが羨ましいのも一理ある。嫉妬まではいかなくても恨みはある。俺にもイケメンさが欲しいとか――。

 深刻に考えたことが無いから“まぁどうでもいいか”となってしまっている節があるのだが……。

 それでも恋愛に成就したら今より楽しく生活を送れるだろうか。という気持ち悪い妄想をする日々は、俺にまだ生きがいを与えてくれている。


「結局、恋愛は自分自身の穴を埋めるための、いわば自己中心的な思考で成り立たせるモノなんだな」

「それをいうと夢が夢でなくなる気がするんだが!?」

「夢物語も良いところだ。俺は夢なんて見ない……妄想はするけどなッ!」

「ドヤ顔をこっちに向けんな。夢と妄想は大体一緒だろ!」


 正論すぎて返答できず口を瞑るしか出来ない俺に竜宮はガッハガハ腹を抱え笑う。こいつと一緒にいるのは嫌いじゃない。会話が思ってる以上に弾んだり、お互いがいろんな表情を見せたりとこれが青春の一ページというのなら心地よく受け取ろう。

 しかし、最近の若者は友達同士で仲良くしているという行為くらいには“青春”の二文字をつけない。認めないのだ……いやイメージが変わってしまっただけか。“恋愛=青春”というイメージに変わってしまったため、俺のような奴には“非リア”と命名されるのが一般的になってしまった。

 そんないいように解釈されては腹立たしいのも、腹立たしくてもどうにもできないことも、わかっている俺は頷くしかない。


「おいおい、あの子さぁ」

「ん? どした?」


 竜宮の指さし方を見ると、幼げな女の子がキョロキョロと覚束ない行動をとっている。ってかうちの高校の制服まとってるし。


「どうする?」

「もう高校生だ。迷っているくらい平気だろ?」

「まぁそうだ……いや、あれは大丈夫なのか?」


 俺と同じ学年の男子生徒ら四人グループが彼女を囲んだ。ナンパか? それとも部活勧誘か? 後者なら俺は口を挟むべきではない。前者なら……。


「も、もう高校生だしなッ」

「そう……じゃないだろッ。大丈夫なの!? 男四人で一人の女生徒を……あれはやり過ぎなんじゃねぇの? 力を振るえばお前はいとも容易く救えるだろ?」


 俺は中学時代、独学で対技術を取得しようとやっけになって努力していた。自分なりにアレンジやら入ってしまったが取り入れることには成功した。まぁ本家に比べると格差が激しく心が痛む。


「人を道具のように使いやがって」

「俺には真似できないんだから仕方ないだろ。それよりエスカレートしてってんぞ」


 女の子の手首掴み始めた。あれはもう部活勧誘でもないだろッ!

 俺は急いで駆け寄った。


「あのぉ」


 “止めてやれよ!”っていう如何にも喧嘩売ってそうな言葉は使わない。使った奴の大体が返り討ちにされる説に一票。


「おぉ丘達じゃねぇか。見ろよ、この子。入学するらしいぜぇ~」

「それで? 手首は酷すぎんじゃね」

「これはやり過ぎたぁ、ハッハッ!」


 この、これまで何人もの女性を手玉に取ってそうな男子生徒の名前は【凛条 林】だ。他の奴らは知らない。


「で、なぜその子を四人で?」

「たまたま四人いただけだ。それよりこの子を俺のモノにしようと思ったんだがどうだろう、丘達」

「はぁ~……それ他の女生徒にも言ってるの? 結構ダサくね? 自分でわかってない的な、可哀そうな奴なのか?」

「へぇ~喧嘩売ってんのか」

「俺に喧嘩売んの? あの時は喧嘩じゃなかったな。俺が一方的にお前を叩きのめしてたっけか。まぁどうする?」

「クッ……お前、その表情は止めとけ」

「笑顔のどこが悪いんだ? 楽しそうで表に出ただけだろ?」

「お前ら行くぞ」

「妥当な判断だな、凛条」


 彼は舌打ちをしながらも仲間と登校していった。

 彼女の左手首には手の掴まれた後が赤く残っている。かなりの握力で握られたんだろう……怖かったんだろう。彼女は奴らが去っていくと涙を頬に滴らせた。


「ごめんな、早く助けてやればよかった」


 それには応答してくれず、涙を流している。表情を読み取られないよう下を向き髪の毛で隠している。この華奢な肩に手を置いて、少しでも安心してもらいたい……なんてことは俺には出来ない。俺は何もしてないのだから。

 彼女は泣き止んでから俺に問う。


「私は【赤塚 茜】です……セ、先輩のお名前は?」

「あ、えっと……」


 先輩という言葉に何故かグッときてしまった。初めて呼ばれたからだろう。新鮮で心地よいものだ。まぁただそれだけなのだが――。

 俺は緊張してしまい覚束ない発音で名前を教えた。


「赤塚さん、よろしくね」

「こちらこそ。そのぉ、一緒に学校までついていっても大丈夫ですか?」

「道に迷ったんだね。仕方ないよ。ここは複雑になってるから慣れるしかないよ。それより手首痛くないかい?」

「あ、あぁ大丈夫です」

「それは良かった」


 俺は振り返り竜宮と合流しようとしたが、竜宮の姿はない。慌てて携帯を取り出すと一通のメールが来ていた。


 “上手く出来ているかい? 俺は二人の邪魔をしないように先に言ってるから! 怒るんじゃねぇぞ、これは友達からの優しさだ! じゃぁ学校で”


 竜宮からのメールだった……あの裏切者ッ。返信しとくか――。


 “覚えてろ”


 と……これで良し。

 これから学校までどんな話題をあげて会話していこうか。一つ下だから、ジェネレーションギャップはそうそうないはず……しかし俺はテレビなんてそうそう見ない。


「あのぉ先輩」

「ど、どうした?」


 後ろをついてきていた赤塚さんは俺の横まで来ると笑顔を見せる。


「ありがとうございます! 私あのまま男たちのエサにされるところでした」

「それなら良かった、助けれて」

「本当に感謝しています! 私って可愛いじゃないですか? だからたまにあんな人達が絡んでくるんですよね」


 何、アイドルなの? どこの売れっ子さん?


「今回のシチュエーションは初めてだったので、かなり恐怖に怯えてしまいました。あ、先輩もしかしてこのまま私をターゲットにしようとか考えてます? まぁ先輩見た感じ彼女とか居なさそうですし、そう思ってしまうのも仕方ないですが――」

「そんな目で見てないよ」


 こいつあれだなぁ……口を開かしたら自分の事しか話さねぇな。これは……嫌われ者になる奴だ。同性からかなり嫌われる奴だな。俺にはどうでもいい話しなのだがな。


「先輩、電話番号教えてくださいよ」

「なんでだよ。ってか絶対嫌だ。お前に教えるとネットに流されそうで怖いッ」

「そんな奴に見えますか、私。さっきまで“赤塚さん”だったじゃないですか。なんで“お前”呼ばわりに変わっちゃったんですか!」


 まぁ端的に言うとどうでもいいと思ったから。


「そんなどうでもいいことは置いといて、お前ってぶりっ子キャラなの?」

「あ、あぁ……バレちゃいました?」

「誰でも見通せれるぞ。ぶりっ子全開過ぎてひいちゃいそうなレベルなんだが……とにかく気を付けとけよ。嫌われるぞ」

「分かってますよ……じゃぁどうすればいいんですか」

「それを俺に聞くなッ。俺にもわからん……どうすれば浮かなくなるのと同じだ。だから俺は答えることが不可能なんだ」


 浮いてしまった理由。単純に俺が地味な男子だからだろう……ここを克服しさえすれば、きっと……なんて考えてしまえる。だが、もう遅いのだ。失った時間はチャラになんてならないんだから。だから俺は諦め今を受け入れている。臆病者……なのかもしれない。


「決めました」

「何を?」

「私が恋愛出来るまで傍にいてくれますか?」

「ちょ、はっ? どゆこと?」


 恋愛が成就されるまで傍にいろって? その考えに基づいてしまった経緯を知りたいもんだな。


「先輩は私の恋のキューピット役になるんです」

「真面目に断っていいか」

「ダメですよ! だから……その、アドレス聞いてもいいですか」


 なんで上目遣いをここで使うんだ。卑怯な女めッ! こういう奴に男がおちていくんだろ。外面はなんたって可愛いもんな……内面はかなりのクズだがな。


「はいはい、わかったよ。ほら携帯出すから勝手にやってくれ」

「は、はぁ……」


 ポチポチを凄いスピードで打って行っている。学校まであと少しというのに間に合うのだろうか、アドレス交換は。


「終わりましたので返します」

「は、早かったな」

「普通くらいだと思いますが……まぁこれで私の恋愛に手を貸す手はずは済みました! よろしくお願いしますね、先輩」


 なんでウインクしたんだよ……それに自分でやってて少し恥ずかしいからって頬を赤らめんじゃねぇ。こっちが恥ずかしくなってきただろうが。


「はやく自分の教室に行かねぇとグループがもう出来てるかもな」

「わかってますよ!!」


 赤塚は走って廊下を駆けていった。俺は彼女とは別のルートで自分の教室に向かうことに――。



 という出来事を昼休憩中、竜宮に報告をすると腹を抱えて笑いだした。


「笑うところ一切ないだろ」

「その子、面白いな。お前も面白いけどなッ」


 最後の一言が胸に突き刺さる……馬鹿にされているような気がしてならない。


「そんで丘達はどうするんだ? 聞く話しだと恋が成就するよう手を貸すって感じだが」

「そう……なるよなぁ~。そうだよなぁ。逆に俺に手を貸して欲しかったくらいだ」

「結構その女の子に好かれてんじゃないのか?」

「俺が!? いやいやいや、小馬鹿にされてるだろ? 道具にされてるだろ?」

「他の人に対して出ない素だったかもしれないよってこと」

「どうだか、あいつはきっと他人に対し“私、可愛くないですか?”って言うのを見せつけてるだけなんだよ。可愛がって貰いたいだけなんだ」

「愛らしいじゃないか。その行為が」

「それ本気で言ってんの? そうだとしたら、竜宮はぶりっ子系女子が好みってことになるんだが」

「俺だけが思うことでもないんじゃないか? 女の子はそうやって頑張ろうとしているんだぞ。キャラまで作って頑張れるか?」

「俺にはわからんな」

「丘達はそれでいいのかもしれないな」


 知ったように喋りやがって……俺はきっと知りたいのだろう。なぜ赤塚茜があそこまで頑張ろうとするのかを、なぜ俺を任命したのかを……知りたいのだ。

 ただそれだけが頭にこびりついて剥がれずいることに胸くそ悪いと感じている――。



 それから春らしい心地よい空気も暑くなっていき季節はとうとう夏になってきた。昼間は汗が背中を流れくすぐったいほど熱いが、夕方からはガラリと変わり心地よい空気というよりも少し肌寒くなってき始め風邪をひいてしまいそうだ。


「センパ~イ! おはようございます!」


 登校中にルートが同じになるため、一緒に通うようになったのも習慣化されつつある中、赤塚には彼氏が出来ていない……あれから二か月が過ぎてしまうというのに。


「良い人見つかったのか?」

「それ先週も行ってませんでした? もうやめてくださいよぉ~。せかされたら出来るモノも出来ないじゃないですか」

「いや、そうは言うがもう月日が結構経ってるぞ。告白とかされたんじゃねぇの?」

「あ、まぁ……確かに十回くらいですかね」


 十回も!? それなら一人くらいいい奴がいても――。


「全員不合格でしたが」


 そう、ですか……俺のこの立場はいつになったら終われるんだろうか。このまま俺が卒業するまでとか? いやいやいや、無理すぎるッ! 俺が嫌だ。出来れば明日にでも彼氏作ってもらいたいんだが!


「選び過ぎなんじゃねぇの」

「私が悪いみたく言わないでくださいよ。それほかの女生徒にも言われたんですから……クラス一イケメンな男に告白されフルじゃないですか。すると私に対してのことが話題にあがってるんですよ。それがチラホラと聞こえてくるんです……正直、嫌なんですよね」

「それなら早く彼氏作るしかないんじゃねぇの?」

「それが出来れば悩んでいないんですけどね……セ、先輩」

「どうした?」


 赤塚が目を丸くしてどこか一点を見つめている。俺もそこに視点を送る。


「あれが良いのか?」

「あの方をご存知ですか?」

「いや、知らん……」


 いや知っている……同じクラスで学年一イケメンと称えられた【高神 明】という男子生徒。あれは人当りもすごくよくかっこいい。しかし、それを取り巻く女生徒は赤塚茜を認めるだろうか……否だろう。


「あいつにすんのか?」

「ちょっと話し掛けてきます!」


 確かに今は周りに誰もいないフリータイムだ。話しかけるのなら今がベストタイミングである。

 少し離れていても会話が聞こえるってどんだけでかい声出してんだよ、あいつら。朝から喉痛めんぞ。


「あの!」

「え、あ……俺かな?」

「はい、そうです! 彼女いるんですか?」


 直球すぎて吹いてしまった……それに上目遣いやめとけって! とツッコミどころが多いやり取り。どっちが緊張するって決まってるだろうな、この俺だ。


「いないよ」

「作らないんですか? 先輩結構イケメンですよね」

「あ、あぁありがとう」


 高神が苦笑い浮かべてんじゃねぇか。そろそろ引き時だろうに。


「あ、私一年A組の赤塚茜です」

「自己紹介ね、オッケー。俺は二年C組の高神明、よろしくね」

「はい! それより先輩ってどこの部活に所属してるんですか?」

「俺は所属してないよ。茜ちゃんはどこに所属するつもりなの?」


 サラっと名前で呼んじゃってんじゃん。これがイケメンのやり口というのだろうか……俺には真似しようにも、そもそも女子との関わりが無いから無縁なんだけど。


「私も部活しないでしよぉ。汗かいちゃいますし、自分の時間ないじゃないですか」


 お前、それはアピールでいいのか? “私、絶対部活所属しないから放課後とか暇なので誘ったらどうですか?”って解釈していいんだよな!


「俺も同じような感じかな」

「あ、今度放課後空いてたらどこか行きません? 今度と言わず今日でも」

「今日は難しいな、今度な」

「では、連絡先いいですか」

「あ、あぁいいけど」


 高神は恐る恐る携帯を出し登録した。俺もあんな感じだったのか……高神に同情できる俺は優しい人間だと思える瞬間だった。


「これでいいかな」

「はい、ありがとうございます! では連絡しますので返事してくださいね!」


 そうして学校に着くのだった――。


「先輩どうでした?」

「どうといわれても……まぁ成果はあったんじゃねぇの。連絡先聞けたのとかラッキーだったな」

「はい! ではまた放課後に!」


 俺は小さく手を振り階段を上がっていく赤塚の背中を見守った。俺もいつも通り赤塚とは別ルートで教室に向かう際中、後ろから声をかけられた。


「なぁ」


 振り返るとさっき赤塚と連絡先を交換した高神だ。俺は首をコクリと下げ挨拶する。


「君の仕業か?」

「何が?」

「さっきの女生徒だよ。とぼけるとこじゃないだろ」

「お前はそう思ったのか? 人を信じてもいいんじゃないか? あいつはお前に好意があったから連絡先を聞き出したんだ」

「そうか……それならいいんだ。人の気持ちを弄んだんじゃないかって思ってしまった。すまない」

「べ、別にいい。そう思われても仕方ないもんな。それでお前はどうなんだ」

「俺はまだわからない。あの子と関わらないと本心に迫れないからな。すまいな、君と仲良くできたらいいな」

「あんまり適当なこと言われると浮かれてしまいそうになるからやめてくれ。冗談で納めてくれ。虚言なんていらねぇよ」

「君は面白いな」


 馬鹿にしてんのか!? 

 ほぼ初対面だぞ。そんな奴に“君は面白いな”って半分以上の確率でバカにしてんじゃねぇか。


「それはどうも」

「えっと……君は確か竜宮君だったか」

「それは俺じゃない。俺と一緒にいるやつな」

「じゃぁえっと……」


 頑張っても出てこないだろうな、俺みたいな地味系男子の名前なんて。俺は苛立てせながら自分の名前を教えてやった。


「あぁそうだったか。すまないな丘だて君」


 もう教えてもどうにもならないことが判明したから、このまま間違ったままでもいいんじゃないかと思ってきた。どうせ、そんなに喋らないだろうし……。


「じゃぁよろしく」

「あぁ俺こそよろしく、丘だて君」


 もう呼ばなくいいからッ! 間違ったまま呼ばれると俺メンタル壊れていきそうなんだけど。


「あ、そうだ教室に入る前にいいかな」

「なんだよ」

「君は茜ちゃんのことどう思っているんだ」

「どうも思ってないっていうのが正直なところだ。いつだってあいつからフッかかってきて、俺は道具みたいな立場に過ぎない」

「なるほど……本当にそれでいいと思っているのかい、君は」

「は? 何が」

「人の気持ちを知らな過ぎるぞ君は。それに少しばかり嫌気がさしたよ。丘達とは仲良くやっていける自信がないかもしれない……いやないな」

「それは俺も同じだよ」


 教室に先に入って行った高神の数分後に俺が入る――。



 放課後、夕日が教室に入り込んで誇りがキラキラとしている時間帯になってきた。今日は先生に職員室まで呼び出され“提出物が出ていない”と注意され、この時間帯になった。いつもならもう家に着いているころだ。


「さて帰るか」

「センパーイ!」


 赤塚が大きく手を振り飛び跳ねているのが見えた……スカート短いんだから飛び跳ねるとスカートも踊って下着が見えちゃうぞ! といいたいが俺の煩悩が言わせない。


「はぁどうしてここに?」

「先輩と帰るためじゃないですか」

「先返ってればよかったろ」

「連絡が無かったので待ってました。連絡しなかった先輩が悪いんです」

「そ、そうだな……ま、待たせて悪かったな」

「いいですけど、ただで許すことはできません! 私を駅前のカフェに連れてってください。そして奢ってくれたら許しますよ」


 かなり上からだが、まぁ今回に限っては俺の責任だな。断る理由もないことだしいいか。


「じゃぁこれから行こうか」

「はい!」



 カフェ店……着いたのはいい……が、人が多すぎやしないか!? 同じ高校の奴らは……いない。よかったぁ~。

 俺は胸を撫でおろした。


「どうしたんですか?」

「同じ高校の奴がいたら面倒だと思ってな」

「あぁ噂されるかもぉ~って奴ですか?」

「まぁな。それはお前だって同様だぞ。いいのか?」

「そりゃダメに決まってるじゃないですか。高神先輩狙ってますし、本人まで届いたら私ショックで学校来れないかもしれません」


 もうバレちゃってるんだけどな。ってことは赤塚には内緒にしておくべき事柄なんだろう……赤塚に“知らん”と言ってしまったからな。


「で、大丈夫なのかよ」

「今はカフェで何食べるかで必死なのでどうでもいいんです」

「そ、そうか……」

「見てください。このスイーツ! めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか! 先輩何にするんですか? 私はこれお勧めしますよ!」


 と言われても……甘いモノそんな好物じゃないしな。


「俺はコーヒーでいいかな」

「大人っぽく見せても私には通用しないですよ」

「別にお前の前だからっつって、コーヒーにしたわけじゃねぇよ。ポイント稼ぎなんてしちゃいねぇしな」

「なんか、腹が立ちます!」

「で、決まったのか?」

「はい! 決まりました! あ、すみませーん。注文いいですか?」



 店を出たのは夕日が完全に落ち街灯が灯るごろだ。今日はいつもよりの肌寒い長袖でセーター着ててよかったぁ~。


「食べましたねぇ。あ、ありがとうございます」

「まぁ気にしなくていいぞ。また来ようぜ」

「そうですね、美味しかったですし! でも次は違うところがいいです」

「わがまま言ってるとどこも行かないからな」

「それは勘弁です。ってか少し寒いですね……私、カーディガンなので薄いんですよね」


 その言葉に負けたのか、赤塚の我慢して笑みを浮かべるのに負けたのか……俺はセーターを脱ぎ差し出す。


「えっと……これはなんですか?」

「寒いっていうから貸してやるってことだよ」

「あ、あぁ……どうも。先輩は平気なんですか?」

「寒い」

「なら――」

「でも、お前に風邪ひかれると先輩の立場にいる俺が無力だと思われるだろ。それに休んだ分、高神に会えないしな。俺の場合だと何もないから平気なんだわ」

「そんなこと……ないのに」

「なんかいったか?」

「有難くお借りしますって言ったんですよ」


 俺のサイズでは袖まくりをしないといい長さにならず、丈も短いスカートを覆いそうなくらいの長さだ。まぁ俺の身長は一七〇センチくらいで、赤塚は見た目では一五〇くらいだ。そうなってしまうのも必然だ。


「暖かいです。では私はこっちなので」

「おぉ、じゃぁまた明日な」

「先輩は風邪ひいちゃダメですよ。私が退屈になっちゃうので」

「心配ありがとうな。じゃぁ」

「は~い」


 お互い真逆の方向へと帰って行った。


 

 次の日……頭がクラクラして倒れそうだ……咳も出るし鼻声だ。風邪にかかってしまった。約束のようにしたのに風邪をひいてしまった。しかし、このまま学校へとなると……体がもたない。仕方なく今日は休むことに。

 赤塚に連絡しないとな……。


 “今日は先に学校行っといてくれ。帰りも先生との面談で遅くなりそうだから先に帰っててくれ”


 これでいいか……送信っと。

 返信は早いもので送信し数十秒たって通知がきた。


 “わかりました! 気を付けて学校来てくださいね! 帰りもですが!”


 元気な女の子やってんじゃねぇか。これで一先ずゆっくり寝ておこう。



 家のインターホンが鳴る。一度……二度……三度とやまない。しぶしぶ起き上がりフラフラとしながら玄関を開ける。


「先輩、おはようございます!」


 すこし怒っている表情をされている。このまま立ち話しは俺が持たないため、中にいれることに。


「すまんな。休んじゃって」

「それに関しては怒ってないです。あ、いいから横になってください」


 俺が横になると掛布団を掛けてくれた。


「私が起こってるのは嘘をつかれたことです。風邪ひいたのに誤魔化そうとしたところです」

「すまない……な。誰から聞いたんだ?」

「高神先輩ですよ。今日、放課後遊びに行く予定を破棄してきました」

「ちょ!? えっ!」


 俺は跳ねるように起き上がって唖然とした。なぜ、このために俺は頑張ってきた……言ったじゃないか、俺はどうでもいいって。赤塚の恋愛を成就させるための俺だろ? なのに何やってんだ。


「何やってんだよ」

「先輩?」

「もしかしたら今日、恋愛が成就出来たかもしれないんだぞ。もしかしたら、高神との距離がすごく近づいたかもしれないんだぞ。どっちが大切かなんて目に見えてんじゃねぇか。何やってんだよ。早く高神の元へいくんだ」

「もうダメですよ。断っちゃんですから」

「あ……あぁ……すまん」

「寝ててください、おかゆ作りますね」

「一つ聞いていいか?」

「はい」

「なんで見舞いにきた?」

「内緒ですよ」


 そう言ってキッチンへと姿を消していった。

 しばらくし空腹をそそるような香りが近づいてきた。


「出来ましたよ。起き上がれますか?」

「あ、あぁ」

「食べさせてあげましょうか」

「バカにするなッ」


 俺は赤塚が持っていたスプーンを勢いよく奪いおかゆをすくった。


「い、いただきます」

「召し上がれ」


 熱々の出来立てなおかゆを一口。


「美味しい」

「それは嬉しいです」


 なぜか泣けてくる……嬉しさとさっき赤塚にあたり過ぎた後悔が交じり合っているのかもしれない。


「ねぇ先輩」

「なんだ?」

「もう少しで夏休みです。夏祭り、花火大会、海水浴、ほかにもいろんなところ行きましょう。嫌ですか? 私では嫌ですか?」

「嫌ではないけど……高神はどうするんだ?」

「では一緒にいきましょう。それならどうですか?」

「それで、あいつに伝えれるのか?」

「わかりません……」

「まぁ頑張るしかないんじゃねぇの。今日はありがとな。おかげで結構体調も良くなってきた。明日からはちゃんと学校行くから、嘘もつかないように頑張る」

「気を遣うことが悪いことだとは言いませんが、それが初対面ならの話しです」

「悪かったよ」

「では、許してあげる代わりに夏休みオールフリーでお願いします」

「はぁ~……わかったよ」


 そうして時間も遅くなりそうなので赤塚を帰らせた――。



 終業式……明日から夏休みではないか! 浮かれしまうのも無理はない……俺の高校は一ヶ月ちょいあるのだから。出される課題も多くはないから、かなり充実できる。


「先輩帰りましょう」


 いつものように待ち伏せをしている、赤塚。俺の背後からは高神が出てきた。


「あ、高神先輩こんにちは!」

「茜ちゃん、こんにちわ」

「これからお帰りですか?」

「今日は知り合いとカラオケいこうってなっててね」

「それ私も行っていいですか?」

「おい、赤塚ダメだって。同じクラスの人ばっかりがいるんだぞ」

「私は高神先輩とカラオケに行きたいだけなんです! どうですか、高神先輩!」

「いいよ」


 え? お前マジで言ってんの? どうなるかわかるじゃん……。


「合コンみたいな感じだから、誘っても大丈夫なんだよ」


 高神は俺に小声で教えてくれた。

 それなら、まだ大丈夫だろうが……高神を取り合って戦争が起こるのかぁ……赤塚はきっと大丈夫そうに見える。ほかの女子がどれくらい強いかによるんだけど。


「君もどうだい?」

「俺はいいよ。今日は帰って課題を終わらせるんだから」

「なに言ってるんですか、先輩」

「な、何って……お前の為だろ」


 俺は赤塚に小声で伝えるも……。


「いいから来るんです! 先輩はそのあと私を送るという事務があるじゃないですか」

「そんなこと高神にやってもらえよ」

「そんなこと出来ないですよ」

「なぁ高神」

「どうした?」

「カラオケ終わった後、赤塚をおく――」


 赤塚が俺の服を引っ張り言わせないようにした。こんな絶好なチャンスはないはずなのに……なぜこんな時内気になるんだ。それが理解できない……いつものお前なら“先輩送ってくれます?”っていうところだろうが。


「あ、ごめん。今日のカラオケなしになったみたいだ」

「え? どうしてですか?」

「女子同士で何かあったみたい」


 それお前のせいなんじゃねぇの。笑顔でよく要られるなぁ……。ってかこのタイミングがベストだったんだけど……まぁ仕方ないかもしれない。実際、彼は彼女のことを避けたがってることだろうし。


「それなら帰るか」

「あ、待ってください先輩。さよなら高神先輩! 夏休み海行きましょうね! 連絡しますから」

「わかった! じゃぁな二人とも」


 俺を会話にいれないでくれ。ここは“じゃぁな茜ちゃん”でいいとこなんだよ。

 高神明の噂は山ほど耳にする。“〇〇ちゃんと付き合ってるらしい”“その子とはもう別れて違う子と今付き合ってるらしい”“〇〇ちゃんがコクったらいし”などと……彼自身に聞いたことがないから何とも言えないことなんだが、その噂は赤塚は知っているのだろうか。知っているのに近づくのか。


「先輩、海いついきます?」

「まぁいつでもいいんじゃね。どうせ日陰にこもってるから」

「楽しみましょうよ」

「暑そうじゃん。人が少なかったらいいんだけどな……そんなことは無いから、まぁ日陰で」

「じゃぁ来週の土曜で! まら連絡しますから!」


 そういっていつもの分かれ道で二人は別れお互いの帰路を進む。

 今年の夏は人生の中で一番忙しい夏になりそうだ。別に嫌なわけではないし、いいというわけでもない。とりあえずはこの夏で赤塚と高神が恋愛に成就さえすれば俺はなんたっていい。そうなれば俺の仕事もなくなり平和な日常が帰ってくるだけ――。



 そして今へと至る――。


「先輩も日陰から出て遊びましょうよ」

「俺はこのままが好きなんだ」

「もういいですッ。私は遊んできますから」

「おぉお前と高神とのツーショットを見といてやる」

「何言ってるんですか? じゃぁいってきます」

「あ、あぁ」


 海水浴には五人で来た。俺、竜宮、高神、赤塚、【伏見ノ 文】という高神の呼んだ、同じクラスにいる女生徒だ。彼女も赤塚と同様で高神を狙っているように見える。


「えっと……丘達君」

「どうした?」

「赤塚さんって、やっぱり好きなのかな?」

「あぁ高神のことを狙ってんぞ。あんたも一緒じゃないのか?」

「いや、違うよ。私は一緒にいたいだけ。彼女になんてなれないってわかってるから」

「でも一緒にいたいってことは“彼女”になりたいってことじゃねぇの?」

「そうなのかなぁ? 最近、わからなくなってきてね。丘達君は赤塚さんのこと好きなの?」

「好きではないと思う。俺は応援してる身だしな」


 そう俺は赤塚に好意があるわけでは一切ない……しかし、たまに考えてしまうのだ。このまま高神と結ばれれば、朝一緒に学校に向かうことも前みたくカフェにいけなくなるんじゃないかって。おこがましく、わがままなのかもしれない。


「丘達君はそれでいいの? 私はダメだと思う。まぁ私が言えた義理じゃないんだけど……私ってあんまりパッとしない感じじゃない? 高神君はもっと元気のある、そう赤塚さんみたいな子がタイプなんだろうって思ってね」

「それはあんたが決めることじゃない。結局、あんたもわがままだったんじゃん」

「そうかもね。ありがとう丘達君」

「何が?」

「君のおかげで少し勇気が出てきたかもしれない。だから感謝してみる」


 きっと彼女も俺と一緒なんだろう……壊したくない、壊れて欲しくない、変えたくない、変わってほしくない……でもその選択はもう迫っている。俺達はこのままがいいと望んでいる。どうすればいいかなんて答えはもう出ているはずなのに……伏見ノ文は俺よりも勇気のある女の子だった。俺は勇気のない男の子だった。だから、守れないのだ……今の関係性さえも。


「結構暗くなったし、花火やるか。君もどうだい?」


 高神が俺を誘う。もう日向にでても暑くなく心地よい。俺は誘われるがままみんなの元へと駆け寄った。


「先輩遅いです! さぁ花火しましょ!」

「あぁそうだな」


 今だけは消えていく光を眺めながら心を落ち着かせてもいいよな。


「先輩、見てください! 黄色と緑と赤ですよ! 綺麗じゃないですか!?」


 それは主語がどっちになるんだよ。“花火”か? “私”か? まぁどっちにせよ答えは変わらず同じなんだけどな。


「あぁ綺麗だな」

「ですよね! 高神先輩はどう思います?」

「綺麗だと思うよ」

「ありがとうございます!」


 俺の時も同じような反応してくれると嬉しいんだけどな。

 

「おい、丘達みろよ!」

「次はお前か、竜宮」

「ヘビ花火気持ち悪くね! でもなんか面白いんだけど! お前もやってみろよ」


 そう言われ、ヘビ花火を渡される。気持ち悪のがわかっていて火をつけるのはどうかと思ったが試してみることに……。


「おぉ~」

「どうだ?」

「面白いな」

「だろ!?」


 なんで自慢げなんだよ。

 それにしても面白い……なんかウネウネ感とか凄く面白くて目を離せない。これは飽きず、ずっと見ていられる。それくらい愛着しそうになる。


「先輩、それなんですか? 気持ち悪いんですけど……先輩の人生を語ってるんですか? それなら頷けますが……きっもい」

「それは俺がキモイのか、このヘビ花火がキモイのか判断できないから曖昧に言わないでくれないか!? それに俺の人生をこのヘビ花火が語ってるって面白い言うんじゃねぇよ」


 どんだけ俺の人生キモイウネウネ感出しちゃってるの!?


「じゃぁそろそろ花火も終わりでいいかな?」

「高神は楽しめたのかよ」

「もちろんだろ。満足し方から“終わでいいいかな”っていったんだ。君は楽しめたかい?」

「ま、思った以上に楽しめたかな」

「それは良かった。じゃぁ片付けたらホテル戻ろうか」

「そ、その高神先輩」

「どうしたんだ?」


 言うのかここで……まぁ他の二人はバケツ持ってったりでいないからいいけど。俺がいるの忘れてねぇか?


「あとでいいですか? 食事後、ここのビーチで」


 言いやがった……なんだろうこの収まらない胸騒ぎは。


「わかった、とりあえず戻ろっか」

「はい」


 そう言って俺を抜いて先に高神は戻って行った。


「先輩」


 赤塚は俺の右袖を引っ張った。

 俺は“がんばれよ”と言わないと、勇気づけてやらないといけないはずなのに……ことばが喉で引っかかっているようで言葉が出てこない。

 赤塚は不安の影を持ちながら笑顔を見せる。その笑顔にはやはり何も言えなかった。口を瞑るしか出来なかった。 


「私、頑張ってきますね! 応援してくださいね」

「あ、あぁ……うん」

「気にしないでください! 私は私の思いをぶつけるだけですから! では帰りましょう」


 その不敵なまでの笑顔はなんだ……その悲しみを隠しきれていない苦笑いはなんだ……なんで震えてんだよッ。


「先輩は、応援……してくれますか?」

「まぁ応援しないわけにもいけないだろう。ずっと傍にいた身なんだから当然だろ?」


 それでも“応援してるぞ”とは言えないまま例の時刻に差し掛かる。俺はただ茫然と時計の秒針を目で追うしかなかった――。


 次の日の朝、みんなの様子は昨日と同じで何も変化していない。他の奴らは知らんのか? とも思ったが赤塚と高神の仲良さそうな雰囲気を見る感じ察して冷静になったのだろう。

 あの仲の良さ……告白成功して付き合うことになったんだろうな。俺はいったいどうなるんだろうか。ぶっちぎりにされた俺はただただ困惑で、これまでの生活というのはなんだったかと悩んでしまえる。


「あ、センパーイ! おはようございます!」

「お、おぉ……おはよう」

「聞いてくださいよ」


 赤塚は俺の袖を引っ張りながら絡んでくる。


「んだよッ」

「成功……しました」


 赤塚は小声で伝えてきた。その瞬間、俺は冷めてしまったのだろうか……つい自分らしくない返答が口から出てしまう。


「あっそ……」

「先輩?」

「あ、いや良かったんじゃねぇの? 狙ってたやつとお近づきになれて幸せそうだな」

「はい! 先輩には感謝してます。これまでありがとうございました!」


 “これまで”……ここまで鬱になる言葉はないだろうに。ここまでメンタルがボキボキにへし折れてしまうことなどないだろうに。ただその言葉が強く頭から離れなく苛立ちさえ覚えてしまう。

 俺は朝食後自室にこもろうと廊下を歩いている最中、後ろから高神に声を掛けられた。なんだ自慢か? などとガキくさい思考が過る。


「これからどこへ?」

「自分の部屋だ」

「少し話しをしていいかな?」

「話す内容はなんだ?」


 このまま独りの時間を過ごしたほうがリラックスできて、今の状況を受け入れることが出来るのでは……と考えていたのに、この男ときたら。


「茜ちゃんのことについて」


 俺は動揺を隠し切れずつい足が止まってしまったが再び歩み続ける。見透かされている……いや、誰でもわかってしまうのだろうか……俺、丘達小鹿野が彼女、赤塚茜に対し興味を向けていることを。好意ではない……別に好きなわけではなく、単に一緒にいると退屈ではないな、ということで決して好意ではないのだ。だから“興味”なのだ。


「お前は何を話すつもりなのかは知らんが。もう俺には関係のないことなんじゃないのか? 違うのかよ?」

「やはり君はわかっていない……分かっているはずないのに。俺のことも、彼女のことも。なのに反らしてしまう」

「いいだろう……話しを聞くくらいはしてやらんでもない」


 高神を自室へ招き適当に腰をおろしてもらう。


「さぁなんだよ」

「まず聞きたいんだが、君は茜ちゃんのことが好きなのか? まずはこれからだ」

「べ、べつにす、好きじゃねぇよ」


 思わず噛み噛みになってしまった。その返答に高神は眉間にシワを寄せ叱ってきた。


「真面目に答えてくれ。君は彼女のことをどう思っているんだ?」

「はぁ~……“好き”じゃないんだ」

「好きじゃないんならなんなんだ?」

「興味があるというか……目を引くというか。心配というか……」


 いや違う。こういうことではない……こんな遠まわしではないのだ。


「一緒にいると明るくて暖かく、楽しいんだ。赤塚が笑顔の時とか“いいことしたんだな”って自分をほめることが出来る。悩んでる時だって“手を貸してやれれば”って深刻に考えたり……思ったより真剣に赤塚と向き合ってきたはず」

「それで君はどうしたいんだ?」

「これまでのままがいいのかもしれない。それを無自覚に望んでしまっている俺がどこかにいるのかもしれない。それにしがみ付きたいっていう俺がいるのかもしれない」

「良い答えじゃないか」

「は? いきなりなんだよ」

「君ほど彼女のことを考えている人はいないんじゃないか? 本当の君はすごく優しくお人よしで虚言ばかりだ」


 高神は一つ手を叩いて見せた。

 その叩かれたときの瞬発的な音は思ったより部屋に響き耳に残る音のようだった。その後、高神は立ち上がり俺を見下す形で問いかけてくる。


「君はこのままでいいのか? 戻りたくはないのか? 俺は昨夜“いいよ”と了承してきた。俺の仕事はここで終わりだ。ここからが君と彼女の本番じゃないのか? 君は嘘をつき続けるのか?」


 そして部屋から出ていくとき高神は最後に。


「勝手に負けを認めんじゃねぇよ。今日の夜二十一時にビーチで待ち合わせしている。来るか来ないかはお前次第だ。勝手にすることだな」


 と言い去った――。

 これは“来なくてもいい”ではなく“来ないわけないだろ”ということなんだろう。二人の間に俺が飛び込む? そんなコミュ力の高さは持ち合わせちゃいない。弱気なわけではない。これが事実ということで、どうにもできない現実。それでも今しかないのなら目を覚ますしかない。

 きっと後悔してしまうかもしれない。きっと断られるかもしれない。きっと嫌われてしまうかもしれない。きっと近寄って来なくなるかもしれない。きっと忘れられてしまうかもしれない。そんなネガティブ思考は許してもらえるだろうか。自分に勇気づけるなど難関過ぎる。

 それでもきっと……俺は彼女に伝えないといけないのだろう。人生初の告白か……フラれてしまうかも……なんてもう止めだ。

 俺は俺のために――。



 二十一時。絶好な海の輝きの中満月が浮かんでいる。水しぶきが俺の暗い気持ちを流してくれるだろうか波が引くときに俺の気持ちも持ってってくれないだろうか……このまま流されたら俺はどこにたどり着くのだろうか。そんな変なことを思ってしまうもビーチへ足の運んだ。


「高神先輩、少し寒くないですか?」

「俺は平気だよ」

「わ、私は寒いんですけど……」

「じゃぁ戻ろっか。風邪ひかせちゃ悪いし」

「い、いや……そういうことじゃなかったんだけど……高神先輩と一緒にいたほうが温まりますしこのままで」


 めちゃくちゃラブラブじゃないか? 俺あの中に入れる自信が全くない……言ってしまえばこのまま折り返して帰ってしまいたい。

 ビーチには二人の姿が……会話も聞こえる。


「高神先輩、昨日と引き続き今日もありがとうございます」

「いいや、茜ちゃんの頼みだし大丈夫だよ」

「今日はお話しがありまして」


 赤塚は下を向き始め顔をあげる姿勢を見せない。そして赤塚は口を開く。


「高神先輩」

「どうしたの?」

「やっぱり無理でした」

「ん? なにが?」

「私…高神先輩とは無理そうなんです」

「あぁ~……ん? どういうこと? 別れるってこと? 昨日付き合ったのに?」


 このまま聞き耳を立てることにした。


「私事で申し訳ないんですが」

「理由聞いていいかな?」

「私がこんな関係を持ってしまうとその人が私を避けてしまうので。それに……」

「それに?」

「い、いえ……なんでもないですよ。と、とりあえずそういうことなんです」

「その人のことは好きなの?」

「好きというか……一緒にいないといけない人って感じですかね。好きとは違うような、当たり前がある感じですかね」

「それは本人に伝えるべきだ」

「ではこれで失礼しますね」

「きっとすぐわかるさ」

「え? 何がですか?」

「何がだろうね。なぁ君はどうなんだ」


 近くにいたのがバレてしまっていたらしい。慌てて立ち上がると赤塚が赤面し始めた。まぁまさか聞かれているとは思わんだろうな。


「じゃぁ上手くやるんだぞ」


 高神はそう言って肩をポンと叩いた後去って行った。


「あ、あぁ~……すまん、たまたま通りすがって」

「嘘!」

「あ、あぁ……俺は大事な奴に伝えに来ただけだ」

「大事な奴?」


 マジで察しろ。この流れ的にお前、赤塚茜しかいないだろ!


「赤塚に」

「わ、私ですか」

「お、俺は! 赤塚と一緒にこれまでの生活を送りたい! ただそれだけが欲しい!」


 思ったより恥ずかしいものだなぁ~……でも場に飲み込まれたしまったのなら、いくしかないだろう。俺はこれからの人生にもまつわるようなことを言ってしまったのかもしれない。


「は、恥ずかしいこと言わないでくださいッ」


 赤塚も俺にならって再び赤面する。


「わ、私も……同じ感じです。避けられるのは嫌ですから。一番心が痛んだんですから! それに寂しかったんですから! 誤ってくださいよッ!」

「俺は悪くないだろ」

「まぁ同じ気持ちだったということで許してあげましょう。先輩は私のこと、嫌いなのだと思ってましたがそうでなかったんですね」

「まぁそういうことだ」

「なんでじらすんですか!」

「べ、別にいいだろッ」

「ねぇ先輩」

「んだよッ」


 また赤塚は俺の袖を引っ張った。


「私のこと好きなってもいいですよ!」


 その時見せた赤塚茜の笑顔はこれまで見て来た表情の中で最高に綺麗で輝いて色づいていた。海から反射してきた光も、空に広がる星から来る光も満月の光も彼女にスポットライトを当てているようでキラキラとしており見惚れてしまった。


「フッ」


 俺は鼻で笑い。


「あんまり適当なこと言うんじゃねぇよ。好きになっちまうだろうがッ」


 きっと後輩の赤塚茜は無自覚に先輩の俺、丘達小鹿野を誘っている――。







 飽きず読んでくださった方々ありがとうございます。

長々と失礼いたしました。これからの季節を妄想し空想した結果の……夢物語です。

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