賢者
ーーーーside ヨハネスーーーー
『信魔会』のメンバーが潜伏しているという情報を聞いて、ここリールベンに来たわけだが……。なんの進展もないまま数日が過ぎてしまった。
僕としては早く仕事を終わらせたいところだ。
『信魔会』というのは魔神及び悪魔の復活を目論む秘密結社だ。
世界中に結社メンバーがいることと、王国軍元帥に匹敵する実力者がいることは分かっている。
逆にそれ以外のことは謎だ。
まぁ正直なところ、どんな敵だろうと『グリットクロス』を持つ僕に勝てるとは思えないけど。
別にこの僕が民衆を助けてやる義理はないけれど、救世主、大賢者という肩書は魅力的だ。
これまでの功績だけでも僕が歴史上の英雄として語られるには十分だろう。
だがまだ最高の英雄と呼ぶには足りない。
僕の世間での認識は”勇者サクリードに近い力を持った人物”だ。
それではまるで僕がサクリードより下みたいじゃないか。
それは許せない。
まったく、魔神を倒した程度で持ち上げられすぎなんだ。勇者は。
僕だって悪魔も魔神も何体相手にしたって勝てる自信がある。
これまではたまたま戦う機会がなかっただけだ。
ただ幸運に恵まれただけの奴が真に強い僕より高い評価を得ているなんて間違っている。
コンコン、と乾いたノックの音が響いた。
「失礼いたします」
従者の一人(たしかシドーとか言っていたか)が頭を垂れ、礼をとったあとに部屋に入った。
「ヨハネス様。念のためお耳に入れたい情報が」
「何?」
「昨晩、市街で悪霊が目撃されたと冒険者ギルドに報告がありました。もっとも既に討伐されたようですが。悪魔や信魔会との関連性は不明ですが……一応お耳に、と」
「それ、どこからの情報?」
「一般市民です。たしか、定食屋をやっている男からかと」
「……お前、そんなことで僕の貴重な時間を奪ったのか?」
「……は?」
「お前らの一秒と僕の一秒は天と地ほどに価値に違いがある。わかるか? 僕は一般人のエゴに付き合っている暇はない」
「…………失礼いたしました」
「どうせその定食屋の男もまた悪霊が出るのが怖くて、この僕に夜のパトロールでも期待しているんだろう。そんなちっぽけな話、二度と僕に持ってくるな。わかったら下がれ」
「……はっ」
従者が部屋から去る。
はぁ……。これだからバカの相手は疲れる。
そんなことを言ったら世の中バカばかりだけど。
さて、日も高いうちに今日も街を巡回しておくか。
民衆は僕の偉業を語り継ぐ媒体でもあるしね。
馬車を引く馬のことにも気を使うのが真の賢者というやつさ。
………………
…………
……
今日は直接歩かず、馬車の中から手を振る程度にした。
この巡回、大衆に僕の威光を示す以外にも目的がある。
僕の伴侶になりうる女性さがしだ。
僕に釣り合う女性などそうそういるとは思えないが、王都であるこのリールベンならばもしかしたら……というわけだ。
しかし今のところ期待外れもいいところだ。
王都といえどこの程度――おや?
「おい、馬車を止めろ」
「畏まりました」
なかなか良い女を見つけた。
黒髪で透き通るように白い肌、歳は16,17歳くらいだろう。
『グリットクロス』を『心域』から出現させ、馬車から降りる。
『グリットクロス』は賢者の象徴だ。
これを持ってこそ僕の偉大さがわかるというもの。
僕が馬車から降りると歓声が上がる。
うるさいなぁ。
僕が歩こうとすると自然と人々の道が開き、少女の元へは簡単にたどり着いた。
少女はキョトンとした顔をしている。
「初めまして。僕はヨハネス=ノイン=ネクターと申します」
知らないはずはないだろうけど名乗ることは大切だ。
「は、はぁ……。どうも」
大賢者に話しかけられるという出来事に委縮していのだろう。彼女は遠慮がちに答える。
それにしても美しい声色だ。
やはり我が妻にふさわしい。
「失礼ですが、名前を伺っても?」
「えっと、ルリ=カタギリです」
「あなたに似合った美しい名だ。……なぜ声をかけられたか不思議だという顔をしているね?」
「は、はい……」
「ふふ、驚くのも無理はありません。僕はあなたに運命を感じたのです。この後、なにか予定はありますか?」
「えっと、お店の手伝いが……」
「それなら僕が後でその店に一言入れておきましょう。……お前たち、彼女を馬車にお乗せする用意をしろ」
「「「はっ」」」
従者たちがせっせと準備をする。
その間に彼女に適当な質問をすることにした。
「ルリさん、好きなものはありますか? 宝石、服、食べ物。なんであれ用意しましょう。なに、遠慮することはありません。親交の証ですよ」
「えっと、ク……」
「く?」
「【クイックスライド】」
「くいっく……なんですそれは? ってあれ??」
今さっきまで目の前にいた少女がいなくなっていた。
「……んん??」
周囲を見渡せど見つからない。
う~ん……。
これはあれか。
きっと僕との格の差に羞恥心が耐え切れず、逃げ出してしまったのだろう。
無礼といえば無礼だが、それも詮無きことだ。
あとで従者に探させるとしよう。
うん、あれはいい女だ。
アレを妻にするとして、今相手している奴らは切り捨てるとするか。
貴族の女どもはまるで僕の偉大さを理解していないし、女王に関しては論外だ。
僕をサクリードの足元にも及ばないなどとほざきやがった。
今思い出しても腹が立つ。
さて、宿に戻るとするか。